神を殺す、その日まで。 作: 紫水晶
迷宮都市『オラリオ』。
『魔石』を核として活動する『怪物』を生み出す、世界にただ一つ存在する地下迷宮『ダンジョン』を保有する巨大都市だ。
ダンジョンがもたらす様々な恩恵を受けて繁栄するオラリオは、他の大陸の一国家よりも遥かに発展しているとさえ言われるほどである。
ダンジョンおよびオラリオを管理する組織『ギルド』を中心に繁栄するオラリオには、あらゆるものが集まってくる。
その中でも特に集ってくるのは、冒険者。
怪物を生み出し、未だ誰も触れたことが無い『未知』が眠っていると言われている『ダンジョン』を保有しているというオラリオの特性上、戦いに焦れるもの、『未知』を求めるもの、強さを求めるもの、様々な人間がオラリオに引き寄せられるのだ。
これは、オラリオで戦い抜いた独りの小人族の冒険譚。
◆◆◆
目の前に広がるのは薄青色に染められた道。
床も、壁も、天井も全て薄青色に染められている。
道の奥を見てみれば、四方八方へと先に続いていることが分かる。
ここはまさに、天然の迷路だった。
ビキリ……
そんな、目の前の空間に感想を抱いていた時。
何かが罅割れるような、嫌な音が僕の目の前の空間に響いた。
響いた音の源を目で辿っていくと、壁に文字通り罅が入っていた。
バキ、バキッ!!
そしてたった今、そんな破壊音とともに罅割れた壁は破片となって道の上に放り出された。
破片を撒き散らした壁の中、そこから出てきたのは怪物だった。
「キシャァァァーーーー!!」
怪物は、醜悪な外見をしていた。
頬まで裂けている口、悪魔のように尖った耳、大きて不恰好な鼻。
僕と同じような、
怪物の名は、ゴブリン。
僕が今いる地下迷宮『ダンジョン』が生み出すモンスターの中で最も弱く、最も有名と言われているモンスターだ。
そして、僕がこれから倒さなければならない、初めてのモンスター。
「シャァァァ…………」
ゴブリンは、今出てきた壁の場所から動かず、警戒するかのように僕を見て唸っている。
その様は、威嚇する獣のようにも、恐怖を必死に紛らわす子供のようにも見えた。
「――――ふ、ぅ」
怖い。
深呼吸して落ち着こうと思ったけど、上手くできない。
僕が思っている以上に、僕の身体は緊張しているみたいだ。
今の僕の装備は、布地で出来た上着とズボンの上から簡素な鉄の胸当てをつけただけの防具に、武器は右手に握っている短剣だけ。どちらも昨日ギルドで冒険者登録をした際に支給されたもの。
とりあえず装備はしたけど、だからといって安心なんてとてもできなかった。
そりゃそうだ。
昨日までの僕は、ただのこどもで。
今の僕は、それに『
昨日の夜にギルドから支給された長さ50cm程の短剣を素振りをしてみたけど、いざ目の前にモンスターがいるとどうやって攻撃していいか分からない。
それに、生命の危険から来る恐怖だけじゃない。
僕はこれから、自らの手で一つの命を絶つ。
僕達が生きるために鳥や豚を食べるために殺すような『原罪』とは違う、僕が強くなるためだけの殺戮。
今更ながらにも、そんな当たり前のことが頭をよぎってしまった。
命を奪うという、大それた行為をすることへの恐怖が僕を縛っていく。
――殺していいの?
倒さなきゃ。
――倒す?殺すんでしょ?
……殺す、僕は、殺す。
――どうやって?
短剣で、斬る。
――斬ったこともないくせに。
それでも、斬る。
恐怖が、僕に語りかけてくる。
僕は、それに必死に答えて恐怖から逃れようとする。
「――シャアッ!!」
「え?っっ!?」
そんな僕を見逃すはずもなく。気付いた時にはもう目の前にゴブリンがいて。
頬まで裂けた口を目一杯喰いしばって、振り被った右腕を僕に振り下ろしていた。
「ガァッッッ!!」
身体が浮いた。左腕に熱が走った。
吹っ飛ばされたと分かったのは、僕が道の上を何回も転がった後だった。
どうやら、振り下ろされたツメは、僕が咄嗟に体の前で交差した腕に直撃しそのまま力任せに僕を吹っ飛ばしたらしい。
昨日までの僕なら、これだけで重傷だったと思うし、左腕は確実にちぎれていたと思う。でも、今は違う。
「……痛い。けど、動ける」
これが『神の恩恵』。
戦ったこともない12歳の小人族が、最弱とはいえ、モンスターに引っ掻かれても痛いだけで済むほどの力を与えてくれる。
正直、僕はあのゴブリンが怖い。
でも、この力があれば、少なくともそう簡単には負けないのか?
