風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかだけの神様 4

「あやかちゃん、その顔どうしたの~?」

 

登校すると同時にクラスメイト達はあやかの異変に直ぐ気付く

 

「へへっ 昨日寝てたらカブトムシに噛まれたのだ…」

 

さやか姉の蹴りで上唇を裂傷し、鼻頭も腫れ上がったあやかはポリポリと頭を掻く

よもや姉に蹴られたとは言えない

クラスメイトの前では、あやかは風上家でもアイドルで、毎日お姫様待遇という設定で通しているのだ

知恵故障でも見栄とプライドはあるのだ

 

「ウェヒヒ~! カブトムシコワイ!」

「プラチナ狂暴!」

 

あやかの嘘は何時も上手で、クラスメイト達は何時も騙される

あやかは皆を上手くあしらえた事に、ひとまず胸を撫で下ろした

 

 

 

 

 

「風上さん、ちょっと良いかしら…?」

 

一時限目の熱帯魚の観察が終わると、あやかは雫先生に呼び出された

長い廊下を歩き、理科準備室に案内された

 

「風上さん、そのお顔の傷はどうしたのかな?」

 

室内に入ると雫先生は膝を折り、あやかの顔を真正面から覗き込んできた

多分それを聞かれるのだろうと、あやかは予想していた

あやかの新しいヘアピンにすら、真っ先に気付いてくれる存在である

気付かない筈が無かった

 

「こ、これはその… カブトムシさんに……」

 

あやかの目が泳ぐ

嘘の上手さには自信のあるあやかだが、流石に大人の雫先生を相手にもそれが簡単に通用すると考え程には、知能レベルは低くなかった

 

「風上さんは先生の事、好きかな?」

 

唐突に質問の内容が飛んだ

 

「大好きなのだ!」

 

だが答えは頗る簡単だった

あやかは即答する

 

「ありがとう 先生も風上さんが大好きよ」

 

雫先生の言葉と笑顔に、あやかの顔も融けそうな程綻ぶ

 

「風上さん… もし先生が、風上さんに嘘をついたら… どんな気持ちになるかな?」

 

また急に話の内容と雫先生の表情が暗くなり、あやかも憂鬱な気分になる

 

「悲しいのだ…」

 

感情に実直な知恵故障は、思考の表現もシンプルである

 

「そうよね… だから、風上さんも本当の事を話して……」

 

そう言って雫先生はあやかの肩に手を掛けた

 

「そのお顔の傷は… ……お姉さんにやられたの?」

 

当然雫先生は風上家の複雑な家庭環境を理解している

そしてあやかが課せられる"お仕置き"の内容にも、薄々勘づいていた

 

「ち、違うのだ!! さやか姉はそんな事しないのだっ!!」

 

あやかは心臓を素手で掴まれた様な気がして、咄嗟に叫んでしまった

と、同時にその場に居たたまれなくなり、踵を返して走り出した

その手首を雫先生が掴む

 

「風上さん、先生は貴女の味方よ… お願い、本当の事を話して!」

 

あやかを無理矢理向き直らせ、雫先生はその美しい顔をグッと近付けてきた

その顔には、何時もの聖母の様な慈しみの表情は無かった

 

「離して… 離して欲しいのだ……」

 

あやかは震えていた

何故震えているのかは分からなかった

多分雫先生が怖かった

あやかは嘘などついていない

嘘ではないと言った時点で嘘ではないのだ

 

「……風上さん………」

 

「嘘じゃないのだ… 離して欲しいのだ… 離してぇぇ…!」

 

 

 

 

 

『パイパイパイパイパ~イ……』

 

 

 

 

 

その時だった

あやかは周囲の空気が震えたのを感じた

 

「!?」

「じ、地震?」

 

雫先生の呟きに答える様に、地鳴りが響き、辺りの実験器具がカタカタと音を鳴らし始める

それを認識すると同時に、大きな縦揺れが始まった

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!?」

「大きいわ! 風上さんこっち! 机の下に!!」

 

フラスコが棚から飛び出し、床に落ちて砕け散った

窓の桟が大きな音を立てる 校舎の軋む音が響く

 

「うわぁぁぁっ!! 怖いのだぁぁぁっ!!」

「大丈夫よ、風上さん! 先生に捕まって!」

 

どのくらいの時間、そうして居ただろうか…?

