神を殺す、その日まで。   作: 紫水晶

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※7月2日 4:00 第4話と第5話を統合しました。


第4話 架空の女神 ―VS パレード―

村が、燃えている。

 

馬の嘶きが聞こえる。人間の怒号が聞こえる。

 

辺りを見渡せば、炎、炎、炎。

 

家も、人も、なにもかもが、燃えていた。

 

『逃げよう。この村は、もうだめだ』

 

そう僕に言ったのは、彼だった。

 

さっき天涯孤独となった彼は、酷く落ち着いていたのを覚えている。

 

『いこう、サクラ。ヤツラが来る前に、早く!』

 

いや、それでも最後は焦りがあったのかな。語尾が強まっていた気がする。

 

そんなことを考えていないと、ナニカが壊れそうだったんだ。

 

目の前の現実から逃げるように、僕と彼は、夜にしては明るすぎる村に背を向けて走り出した。

 

『神なんて、フィアナ様だけいれば良かったんだ』

 

彼の零した呟きが、僕の頭から離れなかった。

 

□□□

 

『あら、あなた……』

 

あの日は、確かそう。

 

オラリオに来てから、家を見つけて、職を見つけて。

 

神に関わらずに、慎ましい生活ながらも安寧を感じ始めていた時だった。

 

『私のファミリアに入りなさい』

 

目の前の女性は、神はそう言い放った。

 

僕、の隣で呆然としていた彼に。

 

何を言っているんだ、この人は。

 

『はい、貴女に付いていきます』

 

何を言っているんだ、コイツ。

 

目の前のコイツハ、カミダゾ?

 

『そう、いい子ね』

 

神は、断られることなど想定しなかったように微笑んだ。

 

その微笑みは、欠片もこちらに向けていないと分かっていてもなお、魅力的だった。

 

魅力的?いや、違う。魅力的だと思わせられる。そう思うように、心が変えられる。魅力的と思わないことを許さない。

 

そんな、恐怖すら覚える微笑みだった。

 

『じゃあ、行くわよ』

 

『はい』

 

気づいた時には、彼は神に付き添っていた。

 

一度もこちらを振り返ることなく、人混みに紛れていった。

 

『歪められた』

 

まただ。神(コイツラ)は、気分のままに心を、人生を歪めていく。

 

村を焼き、人を殺し。

 

彼の心を歪め、過去を否定し。

 

それが許されるのか。神は、何をしてもいいのか。

 

ふざけるな。

 

ふざけるな。

 

フザケルナ。

 

『う、あ、ああああぁーーーーーー!!』

 

 

 

 

 

 

 

返してくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「――嫌な夢」

 

思い出したくもない、でも決して忘れられない、あの時の夢。しかも繋ぎ合わせの二連続。

ナニカが壊れ、歪み、そして今。だから僕は、冒険者だ。

 

「ああ、頭がおかしい」

 

頭を振る。気持ち悪くなった。少し吐き気もする。

最悪な気分に浸りながら体を起こせば、壁にかかった一枚の絵が目に入った。

額縁なんてない、紙の裏につけた輪っか状の紐に画鋲を壁に刺しただけの安っぽい絵には、鎧を纏った一人の女性が描かれていた。

 

鎧をまとう女性の名は『フィアナ』。

小人族(パルゥム)でこの名前を知らない者はいない。

かつて、小人族(パルゥム)の間で深く信仰されていた女神の名だ。

今より遥か昔、『古代』に名を馳せた小人族(パルゥム)の英雄、誇り高き騎士団が擬神化した女神だと言われていた。

 

――そう、言われていた。

 

小人族(パルゥム)は基本的に弱い種族だ。体格や力、魔法とどれをとっても他の種族と同等、もしくは劣っており、小人族(パルゥム)ならではというような潜在能力は存在しない。

強いてあげるとすれば、その劣った体格で巨大な敵に立ち向かう『勇気』だろうか。

そんな種族として劣っていた小人族(パルゥム)にとって、かつての英雄達は誇りだった。

数多もの偉業を成し遂げた騎士団は、小人族(パルゥム)にとって最初で最後の栄光だった。

神として崇められるほどに、騎士団名から名をとって『フィアナ』という架空の女神を作り上げてしまうほどに、心の拠り所だった。

 

