風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかだけの神様 3

「はっ… はっ…」

 

いーぴんちゃんを抱え、重い腹を揺らしながら、あやかは一心に家路を急いだ

今の風上家では、あやかが決して食する事の出来ないご馳走の数々

それを味わっても尚、風上家はあやかの帰りたい場所なのであった

錆まみれのカーブミラーが立つT字路を曲がり、その先の十字路を右に折れれば、あやかのお家は見えてくる

山茶花の垣根の前を駆け、コンクリートの門柱の間から庭に踊り込み、あやかは定刻通り風上家の玄関を潜った

 

「ただいまなのだ!」

 

元気良く帰宅の挨拶をするあやか

返事の代わりにリビングから流れてくるのは、さやか姉と聞き覚えの無い誰かさん達の談笑だった

どうやらまだ、さやか姉のお友達は帰ってはなかった様だ

あやかはTシャツの裾を伸ばし、ミニスカートの裾を払って身なりを整えると、いーぴんちゃんを小脇に抱えてゆっくりリビングのドアを引いた

ソファーに掛けた、さやか姉と三人の少女達の視線があやかに注がれる

 

「こんばんはなのだ! そして初めましてなのだ! あやかはあやか、風上あやかなのだ! そして此方はいーぴんちゃんなのだ! そしてそして何時もさやか姉がお世話様なのだ!」

 

上手に挨拶できたと、あやかは自賛した

きっとさやか姉も褒めてくれる事だろう

 

「あれ… 風上さん… 妹さん… 入院してたんじゃ……」

 

少女の一人がさやかに向き直る

 

「!? あやかは入院なんてしてないのだ! 元気いっぱい夢いっぱい! ついでにお腹もいっぱいなのだ! さっきもこ~んな大きな海老フライも食べたのだ! 美味しかったのだ!」

 

あやかは先程食した海老フライの大きさを、かなり誇張して両手で再現して見せた

 

「ふふっ さやかの妹ちゃん、面白~いw」

「凄いねさやっちの家、みんな美人じゃん!」

「でも何で入院しただなんて……」

 

お呼ばれした友人の妹である

皆、瞬間的にあやかの知恵故障を悟ったが、当然それをイジる訳は無く、肯定的な面を強調して場を盛り上げた

たださやか姉だけが、真っ赤にした顔を伏せて肩を震わせていた

あやかの方は年上のお姉さん達が構ってくれて上機嫌である

自己紹介も済んだし、後は自己紹介を返されればフレンド成立、そう思った時だった…

あやかの視界の隅、キッチン方面からフェードインする一つの影…

 

「まどか姉、ただいま帰りましたのだ!」

 

状況的にそれが長姉まどかである事は、知恵故障的にも明らかだった

上機嫌から来るハイテンションそのままに、振り向き様で長姉に帰宅の挨拶をする

 

「ヒッ!?」

 

あやかは思わず縮み上がった

カットフルーツを盛った皿をトレイに乗せて、キッチンからやって来た長姉の形相は鬼だった

必死にあれこれ原因を詮索するが、何も思い当たらない

ちゃんと逆門限も守ったし、来客への挨拶も完璧に済ませた

困惑して立ち尽くすあやかに、まどかは顎を振って退去を促した

あやかはそれに首が取れるかと思う程大きく頷いて、足早にリビングを飛び出ると、階段を上ぼり自室に飛び込んだ

 

 

 

 

 

玄関先からさやか姉とその友人達の明るい声が響いてくる

 

「う…… うん…」

 

まどか姉に怒られた理由が分からず、取り敢えずお仕置きを免れる為に、大人しくじっと"良い子"にしていたあやか

ベッドの縁に凭れ、いーぴんちゃんを抱いているうちに眠りこけていた様だ

時計の針は十時を回っていた

バタン、と玄関が閉まる

 

『ドンッ! ドンッ! ドンッ!』

 

階段を踏み鳴らすその足音が、さやか姉の物である事は経験測から判断できた

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

更にはそのさやか姉が、我を忘れる程の激しい怒りとらわれている事まで分かった

この家で、さやか姉が怒りの感情を向ける相手はあやかの他に無い

思わず恐怖の悲鳴が漏れる

今まで幾度と無く体験してきたこの展開

その足音は廊下を抜け、あやかの部屋の前で止まり…

 

「あやかぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

ドアが勢い良く開いて、そこから予想通り、怒りに顔を歪めた次姉が飛び込んで来た

 

「あぁ… ごめんなさいなのだ! ごめんなさいなのだ! ごめんなさい!!」

 

これも理由は分からない

だがとにかく謝らなければ、次の瞬間には拳か蹴りが飛んでくるのだ

いーぴんちゃんを置いて立ち上がり、後退りしながら必死に謝罪の言葉を連呼する

 

「ごめんなさいなのだ! ごめぶほらぁっ!?」

 

尤も幾ら謝罪の言葉を紡いだ所で、大概の場合はそのまま拳と膝が飛んで来るのである

今回は横薙ぎの蹴りがあやかの脇腹を捉えた

少林寺拳法を嗜む次姉の蹴りは、あやかの身体をゴム人形の様に薙ぎ飛ばし、部屋の隅の本棚に飛び込ませた

そのまま崩れ落ちるあやかの頭上に、ボロボロの漫画本の束がドサドサと降り注ぐ

床に伸びるあやか

激痛が全身をゆっくりと渡って行き、呼吸がつかない

 