程無く辺りに静寂が戻った

校内放送が校庭への避難を誘導し始めた

 

「さぁ 風上さん、校庭に避難するわよ! 訓練通り!」

「うん!」

 

雫先生はしがみ付くあやかを励ましながら立ち上がり、床に散らばるガラス片を避けながら校庭を目指した

 

 

 

結局、学校は午前で終了となった

檻平市を震源とする、最大震度5の地震だった

校舎には大きな損害も無く、生徒教員怪我も無かったが、余震を憂慮しての授業打ち切りとなった

 

「あやかちゃん、また明日ね~ 地震とカブトムシに注意だよ~」

「また明日なのだ! カブトムシに注意なのだ!」

 

「「ま~~~る!!」」

 

今日もプチブレイクのお別れの挨拶を華麗に交わして、あやかは帰宅の途に就いた

こんなに早く学校が終われば、本来ならもうサプライズイベント扱いで、皆であちこち遊びに行くのが、今日ばかりは真っ直ぐに帰宅する事を厳命された

鞄の肩紐を握って、あやかはアスファルトの上をてくてくと歩く

街の様子は普段と変わらない様にあやかの目には映った

それでも鹿目ちゃんの両親は、仕事を放棄して愛娘を迎えに来ていた

両親と抱き合う鹿目ちゃんの姿を思い出したあやかの脳裏に、姉達の顔が浮かんだ

 

「……………………」

 

あやかの爪先が路上の石ころを一つ蹴飛ばした

行く手に転がったそれを、助走を付けて蹴り飛ばそうとしたが、直前でその足を止めた

 

「パイパイパイパイパ~イ…」

 

「!?」

 

石膏像の様にその場に固まったあやかの背中に、聞き覚えのある特徴的な声が掛けられた

 

「!? ……昨日のお姉さん!」

 

振り返ったあやかの顔は暗かったが、その姿を認めると、途端に笑顔の花が咲いた

純粋に嬉しかったのだ

昨晩、あやかに優しくしてくれた綺麗なお姉さんと、このタイミングで再会できた事が…

あやかは誰かの温もりを欲していたのだ

 

「二つ目の願いは聞き届けた… さぁ 次の願いを申すであ~る…」

「…………?」

 

昨晩と同じ様に、頭上にクエスチョンマークを浮かばせるあやか

 

「お願いはもう良いのだ! お姉さんも地震怖かったのだ? あやかは怖かったのだ!」

 

優しい言葉が向けられる事を期待していたのかも知れない

 

「怖がらせたのは慮外であったな、許せ… 初めはあの雫とか申す娘の手を切り落とそうとも思おたが… それではお主が血塗れになろうと思おてな……」

 

あやかは思いがけないその台詞にギョッとする

相変わらず訳は分からないが、とにかく大好きな雫先生が酷い目に遭う姿を想像して血を凍らせた

 

「ど、どうしてそんなコワイ事言うのだ!? 雫先生には優しくしないと駄目なのだ!」

 

雫先生と同じぐらい優しいと思っていたお姉さんの残酷な言葉に、あやかの心は傷付いた

 

「手を離して… と、お主が願ったでな……」

 

「!? ……あやかの… お願い? あやかのお願いで… 地震を… お姉さんが……?」

 

いよいよ混乱をの度合いを深めて行くあやか

そもそも何故お姉さんは雫先生の事を…?

何故どうやってあやかの声を…?

あの地震をこのお姉さんが…?

 

「お姉さんは一体……?」

 

思わず口を突いたその言葉に、お姉さんは笑顔で答えた

 

「だから何度も申しておろう… 我輩は神であ~る……」

 

「…………神… さま…? お姉さんは… もしかして… 神さま?」

 

お姉さんは大きくコクリと頷いた

あやかは目と口をあんぐり開けて固まった

知恵故障をしても、受け入れ難い状況であった

しかし昨晩のご馳走を生み出した魔法も、神さまの技と考えれば合点がいく

 

「しかし如何にする? 明日もあの娘はお主を捉えて離さぬぞ? 次の願いで腕をもいでやろうか?」

「ダ、ダメなのだ!! 神さま! あやかはそんなお願いしないのだ!!」

 

あやかは慌て手を振る

受け入れ難くとも、受け入れ成らざる現実

そしてその現実を受け入れると、初めて自分の"お願い"の重さも実感した

 

