リトルジョーカーズ!   作:つむじ鴉

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【御劔隼翔の人生相談室】~第一回~

《質問》

 P.N:日本書記
 知り合いがホモに犯られました。僕はどうすればいいのでしょう?

《御劔隼翔の回答》

 ……スマン、鉄人。正直この企画舐めてたぜ……。
 そりゃ精神にガタがくるのも無理ねえよな、こんなへヴィ級の質問責めに会ってたらよ。頑張ったんだよな、テメェなりに。
 まあ単位稼ぎの話に釣られたとはいえ、オレも漢だ。一度引き受けると明言したからには真面目にやってやろうじゃねえか。
 え~、にしてもホモ、ホモねえ……。
 う~ん、参ったな。とりあえず、お前が彼の(女だったらおかしいよな?)為に出来るであろうことについて箇条書きにしてみた。是非ご照覧あれ。


・友をファザコン、ブラコン、ショタコンのいずれかに目覚めさせる
 男も悪くないよ、と婉曲的に勧めてやる作戦だ。ただし、こういった穏便な手段では心の傷を払拭できる可能性は著しく低い。気をつけろ。
 個人的な意見として、オレはファザ婚を推奨する。

・自分も同じ道に迷う
 『死なば諸共』作戦だ。お前が真に彼の友たるならば、己の身(貞操的な意味で)も厭わず共に地獄へ落ちるのも悪くないんじゃなかろーか。
 ちなみに一つ上の回答に誤字があるので注意してくれ。間違っても友をファザーと結婚させてはならない。同性愛、重婚、近親相姦と驚天動地の三重苦が連なり、友人の一家が離散する事態になったとしても、オレはそこまで責任とれない。

・『ケツの穴の小せえ男だ』と日々彼に向かって連呼する
 決して罵詈雑言ではない。遠まわしに『大丈夫、拡がってないよ』と慰めてやる作戦だ。……ところで、オレはさっきから一体相談者に何を推奨しているんだろう。

・彼の周囲に見受けられる電話の米印ボタンをことごとく破壊する
 ……え、何? ケツの穴からはもう離れろ? 気遣いどころかむしろ逆に意識させる? ……了解した。

・ひたすら殴る
 『記憶を失えばオールオッケー』作戦だ。お前が彼の人生全てに対して責任を負う覚悟があるなら是非。

・彼のキン〇マを潰す
 要は去勢。『男でなくなればノーマルじゃん』作戦だ。……ところで、さっきからオレは一体何トンデモネエことをほざいているんだろう。

・はっぱふみふみ
 別に葉っぱを踏み踏みするわけではない。でも踏みたきゃ踏めばいいと思う。

・仇討ち、暗殺
 最終手段と心得ろ。

・冷やし中華を始める
 真の最終手段と心得ろ。そして誰かオレを止めてくれ。

 スマン、途中寝ぼけて妙なことを書き込んでしまったかもしれんが、少しでも参考になれば幸いだ(と、一応回答した手前は告げておく)。そして、ひたすら謝る。スマン。
 ……え~、最後に一つ。このコーナーを利用するにあたっての条文を一つだけ作らせてもらってもよろしいだろうか。


※たとえあなたの人生が御劔隼翔の手によって狂わされてしまったとしても、当方は一切の責任を負いかねます。





情熱、ジャンク・スピリッツ
Trigger Burst


「しかし悪いな明久、テメェの分の土産だけ渡せなくて」

「ガラガラヘビなんて冗談じゃないし、むしろありがたかったんだけど。そんなことより去年勝手に音信不通になったことを反省してくれないかな」

「代わりにほら、このゴムひもやるよ。カエサルだと思って大事にしてくれ」

「いやゴミだよね、ただの」

「よく見りゃこのスマートなフォルムがアイツを彷彿とさせるだろ」

「いや僕そのヘビさんにお目にかかったことないし。てかゴミだよね、ただの」

「いらんかったら、すててくれ」

「いやバッテ〇ー一巻のラスト風にいい話にしようとしても無駄だから。とどのつまりゴミだよね、ただの」

 

 始業時間から十五分ほど経過した時頃にドヤドヤと教室への道程を練り歩くFクラス一行。石鹸やら柔軟剤やら無駄にいい香りがする濡れ鼠たちの先陣を切って歩くオレと明久は、我らが教室の前で立ち往生する二つの人影を目に捉えた。そのうちの片割れ――おそらくはこのクラスを受け持つ教師であろう中年もオレたちの姿を認めたらしく、安堵と諦念の入り混じった溜め息を漏らす。

