風上家に生まれて   作:新六毛

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菜の花のプリンセス…
それはプリンプリンセス…


あやかは金色の国の夢を見る1

「……しょ… ……しょ…」

 

手にしたハンドスコップで、一心不乱に庭の砂利を撫でるあやか

額から零れる汗が、彼女の均した砂利の上に落ち、黒い小さな斑点を描いた後、その隙間に吸い込まれて消えて行く…

せめてものお家のお手伝い

庭仕事ならバイキンを持つ自分でも出来る筈

そうして思い立ったのが、庭にできた水溜まり跡を潰す事であった

 

「ふぅ~~…」

 

第三者的視点では彼女の努力の効果は全く見受けられないが、彼女的には十分満足のいく出来映えなのだろう、年季の入ったベテラン庭師の様に腰に片手を当て、空いた方の腕で額の汗を拭う

西に傾いた太陽が、そんな彼女の影を長く引き延ばし、風上家の象徴、コブシの巨木に凭れさせた

あやかの脳裏に姉達の喜ぶ姿が浮かぶ

自分を褒めてくれる姉達の姿が浮かぶ

あやかはどうしても姉達に褒められたかったのだ

褒められねばならぬ理由があったのだ

 

「あやかちゃん、今日も一人なんだw」

「!?」

 

その声に振り返れば、またしてもあのイジワルなオジサン…

下卑た笑みを浮かべ、山茶花の垣根の向こうから此方を眺めていた

 

(一人は当たり前なのだ! お姉達は、お仕事にお学校に大忙しなのだ!)

 

あやかは心の中でそう呟くと、頬を膨らませた顔をプイッと背け、後ろ足で砂を掛ける様にして玄関へと潜り込んだ

 

 

 

 

 

「で、さぁ~ ……が、そう言う訳よ~」

「ふふふっ… それでは正に、歩く…… …ですわ~……」

「やだも~! まどか姉ったら昼間から~w」

 

姉達の楽しそうな声が階下から聞こえる

もしかしたら、自分の庭仕事ぶりに満足してご機嫌なのかも知れない…

そんな妄想にあやかの顔が思わず綻ぶ

ほぼ同時だった姉達の帰宅から40分

些か早いかも知れないが、機嫌の良いうちに話をしておきたい

知恵故障故、何より我慢が苦手なあやかは、長姉との約束を反故にしてそろり自室を抜け出し、階段を下りて行く

 

「まどか姉、さやか姉、お帰りなさいなのだ!」

 

リビングのドアを開けると同時に放たれた、あやかの大きな挨拶

まるで主人の帰りを喜ぶ子犬の様に、その表情は無邪気に輝く

もし彼女に尻尾があらば、きっとはち切れんばかりに振られていた事だろう

 

「「………………」」

 

だがあやかの予想に反して、彼女の姿を認めた姉達は瞬時にその顔から笑顔を消し、代わりに能面の様な冷たい表情を向けてきた

 

「まだ呼んでませんわよ…」

 

長姉が鋭い眼光と共にあやかを嗜めた

この長姉との約束

呼ばれる迄は部屋て"良い子"にしている事…

"良い子"とは、大きな音や声を出さず、大人しくじっとしている事…

知恵故障のあやかには多分に辛い事ではあるが、これを守らなければ晩御飯にありつく事は出来ないのだ

長姉曰く、ご近所の迷惑にならない一人前のレディのエチケットだそうで、そうなりたいあやかは何時も息を殺して時間が過ぎるのを待った

そんな中での今日のあやかの"お帰りなさい"は、明らかなフライングであり、約束違反であった

そしてそれはあやかも承知しての事だった

どうしても自分が汗水流してやり遂げた"お家のお手伝い"をアピールし、姉達の歓心を買いたかったのだ

 

「お、お庭… 見てくれたのだ? あやか、頑張ったのだ…!」

 

長姉から滲む怒気に気を飲まれ、思わず逃げ出したくなる衝動に駆られたあやかであったが、膝に力を入れ何とか踏み止まり、震える声で訴えた

 

「「………………」」

 

その言葉に、二人の姉は互いの怪訝な表情を暫し見詰め合う

 

「……何をしたのか存じませんが……… 五分だけ時間を差し上げますわ…… 現状回復… 全て元に戻してきなさい……」

 

取り付く島の無い、つっけんどんな反応

再びあやかに向けられた長姉の顔と声色は、あやかとは真逆の感情の高まり… 炸裂寸前のそれに因って微かに震えていた

あやかもそれを感じ取ったが、とにかく誤解を解かねばと勇気を絞って食い下がる

 

「お、お庭… 見て欲しいのだ… 綺麗になった… なってる… のだ」

 

悪戯をしたのではない、お手伝いをしたのだ

ちゃんと見て気付いて欲しいのだ

 

「こ……………… すぞ……」

 

「う、うん?」

 

 

 

 

 

「…………ろぉぉぉすぞぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」

 

 

 

 

 

