リトルジョーカーズ!   作:つむじ鴉

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【学内ニュースメール告知】

 え~、どうも。皆さんご存知リトルジョーカーズのリーダーを務める御劔隼翔だ。
 この度学園生用特設サイトの一部が変更になる旨を伝えようと思う。
 具体的には、『西村先生の鉄拳相談室』が今月から『御劔隼翔の人生相談室』となる予定だ。
 このコーナーは生活指導の鉄人こと西村宗一教諭が、悩める生徒たちが抱える心の課題をズバッと解決‼……というウリだったんだそうだが、この一年続けた結果学園生たちから寄せられたあまりの質問内容の変態性もとい強烈さ故か、いま彼の精神は深刻なノイローゼに陥ってしまっているらしい。
 このままでは西村先生が教員としての自信を無くしてしまう、変態の相手は変態にこそ相応しいということで急遽相談役にあてがわれたのが、御劔に相談すると自分が悩んでいるのが馬鹿らしくなる(昨年度文月学園流行語大賞第二位)のフレーズで有名を博したこの隼翔さまというわけだ。……なんだってんだい、どいつもこいつも人をバカの化身みてえに。全員ブッ殺してやろうか。
 スマン、つい本音が漏れたな。まあ、あの鉄人が匙を投げるような変態の巣窟の中、オレがどれだけ力になれるか分からんが自分なりに真摯に向き合っていくつもりなので、悩みないしはオレ個人に対する質問などが少しでもある場合は遠慮なく送ってくるように。以上!





Restart

 始まりはいつも突然だ、という言葉は他者を先導する立場にあったオレとしては、馴染みの深い言葉ではない。むしろこういった当該事例は今回を置いて他にはない、初体験でもあった。

 連絡先を教えた覚えもない学園長から奇妙な通達があったのが一週間前。

 

『アンタの退学を今日限りで解く。次期年度の配属クラスは二年Fクラス、新学期開始の日程までに至急戻られたし』

 

 

「……『退学を解く』って何ぞ? あのお袋兼学園長」

 

 

 

 

 物心ついたときから戸籍も国籍も持ち合わせていなかったオレは、藤堂真之(トウドウマサユキ)と名乗る無頼の放浪ジジイと共にこれまでの半生を貧民層の集う劣悪が形を成した巣窟、スラム街の中で過ごした。不幸が残留する吹き溜まりの中、厳格な仮面を貼り着けた老爺はオレに何一つとして教えようとはしなかった。

 何につけても、この石頭は自分から動くという能動的活動をどういうわけか一切合切絶つつもりらしい。それに気づいたのは食い物もロクに得られず、漫然と寂寥感だけを蓄積するかのような空虚な日常にオレの精神が耐えかねたころだった。

 遂に癇癪玉を破裂させてジジイを思いつく限りの悪口雑言で罵倒し、不平不満を漏らしたところ、乾いた平手打ちの音と共にしわがれた声が始めてオレに真っ当な教訓をもたらした。そしてまさしくその一言が、オレの人生を変えたんだ。

 

『やりたいことがあんなら好きにしろや。テメェ勝手(がって)な理屈にだったら、俺の方から付き合ってやらんでもない』

 

 それからというもの、オレは自分の意志だけを頼りに活動することを覚えた。必要であると自身が感じた技能は全てジジイから簒奪し尽くすかのような勢いで学び、生きるためならばどんな勝手も貫いて見せた。

 碧空の下であろうと嵐の直中であろうと荒廃した世界を魂が叫ぶままに駆け抜ける。あたかも己の知る領域――それこそ世界が我がものであるかのように。

 リトル・ジョーカー。小さな奇傑。社会存在不適格者。

 傍若無人の限りを尽くしてきたオレに、そんな威名が付くのにはそう時間はかからなかった。世間からはみ出した者たちの集いし常識の埒外にある地獄の不文律からしても、どうやらオレの生き様は激しく異端とされていたらしい。

 そういえばたった一つだけジジイが自分からオレにくれたものがあったっけ。

 それは名前。

 御劔(ミツルギ)隼翔(ハヤト)。鋭く、速く。

 そんな思いが込められているような気がした。

 