――しかしそれは、天界から下界へと実在した神が降りてきた『神時代』の到来により、脆くも崩れ去った。

 

小人族(パルゥム)が心の拠り所として作り上げた女神『フィアナ』が実在しないことが、神の到来により証明されてしまったためである。

『フィアナ』信仰は、急激に廃れていった。それに伴い、心の拠り所を失った小人族(パルゥム)は、唯一の長所でもあった『勇気』すら失い、堕ちに堕ちていった。

 

「――バカバカしい」

 

確かに、女神『フィアナ』は架空の存在だ。

だが、すべてが架空であったわけではない。

かつて小人族(パルゥム)に栄光をもたらした『フィアナ騎士団』は、架空ではない。

『古代』から今に掛けてたった一つと言ってもいいその栄光を忘れないよう、擬神化して敬い崇め、信仰することで『勇気』を授かることで些細ながらも繁栄したその歴史は、生き様は誇って良い筈だ。

僕達が心の拠り所としたのは、尊敬し崇めたのは。

先達の栄光であり、偉業であり、なによりその生き様だったんじゃないのか。

 

遊戯(ゲーム)感覚でこの世界に来て僕達を遊戯版の(ユニット)のように扱う神に劣ると、なんで思ってしまったんだ」

 

自分の王国(ボード)を作り戦争(ゲーム)をする神。

自身の生まれ持った美貌を持って人心を容易く捻じ曲げる神。

そんな屑にも劣る存在と同列でなくて良かったと、何故思えないんだ。

 

「神は嫌いだ」

 

ああ、気分が悪い。それもこれもあの夢のせいだ。

遊戯(ゲーム)感覚で村を焼き尽くした(キチガイ)

嫌い、という心すら捻じ曲げて魅了する(ボウクン)

降臨するだけで一種族を絶望させる、(クソガキ)共。

 

「殺してやる」

 

冒険者になって3か月。

不本意ながらも殺意は充填できたし、今日も張り切ってダンジョン探索に行こうかな。

 

 

 

最後の願いは、心に仕舞っておこう。

 

 

■■■

 

 

「シッ!」

「ゲギャアァー!?」

 

ダンジョンの壁まで追い込んだダンジョン・リザードの背中を、ダンジョンの壁ごと短剣で刺し貫く。

天井まで逃げようと思っていたのだろうダンジョン・リザードは、両手をバンザイするような体勢のまま力尽きて、グッタリと短剣にぶら下がる形で絶命した。

 

「刺すのもだいぶ慣れてきたな」

 

ダンジョン・リザードの魔石を取り出しながら、今行なった攻撃に対して考えを巡らす。

 

刺突。

斬撃とならぶ、剣の主要な攻撃手段の一つ。というより、剣による攻撃は大体が斬撃か刺突だ。

短剣による刺突は、腕を突き出して手首を撓らせて刺す。動作を言葉にすれば、こんな感じだ。

冒険者になったばかりの僕は、この刺突に慣れるのに時間が掛かった。

 

刺突という攻撃はその性質上、急所を捉えないとモンスターを殺せないばかりか反撃を受けかねない。

それを回避するには、刺した後に抜くという動作を組み込むか、刺突自体に強烈な衝撃(インパクト)を加えてモンスターを吹き飛ばす、もしくは怯ませる必要がある。

勿論、急所を常に捉えるという手段もある。そして僕は、そのどれもが出来なかった。

また、刺突は斬撃と比べてモーションが小さい。

それは本来短剣の長所になる部分なんだけど、その分技術がないと碌に力が加えられず手痛い反撃を被る破目になる。

 

「結局今でもとどめぐらいしか使えてないしなぁ」

 

短剣は、通常の剣と比べてリーチが短く重量も軽い。

それは、リーチと威力を犠牲にするかわりに、取り回しの良さとモーションの少ない攻撃手段を獲得したということ、だと僕は思っている。

特に刺突は繰り出すまでの隙が殆どない技で、短剣の真骨頂とも言える技なんだ。今後のためにも、絶対に習得しておきたい。

 

「ふう。……ん?」

 

ドドッドドドッ――

 

なんだ、この音。地鳴りのような……

 

モンスターの足音?でも、この量は――

 

「どけどけどけえぇーー!!」

「邪魔だーー!!」

 