鼓膜が裂ける錯覚がした

あやかは電光の如く身を翻し、靴を履く間も惜しんで裸足で庭へと飛び出した

転げる様に砂利の上に腹這いになり、全身を使って遮二無二それを掻き撫でる

何かを成す為では無い

自分の成した痕跡を跡形も無く消す為だ

あやかは泡を吹いていた 小水を漏らしていた

そんな事に意識は向かわなかった

只々、長姉の命をがむしゃらに実行する 現状を回復する

どうなれば良いのかは分からない

ただとにかく自分の身を庭の上でくねらせ、のたうち回らせた

最大クラス、三ヶ月に一度… 否、半年に一度レベルの大激昂

鬼の形相そのもの、鬼そのものだった

次姉に比べれば、普段は温厚とも言えるその人柄

だが一度怒りの感情に火が着けば、最早その攻撃性と狂暴性は次姉の比では無い

恐らくは先程の爆発の瞬間、無関係である筈のその次姉も、余りの恐怖に身を震わせた事だろう

それ程の怒りをあやかは買ったのだ

 

「ハァ…… ハァ……」

 

十五分程が立ち、あやかは夕方必死に均した庭砂利を、文字通りぐちゃぐちゃにした

現状回復とやらが出来たかは分からない

後は風上家の審判者、長姉の判決次第

許されず半殺しにされるか、許されて半殺しにされるか、のどちらかである

 

「………………」

 

夕暮れ時を過ぎ、宵闇に包まれ始めた庭先で、あやかはじっとガラス戸とレースのカーテンの向こう… 姉達の居るリビングを注視する

きっとそこで仁王立ちしているであろう、長姉の判決を待っているのだ

近所の母子連れが風上家の門前を通り過ぎる

幼子が挙動不審なあやかを指差すと、母親は慌ててその手を払い、反対の手を引いて小走りに駆けて行った

 

「………………」

 

更に幾許かの時間が過ぎて行った

身動ぎ一つしないあやかの鼻先を、香しいカレーの匂い… 大好きなカレーライスの匂いが擽る

 

「……ウェ…」

 

あやかは吹き出す様に小さく嘔吐した

それを足元の砂利で丹念に隠すと、全身の土埃を極力払い、ゆっくりと玄関の戸を開けた

 

「……まどか姉… 終わりました… のだ……」

 

ちゃんと気を回し、廊下から小さく声を発する

埃まみれの自分がダイニングやリビングに立ち入れば、綺麗好きの長姉の更なる怒りを買う事ぐらい、あやかにも分かる

何せ妹なのだから… 姉の事は何でも分かるつもりだ…

 

「………………」

 

リビングの向こうからはスプーンが皿を擦る音と、賑やかなテレビの声が聞こえる

その合間にさやか姉の、ややトーンを落とした話声も聞こえた

 

「……あの… まどか姉…… 終わりました……」

 

知恵故障の証、生まれつきの口癖も引っ込んだ

選りに選ってカレーの日にこんな事になろうとは…

例えルーだけしか味わえなくても、まどか姉のカレーはあやかの一番の好物だった

帰宅後から必死に身体を動かした上、先程の嘔吐もあって、あやかのお腹は極限レベルのペコペコだった

だがそんな事はどうでも良い

今はこの家でこれからも暮らせるかどうかの瀬戸際なのだ

 

「……何故… ……束… …たの…?」

 

ドアの向こうのまどか姉の声は小さく聞き取り辛かったが、明らかにあやかに向けられた物だった

多分、約束を破り庭仕事をした理由を訊ねているのだろう

その位はあやかの知能でも分かる

 

「……あやか… 買って欲しい物が… あったのだ… お洋服…… 新しいお洋服… フリルの付いたワンピース……」

 

左手の親指の爪を、右手の親指の爪で削りながら、あやかはボソボソと答えた

 

「ヒッ…!」

 

近付く足音に、あやかは思わず身をすくませた

ドアがゆっくり開き、まどか姉が姿を覗かせる

 

「買って欲しい物があるのなら、紙に書いて部屋の前に置いておく… 前に言った筈ですわ……」

 

その表情は、あやかの予想程には怒りに歪んではいなかった

 

「ご… ごめんなさいなのだ… あやか… どうしても……」

 

それでも長姉のその顔を直視は出来ず、あやかは俯いて謝罪を重ねた

 

「右手……」

「……はい」

 

素直に差し出す

内心ホッとした

まどか姉はポケットからタバコを取り出すと、それをくわえ、ライターで火を着けた

 

「ふぅ~~……」

 

大きく息を吸い込むと、タバコの先端が赤々と輝き出す

まどか姉は左手であやかの腕を掴み、右手でその豆状骨の付近にタバコの火を押し付ける

 

『ジュッ!』

 

本当にそんな音がして、あやかの皮膚から煙が上った

 

「……っうぅぅっ!!」

 

何度やられてもこの激痛に慣れる事は出来ない

それでもこの罰が執行されるという事は、これからもこの家で暮らせる事を意味する

大好きな姉達とこれからも一緒に暮らせる事を意味する

最悪のケースも想定していたあやかは胸を撫で下ろした

まどか姉がタバコを離すと、茶色く焦げた皮膚の焼け跡が現れた

衣替えも近いが、暫く長袖を着用しなければならない

お仕置きの跡を人目に晒さないのも、姉達との約束なのだ

まどか姉が背中を向け、再びドアの向こうに姿を消すと、あやかは火傷の跡を擦りながらもう一度"ごめんなさい"をし、自室のある二階に続く階段を静かに上って行った

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