 ああ、今オレは夢を見ているんだ。そう、確かここは文月学園二年Fクラスの教室の中。明け方にようやく一人凱旋を果たしたはいいが、それまでの長旅が祟ったようで遂に力尽き、そのまま教室で朝を待つことにしたんだっけか。学績最低な連中が集められる掃き溜めたる故の学内最低設備たる所以か、そこかしこから饐えたような臭気が鼻腔をくすぐってくる。なんたる不愉快。

 脳が当人の意志を酌まずに作り出した虚構の世界に意識を彷徨わせながらも、オレはハッキリと現状を知覚できる。金縛りなんて胡散臭げな言葉もあるが、オレがこうして鮮明な夢を自覚するのはさして珍しい事ではない。

 往々にしてオレは突発的な眠気に襲われ、何の前触れもなく意識を現から強制乖離を促される。夢と現実の境界線が曖昧になるほどに生々しい仮初めの光景――夢の世界へとただ堕ちる。

 睡眠障害の発作を引き起こす脳疾患。

 

 ナルコレプシー。人づてに聞いた、オレが抱える持病。またの名を『居眠り病』という。

 

 

 

 

「こんの――ばかちんがぁあああ‼」

「死になさい‼」

 

 まさか平和な高校生活を送る中で、寝込みを襲われる(暴力的、ないしは軍事的な意味で)機会に恵まれる日が来ようとは夢にも思わなかった。

 

「教室でうたた寝してただけで死罪とは法治国家日本も末期だねぇ。そうは思わねえか、美波に鵆?」

 

 すんでの所で覚醒し直撃を免れたオレは前転回避の勢いで直立して、突如として湧いて出た無作法な来訪者二人に向き直る。相手は女生徒。先程までオレがいた空間に拳を振り下ろした体勢のまま停止している、が――

 

「うるさい! 勝手に退学なんかしてみんなに迷惑をかけるようなヤツにはお仕置きだ!」

「第一声からして礼儀がなってないあんたにとやかく言われる筋合いはないし、軽々しい気持ちで勝手いなくならないでほしいものよね、ホント。今まで誰があんなロクデナシたちの中和剤になってたと思うの?」

 

 赤みを帯びたセミロングの茶髪にクロスして留めたヘアピンのワンポイントが印象的な少女、木下(キノシタ)(チドリ)が振り向き様に声を張る。憤怒の形相を露わにして今にもオレに飛び掛らんばかりの気勢をその矮躯に漲らせていた。未遂とは言え既に襲撃されているが。

 比較的落ち着いた物腰ながらも、足を踏み鳴らして苛立ちを如実に訴えかけてくるのは島田美波(シマダミナミ)。大きなリボンで頭の後ろに結った綺麗な形のポニーテールが溜め息に合わせて揺れる。彼女はドイツ生まれ日本人の帰国子女。つい昨年から日本で生活をするようになった異邦人であったため、初対面の頃はじれったいほどにコミュニケーションを計れない有様だったが、なんやかんやとあって友達付き合いをするに至った仲だ。

 

「……一発だ」

「は?」

 

 やにわにオレの胸ぐらを掴んで締め上げ、静かに威嚇する鵆。自然と互いの顔の距離が狭まる形になり、幼さを残した気の強そうな瑠璃色の吊り目が真っ直ぐにオレの瞳孔の深奥を探るかのように見据える。

 

「このまま何もせず手打ちにしたんじゃあたしの腹の虫がおさまらない。うだうだ言わずに一発やらせろと言っている」

「わった、わーったよ。一発だけな、一発。そして、異性間同士でそういう言い回しは誤解を招くから今後使わないように」

 

 二人を刺激しないよう慎重に念を押しながらも、仲間に迷惑かけた分の責を負うもまた兄貴分の甲斐性かと認め、潔く目を閉じる。目蓋越しに二人が頷き合うのを感じた、その次の瞬間――

 

「この大ばか者ッ‼」

「この不忠者ッ‼」

「ぐぶぇっ⁉」

 

 烈火の如き怒声と共にしなやか且つ強靭なツープラトンのハイキックが顎に炸裂し、オレの身体は仰向け状態で床に伏していた。……そして美波、間違った日本語の意味を吸収するな。今のご時世そんな罵り方をするヤツがいるとしたら、ソイツは先時代に取り残された化石頭もいいところだ。