僕の背後から聞こえる地鳴りのような音に振り向いたとき、すごい勢いでこちらに走ってくる2人の冒険者が目に入った。

2人とも酷く慌てていて、進行方向上にいる僕に向かって退くように声を張っていた。

 

「っと、と……」

 

その声があまりに真に迫っていたので、僕は思わず通路の端に体を寄せた。

この近くは側道もなく一本道のため、端に寄るくらいしか道を開ける方法は無かった。

通路の端にいる僕の目の前を2人の冒険者が走り抜けていく。

 

「ありがとよ、ボウズ!!」

「そら、お礼だ!!」

 

走り去っていく直前、1人の冒険者がお礼と言って僕の近くに何か塊を投げつけた。

グチャリ、と音を立てて地面に落ちたそれは、肉。

その肉は、血が滴っており、鼻を刺激するような強い臭いを放っていた。

僕は、その肉の正体に思い当たる節があった。

 

血肉(トラップアイテム)……?」

 

確かあれは、モンスターを効率的に狩る際に使われるものだ。

だけど、フリージアさんが説明してくれた血肉(トラップアイテム)の使い方は、もう一つあった。

 

「モンスターを誘き寄せることによる殺人……罠」

 

そう、罠。気づいた時にはもう遅かった。

冒険者達が来た方向からはモンスターの大群が、その反対側からもモンスターが数対来ているのが分かる。

 

自らのパーティーが遭遇したモンスターを他のパーティーに押し付ける怪物進呈(パス・パレード)

血肉(トラップアイテム)を用いた怪物教唆(モンスター・キル)

つまり僕は、人間に殺されかけている。

 

あっという間だったけど、ようやく思考が状況に追いついてきた。

 

(何をやっているんだ僕は!何故、あの地鳴りがした時点で警戒心を抱かなかったんだ!?)

 

あの地鳴りはモンスターの群れが来る証。それに、冒険者が逃げてくるときなんて大概モンスターに追われている時だ。何を呑気に、通路の端で待機なんてしていた!

 

(まずは状況把握だ。ヤツラが連れてきたモンスターの数、は……!!)

 

しかも、驚異はそれだけじゃなかった。

 

冒険者たちが引き連れてきた20体を超えるモンスター、パレード。

その構成はゴブリン、コボルト、ダンジョン・リザードが中心だ。

当然だ。ここは4階層で、4階層より上にはこの3種しかモンスターは出ないんだから。

 

だから、パレードの先頭にいる2体がおかしいんだ。

黒に染まったその体。僕より少し大きいその体格は、ゴブリンなどよりも余程人間に近い。

体を構成する皮や器官は何一つ見つからない、ただただ真っ黒なその体を有するモンスター。

 

 

 

「なんでお前がここにいるんだよ、ウォーシャドウ!?」

 

 

 

お前が出るのは5階層からだろう。

なんでここにいる。

 

4階層と5階層は、1つしか階層が違わないがその内容は全く異なる。

4階層までに出てくるモンスターは、どれも『神の恩恵(ファルナ)』さえ授かっていればなんとか倒せる、いわゆる初心者用のモンスターと言われている。

でも、5階層からは違う。

仲間を引き寄せるキラー・アントや遠距離攻撃を行うフロッグ・シューター、そして純粋に強いウォーシャドウ。

鍛えられたステータスと戦闘経験がなければ勝つことが難しい、質に優れたモンスターが出てくる。

5階層を攻略可能といわれるステータスの最低ラインは、G。

一応ステータス平均はGに到達しているけど、初見で2体、他も居る状況で勝てる相手じゃない。

それでも、この状況じゃ、

 

「やるしか、ないのか……!?」

 

いや、違う。

 

冒険者が逃げて行った方向からも10体を超えるモンスターが迫ってくる。おそらく血肉(トラップアイテム)の効果だ。

今の僕に、モンスターと戦いながら逃げるなんてことは出来ない。

それでも、まだ生き残る道はある。

 

(ウォーシャドウと戦わず、数の少ない方のパレードを潰しきる!!)