――力があれば、殺していいの?
「うるさい」
そんなこと考えてたら、死んでしまう。
それだけは駄目だ。
「……ごちゃごちゃ考えるのはやめよう」
ミスをしたって簡単には死なないと思う。それは今、僕の身体が証明してくれた。
それなら、短剣で斬りかかるなんてことはひとまず置いておく。
恐怖の言う通りどうせ今の僕にできっこないし、戦闘経験のない僕でもできる方法でゴブリンを殺そう。
「……勝負だ、ゴブリン」
人間の言葉は理解できないだろうけど、僕自身を奮い立たせるために呟く。
短剣はホルスターにしまう。狙うのは全力疾走からの体当たり。
剣も満足に触れない僕でも、体当たりくらいなら出来る筈だ。
「うあああああぁぁぁぁぁ!!」
「ギギィッ!?」
流石に体当たりをしてくるとは思わなかったのか、僕の体当たりは躱されることなくゴブリンにぶちあたった。
僕の方にもガンッッ、て衝撃がきたけどそれに構わずゴブリンを押し倒す。
仰向けに倒れこんだゴブリンの上に馬乗りになった僕は、さっき仕舞った短剣をホルスターから出して、両手で逆手に握り締める。
斬りかかることはできなくても、ただ振り下ろすだけなら出来る!
「これで、終わりだ!!」
「ギギッギギッ!!」
「あああああぁぁぁーーーーーー!!」
ザクッッ!!
両手で握り締めた短剣を振り上げて、ギーギー鳴いてるゴブリンの脳天に叫びながら振り下ろす。
ズブリ、という形容し難い嫌な感触が僕を襲った。
頭に短剣を突き刺されたゴブリンは、比較的人間と似ている目を極限まで見開いて――
「ギ、ギィ……」
僕が馬乗りになっていたゴブリンは、僅かな鳴き声を残して動かなくなった。おそらく、死んだ。
僕はゴブリンの上から立ち退いて、ゴブリンの胸元を短剣で抉る。すると、極小の薄紫色の石が出てきた。
それと同時、サラリ、と。ゴブリンの体が灰となっていった。
これが、モンスターの死。
モンスターは『魔石』という石を核にしており、モンスターを殺して『魔石』を取り出すと、体は全て灰となる。
つまり今、僕は、ゴブリンを殺したのだ。
「そっか、殺したのか」
僕は今、生まれて初めて生物の命を自らの手で奪ったのだ。
それも、豚や鳥といったように自らが生きるため、食べるために殺したんじゃない。
僕の目的のため。目的のために、強くなるため。
そんな、自己中心的な理由で、僕は命を奪ったんだ。
罪の意識が芽生えていないと言ったら嘘になる。
――でも。
「強くならなくちゃ、できないから」
今の僕じゃ、Lv.1の僕じゃ、絶対にできない。だから。
「強くなるんだ。そしてアイツを――」
いつか必ず。絶対に。
「――殺す」
そう、絶対に殺す。
あの神だけは、絶対に。
「――――――ふぅ、落ち着け、僕。よし、この調子で1体ずつ、確実に殺していこう」
初めてゴブリンを、いやモンスターを殺したことで気が昂ってたみたいだ。
落ち着いて、でも確実にモンスターを殺そう。
ビシ……ビシ……
「あ、丁度いいところに」
20m程先の壁に、罅が入ったのを聞いて僕は走り出す。
とりあえず、体当たりがモンスターに通じるのは分かった。
ひとまず今日は、体当たりをもとにモンスターを殺していこう。
……格好悪いとは思うけど、安全にはかえられない。
◆◆◆
「うぁ……もう、夕方かぁ」
最初にゴブリンを殺した後、10体ほどのゴブリンを殺してダンジョンから街へと戻れば空は茜色に染まっていた。
ダンジョンに入ったのは朝だったから、ダンジョンの中に半日も居た計算になる。
魔石時計とか持っていったほうがいいのかな?いや、独りで潜るのにそんなものを持ち込む余裕なんてないか。じゃあ時間感覚も鍛えないといけないな。
短剣も使えるようにしなきゃ。とどめに刺すことはできたから、まずは刺すことからはじめよう。
やることは山積み。これから大変だ。
でも、気分は悪くない。
「……空がこんなに綺麗に見えたのって、はじめてかもしれない」
ダンジョンから出て、街に出た時。
茜色に染まった空を見た時は、涙が出そうだった。
ダンジョンに居て空が恋しくなったのかもしれない。
たまたま今日の茜色に染まった夕空が途轍もなく綺麗だったのかもしれない。
やっぱり、今日一日を生き延びたことを実感できたのが一番かもしれない。
神を殺すっていう目標に僅かながらでも現実味が帯びてきたからかもしれない。
もしかしたら、全部混ざってそう思ったのかもしれない。
まあ、なにはともあれ。
「……また、見たいなぁ」
