風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかがそこで過ごした夏 2

まどかは茹で上げた素麺の滑りを水道水で取り、次いで氷水で満たしたボールに浸して締めた

それを桶に移してテーブルへと運ぶ

 

「あのバカ、何やってんだろ…」

 

席に着いていたさやかは、時計を見ながら一人毒突いた

あのバカとは勿論あやかの事である

既にまどか姉と約束した門限を、一時間もオーバーしているのだ

これは風上家に於て極めて重罪である、"家庭反逆罪"の適用が検討されるレベルである

 

「さぁ いただきましょう」

 

だがまどか姉はそう言って、あやかの不在を気にする素振りも見せず席に着く

 

「美味しそうね いただきま~す!」

 

促され、さやかも箸を取る

さやかは心の内で、今夜あやかに施すお仕置きの内容をあれこれ思案し、そして己の身体の芯が熱くなっていくのを感じていた

その時だった

 

『ジリリリリリリ……』

 

「「!?」」

 

家の電話が鳴った

二人は大袈裟な程、身体をそれに反応させ、思わず互いの顔を見合わせた

無理もない

その家電… 時代錯誤的な迄にレトロな黒電話が鳴る事など、今では滅多に無い事だからだ

母がまたその母、つまり三姉妹の祖母から引き渡された黒電話

謂れは良く分からないが、母がとても大切にしていたそれを、姉妹はどうしても新しい物に替える事が出来なかった

携帯が普及し、母が亡くなり、その電話がベルを鳴らす事など、そう言えばもう何年も無かった様な気がした

 

それが今鳴った…

 

微かな胸騒ぎが、見詰め合う二人の胸に過る

まどかは席を立ち、未だ震え続けるそれに歩み寄る

そして意を決して受話器を取った

 

「……はい、風上… ですが………」

 

 

 

 

 

あやかの感覚では、少なくとも車内には五人の気配があった

運転席と助手席、あやかを挟む二列目の二人、そしてあやかに後ろから猿轡を噛ませた三列目の一人

何れも男で、黒っぽい服に身を包み、帽子やサングラス、マスクで顔を隠しているのが、ルームミラーを介して確認できた

男達は道中、一言も発し無かった

そうだと言える根拠は何も無いが、極めて用意周到に計画された行動… そんな印象を受けた

あやかは足りない知能で、必死に脱出や助けを求める方策を探ったが、何も思い浮かばなかった

大の男五人に小娘一人である それは無理も無かった

車は何度か方向転換を繰り返した

フロントガラスに映る光景は、何時しか深い山野に変わっていた

 

「おいっ」

 

初めて声を聞いた

運転席の男の声だ

その声に反応し、右隣の男が強い力であやかの頭を伏せさせた

首が折れるかと思う程の握力だった

恐らくあやかが外の景色を覗くのを嫌ったのだろう

 

「ほ、ほへんらはい… ほへんらはいらのら! もう見らいのはっ!」

 

あやかは男達の勘気を宥めようと、必死に謝罪の言葉を紡いだ

あやかは自分がこのまま殺される、という最悪の結末を予感して、悪心を覚え始めていた

 

「うぅ… ほへんはらい…… はふへへ… はろはへぇ… はやはへぇ……」

 

今まで幾度と無く感じた姉達への恐怖など、今のこの瞬間のそれと比べれば、全くの戯れ事に等かった

これが死の恐怖なら、姉達のお仕置きなど頬擦りと表現しても過言では無かった

心の中で更に五十三回、その愛しい姉達の名を叫んだ頃、車は大きく重心を傾けて旋回し、そこでエンジンを止めた

ドアが一斉に開く

 

「おい、下りろ!」

 

ドスの効いた野太い声

従おうとしたあやかの反応より早く、容赦の無い強い力があやかを車外に引き摺り出した

 

「ひはいっ」

 

地面に摺られたあやかは曇った悲鳴をあげる

Tシャツ後ろ首が引っ張られ、あやかは人形の様に半ば宙を浮きながら男達に連行される

無理矢理車に引き込まれててから此の方、男達のあやかに対する扱いには一切の手加減が無かった

知恵故障とは言え、あやかは自分が女の子であり、女の子は如何なる場合もぞんざいには扱われない、という認識はあった

故に男達の容赦の無い粗暴さが、極限の恐怖をあやかに覚えさせたのだ

視線を上げると、そこは森の中に開けた小さな空き地だった

その奥に一軒の廃屋が見えた

あやかの感覚ではそれは、お金持ちの別荘跡か、お菓子か何かのお店跡の様に見えた

あやかを引き摺りながら、男達はその建物の朽ち果てたドアを押し開いて、中へと入って行く

廃屋特有の饐えた匂いが鼻を突く

広間とおぼしきその空間の足元には、最早元が何なのかも分からぬ廃材とガラクタが、埃を纏って層を成し、隙間無く広がっていた

嘗てはきっとお洒落な出窓であった物は、あちこちガラスが割れ、その向こうに鬱蒼と茂る緑の姿を見せた

男達とあやかが歩く度に床が大きく鳴り、埃が舞い上がる

部屋の奥には二階に続く曲がり階段が、瀟洒な面影を今も残して佇んでいた

天井には多分シャンデリアだった物の残骸が垂れてあり、その真下にはその遺骸が散らばっていた

先頭を行く男がそれらを足で払い、こちらに向き直って顎をしゃくった

それに応じてあやかを引き摺る男が歩を進め、階段の登り口、手摺の支柱にあやかの後ろ手を縛り付けた

別の男が近付き、あやかの口から猿轡を外した

 

「ぷはぁぁ……」

 

ビールでも飲み干したかの様な能天気な溜息をつくが、無論ふざけている訳では無い

極限の緊張に猿轡で呼吸が苦しかったのは事実である

今度は先頭に立っていた男が歩み寄り、膝を折ってあやかに顔を近付ける

サングラスとマスクで表情は伺い知る事は出来ないが、少なくとも激しい敵意を向けている事だけは感じられた

あやかには全く身に覚えの無い憎しみ…

あやかは男の顔を直視する事が出来なかった

 

「あやかちゃん… 乱暴な真似をしてゴメンね~……」

 

何故か自分の名を知る男の言葉は、その内容とは裏腹に冷たく無機質で、それどころか侮蔑の情すら感じ取れた

男がズボンのポケットに手を回し、それをゆっくり引き抜いてあやかの眼前に突き出す

 

『シュッ』

 

そんな空気を裂く音がして、男の手からバタフライナイフが飛び出した

 

「ひぃっ!?」

 

あやかは目を丸めて悲鳴を上げる

 

「あやかちゃん… 痛い目に会いたくなかったら、お兄さん達に協力してね~…… お兄さん達は、あやかちゃんに恨みがある訳じゃ無いんだ~……」

 

何故かその言葉に微かな安堵を得る自分

あやかは知恵故障なりにその滑稽さを心の中で自嘲した

藁にもすがる… 少しでも肯定的な状況を信じたいのは、健常者も知恵故障も同じなのであろう

だが同時にその言葉に微かな違和感も覚えた

恨みが無いとすれば、何故自分を拐ったのか…?

 

「今から君のお姉ちゃんに電話をするから、いい声で鳴いてね~…… 下手な真似をしたら~……」

 

言い掛けて、男はナイフをあやかの首筋に押し付けた

 

「殺しちゃうよ~……」

 

あやかは軽く失禁した

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