風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかがそこで過ごした夏 7

「……はい」

 

何故かとても懐かしい気がするまどか姉の声

 

「あ、あやかなのだ! あやかなのだ! まどか姉の妹のあやかなのだ!」

 

あやかは周り取り囲む男達にチラチラと視線を向けながら、受話器に向かって無茶苦茶に叫ぶ

 

「あやか、無事ですの? 酷い事されてませんの?」

「あやか、元気なのだ! あやかは妹なのだ! まどか姉の妹なのだ!」

 

支離滅裂に聞こえるあやかの受け答え

まどか姉は知恵故障の為す事と気にも止めない様子だが、あやかにはそうしなければならない理由があった

自身に掛けられた疑惑を晴らさねばならないのだ

 

『フンッ!』

 

リーダー格がナイフを突き付けながら顎をしゃくる

 

「ま… まどか姉… お金… お金、用意してくれたのだ?」

 

打ち合わせ通り本題を切り出す

男達はあやかの正体を確かめる事も兼ねて、この重要な役目を与えたのだ

 

「お金は用意していませんわ」

 

知恵故障の感覚でも、それは随分とあっさりとした印象の覚えるまどか姉の答えだった

簡単に用意できるお金では無い事は理解できるが、かと言ってもう少し後ろ髪を引かれる様な、申し訳ない様な、そんな無念感があっても良いのではないか…

 

「ふぇ………」

 

それを男達にどう伝えるべきか、流石のあやかも躊躇した

身代金とはあやかの命のお値段ではないのか…?

それが用意できないと言う事は、あやかの命の保証は無いと言う事ではないのか…?

 

「おい、どうした!?」

 

戸惑うあやかを不信に思い、リーダー格はナイフを握る手で肩を小突いた

 

「あぅ… あの… その… ちょっと…… なのだ……」

 

言葉を濁すあやかから携帯電話を奪い取り、リーダー格は先程と同じ質問をまどかに対して繰り返した

 

「おい、金は用意できたのか!?」

「用意はしていませんし、用意するつもりもありまさわ!」

 

まどかはピシャリと言って退けた

 

「な、なんだと!? コイツはお前の妹じゃ無いのか!? 妹がどうなっても良いのか!?」

 

リーダー格は焦りを隠さずに捲り立てる

やはりこの娘は赤の他人なのではないのか? そんな疑惑が再び擡げる

 

「卑劣な犯罪には屈しない、それは風上家の家訓ですわ 妹もわたくし達と同じ思いの筈ですわ!」

 

一辺の躊躇も戸惑いも無かった

寧ろ上から見下ろすかの様な高圧さすら感じた

 

「クソッ!」

 

リーダー格は毒突き、再びあやかに携帯電話を押し付ける

 

「金を要求しろ!」

 

そう言ってナイフを首筋に押し付ける

耳の下に鋭い痛みが走った

今回は脅しでは無い 刃が頸動脈を狙っている

あやかは本能に近い感覚でそれを感じた

 

「ま、ま、まどか姉! あやかはまどか姉の妹なのだ! お金を用意して欲しいのだっ!」

 

まどか姉は厳しくも優しく、やる時はやる女なのだ 頼りになるのだ

絶対にあやかを見殺しにはすまい

 

「卑劣な犯罪に屈してはなりませんわ! 言っておやりなさい! やれるものならやってみろと! 風上家の誇りを見せておやりなさい!」

 

この期に及んで尚、やはり堂々とした気概に満ちた姉の語勢だった

受話器の向こうの威厳に満ちた姿が瞼に浮かんだ

だがそれはあやかの望んだと所とは違う方向に向いていた

これでは間接的な死刑宣告である

 

「うぅ~…… やぁ~………」

 

またしても言葉を詰まらすあやか

 

「ぎやっ!?」

 

その時、ナイフを握るリーダー格の拳が、あやかの脇腹を叩いた

 

「イタッ!?」

 

次いで頭頂部を殴られた

そして動揺するあやかに顎をしゃくる

 

「ま、まどか姉ぇ… 助けてなのだぁ… 痛いっ!? 殺されるのだぁ… ヤメテッ!?」

 