 

「……済んだことをとやかく言う主義はねーが、一寸でも狙いを違えてたら喉元貫かれてオレ死んでたぞ、絶対」

「フン、そのまま一生くたばってればよかったんだ」

 

 未だ憤懣やるかたないと言いたげに鼻を鳴らす鵆の顔が、微かだが寂しげな色に翳る。目を口ほどに物を言うなんて言葉もあるが、本人に自覚のない無言の圧力は中々精神的に堪えるものがある。

 オレが老朽化した天井を見上げながら罪悪感に苛まれている間に、ぽつぽつと教室にもオレたち以外の生徒が現れ始め、お、あの面白集団またなんかやるつもりだぜ、新学期早々リーダーに下剋上か?、オイ、誰か寮二階の廊下で脱ぎ捨てられた俺の黄ばんだブリーフ見なかったか、何⁉ じゃあ今のお前はもしや、ノーパ――、おまわりさんこの人です‼、などと勝手な憶測(一部は明らかなる別件)を飛ばしながら遠巻きにオレたちのやり取りを観察している。

 彼らの指す面白集団とはオレをリーダーに編成された、愉快な友人たちの集合体である。名を《リトルジョーカーズ》。常日頃から騒乱の火種となるような事件を精力的に多々引き起こしていたオレたちはうなぎ上りに知名度を高め、今や校内において新入生を含めても知らぬ者は無いほどの有名人。こうしてFクラスに配属されるようなバカ連中からの支持は特に厚い。

 

「む、もう始まっとるようじゃの」

「…………いつも二人は気が短くて気が早い」

「おりょ、マジでいるッスよ。早速修羅場ってるねぇ」

 

 そしてそんなムサイ男たちに交じって続々現れる友人たち。テメェら揃いも揃って仲良くFクラス配属かよバカ共め。あらかた予想はついてたが、この勢いならコンプリートしちまいそうだな。

 最初に顔を覗かせたのは男とは思えないようなきめ細かい肌、艶やかな茶髪、そして何より端正な女顔で学園内にとどまらず近隣の町に至るまでその名を轟かせる美少年、木下秀吉(キノシタヒデヨシ)。受け取るラブレターのアベレージはひと月に三十通をキープするという。ちなみに相手は全員男。

 木下という姓からも察することが出来るように、まさしく秀吉は鵆の縁者だ。鵆の方は養子として木下家に籍を置いているため血縁は無いが、妙に気難しい――というよりは人付き合いの術に乏しい彼女が心を許す数少ない相手でもある。

 落ち窪み気味の目を隠すような前髪を静かに揺らすのは文月学園きってのエロス野郎、土屋康太(ツチヤコウタ)寡黙なる性識者(ムッツリーニ)の威名を(ほしいまま)にするムッツリスケベであり、常に合法と非合法の間の危ない橋を渡っているような健全な学生にあるまじき男だ。いや、ある種誰よりも健全ではあるのかもしれないが。そんな男子からは親指を、女子からは中指を立てられるような康太少年に前述したような内容の旨を話したところ「…………非合法活動についてお前にだけは言われたくない」とのことだった。

 大あくびと共に能天気な面貌をオレたちの前に晒したのは、倉橋(クラハシ)志燕(シエン)。若干時代錯誤気味な剣術道場を実家に持つ学生とはとても思えないような金髪が寝起きの目に眩しい。その乱れようは天然パーマなどと一言で片づけられる程度の物ではなく、『え、なんでお前いつも意図的に寝癖作ってんの?』と素で疑問に思われるレベルである。かく言うオレも昔からずっと切らずにいたせいか始末に負えない硬さと伸びを獲得するに至るまで髪の毛が成長しきってしまっているため、学園指定のネクタイの布地を改造したバンダナを使って強引に纏めている。故にコイツの頭髪に関してどうこう言う資格は先程のスケベ少年の例と同様、オレには無いのだろう。

