「雫先生! あやかが運んであげるのだ!」
雫先生を廊下の角で待ち伏せていたあやかは、彼女が手にしたほんの一抱え程のプリントの束を半ば強引に奪い取る
「え? あぁ ありがとう… ほら、走らないで!」
そのまま僅か数メートルの距離にある仲良し学級の引き戸を開き、それを背中で押さえながら雫先生を待ち構える
先生のお手伝いをしているつもりらしい
「ありがとう、風上さん」
雫先生のお礼に笑顔で答える
「先生ぇ~ みんなで教室を綺麗にしてたんだよ~」
麦波ちゃんがカーテンを雑巾で拭く、という謎の行動をとりながら、雫先生に振り返る
「ウェヒヒ! ゴミ一つ落ちてない!」
鹿目ちゃんがわざとらしく、雫先生の目の前を箒で祓う
「プラチナ小姑!」
月火ちゃんは割り箸に結わえた布切れで、黒板のチョーク入れを丹念に清掃する
何処で得た知識なのか、彼女なりの小姑のイメージなのだろう
「はいはい… 分かりました…… 四時限目も発表会の練習にします」
「「やった~~!!」のだ!」
生徒達の意を汲み、雫先生は今日も大事な授業の一枠を開放した
同年代の"普通"の中学生が、受験勉強に、部活動にと励む中、ともすればそんな同年代の時の流れから置いていかれがちな彼女達が見つけた、情熱を傾けられる何か…
雫先生は彼女達にとってそれが何より大事な物だと考えた
今日もてきぱきと机を片付け、一生懸命に清掃したという教室を舞台に変えていく知恵故障娘達…
その様は正に、明日のスターを夢みて下積みを続ける踊り娘達のそれに見えなくもなかった
「ふふん…」
あやかが不敵な笑みを浮かべてロッカーから大きな紙袋を取り出す
「ん~? …あやかちゃん?」
そして今日もあやかを無視して(あやか視点)着替えを始めた三人の前にズイと進み出る
「じゃ~~~ん! なのだっ!!」
彼女らの視線が集まったのを確認すると、あやかは紙袋の中に手を入れ、その中身を勢い良く取り出す
「う、うわぁ~~~!!」
「こ、これはっ!? ウェヒ!?」
「プラチナカワイイ!!」
六つの目が文字通り真ん丸に見開いた
「どうなのだ!? これ!? 可愛いのだ!?」
菜の花色のフリルのワンピース
それを身体の前に合わせて皆の反応を確かめる
麦波ちゃんが引き寄せられる様に、一歩を前に踏み出した
「す、凄いんだよ~! どうしたのそれ~!?」
「えっへんっ! 上のお姉に買って貰ったのだ!」
口を突いて出た瞬間、あやかの嘘は彼女の中で真実となる
知恵故障の由縁である
何時も通り姉達よりほんの少し早く家を出たあやかは、通りの先のブロック塀の陰に身を潜め、仲良く肩を並べて門から出て来る二人と、歩み行くその後ろ姿を見送った
そしてその姿が完全に見えなくなったのを確認してから、ダッシュで家へと戻る
玄関を潜り、階段を登り、普段は決して立ち入る事の許されない、さやか姉の部屋のドアノブを引いた
それはクローゼットの前にハンガーで掛けられていた
きっとさやか姉も眠りに落ちるまで、ベッドの中からずっと眺めていたのだろう
それだけの魅力があるワンピースだった
そしてそれは今、あやかに着られるのを待っていた
あやかはそう思った
ほんの少し…
そう、帰って来るのはあやかの方が早いのだ…
ほんの少しだけ…
ほんの少しだけ、あやかにも夢を見させて欲しいのだ……
「ウェヒヒ! あやかちゃん羨ましい!」
最大のライバル、鹿目ちゃんの羨望があやかのプリンセス願望を大いに満足させる
「プラチナ嫉妬!!」
序列最下位に転落する月火ちゃんに、哀れみの感情さえ生まれた
「あら~ いいわね、風上さん きっと高い物よそれ」
あの雫先生でさえあやかの衣装を褒めてくれた
あやかのヘブン状態、ここに極まる
あまりの恍惚に意識が遠退き、思わずその場に蹌踉めいた
何とか踏み止まり、あやかは颯爽と制服を脱ぎ捨てる
そして夢にまで見た菜の花色のワンピースに袖を通した
フリルが天使の羽の様に宙空を舞った様な気がした
「ど、どやっ! なのだ!」
その場でくるりと回って見せる
あやかには幾分サイズが大き過ぎるそれ
スカートの裾が床すれすれまで迫り、両腕の先は深い萌え袖状態
傍目には只々不恰好なその姿
だが、居合わせた知恵故障娘達の目にそれは、正にプリンセスドレスのそれに映った
"菜の花のプリンセス"
あやかちゃんが屡々口にするそれが今、目の前の彼女の姿に重なった
「可愛いんだよ~!」
「ウェヒヒ~! ウェヒヒ~!」
「プラチナ眩しい…!」
己の感情に何処までも実直な感想を述べる
「さ、さぁ! ダンスの練習なのだ!!」
見とれて惚けるリーダーの代わりに、あやかは練習の音頭を取る
大事なのは… あやかに取って大事なのは、ここでセンターを取る事なのだ
センターを取って初めてのプリンセスなのだ
ワンピースの裾を靡かせ、教室の隅に置かれた用具棚からポンポンの入った段ボール箱を持ってくる
あやかの担当、黄色のポンポン
昨日と同じ物である筈のそれは、今日はまるで違う色に感じられた
菜の花色のワンピースに黄色のポンポンが良く映える
「じゃあ、みんな並んで~! 行くよ~!」
漸く我に返った麦波ちゃんの声で、四人は横一例に並ぶ
あやかはその動きを然り気無く注視する
「……………………」
昨日まで鹿目ちゃんの隣にいた麦波ちゃんが、昨日までのあやかのポジションである最左翼に移動する
そして鹿目ちゃんは隣に空いた、昨日までの麦波ちゃんの立ち位置に着く
(んんん~~~!!)
あやかの願いは遂に成就する
麦波ちゃんはおろか、鹿目ちゃんまでもポジションチェンジした
これはつまり、あやかをセンターに… それも鹿目ちゃんに代わる筆頭センターに認めた事になる
これがプリンセスの威光!
菜の花のプリンセスの凄さ!
遂にあやかは名実共にプリンセスになったのだ
あやかは大股でプリンセスの為の立ち位置へと向かう
途中、皆の前で意味も無く回って見せ、スカートの華を大きく咲かせた
「さぁ、行っくよ~! せ~の、ポンポンポン、ポポンポポン!」
「「ポポンポポン、ポポンポポン!」」
練習始まって以来の、切れっ切れのダンスだった
きっと自分はこの瞬間、世界中の誰より輝いているに違いない…
トリップ… あやかの自我は、心地好い夢の世界へと沈んで行った