 

いくらウォーシャドウが強くても、僕がモンスターの群れの中にいれば迂闊に攻撃できないだろう。勿論、他のモンスターも同士討ちを警戒して一斉に襲い掛かることはできない。……と、思う。

幸い、ウォーシャドウ以外は戦闘経験があるし、2~3体までなら纏めて相手したこともある。

つまり、ここからは4体以上、かつウォーシャドウを相手取らないように気を付けつつ、モンスターの数を減らしていく。

そして、少しでも隙を見つけたら、逃げる。

 

「……やるぞ」

 

考えは纏まった。

覚悟も決まった。

こんなとこで、死ぬわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

そんな僕の決意は。

 

 

 

 

 

目の前のパレードが吹き飛んだことで、無駄となった。

 

 

 

「――は?」

 

10体を超えるパレードに緑色の影が見えた、かと思えばゴブリンやコボルトが吹き飛んだ。

そうとしか、表現できなかった。

おそらく、全員絶命しているだろう。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「え」

 

いつの間にか、緑色の影の主が目の前にいた。

その人は、全身を緑色のマントで覆っていた。このマントの色が影となって見えたのだろう。

顔は覆面をしていて見えなかったが、綺麗な声色をしていたため女性、いや背丈が僕とそこまで変わらないから女の子だと思う。

黄金色のショートカットが軽くかかっている耳は尖っており、いわゆるエルフ耳というやつだ。

覆面とマントで素性を隠していることを踏まえても、彼女はエルフなのだろう。

 

「あちらのモンスターも私が片付けますので、貴方はここにいてください」

 

僕がまともに言葉を返せないでいると、彼女はそう言ってウォーシャドウ率いるモンスターの群れに向かって走って行った。

 

僕にはその動きが影でしか追えず、そのあまりもの速さと緑色のマントから一つの単語が頭に思い浮かんだ。

 

「……疾風」

 

そう、彼女は疾風のように素早く、綺麗で。

 

今目の前のモンスター達に振るわれているその圧倒的な強さが、僕の目に焼き付いた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

袈裟切り。ウォーシャドウが崩れ落ちた。

 

勢いを落とさずにそのまま後ろ回し蹴り。もう一体のウォーシャドウの顔面を吹き飛ばす。

 

わずか2つの動作で、パレードの脅威であるウォーシャドウを屠った。

 

独楽のように回転した。回転に合わせて繰り出した無数もの横一文字斬りは、ゴブリンやコボルトに悲鳴をあげさせることなく命を奪っていく。

 

左手でゴブリンを掴んだ。無造作に投擲したかと思われたそれは、天井にいたダンジョン・リザードを押し潰した。

 

圧倒的で、一方的な殺戮だった。おそらく、彼女はレベル2なのだろう。格が違う。

 

呆然と僕が、彼女の行動の結果を目で追っていると、いつの間にかモンスターの群れはなくなっていた。

 

「お待たせ致しました」

 

僕が我に返ったのは、いつの間にか目の前にいた覆面の少女にそう声をかけられたときだった。

 

いや、我に返ってなんていなかった。

 

惨いまでの一方的な殺戮に対して、僕の頭に浮かんだ感情は一つだった。

 

 

 

「きれいだ」

 

 

 

この、冒険者という人種の中で、他人の危機に躊躇なく力を振える彼女は、きれいだった。

その刃は、『殺し』を目的にして振るう僕の刃と違って、輝いていた。

正義というものを、見た気がした。

もし、彼女があの日あのとき。あの村にいてくれていたら。今とは違う未来が待っていただろう。

ああ、そう思わずにはいられない。それほどまでに、彼女はきれいだった。

 

 

 

「私は、汚い」

 

 

だからこそ、彼女の発した言葉が、覆面越しで分かるほどに彼女が苦い表情をしていたのが理解できなかった。

だが、一つ分かったことがある。僕は、命を助けてもらった恩人を不快にさせるようなことを言ってしまったんだ。

そう理解したとき、猛烈な罪悪感が襲ってきた。

 

「ごめんなさい!」

「いえ、今のは私が悪い。こちらこそ申し訳ない」

 

彼女はそう言って僕に謝り返した。たぶん彼女にも何か事情があるのだろう。

と、そこで僕はまず初めに言わなければいけないことを思い出した。

 

「助けて頂いて、ありがとうございました!!」

 

お礼を言いつつ頭を下げる。

頭をあげて彼女を見ると、もう先ほどの苦い表情は浮かんでおらず、覆面に隠れて表情が伺えなくなっていた。

 

「いえ、アストレア・ファミリアとして当然のことです」

 

