風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかだけの神様 6

「あの者はお主が妹であると不幸になると申したのでな… 鯨となれば姉妹とも言えまい… 案ずるな、今ごろ大海原で幸せに泳いでおる… 終生不幸も知るまい… 神は嘘偽りを申さぬ……」

 

「はぁ………… はぁぁぁぁ…………」

 

あやかは身体中の穴から体液を放出し始めた

 

「どうして… どうしてそんな事するのだ……! 神さま… 何でそんな酷い事をするのだ……!」

 

「酷い事とは無礼な物言いであ~る… 全てはお主の望んだ事であろうに……」

 

「望んで無いのだ! そんな事、望んで無いのだ!!」

 

「いいや、望んでおったであろう… 望んでいなかったと… 本当に一辺も望んでいなかったと、我輩の前で誓えるか… 姉御前達がが居なくなる事を、望んだ事が無いと誓えるか!」

 

神さまの語調が変わった

 

「お姉達を返して… 返して欲しいのだ! 最後のお願いするのだ! お姉達を返してなのだ!!」

 

「それは叶わぬ…」

 

「どしてっ!?」

 

「何人もお主の姉御前を奪ってはおらぬ… 因って返す事も叶わぬ…」

 

「神さまが奪ったのだ! 返してなのだ!!」

 

「願ったのはお主であろうに!」

 

あやかは床に崩れた

 

「うぅぅぅぅ…………」

 

絞り出す様な啜り泣きが溢れた

あやかは神さまにそれ以上噛み付く事が出来なかった

神さまの言う通りである

全て自分が願った事なのである

姉達を避けて拒んで恐れて疎んでいたのは、否定しようの無い事実だった

きっと心の何処かでは、姉達が居なくなる事を… 自分の世界から消えてくれる事を、望んでいたのかも知れない

それが"願い"に影響してしまったのだろう

姉達がこうなる事を望んだのは、やはり自分なのだ

 

「風上のあやかよ… 最後の願いを申すのじゃ……」

 

神さまの視線を頭上に感じる

 

「うぅぅ…… ヒック………」

 

啜り泣きは、何時しか嗚咽へと変わった

失って初めて分かる、その大きさ…

全てを失った今、一体何に望むべき物があろう

美味しいご飯も、立派なお家も、可愛いお洋服も、一人では何の価値も見出だせないのだ

 

「!?」

 

あやかは一つだけ願いを閃いた

 

「神さま… 最後の願い、思いついたのだ」

 

もたげたあやかの顔は涙に濡れながらも、憑き物が取れた様に穏やかだった

 

「何なりと申してみよ…」

 

神さまも元の穏やかな表情に戻っていた

 

「あやか… お母さんに会いたいのだ… 天国のお母さんの所に行きたいのだ……」

 

我ながら良い願い事だと思った

姉達と会えないなら、母の元に行けば良い

いずれそこに姉達も参ろう

そこでまたみんな一つになれる

朧気な記憶しかない父とも対面してみたい

それも母の元に行けば可能な筈…

だが…

 

「それは叶わぬ願いであ~る…」

 

あやかの最後の願いは拒絶された

 

「どうしてなのだ… 神さまは何なりとって言ったのだ……」

 

珍しくあやかの抗議は的を得ていた

神さまは少しだけ目を見開いて答えた

 

「お主が天国に行けるかどうかは、冥府の王の裁きに因るのであ~る 神とは言え、その仕来りに介在する事は叶わぬ…」

 

「……あやか、天国に行けないのだ!?」

 

「それは… 我輩には何とも言えぬ……」

 

神さまは小悪魔の様に不敵な笑みを浮かべ、童子の様に身体をくねらせて答えた

 

「はぁぁ……………」

 

あやかは大きくため息をついた

言われて見れば尤もである

二人の姉達を、片や鯨に変え、片や火星送りにする妹である

天国に行ける道理もあるまい

最後の希望も閉ざされ、あやかは溶け始めた蝋燭の様に、ゆっくりとその身を崩して行った

その姿を哀れと思ったのか、神さまが口を開いた

 

