風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかだけの神様 2

無粋な水銀灯の明かりが、遠くからぼんやりと照らす公園のベンチ

そこに腰掛けたあやかは、いーぴんちゃんに何事かたわいもない話を聞かせていた

あの後、予定通りコンビニに向かったあやかは、レジにタラコお握りを出した所で自分が一文無しになっていた事を思いだした

流石の知恵故障も赤面して、逃げる様にこの公園へとやって来たのだ

他の事に気が向くと、どうしても直前の事象の整合が難しくなる知恵故障

それでも一文無しの原因が自分自身だと理解し、恥ずかしがる辺りは、流石に中学生と言った所であろう

小学生の頃のあやかなら、居もしない泥棒さんのせいにして泣き喚いていたかも知れない

 

『グゥ~~』

 

あやかの腹の虫が鳴いた

空腹はその前から意識はしていたが、タラコお握りを目の前で喪失した影響からか、それは最早無視出来ないレベルまで膨張していた

 

「いーぴんちゃん、お腹空いたね~ …なのだ」

 

まるで赤ん坊をあやすかの様に、あやかはいーぴんちゃんを夜空に掲げ、空腹の切なさをその友と分かち合った

UFOキャッチャーなどやらずにお握りを買えば良かった… などと言う事は、あやかは思いはしなかった

知恵故障だか、あやかは優しい子なのである

仮に時間を巻き戻せたとしても、あやかはやはりお握りよりいーぴんちゃんを選んだだろ

尤も、パンダさんとお友達になれるのなら、そちらを選んだだろうが…

 

「……あと… 一時間… 半… なのだ?」

 

公園の時計の針を見詰めながら、あやかは力無く呟く

 

「早くご飯さん、食べたいのだ…」

 

まどか姉が炊きたての白米を、パンダのお茶碗さんによそう姿…

空きっ腹を擦りながらそれを夢想した、その時だった…

 

 

 

「パイパイパイパイパ~イ」

 

「うわぁっ!?」

 

突如背後から響くの甲高い声

あやかは思わず飛び上がり、いーぴんちゃんを抱いて振り返る

ベンチの背凭れの向こう数メートル

目に飛び込んで来たのは、長い白髪を夜風に揺らして佇む、背の高い一人の女性だった

年の頃はまどか姉と同じか、それより多少上か

遠く水銀灯の光で、その白髪はまるで銀糸の様に輝いて見えた

金属質の光沢を湛えた、ウェットスーツを連想させる着衣が、彼女の全身に密着している

まるでSF映画の宇宙パイロットが着用する様なそれは、反射する光を七色に変えて見せ、銀糸の様な長い髪相俟って、彼女をとても美しく、そして神秘的に見せた

実際彼女はあやかが今まで出会った誰よりも、まどか姉よりも、さやか姉よりも、雫先生よりも美しかった

 

「び、びっくりしたのだ~… ドッキリドキドキは心臓が止まっちゃうのだ~…」

 

怒りと言う程では無いが、あやかのその言葉には若干の抗議の意思も含まれていた

それを向けらた女性は謝罪や弁明をする訳でも無く、只々穏やかな眼差しを此方に向けてくる

目だけで笑っているとも感じられた

 

「お姉さんは… 宇宙人さんなのだ?」

 

あやかの低い知能指数でも、目の前の女性が"普通の人間"とは思えなかった

あやかの乏しい知識と僅かな人生経験から導き出した答えが、その問いとなった

それが仮に正解なら、それはかなりショッキングな事態となる訳だが、それが感情に直結しないのがまた知恵故障なのである

あやかの表情も穏やかであった

 

「とんでもな~い…」

 

そう言うと女性は此方に向けてゆっくりと歩み寄って来る

びっちり衣装の下、胸元の大きな塊が二つ、それに合わせてたゆんたゆんと揺れる

あやかは思わず自分の胸元に視線を落とした

あやかのコンプレックス

中学生になっても一向に発育しないそれは、豊満な二人の姉達との対比もあり、彼女の密かで大きな悩み事であった

今、歩み寄る女性のそれは、その二人の姉達よりも更に一回りも大きい

あやかはより一層、己の胸元の貧相さを噛み締めさせられた

あやかの眼前まで迫った女性は、そんなあやかの呑気極まる被害妄想などには気付く筈も無く、その高い位置から、まるで小動物を見るかの様な、好奇心と侮蔑の合わさった複雑な視線を投げ掛けてきた

 

「……我輩は神であ~る………」

 

女性はそう名乗った

 

「………神さん? 神さんなのだ?」

 

あやかの中では自己紹介はフレンド申請と同義である

だからこそ、いーぴんちゃんにも自己紹介したのだ

そして向けられたフレンド申請を無下にする選択肢など、あやかの薄い辞書には無い

 

「あやかはあやかなのだ! 風上あやかなのだ! 好きな食べ物は美味しい物なのだ!」

 

自身でも完璧だと感じる自己紹介

あやかと女性は晴れてフレンドとなった

 

「神さんはあやかに何かご用なのだ?」

 

フレンドとなっておいて、初っぱなでその質問はどうかとも思うが、あやかの疑問も尤もである

こんな場所でこんな時間にこんな出会い方とは、知恵故障を持ってしても些か奇怪である

 

「言葉を慎め、風上のあやかとやら… 神は我名では無い… 我輩は神なのであ~る……」

 

かなりきつめな台詞とは裏腹に女性の顔は、まるで新しい玩具を与えられた子供の様に喜色に満ちていた

後ろ手に組みながら、女性はあやかの側面に回り込む

 

「お主の前に現れたのは他でも無い… 我輩を救い出した功に報い、礼を成す為であ~る…」

 