 

「ああ、やはり君たちでしたか。困りますよ、新学期早々ボイコットなどされては担任としての面目が立ちません」

 

 君たちというのは当然Fクラス生全体ではなく、リトルジョーカーズへ向けて送られた辞だろう。すまんと簡潔に一言だけ告げ、いざ教室へ参らんと歩を進めようとした時、隣に立つ明久の異常に感づく。

 中年教師の陰に立つ見目麗しい少女。ほんの僅かな立ち振る舞いからも育ちの良さや教養が滲み出る、お世辞にもFクラスの同類とは思えないような対極性。

 オレが担任と視線を交わしていた時、明久は、彼女の瞳は一体何を見ていたのだろうか。

 後ろがつっかえてるから早く入れ、という鵆の怒声で我に返り、明久の首根っこを引っ掴んで彼女の視界の外へ連れ出す。

 適当に後ろから二列目の座席に座らせ、その隣にオレも落ち着く。しばしの沈黙ののち、丁度教室の席の半数が埋まった時頃。明久から視線を逸らしたまま何の気無しを装って疑問を投げた。

 

「誰よ、アレ?」

「姫路、瑞希さんだよ」

 

 悄然と俯いた明久は力なく彼女の名を漏らした。心ここにあらずといった声音。そんな明久の様子がオレの目には、まるで言葉と同時に心の中で自問自答した何かを反芻しているかのようにも映った。

 

 

 

 

 綺麗に中央から裂けた、サメの歯のような切り口の教室札。

 吹き抜ける風の薫りさえ腐臭と化す、カビた畳。

 椅子と机の代わりに用意されたつぎはぎだらけの座布団に、足が折れたちゃぶ台。

 今にも崩れ落ちそうなほど不安定に軋み、(すみ)には斑色の蜘蛛が巣食う天井板。

 いやー、エコだねー。でもまあ、地球環境を案じる暇があるなら、生徒の衛生面に気を配ってもらいたいものだ。教育委員会へこの文字通り腐った教育現場の実情をまとめて提出すればすぐにでも廃校に追い込めそうなものだが、あの女狐学園長のこと。黙認が叶うよう何らかの根回しをしていても不思議ではない。逆説論からすれば、何の手心も加えずにこの経営を保っている方がむしろ不自然と言えよう。

 オレは枕代わりに敷いた座布団――綿が完全に抜け切って最早座布団でもなんでもないボロ布に辟易しつつも、耳に入ってくる和気藹々とした周囲の雑談に関心を向ける。寝転ぶ傍らでは雄二が寮の部屋から持ち込んだらしい鉄アレイで筋トレに勤しんでいる。ヒジョーに落ち着かない。

 

「あー、そりゃまた災難だったッスねー」

「…………他人事ながら、俺も腑に落ちない」

「規則規則の一点張りとは何とも融通の利かんことよのう」

「す、すみません……私なんかのために皆さん気を使っていただいて……」

 

 自己紹介を終えた後、交流の意も兼ねて設けられた歓談の時間。しかし学力劣等、素行不良、リア充爆砕。そんなFクラス生の個性の偏り方からして、人の輪の中から浮くような生徒が出てくるはずもなく、適当な三々五々に固まってたちどころにゲーム談義やら猥談に花を咲かせる始末。我らリトルジョーカーズも例に漏れず、いつも群れているメンバーでまとまり雑談を繰り広げる。明久の知己、姫路瑞希(ヒメジミズキ)を交えて。

 Fクラス配属の処分が下されたのは振り分け試験を体調不良にて途中退席し、無得点扱いになったためとか。そんな彼女はいわゆる『人当たりはいいが、人付き合いが苦手な人間』の典型パターンであった。まさしく才色兼備を体現したかのような柔らかみと魅力を漂わせる模範生。第一印象はそれに尽きた。

 

「吉井君もこのクラスだったんですね。これからまた、改めてよろしくお願いします」

「そ、そうだね。いやー、なんだか小学校時代を思い出すなあ」

 

 邪気をまるで感じさせない挨拶を無下にすることもできず、にこやかに応対する明久。先程は自分から避けようとしているかのような言動もあったが、瑞希に対して腫れ物扱いといったような悪意は抱いていないようだ。

