神を殺す、その日まで。 作: 紫水晶
「グォアッ!」
「っ!」
振るわれる爪を、バックステップで回避する。
ビュウン!と風切り音を発しつつ僕の目の前をゴブリンの左腕が通過していった。
ゴブリンは続けて右腕を振るおうとしているが、まだ体勢は整っていない。
でも、攻撃はできない。
「ブルアァ!!」
「くっ!!」
左腕を振り切ったゴブリンの右側から、コボルトの鋭い爪が振り下ろされる。
それを僕は、先ほどより大きく後ろへと跳ぶことで回避する。
二対一。冒険者になってまだ1週間の僕には、たとえゴブリンやコボルトであろうと危険な戦いだ。
2体で居るとこに出くわしてからはずっと後退し続けている。
でも、そろそろだ。モンスターたちから5m程離れたのを確認して、僕は左に目線をやる。
(よし、側道だ!)
側道の存在を確認した僕はすぐさま側道に入って、直後に勢いを殺すべく踏ん張り、体勢を反転させた。
モンスター達は1秒もしないうちに姿を現すだろう。
でも、1秒あれば、側道の入り口に向けて短剣を構えることはできる。
息を殺しつつ、右足を前に、左足を後ろに。
腰を少し落とし、右手に握った短剣を胸元に構える。
冒険者になってから1週間、毎日続けた一連の動きは、特別意識しなくても体が覚えてくれている。
そのことに少しだけ嬉しく思っていると、ドダッドダッと荒々しい足音とともにゴブリン、コボルトと続いて姿を現した。
「せやあっ!」
「ギュアッ!?」
ゴブリンが僕を視界に入れた時には、もう遅い。
僕の袈裟切りがゴブリンをとらえ、深々と肉に入り込んだ短剣はゴブリンの命を絶ち切った。
「グァウ……」
それを見たコボルトが、怒りを宿して僕に襲い掛かってこようとしていた。
でも、立ち位置の関係上、僕とコボルトの間にゴブリンがいる状態のため、コボルトは僕を攻撃するのに躊躇してしまった。
コボルトがたじろいたその隙を、僕は逃さない。
「はあっ!」
「グアッ!?」
袈裟切りをした体勢のまま、ゴブリンを避けるように右足を1歩踏み込む。
左方向に倒れていくゴブリンに短剣が当たらないよう気を付けつつ、逆袈裟切りをコボルトに叩き込む。
脇腹から肩口に掛けて斬撃を受けたコボルトは、立ち往生したまま後ろに倒れ、絶命した。
「ふぅ……地形を使った戦い、か」
冒険者になって1週間。
ゴブリン、コボルトとの一対一の戦闘に慣れてきた僕は、2階層に来ていた。
1階層と比べて多対一になる可能性が増えるとされる2階層に入るにあたり、ギルドアドバイザーのフリージアさんからいくつかアドバイスを受けていた。
その1つが、今やってみた地形を使った戦闘だ。
『いい、サクラ君。真っ正直にモンスターと正面から戦う必要はないんだよ?不利だと思ったら逃げていいんだし、逃げたと思わせて待ち伏せても良い。モンスターがキミに気付いていない状態だったら、奇襲とかもありだね』
『待ち伏せ、奇襲ですか?』
『うん。特にキミはソロでダンジョンに挑むんだから、いかに安全に戦うかを考えないとだよ?そのためには、ダンジョン、ていう戦場を上手く使っていかないといけないね』
『ダンジョン……細い道に隠れたり、割れた壁の破片を使ったり、とかですか?』
『そうそう!そうやって地形を上手く利用して戦うことを、少しずつでいいから意識していくといいんじゃないかな?』
フリージアさんの言った通り、地形を使うってことを選択肢に入れるだけで戦闘の幅が広がった気がする。
少なくとも、多対一になった際に一対一の状況を作った今の感じは良かったと思う。
「じゃあ、魔石を取り出そうか――!!」
ゴブリンとコボルトの魔石を取り出そうと足を踏み出そうとした、その時。
僕を覆う程の大きな影が突如出現した。
「――上!!」
側道の奥へと進む形で、僕は影から逃れるように後方へと跳んだ。
そんな僕の目の前を、巨大な影が上から下へと通り過ぎた。
地面に着地した影の正体は、4本足を持つヤモリ。
ざらついた茶色の皮膚に、裂けた口からは細長い舌がチロリと飛び出ている。4本足の爪先は鋭く、さっきの急襲ではあの爪で引っ掻いてくる心積もりだったのだろう。