 そして頭より何よりも人目を引くのが常に装着し続けている、曇りなき藍色の剣道着である。本人曰く家の人間の言いつけとのことだが、志燕自身も過剰に道着以外の衣服の着用を嫌う傾向にあるのではないかというのがオレたちリトルジョーカーズ皆の見解だ。しかしそんなオレたちでも、それだけ剣の道に造詣が深いくせに何故彼は剣道部に入らないのかという至極当然の疑問は、未だ解明できていない。

 この三人は昨年来のルームメイト同士の間柄であり、彼らもまたリトルジョーカーズのメンバーでもある。

 そんな頼れる男性陣へ、カビた畳の上に大の字で寝そべったまま鵆たちの方を顎で指して不満を訴えてみた。

 

「それがよぉ、友を軽んずるヤツには制裁だっつって取り合ってくれねえんだよ。テメェらの口からもこの暴力女どもに何とか言ってやってくれ」

「…………それは無理」

「うんうん、いやー流石同性だと話が早くて助かるなーやっぱこうホモと男の友情は紙一重なんて世間じゃ不逞の輩に囁かれもするらしいが女みたいな軟弱なものとは違う心の底から通じ合うソウルメイト的なんだと殺すぞこの野郎⁉」

 

 まるで残念そうにない様子でかぶりを振る康太に、首の筋力で跳ね起きるや否や噛み付かんばかりの勢いで迫るが、仲裁せんと体を割って入れてきた秀吉さえも、

 

「うむ、島田たち曰く友を軽んずるヤツには歴とした制裁と。ワシらもそう心得ておるぞ」

「……え、マジで?」

 

 童顔をニヤリと不敵な笑みに歪めた志燕が携帯電話を何やら操作すると眼下のオレに向けて無造作に放って寄越してくる。

 

   massege from:吉井 明久

   隼翔が帰還。発見次第、問答無用で各々好みのやり口を用いた一撃を叩きこんでおくこと。

 

「アイツかよ……」

 

 過分な心遣いに辟易しながらも志燕にケータイを突っ返す。と、入れ替わりで秀吉が進み出てきてオレに目線を合わせるかのようにその場にしゃがみ込んだ。

 

「では、ワシからいかせてもらうとするかの」

「うおっ、悪い顔してんなあ。お前のンな顔初めて見たぞ」

「それだけ木下も怒ってたってことよ。これに懲りたら――」

 

 途中で言葉を濁して隣の友人の頭をポンポンと叩く美波に同調して鵆も首肯を繰り返す。写メに撮って永久保存しておきたいほどにあくどい笑みを滲ませる秀吉。現に康太はムッツリーニの異名たる所以を如何なく発揮し、手にしたバカでかい一眼レフで秀吉のレアショットを「お前、その写真全部売ったらもう働かなくても生きていけるんじゃね?」と思えるほどの凄まじさで激写し続ける。当然、被写体の美しさ込みの話ではあるが。

 

「っ……でぇええええ‼」

「反省する気があるのなら目を合わせんか、目を。この不真面目者」

 

 何の前触れも無しに仰け反らされた顔を元の位置に正すと、一転して拗ねたような表情で秀吉が中指を突き出していた。そんな彼の顔に不覚にもときめいて思想になった自分を心の中で激しく叱咤。性別という名の境界線を今日もあやふやにするこの男は、別の意味で危険極まりない。

 

「まあよい。これからの学園生活で溜まった不満を決済してもらうとするかの」

「いやー、全員分だと凄い量になるからなあ。いくらジュンでも流石に無理じゃないスかねぇ」

 

 顎を親指と人差し指の間でしごきながら、志燕が間延びした調子で挑発する。ジュンというのは志燕だけが使うオレの呼称、ニックネームだ。隼翔(ハヤブサ)だから(ジュン)

 

「――んなもんはこれからお前らに提供する日常の分で返済してけばいいんだろ」

「ふぅん……分かってるじゃないスか」

 

 これがオレなりにそんな彼の真意を酌んだ返答。

 卑しげながらも人懐っこさを見る者に与える笑みを浮かべて踵を返すと、志燕は大人しく引き下がった。何とも笑顔のバリエーションが豊富なヤツだ。

 

「と見せかけてソリャー‼ この白痴者ォ‼」

「オバチャンッ⁉」

 