冷静さを取り戻した彼女は、助けることが当然かのごとく振る舞い、また自身の所属を教えてくれた。

アストレア・ファミリア。

正義と秩序を司るファミリアで、オラリオの平和を乱す者を取り締まるファミリア、と聞いている。

ギルドと協力して罪人を取り締まっているらしく、ギルドの人間であるフリージアさんはアストレア・ファミリアのことをとても高く評価していた。

なるほど、確かにアストレア・ファミリアは、正義だ。彼女の刃が、それを僕に見せてくれた。

 

「申し訳ないのですが、私とともにギルドまで同行していただけないでしょうか」

 

そんな彼女の申し出を、僕が断る理由なんてなかった。

 

◆◆◆

 

ダンジョンから出てギルドへと向かう道中、彼女はどうして僕に同行を願い出たか教えてくれた。

 

「貴方を陥れた冒険者達は、最近上層で冒険者を殺害している疑いがかけられていました」

 

その方法は、僕にやったのと同じくモンスターを利用したものだったらしい。

この、モンスターを利用した方法が厄介だと彼女は言った。

 

「『怪物進呈(パス・パレード)』自体は一概に罪とは言えません。モンスターを他の冒険者に擦り付けることは確かに悪ですが、そこに悪意が絡まないケースのほうがむしろ多いですから」

「確かに、暗黙の了解とまではいかなくてもダンジョン内では退却の常套手段である、と聞いたことがあります」

「そうですね。そしてこればかりは、責めることはできない」

 

そういう彼女の声にはやりきれなさが滲んでいた。

自分の仲間と見知らぬ他人。どちらかの命しか助けられないという状況になったとき、自分の仲間の命を選ぶことを責めることなんてできるわけがない。

 

「だからこそ、厄介なのです。たとえ殺害目的で『怪物進呈(パス・パレード)』を行なったとしても、そこに自分達の命を優先したという事実が確かにあるのですから」

「……!つまり、神による尋問で罪を(つまび)らかにすることが、できない……?」

 

神の前では嘘はつけない。これは一般常識であり、ギルドやアストレア・ファミリアが罪を正確に測るために利用している性質でもある。

神の存在がなければ、罪を(つまび)らかにするには現行犯での取り締まりぐらいしか方法がない。しかしそれも、取り締まる側に余程の信用がないと疑われてしまう。

しかし、神は違う。神は人間の嘘が分かるのだから、ひたすら質問して罪を(つまび)らかにすることができる。と、僕は思っていたし、実際にギルドやアストレア・ファミリアが採用している方法でもある。

でも、その考えは甘かったみたいだ。

 

「そう。実際にアストレア様が『怪物進呈(パス・パレード)』による『怪物教唆(モンスター・キル)』を実行した罪人を尋問しましたが、結果は散々でした。生き残るために『怪物進呈(パス・パレード)』を行なったことは認めたが、それだけ。冒険者を殺害したことは、アストレア様の尋問を持ってしても分からなかった」

「……そっか。このやり方なら、ヤツラが僕を殺せたかどうか分からないんだ」

 

十中八九殺せただろう、ということは予想できても、実際に死んだ所を見ていない。

そして被害者が死んでいる以上、容疑者であるヤツラしか尋問対象がいないのか。

ああ、だから――

 

「――僕に同行をお願いしたんですね。僕なら、ヤツラが曖昧にしている事実に対して明確な答えを持っているから」

 

ヤツラが僕に対して『怪物進呈(パス・パレード)』を行なったこと。血肉(トラップアイテム)を『お礼』と言って僕に放り投げたこと。

 

「はい。あの者達が血肉(トラップアイテム)を言葉とともに投げつけたという事実は、あの者達に殺意があったということを証明できますから」

 

そういった彼女の声色は、どこか弾んでいるようにも聞こえた。でも、それも無理もない、と思った。

検挙するのが難しい『怪物教唆(モンスター・キル)』の実行犯を検挙できて、被害者である僕を守れた。つまり、アストレア・ファミリアとして最良の結果を得ることができたんだから。

 

「さて、ギルドにつきましたね。2人の冒険者は既に私の仲間が連行していますので、彼等とは別の部屋で少々質問に答えてもらいます」

 

と、もうギルドか。

考えに耽りながら歩いてたから気付かなかった。

 

