「上がれ」
その声によって、僕の手に収まった少しばかり古い箒。
他の皆は、少々苦戦しているようだったが、無事に全員が箒を持つことが出来た。
「では、皆さん箒に跨りなさい」
マダム・フーチは一人一人の箒の握り方を見ていく。
フォイが、握り方を直されていて、ハリーとロンがクスクス笑っていた。
「では笛の合図で、地面を蹴り暫く空中に浮いて、また地面に降ります。いいですね?では、3——2——1―…」
「う…うわぁぁぁ!!」
ネビルが怖いやら緊張やらで一足先に宙に浮いた。ま、知ってたけど。
「降りて来なさい!Mr.ロングボトム!!ネビル・ロングボトム!!」
マダム・フーチが降りてくるように、ネビルにガミガミ声を更に酷くして叫んでいるが、ネビル(正しくはネビルが乗っている箒)はどんどん高く上っていく。
(確か、6m位で落ちるんだっけか)
しかし、それ以上に高い位置までフラフラと上がっていく箒。もうネビルは気絶寸前だ。
あのままでは、落ちてしまった時に手首の骨折では済まなくなる。
「…ったく」
僕は、皆が呆然とネビルを見上げる中、力強く両足で地面を蹴った。
「ナオ!?」
下からハリーやフォイの驚きの声が聞こえるが、無視をして、ハチャメチャな方向に飛び回るネビルを追う。
「時速400㌔なめんなよ!」
目標は時速600㌔だが、今の所瞬間最高記録は400㌔だ。流石に初めから最高速度は出ないが、それでも高速道路を走る車くらいはある筈だ。
島で乗り回していた頃よりも、幾分か乾燥している風を頬に浴び、ローブをたなびかせながら、今にも落ちそうなネビルの元へ飛んでいく。
「ネビル!!」
フラフラ、時折上へ下へと不規則な動きをする箒に、ネビルは既に身体は空中に投げ出され腕1本でどうにか掴まっている、という状態だった。
それにもう少しで追いつく、という所で、ネビルの箒が避けた。
いや、ネビルの箒が避けたのではない。僕の箒が勝手に左に逸れたのだ。
「マジでじゃじゃ馬かよっ!」
それなりに速度も出ていたのもあり、後少しでネビルに触れる事が出来た距離が一瞬で開いてしまった。
その間にも、ネビルは気絶寸前になりながらも必死で箒を掴んでいる。
それでも、言う事を聞かないこの箒。
...。...何か、イラッとする。
《 おい、箒の野郎。聞こえるか?》
僕がイライラを隠そうともせずに、心の声に『同時翻訳』を使った所、ほんの僅かであったが、箒が震えた。
《 無視すんなよ?あ?》
《 ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!許して!》
案の定、箒は謝ってきた。
箒と話すのは初めてでは無い。島に置いてきた暴れ柳でできた『ヤナギ君』
とは散々躾を...会話をしてきた。
ヤナギ君は、非常に厄介だったが、この箒はどうやら臆病な方らしい。
ならば何故暴れる。
《取り敢えず、僕に従ってもらおうか?》
《 ハ、ハイィィィィッ!!》
半ば悲鳴のような返事をして、箒は漸く言う事を聞くようになった。
《 ふん、やれば出来るじゃないか》
従順になった箒で方向転換し、ネビルの方を見ると、今の間にまた数m上空へと上がっていた。
ネビルは片腕で掴まりながら、顔を涙や鼻水でグシャグシャにしていた。
怖かったろうに...それが益々箒に移ったのだろう。
再びネビルに普段の1/4位の速度で近づく。今度はすんなりとネビルの隣につく事ができた。
「ネビル!先ずは落ち着け!」
「ナ、ナオ!...って、うわぁぁぁぁぁ!」
声を掛けたら力が抜けたのか、今までしっかりと箒を持っていた右手がスルリと外れた。
(くっそ!面倒臭ぇ!)
