風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかがそこで過ごした夏 3

「風上…… まどか… さん……?」

「……はい… どちら様でしょう?」

 

受話器の向こうの声に聞き覚えは無かった

だが、向こうの男はまどかを知っている様だった

 

「妹は預かった… 解放して欲しければ三千万用意しろ」

「……はい?」

 

単刀直入だった

 

「お… お姉ぇ! まどか姉ぇ! ごめんなさいなのだぁ! あやか助けて欲しいのだぁ!!」

「あ、あやか!? あやかなの!?」

 

次いで聞こえた悲痛な末妹の声に、然しものまどかも声のトーンを乱す

尋常でない姉の様子にさやかも立ち上がり、零れる程見開いた瞳に不安の色を浮かべてその姿を凝視する

 

「分かってると思うが… 警察に通報すれば妹の命は無い……」

「ちょっとお待ちになって…! 三千万なんてお金… 用意出来ませんわ!」

「出来ない事は無いだろう… ふふっ… あんたが勤める雀荘から借りれば良い」

 

まどかはハッとなる

やはり男は自分を詳しく知っている様だ

 

「そんな… そんな大金、貸しては頂けませんわ……」

「じゃあ勝手に拝借すれば良いだろ… 明日の夕方、受け渡し方法について電話をする それまでに用意しろ」

「ま、待って! お待ちに…!」

 

言葉の途中で乱暴に電話は切られた

 

「ま、まどか姉… 何があったの…?」

 

さやかの声は緊張に上擦っていた

まどかはゆっくりと受話器を置くと、長妹に向き直った

 

「あやかが… 誘拐されましたわ…」

「えっ!? な、なんで…!?」

 

さやかの疑問は尤もである

若い三姉妹が支え合う風上家… 実質的に長姉の雀荘での稼ぎが全ての風上家に、身代金をポンと出せる財力などある筈は無い

財産と呼べる物は両親が残したこの一軒家だけ…

それでも社会一般の常識では資産と呼べない程の資産価値である

お金持ちなら他に沢山いるだろうに… 何故… 何故風上家なのか…?

妹を拐われた怒りより、その理不尽な仕打ちに対する怒りの方が遥かに大きかった

 

「まどか姉… どうするの?」

 

動揺と怒りを隠さない長妹の言葉に、まどかは努めて落ち着きを装い答えた

 

「テロには屈してはいけませんわ 風上家も犯罪には決して屈しませんわ」

 

頼もしくも非情な姉の言葉に、さやかは唾を飲みながら頷いた

風上家の意思は姉の意思なのである

 

「け、警察に連絡しようよ」

 

常識的な提案である

屈しない事には全面同意とは言え、妹を見殺しには… 如何に知恵故障とは言え、助けを求める妹を見殺しにしては寝覚めが悪い

せめてやれる事はしてやらねば…

だが、さやかのその常識はあっさり風上家の非常識とされる

 

「先ずは相手の出方を探ってからですわ 連中の真の目的を見定めるまでは、下手に動かない方が得策ですわ」

「……真の目的?」

「えぇ… お金が目的で風上家を狙う者などあり得ませんわ」

 

さやかと同じ疑問を抱いていた様だ

だがそれでも小骨の様に引っ掛かる懸念を、それとなく姉にぶつける

 

「あ、あやかは… 大丈夫かしら……」

 

それに対するまどかの答えは、さやかの想像とはかけ離れた物だった

 

「……勿論、貴女がそんな目にあったら、わたくしはどんな手を使っても、どれ程の犠牲を払っても、必ず助け出して見せますわ……」

 

まどかは衝突するのかと思う程の勢いで、その顔をさやかに近付け、そして彼女の唇の隅を長い舌で優しく舐めた

 

「いいえ、絶対に誰にも奪わせませんわ…… 近付く者は誰であろうと……」

 

言い掛けてまどかはテーブルに歩を向けた

そして何事も無かったかの様に席に着き、箸を取ってからさやかに首だけを向けた

 

「伸びてしまいますわよ… 早く召し上がって……」

 

さやかは黙って頷いて、テーブルの対面に腰掛けた

箸を持つ手が狂った様にずっと震え続けていた

 

 

 

 

 