 

「姫路さん、だったわね。男だらけのムサイとこだけど、まあ仲良くしましょ」

「あ、よろしくお願いします。えっと……島田さん」

「美波でいいわよ。ウチもあなたのこと瑞希って呼んでいいかしら」

「はい、是非! 美波ちゃん!」

 

 女子間ではこれまた微笑ましいやり取りが。意味も脈絡もなく交わされる女同士のけたたましい談笑に虫唾が走るような人間さえも、思わず頬の筋肉を緩めてしまいたくなるような平和さだ。

 

「ほら、鵆もこっちに来て挨拶しなさい」

「……いい、ここにいる」

「いい加減ウチ以外の女友達も作らなきゃダメでしょ。いつまでもそんな調子じゃ、木下も他のみんなだって心配するわよ」

「うう……」

「よっ、と。すまんの姫路。初対面の相手にはいつもこんな調子なのじゃ。気を悪くせんでくれ」

 

 耳まで真っ赤にして秀吉の陰に隠れるも、結局当の彼によって羽交い絞めにされて瑞希の前に引っ立てられている。はーなーせー!とがむしゃらに手足をばたつかせて抵抗するも、そこは秀吉も高校生男子。あえなく力負けして項垂れてしまう。当然目線は瑞希と合わせない。

 

「えっと、木下君の妹さんでしたよね。姫路瑞希と言います。これから一年間、仲良くしてくださるととても嬉しいです」

「…………っ!」

「その、えっと……」

 

 見事なまでに赤面した顔を逸らして恥じ入ってしまった鵆。そんな目も当てられない彼女の姿を前に困惑して視線を彷徨わせる瑞希に秀吉が助け舟を出す。

 

「あー……その、姫路よ。その心遣いはワシやもちろん彼女とて大変嬉しいのじゃが、何と言ったらよいか……」

 

 目は瑞希の方へ向けながらもチラチラと自身が押さえ付けている鵆の方を盗み見し、やがて観念したかのように大きな溜め息をついて、

 

「木下鵆はワシの妹分ではなく――」

「あたしは姉貴(・・)だ――――‼」

 

 突如として放たれた虚空をつんざく金切声。

 駄々っ子のように身を捩らせて秀吉の拘束を掻い潜った鵆の矮躯は雄々しく仁王立ちを決める。そして、何の前触れもなく変貌を遂げた彼女の態度に唖然とする瑞希に向けて、こともあろうか威勢よく人差し指を突き付けた。

 

「あたしが姉だったら悪いのか、弟より小さかったら姉じゃないなんて誰が決めたんだ、それであたしが誰かに迷惑かけたことあるのか、それでお前死ぬのか、みずきはあたしのことをなんだと……」

 

 巻き起こる罵詈雑言の嵐。あまりに低すぎる鵆の沸点は、時に己が患いし極度の恥じらいをも捨てさせる。……そして結局、ものの見事に自爆を決める。

 荒ぶっていた語気が途端に萎み、狼狽を露わにした鵆は口を真一文字に結んで表情を悟られまいと顔を伏せる。

 

「……はい、どうか瑞希と呼んでください!」

「……うゅ~~~!」

 

 屈託のない笑顔を返されて、隠しようがないほどに頬を紅潮させる鵆。いつまでたってもコイツは『可愛げのあるクソガキ』なんだな。こんな場面に立ち会うたびに、オレの中では『鵆はこのままでいいんじゃないか』『いや、何とかせにゃマズイだろ』という肯定と否定の感情が絡み合い、相克を繰り返している。うーむ、ジェラシー。じゃねえ、ジレンマ。

 そんなオレの複雑な心境もいざ知らず、照れ隠しと言わんばかりに異星語を喚き散らしながら秀吉の胸板へハンマーパンチを繰り返す鵆。その姿に、つい頬がまた緩んでしまう。

 

 整理のつかない気持ちを誤魔化すかのように寝返りを一つ。視界を反転させる。

 

「……フッ! ……フッ!」

「…………」

「これで1000回、と。……あ? どうした隼翔。筋肉ならやらんぞ」

 

 ヒジョーに落ち着かねえ。加えて心が不愉快さで満たされた。

 