ネビルの身体は重力に従ってグングン地面に向かって落ちて行く。
地上で悲鳴が上がる。マダム・フーチは、生徒の持っている箒を借りて、今にも飛び出そうとしていた。
今の、ネビルの位置は多分25,6m。
しかも、頭から落ちているから、地面と激突したらひとたまりも無い。
地上にいる誰もがネビルの潰れた蛙の様になった姿を想像した。
“だが、それは回避された。
1人の美しい生徒によって。”
(なーんちって。1回箒に振り回されてるからかっこ悪いわー)
と、我ながら阿呆なナレーションを考えたことにセルフツッコミしつつ、気絶しているネビルの身体を横抱きしている。
別に、あれ程の事で狼狽える事は無い。
確かに落ちたらそこで終わりだが、ならば落ちなければいいだけの話。
僕は、箒を離して地上へ真っ逆さまに落ちるネビルを先回りして、両腕でキャッチしたまで。
視界の端に、ネビルが乗っていた箒が森の方に行くのを見ながらゆっくりと地面に降り立つ。
両腕でネビルを抱えてるので、重心を変えることだけで箒を操作しているが、箒が従順なことと、鍛えた腹筋と背筋で、どうという事は無かった。
そして、地面に足を着けた僕に群がる同級生。
歓声を上げて、僕の肩を叩いたりするのは殆どがグリフィンドールの生徒だが、スリザリンも助けたのがネビル・ロングボトムとはいえ、同僚生の活躍に少なからず興奮していた。
「フーチ先生、一応ネビルを医務室へ」
横抱きにしたままのネビルをマダム・フーチに差し出す。その様子を一部の女子生徒が羨ましそうには見つめているのが分かったが、表情には出さず、内心苦笑していた。僕、ホントは女だし。
「ええ、ええ。そうですね。Mr.ロングボトムを医務室へ連れていきます。その間に誰も動いてはいけません。勿論、Mr.ハセガワもです!さもないと、クディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出ていって貰いますよ」
と、マダム・フーチは杖を振って担架を出してグラウンドから校舎へと歩いていった。
まだ生徒達は先ほどの僕の箒さばきに興奮が収まらない様子だったが、それは一つの笑い声とそれを咎める声で意識はそちらへと向いた。
「見たか?あのロングボトムの情けない様は」
笑っていたのは、フォイを始めとしたスリザリン生だった。
「止めろよ、マルフォイ」
それを咎めているのはハリーだった。
ハリーが呼び方を『マルフォイ』ときちんと言っている辺り、彼もきちんと区別が出来るのだろう。
「へー、ロングボトムの肩を持つんだ?」
「ああ。ネビルは僕の友達だ!」
「じゃ、その友達の『バカ玉』を取ってみろよ」
そうフォイは言うと、ネビルの『思い出し玉』を持ったまま軽々と箒に乗り、空中へと上がった。成程、言ってた通り箒には慣れているみたいだけど、それでもやはり年相応位のレベルだ。別段自慢出来ることでは無い。
僕は、フォイに気付かれないように、再び箒に跨り背後へと回った。
同じように、初めてにも関わらず箒に跨り地面から足を離し上ってきたハリーが、フォイの後ろにいる僕に気付いたが、人差し指を唇に当てて、黙っているようにジェスチャーをした。
「そうだなぁー、木の上なんかはどうだい?それか、塔のてっぺんとか」
フォイが『思い出し玉』を片手で遊びながら、楽しそうに置き場所を思案している。
ハリーは、僕のジェスチャーによって、僕の事は黙ってくれている。
「それはネビルのだ。返せよ」
「嫌だと言ったら?」
「お前を今すぐ箒から落としてやる」
ま、それやられても僕が拾うけど。
「へぇ?やれるものならやってみろ」
と言いつつ、背後にいてもフォイの顔が若干強ばっているのがその背中の雰囲気の少しの変化で分かる。
ハリーがその言葉にさっきの僕ほどでは無いが、槍のような速さでフォイの目の前までやって来た。傍から見たら、僕とハリーにサンドウィッチされているフォイだが、そんな事を知らないフォイは思いのほかハリーが箒に乗れる事に少々焦っていた。
「クラッブもゴイルも、ナオもここにはいないぞ。ピンチだな、フォイ」
お、『フォイ』呼びに戻ってる。焦ってるフォイの様子に余裕が出てきたか?
「取れるものなら...ッ!?」
フォイが玉を思い切り空中高くに放り投げる前に、 指立て伏せで鍛えた中指でフォイの手の中のガラス玉を強めにデコピンして、弾いた。ガラスが割れないように注意したよ?
「あ...」
突然現れた僕にフォイは驚いていたが、直ぐに自分の手の中にあったガラス玉が僕のデコピンによって地面へ落ちて行くのを呆然と見ていた。
それにいち早く反応したハリーと、それを予想してわざとデコピンした僕は空中に放り出された(フォイが手を滑らした)『思い出し玉』を追い掛けた。
(よっしゃゃゃゃ!作戦通ぉぉぉり!)
ハリーと共に地面へと急降下する僕は、わざと速度を落とし、ハリーと並行していた。その時にチラッとハリーを見ると、一心に玉を捉えていて、集中していると分かる。
そして、手を伸ばすハリーは地面にスレスレで玉を取った。
僕も、手を伸ばして、如何にも後少しで取れた、というようなフリをした。
(さぁ、上手くいくか...)