男達は散らかる床を大雑把に片付け、広間の一角にスペースを作る

何人かは車までを往復し、幾つものビニール袋や段ボール箱を持ち込む

直ぐにそれが飲食物だと分かった

男達は車座になり、持ち込んだそれらで酒盛りを始めたからだ

 

「……………………」

 

あやかはずっと落としたままだった頭を少しだけ擡げた

割れた窓の外で、夏の遅い太陽が漸く暮れようとしていた

そう言えば暑さも幾らか落ち着き、ボソボソと低い声で囁き合う男達の声に混ざって、虫の鳴き声が微かに聞こえ始めた

 

「ヒッ!?」

 

男の一人が立ち上がり、此方に向かって来る

あやかは反射的に身を強ばらせて、再び顔を落とした

 

「あやかちゃん、お腹空いただろ? ほらっ」

 

間近に迫った男はそう言って、あやかの膝元に菓子パンとサイダーのペットボトルを置いた

 

「ん……? あっ、そうか…… あやかちゃんの手、解いてやっていいっスかね~?」

 

男は仲間達を振り返り意見を求めた

大丈夫だろう… 見張っとけよ…

恐らくは一味のリーダー、あやかにナイフを突き付け、電話越しにまどか姉に助けを求める様に要求したあの男が、そんな答えを返した

それに応じて男はあやかの後ろに回り込み、両手を拘束していた布切れを解く

あやかはその感触を確かめるかの様に、自由になった両手を胸の前で擦り合わせた

 

「遠慮無く食べなよ、あやかちゃん」

 

マスクとサングラスの他は野球帽が特徴的なその男は、あやかの前に屈み直すと、改めて穏やかな口調で語り掛けてきた

 

「……………………」

 

かと言って"いただきます"が言える程、あやかの知恵もぶっ壊れてはいない

寧ろそのぐらい壊れていた方が、彼女には楽だったかも知れない

 

「あやかちゃん可愛いね~ 彼氏いるの~?」

 

サングラスで見えない筈の男の視線だが、それが自分の全身を舐め回す感覚を覚え、あやかは小生意気にも身震いした

 

「ひやぁっ!?」

 

不意に男が、あやかの短パンから露出した太ももを撫でた

反射的に逃れ様とした彼女のその手を、男はむんずと掴んで引き寄せた

ごつい手に肩を抱かれ、あやかは男の胸の中に収められた

苦手なタイプの制汗剤の香りが鼻を突く

 

「良いだろ、少しぐらい? 仲良くしようぜ~」

 

下卑た笑いを含みながら、男はあやかのTシャツの裾に手を差し込んできた

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

車に引き摺り込まれた時から、犯人が男達だと分かった時から、あやかがずっと心の中で恐れていた物…

社会の道理も分からぬ真性知恵故障の分際で、それでも中学生となったあやかは、分もわきまえず自分の中に"女"を意識していた

身の程知らずのプリンセス願望も、謂わば自分は可愛いとの思いがあっての増長である

そして年相応に性の知識も身に付けた彼女は、男達の目的が自分自身にある、若しくは向くのではないかと、そう言う所だけは働く想像でずっと恐怖していたのだ

そして偶然とも言うべきか、あやかは実際、自分の想像通りの可愛さだった

人里離れた山奥で、覚悟を決めた男達の理性を乱すには十分過ぎる容姿であった

 

「おい、やめとけ… まだガキだろ… そいつにはまだ協力して貰わねーとならねーんだ、優しくしろ」

 

だが、リーダー格の男は手下に自由を許さなかった

 

「ちっ…」

 

野球帽の男は小さく舌打ちして、Tシャツの裾から手を抜いた

最初からからかい半分だったのかも知れない

だが、男に対する免疫が皆無のあやかにとっては、ただ腹を撫で回されるというそれだけでも、意識を遠退かせる程の恐怖と恥辱を感じていた

大きく肩でする息は、明らかに過呼吸気味になっている

 

「ほらほら、怯えてるだろ! ……ごめんな~、あやかちゃん」

 

野球帽と入れ替わる様にして詰め寄って来たリーダー格は、腰を下ろしてあやかの頭を撫でる

昼間ナイフを首筋に押し付けてその言い種とは… と流石のあやかも内心に思ったが、今はその紳士的な態度を頼りにする他無かった

 

(あやかはまだお子様なのだ… 酷い事をしちゃダメなのだ……)

 

声には出せないその言葉を、訴える様に心の中で何度も反芻した

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