 まあ、何はともあれ。

 相手が今までにないパターンの品行方正な優等生さんだけに一抹の不安を感じさせられたが、鵆の方もまんざらではねえようだし。

 どうやら、瑞希はここで上手くやっていけそうだ。

 

 

 

 

 などと安堵していたのも束の間の話。

 話がある、と唐突に明久から切り出されたオレは、同じく相談を持ちかけられたらしい雄二を伴って廊下に佇立していた。

 

「改まって話ってのはなんだ? 俺と隼翔以外に聞かれると不利益な内容なのか?」

「そのー……。あのさ、えっと……」

「早くしろ。俺はこれから予定している試召戦争の計画を練るのに忙しい」

「――! そう、それ!」

「はぁ?」

 

 歯切れ悪く、中々話を切り出そうとしない明久。しかし、そんなヤツに痺れを切らした雄二がこぼした一言に身を乗り出して便乗。書店万引き犯もかくやというべき不審さを露わに捲し立て始める。

 

「どうせ試召戦争をやるなら、Aクラスに仕掛けてみない? もちろん、お互いの設備を賭けて」

「殊勝だな。そりゃまたどうして?」

「え――それはほら、Fクラスの教室ってさ、見ての通り酷い設備じゃない? これじゃ勉強もままならないよね? ……よね?」

「……」

「対して、Aクラスは冷暖房にリクライニングシート、ノートパソコンを個人に完備。もちろん教室その物だって高級ホテル並みの豪華さで……」

「…………」

「これってあまりにも不公平だと思わない? それにひ――僕って身体弱いし……エホ、エホッ」

「ほほう成程、姫路のためか」

「………………」

 

 明久の貧相な理論武装は雄二の核心をついた一言によって脆くも打ち砕かれた。

 

「まあ、理由はどうあれ良い傾向だ。俺も丁度お前と同じことを考えていたからな」

「え? 同じことって、まさか雄二も姫路さんのために――」

「ちげーよ、バカ。Aクラスへの挑戦の話だ」

「え? ホントに?」

「そこまで意外か?」

「だって雄二はこういう面倒事は極力避けるタチだと思ってたし……」

「それはありがたいけど、どうして?」

「ん、どうして――な」

 

 そこで雄二は不意に口を噤み、僅かに逡巡する素振りを見せるも、やがては不敵さを含んだ声で断言してみせた。

 

「まああれだ。なんつーか――ここらでいっちょ証明してやろうかと思ってな。

 『バカは間違いなんかじゃない』、そんな永遠不変の真理を、偽りの先入観に凝り固まった石頭連中によ」

「雄二……」

「そう尊敬の眼差しで見るな。あれか、感激のあまり忠誠心でも芽生えたか?」

「さっきから思ってたんだけど……頭大丈夫? 隼翔のバカが移ったりしてないよね?」

「問題ねえ。ハヤト菌空気感染対策に、麓の内科で月に一度予防接種を欠かさずしているからな」

「余程命が惜しくないと見えるな、テメェら。そんなにリーダーいじめて楽しいか」

 

 建前にも聞こえた伊達な言い分にそぐわず、我らがリトルジョーカーズ随一の知性派と肉体派を兼ねる野獣の目は、いつになく凄みを帯びていた。

 なんつーか、の部分にどれだけ深淵な内容が収斂されていたかは知る由ではないが、憎まれ口を叩きつつオレも明久も内心では快哉を叫んでいたのだろう。これから始まる素敵な波乱の予感に。決まって能動的行動を起こさない雄二自らが我を張って、このミッションに立ち会おうとしている事実に。

 成績最低の烙印を押された劣等生集団Fクラスが、学年最高成績を謳われるAクラスをその文字通り豪奢な玉座から引き摺り下ろす。なるほど、実にドラマチック且つ単純明快、そしてなんという爽快であろうか。

 

「で、明久よ。なんでオレまで出張らなきゃならんわけ? コイツはリトルジョーカーズ8人の問題じゃねえ。

 学級最高責任者の雄二にお伺いを立てるのはまあ分かる。半面オレからすりゃあ、クラス代表を中心に執り行われる試召戦争は全くの管轄外なわけだが」

 

 それまで発言を自重していたものの、先刻からの野郎の奇妙な挙動に内心苛立ちを募らせていたオレは、わざとらしく心にも無い不満を漏らして軽くカマをかけてみる。

 本心を隠しているのは雄二も同じだろうが、コイツの場合は露骨と言うのも(はばか)られるほどにやましさを抱えていると見た。試召戦争に支障をきたさぬうち、可及的速やかに暴くに限る。