全長は僕より少し大きい巨大なヤモリのモンスター、『ダンジョン・リザード』。
2階層から4階層にかけて出現するモンスターだけど、ゴブリンやコボルトとさほど差のない低級モンスターと言われている。
今の僕でも、十分に勝機のある相手だ。
「ゲゲェ!!」
僕が動かないのを見て、ダンジョン・リザードは四肢を這わせて壁を登りだした。
ダンジョン・リザードの四肢には吸盤がついており、それを用いて壁や天井を這い、急襲を仕掛けるのが常套手段らしい。
本来、地面に降り立った際に仕留めるのが常らしいんだけど、ダンジョン・リザードはおそらく今の僕より素早い。逃げられて終わりだと思う。
(でも、策はある)
フリージアさんと昨日話していて思いついたそれを、腰のポーチから取り出す。
僕がじっとしているのを好機と見たのか、天井まで這ったダンジョン・リザードは、素早く僕の後方の天井まで這っていった。おそらく、僕の視界から外れた瞬間に飛び掛かってくる腹積もりだ。
そして、僕の視界からダンジョン・リザードが消えた。
「――今!!」
その瞬間、僕は勢いよく振り返るとともに先ほどポーチから取り出したダンジョンの壁の破片を、今まさに飛び掛かってきているダンジョン・リザードへと投げつけた。
投石。遠い場所から襲い掛かってくるのなら、僕も遠距離攻撃をすれば良い、てことだ。
幸い、ダンジョンには投げつけるものがいくらでもある。
「ゲギャアッ!?」
そして、ダンジョン・リザードは僕より少し大きいくらいの体格だ。
振り返った直後に投石しても、外れる可能性は低い。ましてや、ダンジョン・リザードは僕に飛び掛かってきてるんだからなおさらだ。
僕の予想に違わず、ダンジョン・リザードは僕の投石をお腹にもろに受けていた。
急降下の勢いは一気に失われ、僕でも簡単に捉えられる速度でもがきながら落ちてくる。
「せいっ!」
「ギャアア!!」
ゴブリンやコボルトよりも遥かに隙だらけなその姿に袈裟切りを叩き込む。もがいているダンジョン・リザードにそれを躱せるはずもなく、血飛沫をあげて落ちていった。
ダンジョン・リザードに動く様子が見られないのを確認して、僕は体から力を抜いた。
「よし、うまくいった!!」
地形戦に投石。思ったより、両方ともしっくりきた。実際、初めて遭遇した二対一の状況、ダンジョン・リザードとの初対戦もノーダメージで凌ぎ切った。
これは、帰ったらフリージアさんに感謝しなきゃ。
「さて、魔石を取り出したら今日は帰ろうか」
たぶん、体感時間的にまだ12時ぐらいだろう。
でも、今日は行くところがある。
初めての時から比べて大分慣れた、モンスターの死体からの魔石の取り出しを終えた僕は、いつもの半分の時間でダンジョン探索を終えた。
◆◆◆
「ここに来るのも、1週間振りか……」
13時。僕は、自分の所属しているファミリアのホームに来ていた。
敷地内の左右に存在する酒蔵には目もくれず、主神の居るであろう本殿に向かって歩く。
「やっぱり、誰もいないよね」
敷地の中に、人の気配はない。おそらく酒蔵の中や地下牢には見張り人や咎人がいるだろうけど、それ以外の人間はいない。
それこそ、今こうして誰にも会わずに本殿に入れるくらいには。
「まあ、そういう時間帯を狙ってきたから当然だけど」
主神から『神の恩恵』を受けて1週間、僕はファミリアの誰とも会ったことがない。
もしファミリアの誰かと会えば、僕はこうやってホームに立ち入ることができなかっただろう。
だからこそ、団長も含めて全員が出払う平日の昼に訪れた。
月に一度の集会や団員が主にとる休日は大まかにだけど把握しているから、それを避ければ誰とも会わずにここまで入れる。
本殿の中をさらに歩く。
左右に見える部屋や通路を無視して歩いた先には、庭が広がっていた。
そして庭には、鍬を持って畑を耕している一人の男性がいた。
「神ソーマ」
僕は、畑を耕す主神に呼びかける。
主神は、振りかぶった鍬をそのまま降ろし、視線をこちらに向けて体勢を変えず口を開いた。
「……ヒースか。何用だ」
そう聞いた後、鍬を振りかぶり、降ろす。
酒を造ることを何よりも優先するその在り方に苦笑しながら、僕は要件を口にする。