「そう落胆するでない… 冥府では無理でも、この世なら我輩の支配下、母御前に会わせてやれぬ事もない……」

 

「ほんとっ!?」

 

電撃に打たれたかの様に素早く、あやかは泣き晴らした顔を上げた

 

「神は嘘はつかぬ… 最後の願い、それで良いか…?」

 

「いいのだ! あぁ、いいのだ!! 神さまお願いなのだ! ありがとうなのだ!!」

 

今度は興奮にあやかの身体が震え出す

 

「よろしい… 最後の願い、確かに聞き届けた……」

 

そう言うと神さまは右手を高く掲げる

その指先に、何処からか光の粒が集まり、そこで大きな光の輪となった

 

「風上のあやかよ… 我輩は長らく神を務め、数多の人を見てきたが、お主の様に無欲で純心な者は初めてじゃ… その清らかな心に免じ、特別にお主の姉御前と父御前にも会わせてしんぜよう……」

 

「ほ、ほんとなのだ!? 神さま…! 本当に本当にありがとうなのだ!!」

 

「なぁに礼には及ばん… 借りは確かに返したであ~る…」

 

何時の間にか、神さまの左手にはいーぴんちゃんが抱かれていた

 

「それでは… さらばであ~る……」

 

神さまに最後のお礼を言おうとした瞬間、神さまの頭上の光の輪が弾け、強い衝撃と光の渦に飲み込まれた

 

「うやぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

床が消え、あやかは何処かへ真っ逆さまに落ちて行った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通路に面した硬い長椅子に腰掛ける少女は、落ち着かぬ様子で足を前後に揺らす

その傍らでは、やはり落ち着きのない幼女が、長椅子の上を飛び跳ねている

 

「こら、静かにしなさい」

 

落ち着いた男性の声が、その幼女を嗜める

叱られた幼女は少女の隣に寄り添い、膝の上に拳を作って姿勢を正した

 

「「!?」」

 

その時、背後の金属扉の向こうで気配がした

男性と二人の女の子は互いに顔を見合わせる

 

「風上さん、産まれましたよ! 元気な女の子です」

「「やった~!!」」

 

女の子達は諸手を上げて喜びの声を上げる

 

分娩室から病室に戻って、漸く対面の時は訪れた

 

「可愛い~!」

「小さいねぇ~!」

 

母親の脇に寝かされた新しい家族の元に、女の子達は駆け寄る

 

「これからは、さやかもお姉ちゃんね」

 

母親が幼女に声を掛ける

 

「お父さんお母さん、わたくし、新しい妹のお名前考えてましたの! わたくしにお名前、付けさせて欲しいですわ!」

 

ちょっとオマセな少女が目をキラキラさせて訴える

父と母は互いを見詰め合い、そして少女に向き直って頷いた

 

「やった~!」

 

少女は万歳をして見せる

 

「お姉ちゃん、なんてお名前なの?」

 

幼女が少女の顔を覗き込む

 

「………わたくしがまどか、さやかがさやか… そしてこの子は… あやかですわ!」

「あやかぁ? ……あやかぁ! 風上あやかぁ!!」

 

幼女はベッドの上のによじ登り、あやかに顔を近付ける

 

「お姉ちゃんだょ、宜しくね… あ・や・かぁ…」

 

そう言ってあやかの右頬を人差し指で優しくつつく

名付け親の少女も近寄り、左頬をやはり人差し指で優しくつつく

 

「これからは三人姉妹ですわ… 仲良くしましょうね、あやか…」

 

二人の姉に頬を突かれたあやかは、産まれて初めての笑い声を上げた

娘達の微笑まし姿に両親は目を細め、そして一家の幸せの光景を、病室の隅に置かれたいーぴんちゃんが静かに見守っていた

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