 

「いや、クラスの代表は雄二だし、試召戦争の指揮もぱっぱらぱーの隼翔が執るわけじゃないっていうのは分かってるんだけどさ――それでも僕たちのリーダーは隼翔だから」

 

 一瞬今度こそ絞め殺してやろうかという衝動にも駆られたが、最後に付け加えられた無邪気な一言に毒気を抜かれてしまう。明久はそれともう一つ――、と神妙な面持ちを作って、

 

「姫路さんをその……誘うのはやめてほしいんだ」

 

 感情を押し殺した低い声。たったそれだけでオレたちは通じ合った。

 

「そいつはあれか――リトルジョーカーズのことか?」

 

 寸分の迷いもなく明久は頷く。

 

「オレの方は是非にでも、と思ったんだが珍しく気が合わねえじゃねえか、悪友。ほら、見てみアレ」

 

 オレが親指で指し示した扉の覗き窓の向こう側へ臨むにこやかな光景。そこでは、よいではないかよいではないか、やーめーれー!、などと何とも性別の倒錯した心温まるやり取りが繰り広げられている。より詳細に分析するならば雰囲気を和ませようと思い立ったらしい秀吉が、義姉、鵆を羽交い絞め状態で大回転させているといったところだ。抵抗も空しくラウンドブランコによって目を回す鵆の愛くるしさに、彼女の姉御的立場の美波はもちろんのこと瑞希さえも緊張を忘れて破顔している。

 

『…………翻る――その一瞬を狩る‼』

(頼むよ、ムッチー‼ 一枚300円以内なら即決で買う!)

 

 そんな無防備な姿をさらす彼女たちのスカートの裾を親の仇であるかのように睨みながらも、その深奥をファインダーへ収めんと一人奮闘するムッツリスケベと、その背後から声なき声援を必死の形相で送り続ける胴着金髪野郎の姿はこの際見なかったことにしておこう。

 

「そんな簡単に済む話だったら、僕だって反対しないさ」

 

 目を細めた明久の見つめる先には弱々しく咳き込む瑞希の姿があった。埃まみれの教室から灰神楽の如く舞い上がった淀みが体に障ったのだろう。

 

「というと、なんだ? 姫路は試召戦争の騒動に参加させる分には問題ないが、リトルジョーカーズが絡む無茶には一切巻き込むな、と?」

「うん、それでいい。

 僕は姫路さんの意志を縛ったとして許されるような大それた人間じゃないし、一度にいくつも無茶を提案するのは流石に抵抗がある。それは重々承知してるつもりだけど、これだけは誰にも譲れない」

 

 奸計好きの分際でまどろっこしい事情を嫌う雄二が強引にまとめに入る。そんな無茶な極論に明久は是非もなく首を縦に振って見せた。

 

「――彼女の居場所はここじゃないんだ」

 

 口にした自身ですら驚くほどの乾ききった口調に愕然とした面持ちを作る明久。まるで自分にも言い聞かせるかのような低く静かな述懐。ただの一人の呟きがもたらしたとは思えないほどに重苦しい空気の中、オレも雄二もそれ以上は何も言及出来ず教室へと早々に退却した。

 

 そう肩肘張ってんなよ明久。二つとないテメェの我やら魅力を下らねえ底意地で押し込めるなんざあ、リトルジョーカーズが頭目、この御劔隼翔さまが許すと思うな。

 

 

 

 

「さて、そろそろ雄二が口火を切る頃だろうが……」

「え⁉ ゆ、ユーくんが乳首を切る⁉ 何のために⁉ なにゆえここで⁉」

「…………なんて無茶を……!」

「テメェらもう何もしゃべんな」

 

 そして、予感的中。

 

「Fクラスの諸君、早速だがお前たちに提案がある」

 

 何食わぬ表情をした明久が教室へと戻ってきたタイミングを見計らい、眼下の群衆へ向けて話を切り出す雄二。視線を教壇上の己一点へと集めたのち、何の前置きも無しに主題の旨を告げた。

 

「Aクラスの連中を試召戦争で打ち破ってみないか。俺たち――落ちこぼれどもの集ったこのFクラスでだ」

 