「では改めて。ご同行およびご協力、感謝します」

「あ、いえ、こちらこそ。助けて頂いて、ありがとうございました」

 

お互いに感謝の意を伝えた後、僕達は別れた。

僕はギルドの方に素性を話して、話を聞いて急いで飛んできたフリージアさんに部屋へと案内された。

 

 

……あ、彼女の名前、聞いてなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

部屋に入ると、そこにいたのは2人のギルド職員に2人のアストレア・ファミリアの構成員、そして1人の神だった。

神の名はヘルメスというらしく、ギルドや他ファミリアに対して中立を貫く神としても有名だったため、今回の尋問に選出された、らしい。

といっても、尋問はすぐに終わった。

こちらとしては何も隠すことなんてないし、神ヘルメスのほうもだいたいのことは既に聞いていたらしく、幾つかされた質問に答えただけで解放された。

 

『あの2人は間違いなく有罪だ。当分牢獄から出られないだろうから、キミは安心して冒険するといいよ』

 

部屋を出る直前に神ヘルメスが言ったその言葉は、少なからず僕を安堵させてくれた。

報復でも企まれたらたまったものじゃないからね。

 

 

◆◆◆

 

 

「覆面と緑色のマントの少女?ああ、『疾風』リュー氏ね」

 

ギルドとアストレア・ファミリアから解放された僕は、フリージアさんに彼女のことを聞いていた。

名前の前に述べた『疾風』っていうのは、つまり……

 

「二つ名、ですか?」

「ええ。最近レベル2になった、アストレア・ファミリアのホープって言われている人よ」

 

ホープ、か。それだけ優れている人なんだろう。

『疾風』という二つ名も、彼女に相応しい。

 

「たしかサクラ君と同じ、12歳だったかしら」

「……!!同い年、ですか……」

 

それで、あの刃を振えるのか。

 

「ん?もしかして惚れちゃった??」

 

フリージアさんはその整いすぎないほどに整った顔に微笑みを浮かべて聞いてくる。心なしか、声に好奇心が混じっている気もする。

とは言っても、期待に応えるような返答はできないけど。

 

「あー、いえ。そういうわけじゃないんですけど……」

「ですけど?」

 

「憧れました。彼女の振るう、真っ直ぐで正義に満ちた刃に。正義と秩序に準ずる、その在り方に」

 

眩しかった。

 

彼女の、アストレア・ファミリアの在り方は非常に難しいと思う。

 

何故なら、彼女達の在り方は、その理想は留まることを知らない。

 

でも、それに反して敵は増え続ける。大なり小なり、いつかは破綻してしまう危うさも感じた。

 

でも、それでも、正義の刃を振るうその(さま)は、どうしようもないほどにきれいだった。

 

神殺しを正義と定めた僕の刃が、偽物の正義だと突きつけられているようだった。

 

『お前の刃は正義などではない。復讐の刃だ』

 

そう、言われている気がした。

 

(――思考を止めよう)

 

これ以上は危険だ。

 

いいじゃないか、リュー氏の(さま)がきれいだった、憧れた、それだけで。

 

「……そっか。アストレア・ファミリアに、リュー氏に憧れるのは、いいことだと思うよ」

 

先程とは違う声色。

思考に耽り下げていた頭を上げると、フリージアさんは僕に暖かい、でも神妙さを感じる微笑みとともに僕の憧れを肯定する言葉をくれた。

その意味を、僕は全て理解することはできないのかもしれない。

ただ、フリージアさんが本当にいいと思ってるのは、伝わってきた。

 

「ありがとうございます」

 

だから、僕は感謝を伝える。

独りの僕にとって、肯定してもらえることは本当に嬉しいから。

 

「……うん。さて、じゃあ今日のダンジョン探索について、改めて報告してもらえるかな?」

「はい。今日は4階層まで潜りました。そこで――」

 

 

★★★ ☆☆☆

 

 

「ありがとうございました、フリージアさん。では、失礼しますね」

「お疲れ様サクラ君。今日はゆっくり休んでね」

「はい、では」

 

ペコリ、と頭を下げた後にサクラ君はギルドの玄関を後にする。

3か月前は本当にただのこどもだった彼の後ろ姿は、ちょっとだけ逞しさが見えるようになっていた。

 

「…………ふぅー」

 

