夜。
満天の星空が寂れたビルディングを照らし、川沿いの壊れかけた看板群のネオンが点滅する。
鉄錆の臭気すら漂わせて、メタリックな人影が対峙していた。
一人は寂れたビルにお似合いに錆びた鉄色の人影。
工事現場にある鉄骨が組み合わさったかの様な細身のボディだ。
特に目を引くのは、両手から出ている突起だろう。
それは時折ギュッと音が鳴る毎に、火花を散らしている。
両手に回転ノコが付いているのだ。
現実にはあり得ない姿。
そう、これ現実の世界ではなくはゲームだ。
《ブレイン・バースト》。正式名称≪Brain Burst 2039≫。通称はBB。
突如、東京都心在住の小学一年生100名に配布されたという対戦ゲーム。
配布されて8年近くたつ今になってもプレイヤー人口の総数は僅かに1000人余り、かつ大半が東京にいるとされるゲーム。
そのプレイ人口とプレイヤーの偏在は、このゲームの始めること自体の困難さに依る。
第一に出生直後(最長でも一ヶ月以内)からニューロリンカーを常時装着していること
第二にニューロリンカーとの一定レベル以上の親和性を備えていること
さらにコピーインストールは現在すでにBBプログラムを所有しているバーストリンカーからニューロリンカー直結による方法しか確認されていない。
またその際、相手が上記条件を満たしているかどうかを事前に判定することも現在はできない。適性が不足している場合は、インストール中にそのむね表示され転送が中断される。加えて一人のバーストリンカーが誰かにコピーインストールを試みることが可能な回数は、一回のみ。これは失敗した場合も含まれる。
その貴重さからブレインバーストをコピーインストールさせた者とした者は親子と呼ばれる密接な関係で結ばれるほどだ。
ここまで来てインストールできてもつづけることも困難だ。
様々な事に使われるBP、バーストポイントと呼ばれるポイントを通貨にこのゲームは様々なことを行う。対戦すること、それ自体にも消費する。
そのポイントを一度でも0に全損してしまえば、ブレイン・バーストはアンインストールされて二度とインストールする事はできない。
ではそのBPを得るためにはどうしたらいいのか。
基本的にブレイン・バーストのプレイヤー達は対戦によりBPを奪い合い、他のプレイヤーを徐々に全損へと追い込む事でレベルを上げていく。
レベル4から解放されるフィールド≪無制限中立フィールド≫にはBPを稼ぐ手段も有るが、そこから得られるBPは≪無制限中立フィールド≫に行くための消費ポイントを考えたらいいとは言えない。
このようなゲームシステムでは、子供の数が特に多い東京でも、プレイヤーの数は横這いを続けるのがやっとだろう。
ブレイン・バーストはもう一つの世界と言われるほど精巧に形作られている。
日本全域に張り巡らされた防犯の為のソーシャルカメラネットワーク――完璧なセキュリティに守られているはずのそれをクラッキングする事で、現実と同じ構成の世界を作り出しているからだ。
しかし、真に驚愕すべきところは別のところにあり、それはこの世界の俗称にもつなっがている。
思考の1000倍に加速。ブレイン・バーストをインストールすることによって使用でき、バーストポイントを消費して思考および肉体を加速させる。
それゆえの《加速世界》。
ブレイン・バーストのプレイヤー達、バーストリンカー達の精神が一千倍に加速された世界。
このゲームは大人たちはその存在を知りもしない。
もしも知っていたらブレイン・バーストはすぐさまニュースとして取り上げられ、国はその存在を取り締まっていただろう。
それはゲームでありながら、あまりにも大仰な技術の結晶だった。
現在のフィールドは《世紀末》ステージ。
戦場にはどぶ川の臭気さえも漂っていた。
加速世界には光や音のみならず、匂いや味さえも存在する。
バーストリンカーは現実で装着したニューロリンカー/首回りに装着する量子接続通信端末を通じて、意識の全てを加速世界に置いている。
五感全てでヴァーチャルリアリティ空間を感じる事ができるのはハードであるニューロリンカーの機能だが、その機能をここまで使い切った仮想世界を作り出すソフトは他に存在していない。そのリアルさから、中には料理に血道を上げているプレイヤーすらいる。
バーストリンカー達は現実にいるようにアバターを動かし、周りを知覚する
「…何故だ。説明しろ。なぜここに人がいる!」
当然その声も現実と同様に紡がれる。
鉄骨状の人型、【ラスト・ジグソー/Rust Jigsaw】の口から漏れたのは怒りと疑念に満ちた青年の声だった。
その体には特に傷はない。
しかしながら、安心できるような状態ではなかった。
ラスト・ジグソーは自身のステータスを確認しつつ、目の前の対戦相手を睨み付ける。
現在ラスト・ジグソーと向き合っている対戦相手。
メタリックなヘルメット状の頭部を、看板のネオンがぼんやりと映し出す。
照らし出されている色は薄暗い中、なお明らかな黒。