通話の最中も身体のあちこちを叩かれた

悲鳴を上げさせようとしての事とは、あやかにも理解できた

極限の緊張と暴力の恐怖に、あやかは急激に悪心を覚え始める

暑い筈なのに身体中が冷たい

 

「あやか、貴女は立派な妹でしたわ… 最期に言っておやりなさい! ……このまどかが麻雀グランプリで必ず仇を取ると!」

 

もう訳が分からなくなっていた

 

「麻雀… …グランプリ?」

 

「「!!」」

 

あやかポツリとその一言を反芻すると、一瞬にして場の空気が張り付いたのを感じた

鳴かせる為に暴力を振るっていたリーダー格の手が止まった

 

「な、なんだと!? なんて言った!?」

 

その代わりに顔を近付け、あやかに詰問した

 

「…………麻雀… グランプリ…? で… 仇を取るって… なのだ…… あぁぁん」

 

遂にあやかは泣き出した

仇を取ってくれるのは嬉しいが、出来ることなら助けて欲しかった…

こんな形で姉達と今生の別れをしなければならないとは…

知恵故障でも無念という感情はあるのだ

 

「チクショォォォォォ!!」

 

雄叫びを上げ、リーダー格はあやかから取り上げた携帯を力一杯床に投げつけた

 

「おい、どういう事だよ!?」

 

野球帽も大声を上げた

 

「俺達の目的、バレてるじゃねーか!?」

 

別の一人も声を荒げる

あやかには何が何だか分からないが、この怒り狂いぶりでは、楽に殺してはくれないだろう

なんでまどか姉は助けてくれなかったのだ… そんな悔しさが心に込み上げる

 

「畜生、舐めやがって!! お望み通りこのガキ、バラしてやらぁ!!」

 

野球帽があやかに詰め寄る

 

(あぁ… 始まるのだ……)

 

あやかにはもう、悲鳴を上げる気力も残っていなかった

目の前の全てが、体験した全てが、どうか夢であってくれと、哀れな願いを胸に呟くばかりだった

 

「ただ殺したんじゃ面白くねぇ… 俺達をコケにした事、後悔させてやるぜ!」

 

眼前に迫った野球帽はそう言うと、あやかの両肩を突いて仰向けに倒した

 

「押さえ付けろ!」

 

混乱するあやかを見下ろしながら指示を出す

すかさず他の俺達があやかに飛び掛かり、その四肢を押さえる

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁん!!」

 

漸く男達の意図を理解し、失った筈の気力を呼び起こして渾身の悲鳴を上げる

そのあやかに野球帽は馬乗りになる

 

「恨むならお前の姉ちゃんを恨みな! 死ぬまで忘れられねぇ光景を、お前の姉ちゃんに見せてやるぜ!」

 

そう言ってあやかのTシャツの襟首に手を伸ばし…

 

『ビリッ!!』

 

勢い良く引き裂いた

 

「うやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

色気と意味の殆ど無い、水色のブラジャーが露になる

とうとう恐れていた想像が現実に…

知恵故障とは言えそこは年頃、自分がこれから何をされるのかは十分に理解できた

あやかは生まれて初めて、可愛いプリンセスとして生まれた己の星を呪った

こんな事になるのなら、せいぜい月火ちゃんぐらいの可愛さに生まれるべきだった

そんな思い上がった勘違いが、走馬灯の様に脳裏をかすめた

野球帽のゴツい手が、破れたTシャツから荒々しくあやかの白い肩を露出させる

 

(怖い! 怖いのだ、まどか姉ぇ!! 助けてなのだ、さやか姉ぇ!!)