完全にサクラ君が居なくなったのを確認した私は、息を大きく吐く。

とても、今日は仕事ができる状態じゃない。あがろう。

周囲の同僚に軽く声をかけて、着替え室へと向かう。

部屋に入って、近くにある椅子に深く腰を掛けた。

本当に、今日は疲れた。

 

「お疲れ様、シア」

 

ふと、後ろから透き通った声色の声を掛けられた。

私をシアと呼ぶ人は限られてる。そしてこの独特の声色。

 

「お疲れ様です、アイナさん」

 

椅子から立ちつつ振り向いて確認すると、やはり思った通りの人だった。

茶色のロングストレートヘアーに緑色玉(エメラルド)の瞳。顔のパーツの一つ一つが職人によって精巧に作られているような、女の私から見ても美人と断言できるその顔立ち。

長髪から飛び出るかのように主張している尖った耳が、彼女の種族がエルフであることを示している。

アイナ・チュール。見目麗しいと巷ではいわれる(らしい)ギルドの受付嬢の中でも特に美人な、とても頼りになる私の先輩だ。

 

「ヒースくん、だったか。やはり心配か?」

「……はい」

 

アイナさんには、以前にもサクラ君のことで相談したことがある。

彼が12歳というこどもの身ながらソーマ・ファミリアで冒険者をやっていることについてと、ファミリア内は勿論かかわりのある冒険者やサポーターが一切いないことについてだ。

 

ソーマ・ファミリアは、評判の良いファミリアではない。

その理由として挙げられるのは、お金への強い執着。他のソーマ・ファミリアの担当者に聞いたところ、どうやらステイタス更新等にあたりお金を納める必要があるみたいで、実際にサクラ君もそのようなことを言っていた。

納金の額が大きいのか、ソーマ・ファミリアの構成員はいつも余裕がなく、他の冒険者に強奪まがいのことをしたという噂も耳にすることがある。

根本的な話として、12歳で戦闘経験やツテのない小人族(パルゥム)の少年が進んで入団するファミリアでは、断じてない。

しかも彼は、その若さでありながらソロでダンジョン探索をしているのだ。幸い、安全に関する意識は高いのか、無茶無謀は一度もやったことはなく、順調に4階層まで踏破している。

でも――

 

「今日サクラ君が怪物教唆(モンスター・キル)を受けたって聞いたときは心臓が止まるかと思いました」

 

冒険者の悪意は、サクラ君に刃を向けた。

 

『冒険者を殺すことに快感を感じる』

 

そんな無差別殺人が4階層という初心者冒険者のいる層で発生するくらいには、今のオラリオは治安が悪い。悪が、蔓延っている。

 

「でも、サクラ君はリュー氏の在り方に憧れを抱いたんです。たぶん、アストレア・ファミリア自体にも」

「ふぅん?」

 

アストレア・ファミリアは、ガネーシャ・ファミリアと並んでギルドとの関係の深い2大ファミリアの一つだ。

他のファミリアには与えられていない『裁き』の権利を有しているかのファミリアは、まさしく正義と秩序のファミリアといえるだろう。

 

「だから、次に会ったときに提案しようと思います」

「……改宗(コンバーション)か?」

「はい。アストレア・ファミリアであれば、命を削るような納金も、ソロでのダンジョン探索もないです。そして何より、彼自身がファミリアの、団員の在り方に憧れを抱いたんです」

 

サクラ君は何故冒険者になったのか?それに対する彼の回答は、シンプルで、あいまいだった。

 

『倒したいヤツがいるんです。そのために、僕は冒険者になりたい』

 

強くなって、サクラ君のいうヤツを倒すこと。でもそれなら、ソーマ・ファミリアである必要はない。

それこそ、強くなりたいならアストレア・ファミリアのほうが余程環境が整っているし、なにより――

 

「このままじゃ、サクラ君が死んでしまいそうで、怖いんです……!」

 

目頭が熱くなる。涙が、零れ落ちる。

だって、あの子は、びっくりするくらいいい子だったんだ。

とても冒険者に向いているとは思えないけど、それでも目標のためにひたむきで、まだ未熟な私のアドバイスを凄く丁寧に聞いてくれて。

隠し事をしているのは分かる。でも、そうやって誰にも心を打ち明けないことで危うさが増しているように、感じる。

今までに担当してきた冒険者とは違って、私がなんとかしなきゃって思っちゃって。

でも、今日は危うく死にかけて。

私にできるのは、少しでも生きる確率を上げることだけだから。

 