ダンジョンから出て空を見たい。
冒険者はみんな、こんな些細な願いを抱くのだろうか。
些細な願いのために、ダンジョンで生き延びようと思うのだろうか。
冒険者1日目の僕には、分からないけど。
ただ、そんなふうに生きたい理由が増えるのは、なんかいいなって思う。
「……帰ろう」
今日は疲れた。
腰に付けたポーチの中でカチャカチャと擦れ合う11個の魔石の音を心地良く感じつつ、我が家へと足を向けた。
◆◆◆
オラリオの東地区は、ギルドの管理している施設や宿屋等が多く集まっていて、比較的治安が良い区域だ。
そんな東地区の南側に、迷宮とも言われる広域住宅街はある。
奇人と言われた設計者の手で区画が整理され、構築されたこの場所は設計者の名をとって『ダイダロス通り』と呼ばれている。
石造りの建物と階段、路地が縦横無尽に展開されている重層的な構造は迷宮と呼ばれるに相応しい。
何も知らない人が一度迷いこめば、出ることは叶わないとまで言われている。
僕の家は、この『ダイダロス通り』にある。
魔石灯が道を照らす中、石材で出来た壁の所々に記されている真っ赤な色の矢印を無視して歩を進める。
ふと横を見れば、建物の影に潜むように身を小さく留め、だけど目をギラギラとさせながら僕を見ているこどもが居た。おそらく、金目の物を持っている獲物が来るのを待っているのだろう。
『ダイダロス通り』は、住宅街であると同時に貧困街でもある。ああいったこどもや無法者なんて、そこらじゅうにいる。
いちいち相手にしていたらキリがない。ギラギラした目を無視して、歩みを進める。
「……また少し、ぼろくなった気がする」
さらにそこから右に曲がり左の階段を上り、左の道を進み右の坂を下った先に、一つの家がある。
周囲に人気のない、ダイダロス通りにはよくある無人となった空き家の一つ。
屋根は虫に食われたかのように穴だらけ、もともと平屋であっただろう家の石材は全体の半分ほどしか残っていない。
かろうじて残っている玄関の扉を開けて中を見ても、雨風なんて碌に凌げておらず屋内の石畳の隙間からは雑草も生えている。
「えっと、ここか」
そんな半屋内といっても差し支えない家の中を進むと、かつては書斎に使われていたと思われる小さな空間に出る。
「よ、っと」
僕の足元にあるひっくり返った小汚い机をどかすと、他と比べてだいぶ大きい石畳が出てくる。
「……誰もいないね」
辺りに人気がないのを確認してその石畳を剥がすと、そこには地下に続く階段が出現した。
僕はその中に素早く身を潜らせ、階段側から石畳をもとの場所へと戻す。
すると当然辺りから光が失われるが、そこは我が家。光なんてなくても危なげなく階段を進み、階段が終わったのを足で確認して左手前の壁に掛けられているはずの魔石灯のスイッチを入れる。
魔石灯の明かりが空間を照らし、5m×5m程度の薄暗くも馴染み深い光景が目の前に広がる。
「ただいま」
無事に、帰ってこれた。
そんなことを思いながら、誰もいない、でも確かに自分の家である空間に言葉を漏らす。
「さて、ゴブリンに裂かれた服も縫わなきゃだし、ご飯も作らないとだけど……」
今晩やろうと思っていたことに頭を巡らせながら、魔石で動く冷蔵庫から水を取り出して喉を潤す。
一日中ダンジョンに潜って疲れ切った体に、冷えた水が染み渡る。
この感覚に浸りながら、ホルスターと胸当てを外して机の上に置いて、身軽になった体でベッドに腰掛ける。
「……うん、やめよう。もう寝よう」
家に帰って安堵したのか、猛烈に眠い。
喉の渇きも潤ったし、もう寝よう。
服を縫うのも、ご飯も、あと短剣と胸当ての手入れも、素振りも、明日。
明かりを消さなきゃだけど、入り口まで歩くのもだるい。もうこのままでいいや。
「……おやすみなさい」
誰に告げるわけでもないけど、なんとなく言って寝る。
まどろみに支配される中、さっき見た茜色の空が頭をよぎった。
「……冒険者、頑張ってみよっか」
死ぬほど怖かったし、傷もたくさんできたけど。
目標はまだまだ遠く、先は果てしなく長いから。
まずは明日、ダンジョンから出て空を見るために頑張ってみよう。
サクラ・ヒース Lv.1
所属:???
種族:
職業:冒険者
到達階層:1階層
武器:短剣(ギルド支給品)
防具:胸当て(ギルド支給品)
所持金:1100ヴァリス
力 :I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
≪魔法≫
【 】
【 】
≪スキル≫
【 】