「はい、それでは次… 美味しいお野菜の見分け方……」
雫先生の優しく澄んだ声
五時限目、給食後のそれは、普段なら微睡みを誘う子守唄…
遊びたい時に遊び、眠りたい時に眠る
それが知恵故障教室の日常風景
雫先生も特に咎めたりはしない
彼女達にとって大切なのはそんな健常者の常識事ではない、と雫先生は考えている
だが今日の四人… 仲良し学級の面々の顔は、いつにない活気に満ち満ちて輝いていた
「先生ぇ~……」
甘えた様な麦波ちゃんの声に、雫先生は教卓の上の教科書を覗き込んでいた顔を上げる
雫先生は当然、何時もとは違うその空気を授業の初めから感じ取っている
授業の初めから… というか、この一週間、仲良し学級に流れる落ち着かない空気…
その原因も当然知っている
知っていて、気付いていも、だからと言って授業の手を休める訳にはいかない
いかないのだが…
「ふぅ~……」
大きくため息をついた後、雫先生の苦笑いは、再び何時もの優しく眩しい笑顔へと変わった
「仕方ないわね… それじゃ、授業は取り止めて… 発表会の練習にします」
「「やった~~!!」」
雫先生の言葉に、知恵故障娘達は諸手を上げて歓喜の声を上げる
本能に実直な彼女達は、感情を体現する事に羞恥心を抱かない
早速立ち上がると机と椅子を退かし、教室の中央にスペースを作る
この辺りの機敏さは、健常者のそれと比べても遜色ない
それだけ彼女達には楽しい時間の始まりなのだ
雫先生はやれやれ、といった表情で、それでいて愛しい我が子を見る様な慈母の眼差しで、彼女達を温かく見守る
"発表会"……
それは地域の知恵故障学級に通う子供達の健全な育成と、無限の可能性とやらを引き出す為に、地区の教育委員会が企画した文化発表会である
極めて乱暴な言い方をすればそれは、普通の生徒と一緒に普通の文化祭を行えない彼ら彼女らの為の、形ばかりの代替文化祭なのである
観衆は地区の教育委員会の面々と、各校の"仲良し学級"の担当教諭のみ
代替文化祭としても些か寂しく、味気無い陣容であるが、当の主役達にはそんな疎外感を感じるアンテナなど無い
只々楽しいお遊戯会の一種
発表会は仲良し学級、最重要レベルの年中行事なのである
「ウェヒヒ… どうかな… やっぱり似合うかな…?」
「うんうん、やっぱり鹿目ちゃんが一番かわいいんだよ~!」
「プラチナ嫉妬!」
雫先生の見詰める先で、知恵故障娘達は恥じらいも無く生着替えに興じる
一応多感なお年頃、流石に男目があれば多少は違うのだろうが、彼女達の乏しい脳内キャパが目の前のワクワクで満たされている事も事実だろう
彼女達が制服を脱ぎ捨て、持参した私服に着替えた理由…
それは発表会のお題目、アイドルユニット"NG4"によるダンスショー… の練習の為である
NG4… "仲良し学級フォー"は、発表会の為に結成された、歌って踊れる美少女アイドルユニットなのだ
幸か不幸か、見て呉れだけは標準以上の四人
そんな彼女達が何とか動きだけでも統一したダンスを披露すれば、文化発表会の演目としては十分及第点と言えよう
そんな理由もあって、雫先生はクラス会での麦波ちゃんの提案を快く了承したのだった
初めは御揃いの衣装を自分達で手作りする予定であったが、知恵故障の分際で小生意気にもデザイナーを気取る月火ちゃんとあやかが、大した事も無い互いのデザイン原案を押し合って取っ組み合いの喧嘩になり、雫先生の裁定により各自が自前の衣装を用意する事になったのだ
「ウェヒヒ… 麦波ちゃんのお洋服もかわいい!」
「プラチナ可愛い!」
「月火ちゃんも可愛いんだよ~!」
互いを誉め会う三人
知恵故障故、世辞などではない
どういう経緯で入手したのか、ピンクのメイド風ワンピースに身を包んだ鹿目ちゃん
クラスのリーダー麦波ちゃんは肩を露出した、ちょっとアダルトな雰囲気の黒のベアトップワンピースを身に着ける
サイケデリックな感性を持つ月火ちゃんは、意表を突く翡翠色の小袖を、慣れた手つきで身に纏った
三者三様の個性が良く現れたそれぞれの私服は、それぞれに良く似合い、普段の制服姿の彼女達とはまた違った一面を見せた
「………………」
そんな三人から少し離れて、あやかはオレンジ色のタンクトップとショートパンツ… バスケットのユニフォームに似せたヨレヨレのそれに着替えていた
向こうの三人の嬉々とした表情に比べ、あやかの表情は薄い笑顔を湛えながらもそこに何時もの元気は無く、ほんのりと陰さえ差す
その理由は自分が身に着ける草臥れた古着のせいである
あやかの寝間着として、長姉がフリーマーケットからタダ同然で買ってきたそれ…
彼女の持つ衣装の中では、一応一番お洒落なそれ…
それはそれで、細身でショートヘアーの彼女には良く似合うのだが、それはあやかの憧れる自身の理想像とは大きくかけ離れているのだ
あやかはお姫様になりたいのだ
NG4の発表会に於ける立ち位置は、衣装の可愛さ… を含めた外見によって決定される
そう取り決めた訳ではないが、本能のみならず感情にも実直な彼女達は、自ずと互いをランク付けし、自然とそれに準じた位置を取るのだ
プリンセス願望の強いあやかは、当然センターに立ちたい
だが今のところ、センターに位置するのは鹿目ちゃんと麦波ちゃん… その中でも入退場の先頭を勤める最センターは、鹿目ちゃんが有力であろう
マニアックな可愛さを追及する月火ちゃんも僅差で二人を追い、三人から大分離されてあやか、という状況である
センターには到底手が届かない
それが面白くないのだ
「それじゃ、みんなでポンポンダンスだよ~」
麦波ちゃんの言葉で、四人はビニール紐で手作りしたポンポンを持って位置に着く
黄色いポンポンのあやかはやはりセンターには立てず、一番左端、鹿目ちゃんの隣に立つ
「せ~の、ポンポンポン、ポポンポポン!」
「「ポンポンポン、ポポンポポン!!」」
麦波の音頭で四人は手にしたポンポンを揺らしてダンスを開始する
ダンスと言ってもそこは知恵故障、複雑なステップを踏んだり、難しいコンビネーションを組む事は出来ない
只々、ポンポンを持つ手を揺らし、時に飛び跳ね、また足踏みを繰り返すのみである
それでも一週間前から時間を見つけては練習に励んできた彼女達
それなりに統一感も滲み出、元々の容姿の良さもあり、何とか"微笑ましいパフォーマンス"レベルの仕上がりにはなっていた
雫先生も優しさの中に満足感を得た笑顔で、懸命に頑張る生徒達を見守る
その中で只一人…
あやかだけは晴れない表情を浮かべていた
あやかの視界の隅で、鹿目ちゃんのスカートが揺れ動く
フリルの付いたピンクのそれは、あやかの理想をそのまま形にした様な物だった
「………………」
お姫様は自分の筈なのに…
楽しい筈の発表会が、あやかにとって劣等感を味わう苦痛の場になろうとしていた
せめて自分にも可愛いお洋服があれば…
可愛い衣装さえあれば、センターは… お姫様は自分の筈……
そうしてあやかは長姉に、新しく可愛いお洋服をおねだりする事にしたのだった