 

マスクとサングラスを投げ捨てた野球帽

それまで抽象的な存在だった誘拐犯が、圧倒的リアリズムを持って目の前に現れた

血走った瞳と無精髭、下卑た笑み

最大の恐怖と緊張を伴って、今まさにあやかに覆い被さろうとする

意識が急速に白み、遠退くのを感じた

 

「ゲボボボボボボボボブバババババェェェェエレエレッ……!!」

 

あやかは壮大に嘔吐した

引力に逆らい、白黄色の胃液が噴水の様に吹き出した

 

 

 

「…………汚ねぇ…………」

 

 

 

それを真正面から受け止めた野球帽は、石膏に固められたかの様に動きを止める

あやかの吐瀉物にまみれた顔から、それが滴となって垂れ落ちる

 

「はぁ… はぁ… はぁ… はぁ…」

 

あやかは何とか悪心を治めようと、大きく肩で息をを繰り返す

 

「く、臭ぇ!?」

 

その声はあやかの左足を押さえていた男だった

 

「うわっ!?」

「コイツ漏らしやがった!」

 

一瞬の間を置いて、異変に気付いた他の男達が飛び退る

 

「なんなんだコイツ… ガチ知障かよ……」

 

あやかの腹の上で固まっていた野球帽も立ち上がり、よろける足で後退る

あやかの腰を中心に、静かに液体が広がっていく

 

「ごめんなさい… なのだ……」

 

この場面で謝るのが適切なのかは分からない

多分、謝るのは滑稽であろう

だが、嘔吐と脱糞と失禁を同時に果たしたあやかには、謝る以外のリアクションの取りようが無かった

たとえどんな理由があろうと、ゲロを吐き掛け、ウンチの匂いを嗅がせるのは、少なくともあやかのプリンセスとしての矜持には反する

しかしそれは、男達のあやかに対する性的興味を大きく削ぐ効果は存分にあったようだ

 

「臭ぇ…… なんなんだよ……」

 

尚も滴る吐瀉物を手で拭う野球帽

 

「ふはははっ……」

「ハッハッハッ……」

「ブハッ あり得ねぇ~」

 

方々で笑い声が上がった

 

「ふふふふっ ははははっ…!」

 

野球帽も釣られて笑い始めた

 

「ハッハッハッハッハッ!」

「ハハハッ! 汚ねぇ~!!」

 

いつしか大爆笑の輪が広がった

誰しもが自分のしている事が可笑しくて仕方なくなっていた

 

「へへへッ……」

 

あやかすらも笑い始めた

 

「あ~あ… もうヤメだ、ヤメッ! アホくさくなったわ!」

 

一同から少し離れた所に居たリーダー格が声を上げた

その声も笑いを含んでいるかの様に明るかった

 

「おい、あやかちゃん… お前、本当に風上まどかの妹なのか?」

 

リーダー格はそう語り掛けながら、横たわるあやかの側に立った

あやかはそれに反応して、ゆっくりとその身体を起こす

小生意気にもはだけた胸元を押さえながら、もう一方の腕で吐瀉物まみれの口を拭う

パンツの中でグチャグチャと排泄物が音を立てた

 

「あやかは… 妹なのだ… 本当なのだ……」

 

恐怖はもう消えていた

ただあやかは自分自身でそれを確認する為に、リーダー格の質問に答えた

 

「だとしたらヒデェ姉ちゃんだよな~ あやかちゃんの事、全然心配して無いもんな…」

 

あやかは寂しく微笑んで視線を伏せた

それはほぼ事実で、何ら反論できなかった

 

「そう言やぁ… 一緒にトランプした事も無かったんだっけ…?」

 

脱いだシャツで顔を拭った野球帽が、傍らに腰を掛けながら続けた

 

「……………………」

 

あやかは何だか急に悲しくなった

 

「知恵故障…… だからか……?」

 

別の一人が呟いた

 

「……だから、こんな妹は居ないってか…… 風上まどかのプロフィール……」

 

また別の一人が呟いた

 

「……………………」

 

あやかは泣いていた

自然に涙が溢れる… おそらく生まれて初めて、そんな経験をした

 

「かわいそうな子だったんだな… あやかちゃん……」

 

急に場の空気が重くなり、湿り始めた

 

「あやかちゃん… 酷い事してゴメンな……」

 

リーダー格は自分のポロシャツを脱ぐと、屈んでそれをそっとあやかの肩に掛けた

 

「ううう…… ううぇぇ………」

 

あやかは嗚咽を始めた

まさにこんな酷い事をする連中、許せと言われても許せないが、何故か彼らから向けられた同情に心が揺さぶられた

多分これも生まれて初めて…

風上家に生まれた自分の苦しみ、悲しみを分かち合ってくれる存在に出会った事…

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