 思わず愉快な断末魔を上げてしまうほどに不意を突いて放たれた電光石火の一撃。卑劣にも志燕が懐に隠し持っていた竹光による遠距離からの投擲を見舞ってきたのだと悟るのと、眼前に激しい火花が散ったのは奇しくも同時。

『へし折れる‼』

 たった一言限りの恐怖のフレーズが、オレの脳内を侵し蹂躙支配する。

 狙いを過たず志燕が放った竹光の切っ先は目標たる定点を一閃の元に貫いた。具体的にどことまではオレと彼の名誉のためにあえて明言しない。ただ、フォークに貫通されるソーセージの気持ちをそこはかとなく理解したとだけは言っておこう。

 総身を苛む激痛に耐えきれずに、股間を押さえてしっちゃかめっちゃかに教室を跳ね回る様子を好奇と感服の入り混じった目で追うクラスメイト達。歓声に混ざっていつしか拍手が巻き起こり、辺りが異様な雰囲気に包まれる中、「アホだな」と鵆が心底呆れた様子でこぼすのが聞こえた。学力最低を謳われるFクラス配属になった以上、この領域内において他人をアホ呼ばわりする権利は誰一人として持っていないのではなかろうか。

 そして無情にも康太がそんなオレの醜態をフィルムに焼き付ける。

 

「おい、何てモン撮ってやがるテメェ……!」

「…………隼翔の痴態を激写。趣旨は違っても明久の言う一撃には変わりない」

「いやもう普通に殴らせてやるから、その画像データは消しておいてくれ……!」

「…………つべこべ言うなら、この写真に無駄にイケてるタイトルをつけてブログに公開する」

「マジチョーシこいてました、ほんまスイマセン」

 

 したり顔でムカつくほどに爽やかなハイタッチを交わす康太と志燕。飽和して溢れかえりそうになる殺人衝動を、歯茎から流血するほどに噛みしめて抑え込む。あんな恥ずかしいものが公開された日にゃあ、もうお婿貰えない。

 

「あーっ! 部屋に戻って来ないと思ったらこんな所にいた!」

「再会早々皆してご挨拶なこったな、おい」

 

 そんなオレの複雑な心中を意に介した風もなく、出会い頭にまるで咎めるかのように人を指さす失礼極まりないアホ面の少年、吉井(ヨシイ)明久(アキヒサ)。自他共に認める世紀のバカであり落伍者としての烙印を押された、学園指定の"観察処分者"の称号を誇る劣等生の鑑ともいえる。いや、誇れねえけど。

 加えてコイツは鵆に次ぐリトルジョーカーズの中でも古参に数えられる面子だ。オレと毎日のように顔を突き合わせる関係は今年で十年にものぼる。この学園に来て以来もルームメイト同士一緒になって、頻繁にバカをやっていることが多い。

 続けて彼の背後からのっそりと姿を現すもう一人の同室者にして、最後のリトルジョーカーズ構成員。逆立った赤髪を靡かせる坂本(サカモト)雄二(ユウジ)があくび交じりにオレの凄惨極まる満身創痍な有様を一瞥して性格の悪い笑みを口元に刻む。

 

「悪いが酌量の余地はねえぞ。俺と明久の分は貸しにしておくから覚悟しとけ」

「社会科見学前にちょっとバックれただけじゃねえか。いくら班編成が変則的になったからってそこまで怒らんでもいいだろうに」

「確かにそれもある。だが、それ以前にお前班のリーダーだったろ。特急券持ったまま勝手に出て行かれた俺たちの立場を考えても見ろ」

「直前になってから僕らの分だけ切符がないって、上から下へ大騒ぎになったんだけど」

 

 …………あ。

 

「そ、そーいや、そんなものも、あっ、たかな、っと……」

「そいつはどうしたんだ」

「旅先で紙に困って、鼻かんで捨てた」

『………………』

「あれ、違うか。鼻じゃなくて尻拭いて捨てたんだっけ? う~ん、どっちだったかな~」

『…………………………』

 

 ……急速に白ける空気。何とかこの気まずい静寂を打開せんと、薄っぺらい愛想笑いを浮かべたオレは両手を揉み皆の顔色を窺いつつ、機嫌取りを試みることにした。

 

