「あやかちゃん、早く学校に戻って来て欲しいんだよ~」
「ウェヒヒ! 風上のあやかちゃん、包帯まみれ! ミイラみたい!」
「プラチナ痛々しい……」
翌日の昼過ぎ、学校を終えたクラスメイト達と、引率の雫先生が見舞いに訪れた
幾ら転た寝しても過ぎないベッドの上の時間
彼女らの訪問はあやかにとって、まるで塀の中の長期受刑者が束の間のシャバの空気を味わう面会のそれと、同じ価値とありがたみがあった
「あやかも早く退院して、みんなと遊びたいのだ…」
何故か涙が浮かんでくる
やはり心も弱っているのだろう
「風上さん、無理をしちゃダメよ」
雫先生が三人の後ろから何時もの優しい笑顔をくれる
そしてコクリと頷くあやかの前に、色鮮やかな紙細工の一塊を差し出した
「これ、風上さんの回復を祈ってみんなで折ったのよ 千羽鶴… まだ千羽は無いけど、これから少しずつ届けに来るわ」
鶴と言われればそうとも見える、不細工な折り紙オブジェの群れ
「うわぁぁ…… キレイなのだ… 嬉しいのだぁ……」
痛む身体の節々を押してそれに手を伸ばし、あやかの好きな菜の花色に似た一匹を指先で撫でる
ここに飾って置くわねっと、雫先生はベッドの枕元の側にそれを結わえた
楽しい時間だけはあっという間に過ぎ、あやかはもっと居て欲しいと泣いて駄々を捏ねながらも、雫先生に諭されて渋々お別れのバイバイをした
涙を拭きながら、傍らの千… 百羽鶴に目を向けるあやか
同じ知恵故障だからこそ、飽きっぽい筈の彼女らの込められた思いを、そこに感じ取る事ができたのだ
「!?」
今度は確実に目が合った …気がした
百羽鶴の向こう側、折り鶴達の隙間からこちらを見詰める目…
持ち上げられてカーテン裾の向こうに光る瞳を…
反射的に頭を擡げて覗き込むが、もうその向こうは何時もの閉ざされたカーテンの壁だった
「あ… あやかはあやか… 風上あやかなのだ……」
遂に意を決してフレンド申請を出す
この病室に居る以上、同じ女性ではあろうが、それ以外どんな相手なのかさえ想像出来ない
情報が無いのだ
だが、本来のあやかはどんな相手でも友達になれる娘である
クラスメイトの訪問で少しだけ元気を取り戻したあやかは、恥ずかしがり屋さんな隣の住人を白日の下に引き出す事にしたのだ
「………………………………」
だが、フレンド申請は受理されなかった
待てど暮らせど自己紹介が返される事は無かった
それはあやかの人生に於いては特に珍しい事では無いので、これと言った感慨もないが、自分に感心を持っている筈の隣人のリアクションとしては想定外であった
「あやかちゃんはお友達がいっぱい居ていいねぇ…」
そんなあやかを哀れに思ったのか、対面のおば様が代わりに返事をくれた
そして知恵故障のあやかはもうそれで満足になり、おば様に満面の笑みを返してベッドに横になった
あやかの隣人に対する興味は、初めてここに来た時と同等程度の物に戻っていた
その日の夕食は揚げ豆腐だった
先割れスプーンで口に運びながら、あやかは病室の時計に視線を向ける
(今日はまどか姉もさやか姉も来ないのだ…?)
普段の夕御飯よりは美味しい筈のそれも、やはり一人では味気無いのだ
カートが空のお膳を乗せて病室を出て行く
今日の院内行事も終了し、後は消灯時間までの短いくて長い時間を、天井を見詰めて過ごすだけ
おば様のかけるテレビの音だけが病室に響く
あやかもテレビカードは買って貰えたが、彼女の知能ではテレビアニメ以外のコンテンツは、その面白さを理解する事が出来ないのだ
この時間帯ではそれすら放送されておらず、あやかにとっては耳障りな騒音でしか無かった
「!?」
その時、廊下の先から足音がした
あやかの本能はそれが直ぐに長姉の物だと識別する
果たして病室の扉が開かれ、そこにまどか姉が姿を現す
彼女は向かいのおば様に会釈をすると、あやかの側に歩み寄った
「まどか姉ぇ… あやかもう、お家に帰りたいのだぁ……」
後半は完全に涙声だった
まどか姉の姿を見ただけで、強烈なホームシックがあやかを襲う
「まだ二日目ですわよ? 訳の分からないを言うんじゃありませんわ…」
そう嗜めながらも、まどか姉の醸し出すオーラは家で見せる様な鋭く尖った物では無く、まるで本当の母親の様な柔らかく温かい物だった
だからこそあやかの心も折れ掛けてしまったのだ
幼子の様にシクシク涙を溢し鼻水を啜るあやかを放って、まどか姉はベッド周りの片付けやごみ捨てなどてきぱきとこなして、早くもあやかに別れを告げる
「さやかが待っているからもう帰りますわよ… 時間があったら明日も来てみますわ…」
帰りたいと言っても帰れぬ事はあやかの知能でも分かる
涙で顔をくしゃくしゃにしながら両手でバイバイをするあやかに、まどか姉はほんの少しだけ右手を上げて、疾風の様に病室を出て行った
「うぅ…… うぐぅ… ぐすん……」
啜り泣きを続けるあやかに、向かいのおば様が優しい声を掛けた
「あやかちゃんは優しいお姉さんも居るのね~ 早く退院できるといいわね~」
涙を拭って何とか嗚咽を堪えたあやかはその声に力を込めて応える
「優しいのだ… 大好きなのだ……」
それはまるで、自分自身に言い聞かせているかの様だった
「!!」
今度は確かに目が合った
合わせ続けていた
カーテンの隙間から見詰める一つの目
照明の加減かカーテンの影の影響か、その瞳は淡い青色を湛え、宝石の様に美しかった
思わずそれに見とれたあやかは、数瞬後に我に返り、今度こそはと慌ててフレンド申請をする
「あやかはあやか! 風上あやか……」
最後まで言い切る前にカーテンは閉ざされた
「……………………」
二回に渡るフレンド拒否に、流石のあやかも顔を曇らす
(あやかの事、嫌いなのだ?)
理由も分からぬまま嫌われるという事にも慣れてはいるが、だからと言って嫌われる事自体に慣れている訳では無い
そうで無くても感傷的な今のあやかの心には、小さく無い傷を残した
力無く俯き、そのまま倒れる様にベッドに横たわる
『パン… ポン… パン……』
牧歌的なメロディーが廊下のスピーカーに流れ、程無く消灯となった
あやかは隣のカーテンに背中を向ける様に姿勢を変えたが、直ぐに向き直って百羽鶴の群れに顔を沈め、やがてそのまま意識も沈めた