「そうであるか… 人の思考は分からぬのぉ…… 腕をもげば、もう捉えられる事も無かろうに……」

「ダメ! ダメなのだ! 神さま、雫先生を傷付けないで欲しいのだ!」

 

あやかは必死に訴えた

もうあやかは目の前の女性を神さまと認識した

 

「ほほう… ではそれが三つ目の願いで良いか?」

「!?」

「教師、雫… 清澄の雫を何人からも傷付つけられぬ様、守護すると……」

「………!! うん! それは素晴らしいのだ! それで良いのだ! 良いですだ! 神さま、お願いしますのだ!!」

 

あやかは目を輝かせてお願いした

雫先生がずっとずっと元気で幸せで居られるなら、それは無条件であやかの幸せにもなるのだ

 

「よろしい… その願い、確かに聞き届けた… 清澄の雫は安寧の日々を天寿まで送る事となろう……」

「やった~~!!」

 

あやかは万歳をして見せた

 

「では次いで、四つ目の願いを申すがよい…」

 

お姉さん… 神さまはあくまで己のペースを崩さない

 

「う… う~~ん…… あやかにもう、そんなにお願い事は無い… ですのだ… これで十分なの… ですだ」

 

謙虚な姿勢にも見えるが、これも謂わば知恵故障の由縁である

知恵故障は算段を踏まず、未来の予想も苦手である

何も思いつかないから、お願いもいらない

お腹が一杯なら食物は要らない、という理屈と同じである

勿体ないとか、損をすると言った発想は持ち合わせていないのだ

要らない物はただ要らないのだ

 

「風上のあやかよ… 我輩も長らく人を見て来たが、お主程欲の無い者は初めてであ~る……」

「あやか… 良く無いのだ…? やっぱり悪い子なのだ…? 化け物なのだ…?」

 

あやかには些か難しい単語であったかも知れない

意味を取り違え、笑顔のひまわりを枯らして、あやかは力無く俯く

 

「しかし、昨夜も述べたが… 神は嘘をつく訳にはいかぬ… 人に借りも作れぬ… 風上のあやかよ… 願いが無いなら何でもよい… 適当に金でも糧でも願うのであ~る……」

 

神さまはそんなあやかの様子など気にも止めず、相変わらず淡々と願いを促す

 

「神さま… それじゃ、もう一つだけ… お願いがある… ありますのだ……」

 

あやかは顔を上げ、神妙な表情を神さまに向ける

 

「何なりと申せ…」

 

その態度に、神さまも少しだけ背中を伸ばした様に見えた

 

「あやかのお姉… さやか姉を幸せにして欲しいのですだ… さやか姉はあやかのせいで… あやかが居るせいで、幸せに成れないのだ… 神さま… どうかさやか姉の幸せをお願いしますのだ……」

 

そう言ってペコリと頭を下げた

 

「よろしい… その願い、確かに聞き届けた… 風上のさやかは大いなる幸を手に入れるであろう……」

「……ありがとですのだ、神さま……」

 

あやかはニコリと笑って神さまにお礼を述べた

 

「……では次の願いを…」

「残りのお願いは神さまに上げますのだ! 好きに使っていいですのだ! あやか、もうお家に帰りますのだ! 神さま、いろいろとありがとう… ですのだ! 」

 

そう言うと、今一度頭を下げてから、あやかはそこから駆け出した

途中で一旦立ち止まり、神さまに大きく手を振って見せてから、再び家路を駆けて行く

何故、己の幸せを求め無いのか…

何も知らぬ者がこの場に居合わせれば、そんな疑問を抱いたかも知れない

その答えは簡潔である

あやかは既に幸せな筈だからだ

あやかだけでは無い

このあやかの世界の住人は全て幸せの筈なのだ

美しい世界の筈なのだ

だから既にある幸せなど、求める必要は無い

コップには決められた量しかミルクは入らないのだ

ただこの世界で、さやか姉だけが己を不幸せだと訴えるので、彼女の為に願っただけのなのだ

神さまは只々穏やかな眼差しで、そんなあやかの背中を見詰めていた

 

あやかは早く家に帰りたかった

さやか姉の幸せの姿を見たかったのだ

彼女の帰宅はまだ先だろうが、あやかはそうしたかったのだ

待ち構えたかったのだ

幸せになったさやか姉に、あやかはもう一度聞いて見たかったのだ

自分はやはり化け物で、恥ずかしい存在なのかと……

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