いや。
その色は黒というには随分と独特の柔らかい光沢を放っていた。
黒玉、というべきだろう。淡く発光する鈍色のフォルムは中性的で、中世貴族の服装のようなゆったりとした装甲をまとっていた。
ラスト・ジグソーが知る由もないが、そのアバターネームは【ジェット・フューネラル/Jet Funeral】。
殆どのアバターが金属質な体を持つブレインバーストだが、その中でも名前に色を持つ、《カラーサークル》に属するアバターだった。
黒は《カラーサークル》においてカラーサークル上の位置が不明であり、特徴的なナニカを持っていることが多いとされる。
つまり、肉弾戦一辺倒というよりは特異な性質、アビリティを持っている事が多いのだ。
今、目の前に立つジェット・フューネラルが特殊なアビリティを持っていてもおかしくはない。
「説明しろ。一体何をした」
ラスト・ジグソーは再度疑問を投げかけながら、考えをまとめていた。
ここにプレイヤーがいるはずがないと高を括っていた中、不意の襲撃。
見えているのは目の前の一人だけだが、今までの経験からくる勘が一人だけではないと告げている。
普通ならば、憎き≪ネガ・ネビュラス≫やその仲間と思うが恐らくそれはないと当たりをつけていた。
なぜならば、ここは彼らがいると思えるような場所ではなかった。
西日本を代表する都市、大阪。そこが今ラスト・ジグソーがいる場所だった。
しかもこのアバターと来たら、こうして睨み合っていてもうんともすんとも言わない。
こういう無口なバーストリンカーは時々見かける。
ここまでだんまりな相手は珍しいが、対戦に集中して軽口に乗らないプレイヤーは少なくない。
ラスト・ジグソーも無口なほうではあるが、今この場では少しでも情報が欲しかった。
特にこの対戦が≪無制限中立フィールド≫でというのが気持ち悪かった。
通常対戦ならば相手のレベルは見えるが、今は見えない。
ラスト・ジグソーはレベル6という中堅上位のレベルにはあり、プレイヤースキルはそれ以上のものがあると自負しているが、それでもひどく不気味だった。
だから不安を振り払おうと、声を張り上げて宣言した。
「……反省しろ。瞠目しろ、暗愚が。このラスト・ジグソーに攻撃したことを!」
両腕の二箇所にある回転ノコを振り上げた瞬間、予想通りジェット・フューネラルは距離を詰めてきた。
「≪ホイール・ソー≫!!」
技名と共に糸ノコを円形にして回転させながら発射する。
しかしながら超切断力を持つ回転ノコがジェット・フューネラルのガードを掻い潜り脇腹に突き刺さらることはなく。
本来ならば遠距離から放たれるべき技。やや大振りのモーションが必要な技を当然のごとくジェット・フューネラルには当たらない。
しかしながら、それすらもラスト・ジグソーの予想通りだった。
そもそもこれが当たるぐらいのプレイヤーならば自分の敵ではない。
ジェット・フューネラルの背後にあったカニの看板を真っ二つにしながら、回転ノコは明後日の方角へと消えていく。
ジェット・フューネラルは必殺技後で硬直しているラスト・ジグソーを逃すまいと
「――――シッ!」
鋭い呼気と共に鋭利な爪を束ねた貫手が、槍のように放たれる。
ラスト・ジグソーの体がまさにこの瞬間を待っていたかのように鈍い色のオーラに包まれる。
「≪ラスト・タッチ≫!!」
これは、先ほどの必殺技と異なり、ブレイン・バースト究極の秘技である心意技。
この心意技は裏技のようなもので、通常の対戦では使用を禁じられている。普通のバーストリンカーは心意技を知り、習得しても、レベル上げを止めたりはしない。
ラスト・ジグソーは通常の対戦でこっそり心意技を使う事に何の躊躇いも無いが、
しかし、敵アバターの性能はおろか名前すらわからないこの状況で、使用を踏み切った。
遠隔の赤系だと油断している相手で、ラスト・ジグソーの動きを捉えられるアバターは僅かだろう。
さらに放たれる技が心意技ともなれば生きているプレイヤーはさらに僅か、ほんの一握りと言って問題ないだろう。
だが、ジェット・フューネラルはその一握りに。
ジェット・フューネラルは、そこにいるプレイヤーだった。
「なんだい、それは?」
ラスト・ジグソーが初めて聞くジェット・フューネラルの声は戸惑いが滲むものだった。
「……まさか、それが君が頼りにするバグ技だっていうのかい?」
「!!」
完璧に受け止められていた。
今は完全にカウンターが入ったはずだ。
この間合で、完璧なカウンターを叩き込んで、それでも通じないなんて事があるものか。
大体ジェット・フューネラルは心意技の発声すらしていなかったではないか。
確かに高度な心意の使い手は発声無く心意技を扱えるというが、大技には発声を伴うはずだ。
だが。
それよりもこいつは、心意技ではなくバグ技と言った。わざわざそう言ったのならばまだしも、普段からそう言っていたというように言い慣れた感じで。
(まさか大阪にも、プレイヤーの集団が!?)
