風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかの長い夜 5

「オウオウオウオウ……」

「!?」

 

時計の針が午後の三時を回る頃、病室の扉の向こうから怪しげな唸り声が聞こえた

 

「オウオウオウオウ……」

 

透かさずあやかも唸り返す

それを待っていたかの様に、扉は大きく開け放たれた

 

「ウェヒヒ! 風上のあやかちゃん、なんとなんと… 今日はお見舞いに来てしまった… ウェヒ!」

「鹿目ちゃん! 一人で来てくれたのだ!?」

「オウオウオウ……!」

「オウオウオウ……!」

 

簡単な挨拶を交わすと再び二人で唸り始める

屡々奇っ怪な文物が流行る"仲良し学級"に於いて今、あやかと鹿目ちゃんとの間だけでブレイク中なのがこの挨拶だ

担任の雫先生の目にはオラウータンの真似をしている様に映るが、知恵故障の彼女達が実際に何を思い表現しているのかは、健常者には計り知る事は出来ない

 

「ウェヒヒ! これ、どうぞ!」

 

そう言って鹿目ちゃんは、手にした色鮮やかな鶴っぽい折り紙の束をあやかに差し出す

 

「ウェヒヒ! みんなに頼まれちった! 明日は月火ちゃんの可能性、大!」

「ありがとうなのだ! あやか、とっても嬉しいのだ!」

 

どうやら日替わりでお見舞いがてら、千羽鶴の残りを届けに来る計画らしい

たわいもない会話… ですらない、音波のやり取りを何度か繰り返して、満足した二人はお別れのバイバイをする

興奮に上気するあやかは身をくねらせて楽しい一時を反芻する

 

「はっ………」

 

だが、その顔は一瞬で曇る

カーテンの向こうの彼女の存在を意識したからだ

今日も誰も面会に訪れない彼女がもしそこに居れば、今のあやかと鹿目ちゃんのやり取りをどう感じた事だろう

自分がもし彼女なら、きっと拗ねてしまうに違いない

寝ている振りをしていても良かった

そんな後悔が胸を過る

鹿目ちゃんならきっとあの含み笑いをしながら、そっと折り鶴を置いて出て行っただろう

そんな事で気分を損ねる様な娘では無いし、事実、怪我が治ればいつでも遊べるのだ

 

「……鹿目ちゃんはとっても面白いのだ!」

 

だからせめてもと、あやかは彼女に今来た自分のクラスメイトを紹介する事にした

もし次にお見舞いに訪れた時、彼女も一緒にその輪に加われたら…

そんな楽しげな光景を夢想しながら、あれやこれやと鹿目ちゃんのエピソードを語るあやかの口調は、徐々に熱を帯びていった

 

 

 

 

 

「それでなのだっ! あやかは危うくカッパの国に連れて行かれる所だったのだっ!」

 

あれからあやかは堰が切れた様に喋り続けた

もう独り言の様相では無く、明確に隣の彼女に語り掛けていた

相変わらず返事も反応もないが、あやかは久しぶりに再会した幼馴染みに聞かせるかの様に、色んなテーマの、嘘とも誠ともつかない四方山話を語り続けた

喉が乾いて咳が出る

枕元の水を取ろうとしたタイミングで、病室の扉が開いた

 

「病室では静かになさいと言った筈ですわ…」

「まどか姉ぇ!!」

 

そこに長姉の姿を認めて、あやかは見えない尻尾を乱れ振る

気が付けば既に宵の口であった

 

「廊下まで聞こえてますわよ…」

「ごめんなさいなのだ! ごめんなさいなのだ!」

 

眉間に皺を寄せるまどかは病室内を見回す

昨夜のおば様の姿は無く、カーテンの締め切られたベッドがあやかの向こうにあるだけだった

 

「………………」

 

独り言には聞こえ無かったが、かと言って和気あいあいという雰囲気でも無い

一人で喚き散らして、かのベッドの住人に多大な迷惑を掛けていたのだろう

ここが病院でなければ、タバコの火をを吹かさねばならない所である

頭を打って少しは良くなるかと期待した末妹の、相変わらずの知恵故障っぷりに、思わず仕事の疲れと共にため息が出た

 

「あやか……」

 

説教をかまそうと口を開いた瞬間、あやかは何かを思い出したかの様に布団を頭から被った

 

「まどか姉… あやかは急に眠くなったのだ… お休みなさいなのだ… ぐぅ……」

 

まどかにはそれが説教を回避する為の狸寝入りに見えた

病院でお仕置きがされない事で頭に乗ってる様に思えた

 

「…………あんまり… 調子に乗るんじゃ… ありませんわよ……!」

 

布団の上に顔を近付け、小さな声であやかに囁いた

布団の中であやかがビクッと大きく震えたのが分かった

 

「チッ…!」

 

わざと聞こえる様に舌打ちをすると、ベッド周りを片付け、ゴミを纏めてから病室を後にした

 

「ふわぁぁぁ……」

 

その足音が廊下の向こうに遠ざかるのを確かめてから、あやかは布団から頭を出し、大きく息を吐き出した

 

「あやか姉は怒ると怖いのだ……」

 

寝た振り作戦は成功したが、長姉の勘気を被る結果となってしまった

 

「でもなんで怒られてるのかは、殆ど分からないのだ……」

 

それは隣の彼女に語り掛けると言うより、あやかの心の底から出た本音だったのだろうに

 

「!!」

 

それはあやかの聞き間違いでなければ、微かな笑い声に聞こえた

無論、カーテンの向こう側からのである

少なくとも、そこに彼女が間違いなく居るのがはっきりした

彼女が笑ったとするならば、それは初めて返されたリアクション

あやかは漸く捉えた手綱を手繰り寄せるが如く、気の利いた言葉を繰り出して彼女の気を引こうとするが、乏しい知能指数では何も思い浮かばなかった

 

「……………………」

 

何とか言葉を紡ごうと口をパクパクと動かすが、漸く出て来た言葉はシンプルな一言だけだった

 

「あやか… お友達になりたいのだ……」

 

だがそれば、あやかの胸中の全てを上手く言い表す言葉だった

 

「あやかはあやか… 風上あやかなのだ…!」

 

三度目のフレンド申請を出す

何故か今回は断られる気がしなかった

 

「…………よしこ」

 

やはり笑い声は聞き間違えでは無かった

やっと受理されたフレンド申請

あやかの目はきっと目映いばかりに輝いた事だろう

 

「よしこちゃん、宜しくなのだ!」

 

長姉に注意された事などすっ飛んで、あやかは大声で挨拶をする

あのクリーム色のカーテンが揺らいで、その隙間から横たわる彼女が顔を覗かせた

目元しか見えなかったが、あやかには微笑んでいる様に見えた

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