「『ステイタス』の更新をお願いします」
◇
◇
◇
庭の隅に無造作に置かれた椅子の上に、僕は上着を脱いで座る。
主神は、己の指を切り、
おそらく、今の動きで僕の背中には
すると、
ここからは他人から聞いたことだが、主神は僕に蓄積された
それが、いわゆるステイタスの更新だ。
「終わりだ、読み上げるぞ」
「ありがとうございます、お願いします」
初めての更新だ。この1週間の成果がどれだけのものだったのか、それが今分かる。
一字一句聞き逃さないよう、集中して主神の言葉を聞いた。
◆◆◆
サクラ・ヒース Lv.1
力 :I 0 → I 11
耐久:I 0 → I 9
器用:I 0 → I 25
敏捷:I 0 → I 17
魔力:I 0
≪魔法≫
【 】
【 】
≪スキル≫
【 】
◆◆◆
「……伸びてる」
自分のステイタスを聞いてまず思ったのが、それだった。
人によってはいくら戦っても碌にステイタスが伸びず、冒険者をやめるという人もいると聞いていたから、そうじゃなくて本当に良かった。
魔法のスロットも2つあるし、案外僕には冒険者としての素質があるのかもしれない。
「もう行け」
感慨に耽っていた僕に、主神は面倒臭そうにそう告げる。
主神を見てみると、もう畑のほうに戻って作業を再開しようとしていた。
「ありがとうございました。1週間後、また来ます」
これ以上邪魔するのは僕にとっても好ましくない。
改めて一礼し、庭を出る。
「……ああ」
立ち去る直前にかすかに聞こえてきた主神の声が、僕がまた来ると言ったことに対する返答のような気がして、少し嬉しかった。
◆◆◆
ソーマ・ファミリアはファミリアとして破綻している。
酒蔵と地下牢を除いて日中は誰もいないホーム。
それを咎めるどころか、誰よりも好き勝手にやっている団長。
眷属への労いとして、褒美として与えた酒に狂わされ、堕ちていく眷属に果てしなく失望した主神。
それが、今のソーマ・ファミリア。
フリージアさんが僕に親身になってくれるのは、僕がソーマ・ファミリアのこどもだからだ。
おそらくは、酒に心酔しているとは思っていないだろうが金を貢がなければいけない状況だとは思っているのだろう。僕自身、そういうニュアンスで話しているし。
だけど、実際は違う。
色々事情があって、僕は金を貢いでいないしもちろん酒にも心酔していない。ステイタス更新も週に1回はしてもらえる。でも、根本的に違うのは。
僕が、神ソーマを、ソーマ・ファミリアの破綻した在り方を見て、ファミリアに入団したということ。
僕が、何よりそれを望んだということ。その理由は、単純。
「ここなら、僕がいてもいなくても誰も気付かない。誰も、気に留めない」
それは、僕が何より求めている環境だったから。
他のファミリアでは、どんな神であれ少なからず人間関係が生まれてしまう。
それだけは避けたかったからこそ僕は、ソーマ・ファミリアを望んだんだ。
「……それに、神ソーマは嫌いになれない神だった」
神ソーマは、自身の全てをつぎ込んで造ったお酒を眷属に褒美として与えた。
結果は見るに堪えないものだったけど、今は金を搾取するためだけのものかもしれないけど。
自分が出せる最高のものを褒美として差し出すその在り方は、純粋に尊敬できた。
「……まぁ、それは僕が
酔わされた人からしたら堪ったものじゃないだろう。
そうやって苦しんでる人は、このファミリアにはいくらでもいる。
「さて、ギルドに報告に行こうか」
今日はダンジョンからまっすぐここに来たから、まだフリージアさんに今日の成果について報告できていない。
さっきまで考えてたことは保留して、ギルドへ向かう。
苦しんでいる人を放置しているという事実に、精一杯目を背けながら。
サクラ・ヒース Lv.1
所属:ソーマ・ファミリア
種族:
職業:冒険者
到達階層:2階層
武器:短剣(ギルド支給品)
防具:胸当て(ギルド支給品)
所持金:7100ヴァリス
力 :I 11
耐久:I 9
器用:I 25
敏捷:I 17
魔力:I 0
≪魔法≫
【 】
【 】
≪スキル≫
【 】