「あ、そうだ。みんなに土産あるぞ、お土産。何せ世界のあちこちを駆けずり回ってたんだからな~、精々期待しろテメェら」

「……どうせロクな旅じゃない」

「はいはい、鵆もいい加減機嫌直しなさい」

 

 しかし妹を五歳ほど下に持っている美波が姉の功を発揮してなだめにかかると、鵆は不服げな上目づかいでオレの方を睨みつけながらも渋々引き下がった。それを確認してから手早くオレは二人に貢物を捧げる。

 

「ほい。鵆と美波には何と何と、あの有名なイチ〇ーのサインだ」

「……おい、なんか『おざわ』って書いてあるぞ」

「……あんた、どこのイ〇ローさんから貰ってきたのよ、コレ」

 

 女二人の刺すような懐疑の視線を受け流し、傍らにある旅先で愛用したズタ袋の中を再びゴソゴソと漁る。

 

「こっちは秀吉と志燕と康太の分な。南アメリカに行ったときにインカ民族の末裔っていうヤツらに会ってさ。ほんで仲良くなった折にこの『マチュピチュ饅頭』を貰ってきた。仲良く分けろよ」

「……何という俗っぽさ。神聖な先時代民族のイメージぶち壊しじゃの」

「……しかも箱の裏におもっくそMADE IN JAPANって書いてあるんスけど」

「…………観光写真でも貰った方がまだマシ」

「お、康太はやっぱ写真がいいのかこのカメラ小僧。だったらタイを訪問した時に撮ったこのマンボのやつなんかいいかもな」

「…………マンボって何? 魚?」

「ん、ニューハーフショーの事だが」

「…………目覚めてはイケナイものに目覚めてしまいそうなので遠慮する」

 

 束ねて差し出した極彩色の写真を押し返し、「…………柔らかめの発泡スチロールのような新食感」などとのたまいながら無表情で饅頭(……なんだよなアレ?)を咀嚼する康太を尻目に、

 

「で、最後は明久と雄二だな」

「せめて僕たちの分だけでもまともなのを用意してよ……この際全く用途のなさそうなペナントかなんかでいいから」

「……これいるか?」

「結構だ」

 

 またしてもにべもなく払いのけられる会心の写り具合を誇る自慢の写真。これ以上しつこく勧めると本気でキレられかねんので、観念して大人しく土産品を渡すことにした。

 

「雄二にはこれな。――いよっ、とぉ‼」

『⁉』

 

 瞬間、雄二を中心にただならぬ戦慄がリトルジョーカーズの面々へと伝播する。まあ、無理もなかろう。何せ今オレが抱えこんでいる、両手を回しても届かないほどの大質量を誇る巨大物質の正体は――

 

「テメェ、そのツートンカラーの猛獣(ジャイアントパンダ)一体全体どっから連れてきた⁉ てか、今どっから出した⁉」

「校内っつーか国内に持ち込むの大変だったんだからちゃんと責任もって可愛がってくれよ、コイツ。あ、ちなみに名前はバルトな」

「聞こえてんのかコラ‼ 高圧ロール釘打ち機で耳掃除してやろうか⁉」

「明久のは――ありゃ、いねーや。ここに来る途中逃げちまったのかな」

「いないって――まさか僕へのお土産も生き物系なの⁉」

「ま、しゃーないか。誰か校舎内もしくは寮内でガラガラヘビないしはそれに近しい生命体を見つけた場合は明久の所に持ってってやってくれ」

「買い出しを頼むようなテンションでサラッと危険極まるワードを織り交ぜたセリフを吐かないでくれる⁉ 毒ヘビなの⁉ 僕にはヘビを渡すつもりだったの⁉ ていうか、パンダ含めて法律云々は大丈夫なの⁉」

「いやでもマジ可愛いんだぜ、カエサル。とぐろ巻いてしっぽを逆立てる怒り心頭の時の仕草なんかもうたまらんよ?」

「別の意味でたまらねえよ。……お前のセンスは相変わらずよく分からんな。色々と」

 

 憤慨する明久や雄二を見て美波や秀吉が失笑を漏らす。少し離れた教室の隅では志燕と康太が寝返りを打つ巨獣にビビり倒し、彼らに盾として矢面に立たされた鵆が「何すんじゃボケども――‼」の一喝と共に威勢よく男二人の身体を鋭い蹴りで吹き飛ばす。バルトの豊満な腹部のセンターへと見事なストライクを決めていた。