「落ち着け、シア」

 

スッと、私の目の前に若草色のハンカチが差し出された。

差し出してくれたのは、勿論アイナさんだった。

 

「まず、改宗(コンバーション)の件だが。まず間違いなく、ヒース君は断る。理由はわかるな?」

 

アイナさんは、私の希望を打ち砕く現実を告げてくる。

でも、それを否定する言葉は私にはない。だって、薄々わかっているから。

 

「……サクラ君は、明確な動機をもってソーマ・ファミリアに入団しています。それを知り、そのうえでアストレア・ファミリアに所属することのメリットを明確にしない限りは、改宗(コンバーション)しないでしょう」

 

おそらくそれが、彼の隠し事の核心だ。

ソーマ・ファミリアには、彼が必要とする何かがあるのだろう。

 

「それが分かっているならいい。あとはそうだな、もう少しヒース君を信用してあげるといい」

「信用、ですか?」

「ああ。確かに今回、彼は死にかけた。だが、彼は今回の経験を踏まえて何らかの対策を講ずるだろう。少なくとも、私がシアから相談を受けたヒースという小人族(パルゥム)の少年は、それだけの生真面目さと用心深さがあったはずだ」

「…………」

 

確かに。

彼に地形戦の重要性を説けば地図の暗記だけじゃなくて待ち伏せ場所のピックアップも行い、ダンジョン・リザードの特徴を教えれば投石という対抗手段を身に着けてから2階層に挑んだ。

そうだ、本来彼は、4階層なんかで死ぬようなタイプじゃそもそもないんだ。

 

「少なくとも私の見立てでは、彼は死ににくいタイプだ。シアの見立ても私と同様だと思っていたのだがな」

「……!そう、ですね。私も、アイナさんと同じ見立てです」

「それなら、もう少し彼を信用してやれ。それでも、見ていられないくらいどうしようもなくなったら、改宗(コンバーション)を提案すればいい」

 

そうだ、私は何を見ていたんだ。

確かにサクラ君は小人族(パルゥム)のこどもで、あのソーマ・ファミリアに所属してソロでダンジョン探索しているけれど。

サクラ君は、それを全て認めたうえで挑んでいるんだ。

彼の危機意識がもともと低くないこと、冒険者になってからはどんどん高くなっていることは私が一番知っているじゃないか。

 

「ありがとうございました、アイナさん」

「気にするな。確かに彼は、見ていて心配になるからな」

 

そう言うアイナさんは苦笑していた。

やっぱり、傍から見ていてもサクラ君はどこか危なっかしいんだ。

 

「そういえばアイナさん、お子さんはいいんですか?もうお帰りの時間だと思うんですけど」

「…………ではな、シア。失礼する」

 

そう言い残してアイナさんは帰って行った。受付嬢の制服のまま、ダッシュで。

……どこか抜けてるんだよなぁ、アイナさんって。

 

「――信用、かー」

 

やっぱり、こども扱いしすぎてる部分があったのかもしれない。

でも、サクラ君、所々本心を隠すところがあるからなぁ。

 

「いつか。いつかは、隠し事を打ち明けてくれる日が来るのかな。……来て、ほしいなぁ」

 

そうすれば、本当の意味で私もサポートができるし、本当の意味でパートナーになれると思うんだ。

だから、いつかくると願う、その日まで。

 

「待ってるよ、サクラ君」




サクラ・ヒース  Lv.1

所属:ソーマ・ファミリア
種族:小人族(パルゥム)
職業:冒険者
到達階層:4階層
武器:短剣(ギルド支給品)
防具:胸当て(ギルド支給品)
所持金:76500ヴァリス
冒険者歴:3カ月

怪物教唆(モンスター・キル)による殺人未遂の被害者として、ギルドより少額の補助金が支給された。支給額は、被害者がギルドで換金している平均日収と被害にあった期間、使用物資、事件規模、被害程度等を勘案して決定する。

力 :G 248
耐久:I 96
器用:F 315
敏捷:G 289
魔力:I 0

≪魔法≫
【     】
【     】

≪スキル≫
【     】
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