ジェット・フューネラルの体には傷一つ付いていなかった。
何のお飾りもない右手の指がゆっくりとラスト・ジグソーに揃えられた。
「≪コンシューム・スピリット≫」
「くっ!!」
咄嗟に飛び退るが、特に体に傷はついていないし、違和感もない。
しかしながら、あのような動きができる相手の心意技がそんなおとなしい訳がない。
やけに増えた必殺技ゲージに嫌な予感がしたラスト・ジグソーは慌ててインストメニューを開き、アバター情報を確認する。
すぐに、これまでで最大の驚愕と恐怖に襲われた。
「なッ…!?」
所持バーストポイント、1100ポイント。
この量自体が少ない訳ではない。問題なのは、負けたわけでもないのにバーストポイントが減っていることだ。
たとえばだが、何度も何度もライフを0にされていたとして、それに気づかないなどあり得るわけがない。痛みもなく何度も敗北するなんて、そんなこと、信じられるわけがない。
「何を!? 何をした!!」
「なん、だろうね」
ハッと振り向くと、目の前にラスト・ジグソーが立っていた。
その初めて聞いた涼やかな声には、露骨なほどに深い悲しみが滲んでいる。
「僕のバク技は少々意地悪くてね。ダメージの代わりにポイントを減らすんだよ」
「何を……言っている……」
ラスト・ジグソーはカラカラに乾いた喉で息を飲み込んだ。
そもそもそんな技を作ろうとすること自体がナンセンスだ。このゲームの基盤となるのはある意味で、格闘ゲーム。
勝利や敗北でポイントが動き、だからこそプレイヤーは全損から逃れようと戦うのに。
そんな前提を崩すことが心意技とは言え許されるのか。
静かに。
こちらの困惑など知らないとばかりに。
相手が、歩をゆっくりと進めてくる。
「ごめんね。そんなに恐がらせるつもりはなかったんだ」
その歩みは自然で、よく注意していないと見落としてしまいそうだった。
それなのに凝視していると距離を見失ってしまいそうだった。
「痛みも恐怖も与えないつもりだったんだ」
ジェット・フューネラルを包む淡い光は柔らかに明滅し、距離感を喪わせていた。
ラスト・ジグソーはさっきの攻撃にあたらまいと必死に目を凝らし。
五歩。
四歩。
三歩。
二歩
……一歩……!
「質問に答えてなくて悪いけど、こちらの質問には答えてもらうね?」
ラスト・ジグソーの体が宙に跳ね上がる。
加速感に続けて浮遊感が訪れた。
* * *
錆びた色をした光の粒子が溶けていく。
その光景を名残惜しそうにみながら、ジェット・フューネラルことヤカゲは密やかにため息を吐いた。安堵というよりも、顔を見せもしなかった薄情な仲間に対する寂寥感からのものだった。しかしながら、一人でも大丈夫と思われたからだと彼自身も知っていたから、そこまで気にはしていない。
「で、聞いてたでしょ。あいつらは東京からきたみたいだよ」
周りに現れたのはェット・フューネラルと同格の四人。色は白、青、赤そして緑。いずれも純色いうには違和感のある光沢や透明感がある。
敵は一人ではなかったという点では、ラスト・ジグソーの勘は正しかった。ただし彼がそれを確認することはもう二度とないが。
「東京かぁ。わざわざご苦労なことで」
「めんどいけど降りかかる火の粉は払うべき」
「お礼参りするっス」
「どうやって行くんだよ…」
「そりゃ、あいつらみたいに歩きでっス」
「…せめて電車使おう」
どうでもよさげな緑以外の仲間たちのセリフにジェット・フューネラルは薄く笑みを浮かべる。
≪オシラトリ・ユニヴァース≫。そして≪加速研究会≫。
つい先日、仲間達を襲撃して散々な目にあわせてくれた、標的の名前。
ラスト・ジグソーさんはブラックバイスさんからパシらされて大阪に来ました。
というのも、サルファ・ポットさんはエネミー狩りによるファーミング実験を、沖縄の前に大阪でしようとして失敗した(←独自設定)から、その様子見に行かされたのでした。
ラスト・ジグソーさんの生死についてですが、いまのところ死亡で考えています。もし原作で大役を担って再登場されたら、タイマーで切断していたなどで生きているようにしようと思います。
間違いなどありましたら、教えていただけたら幸いです。