『いやー、流石はリトルジョーカーズの構成員。新学期早々頭湧いてやがんなー」

『ともすりゃあ、敵さんは痩せても枯れても学年最優秀者の選抜隊、Aクラス。片や何一つ打ち込めるものもなく、ただ漫然と怠惰な日常を繰り返してきたFクラスだぜ』

 

 途端に蔓延る不協和音。これもまた予測の範疇ではある。

 そして、雄二が遺憾無く演説の手腕を発揮するための布石。

 

『既に開ききった月とスッポン、いや、メロンパンとスッポン程の差をどうやって埋めるってんだ、え? クラス代表(笑)さんよぉ』

 

 いや待て、なぜパンになぞらえる。むしろ比較対象がしょぼくなってるだろうが。形しか似てねーよ。

 

『そーだ、何せ戦力差はクリームパンとスッポンのそれだぜ』

 

 パンから離れろ。地味にグレード落ちてるし。

 

『確かに設備のそれはあんパンとスッポン並みに開きがある。確かにそそられないと言えば嘘になるが……』

 

 またパンのランク落ちてんぞ。なぜパンに固執する。お前らどんだけパン好きなんだよ。いや、オレも好きだけどね。

 

『AとFじゃあオツムの違いはあんパンとカメパンのように歴然だ。そりゃ分が悪すぎるってもんだろうよ』

 

 終いにゃスッポンまでパンにしやがったよこのバカども。

 つかカメパンってあれだろ、見たことあんぞ。手足を模したロール生地の上にメロンパンの甲羅を乗せて作るあれだろ。今まであやふやだった価値がもう完全に逆転してるじゃねえか。誰か何とかしてやれよ。

 

『何やったってアンパ〇マンとカメパン程の開きを埋めることなんざ出来ねえよ。認めたかねぇがな』

 

 だからってあんパンにも手足生やしゃいいってもんでもねえだろうよ。最早月とスッポンの原形留めてねーし。

 文句だかボケなんだがよう分からん野次を一身に受けながらも腕を組み、泰然と構える雄二。全てを黙殺、喧騒がさざ波程度に収まった時頃を合図とし、おもむろに再度口を開く。

 

「いま俺たちはこうして希望する進路に向かって日々精進を積み重ねているわけだが――ふと疑問に思うことは無いか? 自分は今何やってるんだろう、と」

 

 抑えた――それでいて覇気の込められた声音が、仇なす全ての音声を封殺する。まさしく具現化した静寂を此方へと召喚したかのように、一瞬にして雰囲気を塗り替えた。

 

「自分から勉強に勤しみそれを悦とすることのできる輩もいるのは確かだが、少なくともここに集められたお前たち、いや俺たちは違うだろう? 望まぬ学習を消極的に積み、時にはつまらない遊びに逃避する。そんな主体性に欠けた日常を当たり前と思って過ごしている」

 

 一転、持ち前のリーダー気質を如何なく発揮した、耳にしたもの全てに電撃を流すかの如き熱弁。一同皆、心音を掌握されたかの如く我を忘れ、彼の言わんとする所を探り、また魅せられてゆく。

 

「だからよ、今この瞬間、俺たちが本当にやりたいことをここらで一発やってみねえか」

 

 まさしく時が停滞した、その瞬間であった。

 居合わせた者たちは等しく己が神経に警鐘を鳴らしたことだろう。

 何が正しいか。

 この瞬間、名にお思うことが正しいか。

 自分の今の在り様は正しいか。

 否。

 その猜疑心こそが何よりの誤り。

 ただ心が叫ぶままに駆けろ。正義正解正当性など後付けで結構。

 なんだって勝てば嬉しい。壁が高ければなおさらだ。

 単純明快。敢えて目的を定めるならそれで十分。

 当てがある上で走る人間など、オレたちに言わせればそれこそ欠陥品だ。

 

「今の俺たちの置かれた状況を例えるならば、三点ビハインドの九回ウラ、ツーアウト満塁。確かに残されたチャンスは少ない」

 

 地を割り、腹まで響くかのような太鼓の音が文字通り群衆を鼓舞していく。

 毎度のことながら、雄二の人心掌握力には深く感心させられる。果ては社長か首相か教祖様か。いや、むしろリトルジョーカーズのリーダーの座も今すぐ明け渡すべきかもしれん。以前冗談交じりにそんな話を切り出したら、見ているこちらがドン引きするほどの嫌がりようで抵抗され、軽く傷ついた一件は記憶に新しい。

