「くそっ!」
リーダー格が受話器を叩き突けるイメージで、携帯電話の通話ボタンを切った
ただならぬその様子に、仲間達にも緊張がはしる
「ど、どうした!?」
一人が皆の代弁をするかの様に問いただした
「妹が出やがった」
「い、妹!?」
別の一人が、やはり皆を代表するかの様に調子外れな声を上げた
リーダー格は懐に手を伸ばすと、バタフライナイフを取りだし、音を立てて刃を伸ばす
そして電話口に出させる為に側に連れてきたあやかに飛び掛かる
「おい! オメェは一体誰だ!?」
「うやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ナイフの背が首筋に強く押し付けられ、それを突き立てられたと勘違いしたあやかは悲鳴を上げる
「オメェは誰って聞いてんだよっ!!」
拐われてから初めて向けられる凄まじい怒気に、あやかは気が遠くなり掛ける
それを必死に手繰り寄せ、男の怒りを鎮める為に大きく口を開いて質問に答えた
「あやかはあやか… 風上あやかなのだ!」
いつものフレンド申請とは余りに状況の異なる自己紹介
理由不明な怒りを鎮めるには、言われた通りにするのが最も良い行動である事は、風上家に於ける経験で理解しているのだ
「おい、ホントにコイツで間違いねぇのか!?」
リーダー格は振り返って仲間に叫んだ
「間違えねぇよ! コイツが風上の家に出入りしてる所を何度も確認したんだ!」
「ホントだ間違えねぇ! 近所のババアにもそれとなく聞いたんだ!」
やはり緻密に計画された誘拐だった様だ
情報収集役だったのであろう二人が声を荒げて反論した
「おい、あの女が妹を装って俺達を混乱させようとしてんじゃねぇのか?」
野球帽が別の可能性を指摘した
「いや… まどかじゃねえ… あのマダム口調じゃ無かった… そう言えば声色も違った……」
どうやらリーダー格はまどか姉と面識がある様だ
「妹が二人居るんじゃねーのか?」
別の男が呟く
ここまで男達のやり取りを、まるで卓球のラリーに見入る様に頭を振りながら追っていたあやかは、その当たり前過ぎる男の言葉に大きく頷く
どうも男達の言っている内容、リーダー格の怒りの原因が見えて来ない
あやか確かに妹であり、電話に出たのも妹だと言うなら、それはさやか姉の事だろう
あやかもさやか姉もまどか姉の妹であり、さやか姉はあやかの姉でもあり、あやかはまどか姉もさやか姉も大好きで、まどか姉の特製カレーはルーだけでも絶品なのだ
「いや… あの女の… まどかのプロフィールには"妹と肩を寄せ合う二人暮らし"とあった……」
今度はリーダー格が呟いた
「??? ……?」
あやかは目を屡叩かせる
相変わらず何の話かは分からないが、そんなプロフィールは出鱈目である
「それじゃ一体… コイツは誰なんでぇい?」
男達の五対の目があやかに注がれる
「あやかはあやか… 風上… 風上あやかなのだ……」
あやかはもう一度自己紹介をした
「お帰りなさい、まどか姉…」
玄関の鍵が開く音がして、さやかは姉を出迎えにリビングを出る
「ごめんなさい、遅くなりましたわ 直ぐにご飯にしますわね」
まどか姉は仕事の疲れも見せず、さやかに優しい笑顔を見せると、ヒールを脱いで玄関を上がった
「さっき… 電話があったわ……」
廊下の突き当たりにある自室に向かうその後ろ姿に、さやかは声を掛ける
「誰からですの?」
やや大きな声でまどか姉が問い返した
「誰からって……」
さやかは姉が着替えている最中のその部屋の前まで早足で行くと、ドアノブを掴んで勢い良く押し開いた
「あらまぁ、お行儀が悪いですわよ」
まどか姉はそんなさやかを特に気に止める風でも無く、豊満なボディを包むスリップ姿で部屋着をクローゼットから取り出していた
「私とあやかを勘違いしたみたい…」
その言葉にキャミソールに伸ばしたまどか姉の手が止まる
「……何か言われましたの…?」
その一言でまどか姉が惚けていた事が分かった
「私が妹だと知って動揺してたみたい… アイツ… あやか、大丈夫かな……?」
自分の発した言葉にさやかは戦慄した
何かの計算が狂った犯人が、あやかに非道を働く事は容易に想像できた
さやかはもう、自分の本心をさらけ出す事に躊躇しなくなっていた
あやかが心配なのだ
あやかの事が好きな訳では無い それは本心だ
ただ、あの知恵故障を痛め付けて良いのは自分とまどか姉だけなのだ
他の誰も、その権利を犯す事など出来ないし、それを許す事は出来ないのだ
アイツが涙と鼻血を流して許しを乞うのは、自分達だけでなくてはならないのだ
「きっと大丈夫ですわ」
まどか姉は淡白にそう答えると、キャミソールをハンガーから外した
「まどか姉ぇ! いくらなんでもちょっと…! 悔しく無いの? 知らない男達にアイツを好きにされて!? ……一応… あんなんでも……!」
遂に感情のコントロールが出来なくなり、声を湿らせた
まどか姉への口答え… 風上家では絶対にあり得ないタブー…
それを覚悟の上でまど姉を責めた
そのまどか姉が、さやかの元に歩み寄る
歯を食い縛った
溺愛されている自覚はあるので、流石に拳は無いと予想したが、ビンタの往訪は覚悟した
「さやか……」
「!?」
だがまどか姉は、さやかの頬を張る代わりにその首筋に両手を回し、自分の額をさやかのそれに押し付けた
「ま、まどか姉……?」
予想外の行動に戸惑うさやか
額越しに感じる姉の体温も予想外に高かった
「私があやかの事を心配していないと思いますの?」
懐かしい母の声に似ている気がした
「……まどか姉………」
さやかは自分の軽率さを恥じた
度々、まどか姉によって思い知らされる己の浅はかさ…
幾ら年を重ねても、同じ頃の姉には追い付けないのだ…
「私達が気を揉んだ所で、何の問題の解決にもなりませんわ… 大事なのは犯人達に付け入らせ無い事…」
「ごめんなさい、まどか姉……」
さやかの謝罪には、もうそれ以上言ってくれるな、との思いが込められていた
いつも気丈な姿だけを自分達に見せる姉に、これ以上余計な気苦労を掛けたく無い
それをさせる自分が何処までも愚かで残虐にな存在になってしまう
さやかはまどか姉背中に手を伸ばして、その女性味溢れる身体を力一杯抱き締めた
『ジリリリリリリリ…』
「「!?」」
その時、再び黒電話のベルが鳴った