「うう…… うぅん……」

 

それでも何とか身を起こそうと、床に手をに突き立てる

倒れたままで居ると、謝罪の意思が無いと判断され、更なる追撃が加えられるのだ

 

「ぶぅっっっ!?」

 

だが今日のさやか姉の怒りは尋常では無かった

何とかもたげた上半身

痛みに堪えて下を向いたままのあやかの顔面を、さやか姉の爪先が高速で蹴り上げた

口の中に血の味がする何かが溢れた

腕と太腿に生暖かい何かが垂れた

そのままスローモーションの様に仰向けに倒れる

お仕置きには慣れている筈だった

だが今日のあやかは恐怖した

何時もとは違う、明確な殺意を次姉の折檻から感じた

 

「た… たちゅけて…… お母たほげぇぇぇぇっ!?」

 

腹に加わる強烈な衝撃

あやかは血糊と共に、先程食したご馳走だった物の成れの果てを、噴水の様に吐き出した

涙に曇る視界に、学習机の椅子を高々と掲げて此方を見下ろす、さやか姉の姿が映った

泣いている様に見えた 笑っている様にも見えた

 

(あぁ… あやかは死ぬのだ… お姉に… さやか姉に殺されるのだ……)

 

ぼんやりする意識の中、心の中で呟いた

 

「さやか!!」

 

凛とした声が響いた

まどか姉の声だった

今、正に椅子を降り下ろそうとしたさやか姉の動きが、魔法に掛かった様に固まった

まどか姉がさやか姉の側に歩み寄る

さやか姉はゆっくりと椅子を下ろし、それを床の上に投げ捨てた

まどか姉はさやか姉の肩を掴み、自分に向き直させると…

 

『パチンッ』

 

その頬を張った

 

「うぅぅぅ…… うぅぅぅ…… だってまどか姉ぇ……」

 

さやか姉は啜り泣きを始めた

そう言えば、さやか姉が叩かれる所を初めて見た気がする

あやかは何だかさやか姉が気の毒に感じた

叱られる辛さは、あやかにも良く分かるのだ

だが、まどか姉の表情は怒りの感情はなかった

それどころか、まどか姉も泣いていた

そう言えば、まどか姉が泣く所を初めて見た気がする

母の死に際しても見せなかった涙

そのまどか姉はさやか姉の肩を優しく抱き寄せ、頬を叩いたその手で彼女の頭を撫でた

 

「貴女がもし監獄に入れられる様な事になったら… わたくしは生きては居られませんわ……」

「まどか姉ぇ……」

 

二人の姉は互いにを強く抱き締めた

床の上に伸びるあやかは、そんな二人の感動的な姿に心を打たれていた

姉達が仲良くしてくれるのが嬉しかった

 

「ごめんなさい、まどか姉… でも私、恥ずかしくて… 悔しくて……」

「謝らなければならないのはわたくしですわ… もう少しあの子の逆門限を遅く設定するべきでしたわ…」

 

話の脈略から"あの子"というのが、あやかの事だと分かった

だが、さやか姉が恥ずかしがり、悔しがる理由は分からなかった

 

「まどか姉… 私もうやだよ… うぅ… 私も幸せになりたいよ… なんで… なんで私の妹はこんな化け物なのよ…!」

 

さやか姉は再び声を詰まらせた

そしてそれは程無く号泣に変わった

 

「大丈夫… 貴女は… 貴女だけは何があろうとも、このわたくしが幸せにしてみせますわ!」

 

痛々しい長妹の姿に、まどか姉も声を詰まらせる

涙を必死に堪えたのは長姉としてのプライドだろう

その代わりまどか姉は、さやか姉を力一杯抱き締めたのだった

 

「……………………」

 

幾らか痛みの引いたあやかは、手を突いて上半身をヨロヨロと起こす

吐瀉物と血ヘドに汚れた口を腕で拭う

 

「あやか… 化け物じゃないのだ… 恥ずかしくないのだ……」

 

言葉にするべきか迷ったが、どうしても言わずには居られ無かった

あやかは悲しかった

自分がどれ程苛烈なお仕置きを施されても、姉達を恨む事は無かった

それはあやかが悪いのであり、そのお仕置きによってあやかのバイキンが消え、足りないオツムも良くなって、昔の様に三姉妹で仲良く手を繋げたら… そんな思いがあったからだ

 

だが…

 

さやか姉にとって… 姉達にとって… 自分の存在は幸せを阻害するただの障害に過ぎないのだ…

そんな声が聞こえた気がした

 

「化け物よ! 恥ずかしいわよ! この知障! あんたなんて……!!」

 

まどか姉の存在が、さやか姉に最後の言葉を飲み込ませた

 

「どうしてそんな事… そんな事言うのだ……」

 

あやかの両瞼から涙が零れ落ちた

あやかもまどか姉に抱き締めて欲しかった

だが、まどか姉はさやか姉の頭を愛しい表情で撫でるばかり…

きっとさやか姉の姿しか眼中に無いのだ

まどか姉はあやかを助けに来たのではない

さやか姉を助けに来たのだ

 

「うぅ………… うわぁぁぁぁぁ……!」

 

あやかは床に突っ伏し号泣した

折檻の痛みより、心の痛みの方が強かった

ベッドの脇に転がるいーぴんちゃんだけが、あやかに哀れみの視線を向けていた

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