 

「それでも、それでもだぜ。今この瞬間が、最高に燃え上がる人生の絶頂期だろうが! この状況から俺たちが巻き返して、Aクラスを倒したらどうなる? 最高に爽快じゃねえか!」

 

 秀吉が奏でる鋭い口笛。康太の不敵を帯びた微笑。辺りを見渡してまごつきながらも、振り回す拳を志燕の煽りが比類なき情熱を呼び寄せる。

 いいぞー、やれー、ユーくん‼ 突き上げた裸の拳に込められた昂りを目にした者たちもそれに倣い、全力を以って冒険心を喚起する。

 

「テメェら自覚しろ。今、俺たちはさいっこうに面白い局面に立ってるんだぜ! ここで目を背けてどうすんだ! この青春期を完全燃焼できずして、一生後悔して、それでいいのか!」

 

 拳を平手に打ち合わせて互いに頷き合うのは美波と鵆だ。そしてそんな彼らの中、瑞希は祈るように手を組み、声に出来ない感動を露わにする。

 

「……いつか、俺もお前たちもおそらくは望みもしない仕事に就いて、それでも必死こいて働いていくことになるだろうさ。自分を押し込めて、上から上から飛んでくる指令や怒号に動かされて、前後不覚に囚われて自分を見失ってしまうことだってあるかもしれない」

 

 熱狂を胸に滾らせ、ようやく「らしい」表情を浮かべる明久。先刻までの諦観の面持ちが嘘のような掛け値なしの快活さ、一点の曇りもないその笑顔。

 自分自身うかがい知れぬオレの様。歓声を送ったか、挙動さえしたか否かも判然としない頭。思考は空白、されど言い表すことさえ叶わざりし“何か”に満たされたソレ。

 仮に何一つ動態が認められなかったとして、それはここに集いし誰よりも喜びを――例えようもなく身を焦がすほどの情意に耽溺していたから。そう、自負している。

 故に、リトル・ジョーカー。諸人が鑑とする常識の埒外に立つ酔狂の化身。思考回路が弾け飛ぶほどの快悦を追い求め続ける、戯れの伝道師。愚の骨頂たる信念を貫く小さな傑物。

 『かくの如くあれ』という理念の元に募った同胞、リトルジョーカーズ。無論、そんな彼らのはっちゃけ具合も伊達ではない。

 

「そんな過酷の中でも思い出せ‼ 正しいも何もねえ‼ 下らない勘繰りも疑問も振り切って、この今を全力で駆け抜けた、その証を‼

 叫び続けろ‼ 俺たちは、これから始まる(・・・・・・・)‼」

 

 大喝采。

 笑顔が笑顔を呼ぶように、一人の喚起は引き金となって心を射抜き、情熱を思い起こさせる。

 必要なのは確固たる人の意志。衝動を覆い隠す臆病風を轟然と掻き消すただ一つの着火剤。

 今のオレたちFクラスに迸る激情の総算に曰く、恐れるものは何もない。

 

「と、いうわけで――」

 

 ここで雄二は意味ありげな一拍の沈黙を置くと同時に、流し目でオレに向けてアイコンタクトを取ってくる。

 オレは数瞬の間に思案を巡らせると、雄二以外の人間に気取られないよう胸の前に手を寄せて、素早く簡潔なサインを送った。

 

『五つ』『下げろ』

 

 確認するや即座に片目を閉じて承諾の意を示し、

 

「――俺たちFクラスはAクラスに試験召喚戦争を仕掛けようと思う」

 

 廃屋に木霊するどよめきを高く掲げた手で制し、雄二は一層張りのある声で演説を締めくくる。

 

「初戦の日取りは五日後だ。各員、準備や心構えを決して怠らないように!」

 

 

9




 長らく更新が開いてしまい申し訳ありません! 自前のPCが無いとどうしても滞ってしまうもので!
 しかし、現在単身赴任中の父が使っていたPCを譲ってもらえる可能性が出てきました。赴任が終わるのが5月いっぱいという話でしたので、更新頻度が上がるとしたらその時からですかね……。やっべ、絶対愛想つかされる。

 感想ご意見、コラムへの投稿(詳細は第二話後書き)、お待ちしております!
 ちなみに前書きコラムの質問内容はさる投稿者様の実話だそうで。くわばらくわばら。
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