「……お礼……?」

 

あやかは女性の顔を目で追って身を捻りながら、その首を傾げる

 

「あやか、神さん… お姉さんを助けた…… のだ?」

 

立ち止まり何処か遠くを眺めながら、自らを神と名乗る女性は続けた

 

「如何にも… 長らく人形に封じられていたこの身を、お主が解き放ったのであ~る…」

 

「……ん~~?」

 

女性の言葉が全く身に覚えの無いあやかは、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて、胸元のいーぴんちゃんを一際強く抱き締めた

そんなんあやかに向き直った女性は尚も続けた

 

「神は人に借りを作る訳にはいかぬ… そこで… お主の願いを七つ、何でも叶えてやる事としよう…」

 

「いひっ!?」

 

"願いを叶えてやる…"

その言葉にあやかは反応した

理由は良く分からないが、あやかのお願いを聞いてくれるというなら拒む理由も無い

 

「ささ… 早う願いを申せ……」

 

あやかの心を見透かしたかの様に、女性はあやかに願う様促した

 

「う、う~~ん……」

 

しかし唐突に願えと言われても、咄嗟に願い事など出てはこない

そうで無くても知恵故障なのだ

 

『グゥ~……』

 

その時、あやかの腹の虫が再び鳴いた

己の空きっ腹を再認識したあやかは、それを擦りながら上目遣いで口を開いた

 

「あ、あやか… お腹空いてるのだ…… 何か食べ物を持ってたら… 分けて欲しいのだ……」

 

あやかはお願いした

 

「一つ目の願い、聞き届けた…」

 

女性はおもむろに両手を頭上に掲げると…

 

『パンっ』

 

そこで拍手を打った

無意識にそれに視線を奪われたあやか

一瞬の後、その鼻腔を何とも言えない芳ばしい香りが擽る

 

「ん!?」

 

釣られる様に視線を落とすとそこにはいつの間にか、白いクロスを敷いたテーブルと、その上に所狭しと並べられた和洋折衷、肉、魚、菜、果実… 色とりどりの様々な豪華料理の数々があった

 

「う、うわぁぁぁっ!! な、何なのだ、これ!?」

 

「何も此も… お主が望んだ物であ~る… 存分に食すが良い……」

 

「す… 凄いのだ! 神さん… お姉さんは魔法使いなのだ!?」

 

「とんでもない… 我輩は神であ~る……」

 

例え知恵故障で無くても、目の前の現象が魔法の類いと思うのは無理も無かった

それ以外に説明の付けようが無かった

だが知恵故障であるが故、その不可思議を不可思議としてすんなりと受け入れる事も出来た

 

「こ、これ… 本当にあやかが食べていいのだ…?」

 

それでも一応確認を取るあやかに、女性は小さい頷いて言葉を返した

 

「食せずとも、一度叶えた願いは有効であ~るぞ… ささ… 他の願いも申してみよ……」

 

言葉の尻はあやかの耳には入らなかった

既に涎が零れ始めたあやかは理性を失いつつあった

 

「いったらきま~す! なのだっ!!」

 

夜の公園に響き渡る絶叫を上げて、あやかは最前列の一際目立つ手羽肉のローストに手を伸ばし、それにかぶり付いた

肉の甘味とタレの塩味、あやかがもう何年も味わった事の無い、"ご馳走"の風味が口内に広がった

 

「うぉぉぉぉぉ…… 美味ちぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

そのテーブルの上の全てはあやかの大好物だった

ハンバーグにお寿司にすき焼きに…

海老フライに唐揚げに卵焼き…

プリンにケーキにフルーツポンチ…

それが全てあやか好みの味に調味されていた

 

「し、幸せぇぇぇぇっ!! うひゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

後半はほとんど手掴みだった

極限の空腹に次々とぶち込み続けるあやかは、乏しい知性を更に失い、半ば獣と化していた

二人の姉がこの場に居れば、きっと失神するまで折檻されたであろう

だがここに居るのは、満足気な笑みであやかを眺めるお姉さんだけである

故障した知恵さえ失ったあやかは、只がむしゃらに己の本能を満たし続けた…

 

「ゲプッ…」

 

時計の針が九時を回る頃、漸くあやかの狂宴は幕を下ろした

 

「ささ… 次の願いを申してみよ……」

 

胃の許容量を大分オーバーし、リバースの予兆を何とか宥めすかすあやかは、幸せの苦しみに悶えながらも、何とか口を開き言葉を紡いだ

 

「お姉さん… ありがとなのだ… あやかはもう… 満足なのだ… お礼はいいのだ… このお礼は一生忘れないのだ… ご馳走さまなのだ……」

 

精一杯の謝辞を絞り出すと、砕ける様にベンチに腰を落とした

 

「神は一度交わした約束を違える事は出来ぬ… ささ… 何でも良い… 次の願いを申すであ~る……」

 

だが女性はあやかの前に歩み寄り、尚も願えと迫る

 

「う~ん…… はっ!? そろそろあやかは帰らなくてはなのだ! シンデレラさんなのだ!」

 

逆門限の時間が迫っている事に気がついたあやかは立ち上がる

逆門限も門限であり、遅れればお仕置きなのである

 

「あやか、もう帰るのだ! お姉さん、本当にご馳走さまなのだ! あやか、また会いたいのだ!」

 

「願いを全て聞き届けるまでは会う事になる故、それは願いには入らぬ… まぁ良い… 勝手に叶えてしんぜよう……」

 

既にまどか姉の鬼の形相がちらつき始めたあやかに、その言葉は届かなかった

駆けながら此方に手を振るあやかに、女性も静かに手を振り返した

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