 そして時を経ても変わらないリトルジョーカーズの面々に満足したオレは弛緩しきって、つい禁断のタブー(二重表現)を漏らしてしまった。

 

「なあ、ところで今日って学校何時までだ? 新クラスの初顔合わせだけだろうから、午前いっぱいまでには終わるよな?」

「む? なんじゃ、藪から棒に」

「いやー、早いとこシャワーを浴びたくてさー。何せオレ、最後に風呂入ったのいつだったか覚えてねえくらいだし」

 

『………………』

 

 平和ボケした様相が掻き消え、一瞬にして冷めきった空気にオレの半ドンならぬ四半ドンくらいの長さが妥当なとこかな、アッハッハという高笑いだけが空しく響く。

 時既に遅く、異常に感づいた刹那、オレの前に並列していたリトルジョーカーズの仲間たちはにわかに肩を震わせたかと思うと、伏せていた顔を一斉に上げる。そして瞳孔をカッ開くや否や、大気を突き破らんばかりの声量で大唱和を解き放った。

 

『汚物は消毒だ――――‼』

「ええええええええええ⁉」

 

 踏んだ地雷が四方八方へ連鎖爆裂。逃げる間もなく、執行人と化した友人たちはまるで示し合せたかのように群がり、オレの痩身を覆いこんだ。

 

「こっから一番近い水場ならプールだよね! 鵆、そっちの足持って!」

「何であたしがこんな汚いもの運ばにゃならんのだ! 持つならあきひさ一人で持て!」

「オイ、待て待て! なにテメェら担ぐ前提で話し進めてんだ!」

「やかましい! ただでさえ小汚え教室に、こんな不潔なオブジェがあってたまるか!」

「ウガッ⁉ よ、よせ雄二……首が、絞まるっ……‼」

 

 首根っこを引っ掴むな雄二! ネコ科動物とはわけが違うんじゃーい!

 抵抗空しく乱暴に引きずられ、なす術もなく廊下に躍り出るオレの矮躯。明久や鵆たちリトルジョーカーズの面々やFクラスの野次馬たちが後に続き、何人かの生徒が「石鹸と洗剤と漂白剤を取ってくる」と不穏な言葉を残して、総勢50人にも上るバカ共がそれぞれの疾走を開始した。

 そして駆け足ながらも尚、校内引き回しにされるオレの上からがなり立てる友人思いな(?)仲間たち。

 

「ユーくん、行き先変更! やっぱりジュンの汚れは煮沸消毒してしっかり落とすべきだと思うッス!」

「そこって校舎裏の一角のあそこじゃねえか⁉ 消毒じゃねえよ、焼却だよそれ!」

「もうプールで良いじゃろ! 昨日の雪が大層積もっているじゃろうから尚のこと都合がいい!」

「おい、まさか服を剥いで投げ入れる気じゃねえだろうな⁉ 心臓麻痺で殺す気か!」

「…………この際、寮の洗濯機で洗浄した方がいい」

「脱衣所まで来てんならもうちょっと頑張れよ! すぐそこにちゃんとした風呂があるだろ!」

「もういっそのことこのバカ屋上の給水塔に頭から投げ込んじゃいなさいよ!」

「誰か! 誰かオレの味方はいねえのか‼」

 

 涙ながらの懇願も受け入れられずに、終いには身ぐるみを引っぺがされて屋外プールのシャワーに晒され、たちどころに『怪奇・泡男』が爆誕を遂げる。

やりやがったなと罵詈雑言を叫びながら泡を振り払って応戦する全裸のオレの姿に煽りを受けて歓声を上げ、Fクラス総力を挙げて執り行われる洗浄もとい、戦場の激しさは更に増し、それはいつしか笑顔が新たな笑顔を呼ぶ無限のスパイラル。つか、誰だクレンザー投入したの! マズッ! 酷く不味い‼

 いつだって全力でふざけ合い、全力で衝突し、最後は必ず輪になって笑い合う。端から見れば全くの無為な時間を過ごしているようにしか見えない、そんな光景がオレたちリトルジョーカーズの当たり前な日常。

 

 

 

 

 老衰した藤堂真之が風化するかのようにこの世から姿を消したころには、すでにオレは彼を利用せずに一人で生き抜いていくにも十分な強さを身につけていた。

 何よりも強い力。誰よりも固い信念。それを信じて疑わなかった。

 それでも心のどこかでオレは求めていた。これまでに叶わなかった日常を手にするための捌け口を。一蓮托生を誓い合い、共に駆け抜けてくれる朋友の影を。

 やがて真之の妹を名乗る藤堂カヲルというババアの元に引き取られてからも、見果てぬ夢を追いかけてオレはただ走り続けた。

 そして、見つけた。大切なものは混じりけ無しの自分の意志で手に入れる。そんな当たり前の事に気付くより以前のオレの現身、自分と世界を隔てる金網にもたれて殻に閉じこもった少女、木下鵆を。

 何かの使命感に駆られたでもない。ただ、連れ出してやりたかった。何の喜びも知らないこの女を、まだまだ面白さや希望に満ち溢れている輝かしい世界へ。かつて一人きりだったオレが挫折した、遠い日の向こうまで。

 (てら)いが無かったわけでもないのだろう。それでも木下鵆は眼前へと差しのべられたオレの手を握り返した。幼子が母親の手を拠り所とするかのように、そこに確かな居場所を渇望して。

 拙くも一途な思いの丈を、確かな感触と共に伝え、流し込む。

 

 安心しろ、これからはいつもいっしょだ。いや、むしろいっしょにいてくれ。

 オレがいくらでも楽しいことをおしえてやるから。たいくつなんてしないような毎日をあたえてやるから。

 だから、これからはずっと自由だ。

 いっそ、おまえもオレみたいになれ。だれにもしばられない、だれにもじゃまされない。みんなをあっと言わせてやれるような、そんな小さなヒーローに。

 

 ――そう、リトル・ジョーカーに。

 

 二人の繋がれた手と手が黄昏時の残照に祝福を受けたその瞬間、オレたちの『リトルジョーカーズ』はこの世界に産声を上げた。

 

 それからは早かった。リトルジョーカーズのメンバーに用意された空席はあっと言う間に愉快痛快な面々で着々と埋まり始め。かつての憧憬はいとも簡単に叶えられ、そして夢のような毎日が始まりを告げる。

 地域一帯を賭して戦った悪ガキ退治。野良猫たちを心ない保健所の魔手から守り抜いた奇跡の救出劇。

 伸るか反るかの大博打。八面六臂の大活劇。

 ただ走って走って、走り続けたその跡に――振り返ればすぐそこにオレたちの輝かしい不朽の武勇伝がある。そこに掛け替えのない仲間たちとの絆の結晶がある。

 無邪気にオレに笑顔をくれる彼らの姿を見るたびに、オレがこれまでみんなを導いてきたつもりが、いつしかオレの方がみんなに支えられていたことを思い知り。

 そんなどうしようもない、愛すべきバカ共に揉みくちゃにされながら。

 兄貴分が弱音を吐くなんて不謹慎だと分かっていながらも、それでも切に願わずにはいられない。

 

             ――そんな当たり前の日常が、どうか

               どうかいつまでも続きますように――

 

 

 




 プロローグはここまでかな……。
 前書きで感づいた方もいらっしゃるでしょうが、この作品ではコラムに『バカテスト』ではなく『棗恭介の一問一答』を元にしたコーナーを採用したいと思います!
 この作品に少しでも目を通してくださった方の中で『そういやなんでこれってこうなんだろう?』と日常でふと感じた下らない疑問がある方がいらっしゃれば、感想欄ではなくオレのページに、公開時にユーザーネームを特定されないような仮のペンネームと合わせてダイレクトメッセージで送りつけ下さい! 下らなければ下らないほど結構‼ (たとえ法螺、作り話でも構いません)

例:P.N.三浪した郎
  遅刻したときのうまい言い訳を教えてください。

 もちろん、ご意見ご感想もお待ちしております!
 ……見切り発車な作品でここまで勝手なことをしてしまっていいのか、オレよ。
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