風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかにも譲れぬ物がある 2

「行くよー はいっ!」

 

何につけても必然的にリーダーとなる麦波ちゃんの合図で、あやかを含む三人は手にしたリボン… 割り箸や編み棒にデコレーションリボンを結わえた物… を宙に放る

 

「それっ!」

 

狙い澄ました麦波ちゃんが、それを己のリボンで巻き取る…

そう、三人のリボンは麦波ちゃんの放つリボンと絡み合い、ゴテゴテとなって地面に転がる

 

「うやっ!」

「ウェヒ!」

「プラッ!」

 

図ったかの様に三人はそれ目掛けて駆け寄り、そのゴテゴテの塊から己のリボンを引き出す

そしてそれぞれが別の方向に離れて引っ張り…

 

「はいっ!」

「どやっ!」

「ウェヒ!」

「チナッ!」

 

それぞれが手足を伸ばしてポージングを決める

ある程度生物学に心得のある者がこの光景を目の当たりにしたのなら、彼女達が何らかの意図に基ずき、一つの連携された動きを見せている事に気付くかも知れない

また、普段からスポーツを視聴し、特に体操競技に感心のある者なら、凡そ5%程の確率で、彼女達が日本新体操団体のリボン演技を模倣しようとしている事に気付くかも知れない

そう、まさしく彼女達はかの新体操日本団体の大技、リボン四本投げならぬ、三本投げを再現して見せていたのだ

無論、それが実際にそう見えるかどうかは別の問題である

彼女達はただ大真面目に、各々が脳内にイメージしたあの美しいリボンのシュプールを我らもと、額に汗を滲ませているのだ

 

「だいぶ形になってきたんだよ~」

 

麦波ちゃんの言葉にあやかも大きく頷く

 

「今のは今までで一番綺麗だったのだ!」

 

同じ感想なのだろう、鹿目ちゃんと月火ちゃんも満足気に頷く

 

「そろそろ暗くなってきたね~ 今日はここまでにする~?」

「ウェヒヒ! 確かにお腹の虫が腹ペコかも!」

 

気が付けば西の地平が紅に染まっていた

放課後に始まった彼女らの練習

秋の日は釣瓶落としとは言え、全く時の経過を感じなかった

それだけ熱中していたと言う事である

 

「それじゃ、また明日なのだ!」

「プラチナ散会!」

 

四人は肩を寄せ合い輪になると、その中心にそれぞれの右手を差し出した

 

「ロードトゥ~… 仲良し~… リオォ!!」

「「リオォ!!」」

 

良く分からない麦波ちゃんの掛け声に合わせて、四人はその手を高々と黄昏の空に突き立てた

チームの団結と不屈の闘争心を示す大切な儀式だ

それを済ませると互いに手を振り、それぞれの家路を急いだ

 

 

 

 

 

「ヘェ… ヘェ… ヘェ…」

 

走りっぱなしで上がりっぱなしの息

座骨と胸筋が痛む

だが足を止める訳には行かない

恐らくは門限ギリギリだ

あの進路相談に於いて、真面目に練習に打ち込む事を条件に、雫先生が何とかまどか姉を説得して実現した、期間限定特別門限

あやかさんが何かに打ち込む事は、彼女の人生の可能性を広げる為にも有益な事です、そんな事を言って、雫先生は渋るまどか姉を宥めてくれた

流石は雫先生である

あやか達の才能を見抜いているのだ

だがそれでも門限の厳守が絶対条件で、一度でも破れば、放課後の寄り道さえ禁止される約束なのだ

住宅と住宅のブロック塀の間、細いドブ川の縁をあやかは上手に伝たう

時間短縮のショートカットだ

 

(あやかは路地裏暮らしの猫さんなのだ!)

 

そんなイメージで飄々と道なき道を進む

ブロック塀の隙間から誰かさん家の庭に侵入し、垣根の根元に潜り込んで、更にそのお隣さん宅の庭を駆け抜ける

少し幅のある側溝を、その中央に転がる石の頭を踏み台にして対岸に渡ると、もうあやかのお家は目の前だ

山茶花の垣根の前を抜け、庭先へと滑り込む

丁度玄関の向こうに浮かんだまどか姉のシルエットが、施錠をせんとその鍵穴をまさぐっている所だった

ギリギリ七時…

 

「待って… 待ってくだされなのだ~!」

 

あやかはまるで、大火に切り放たれた江戸の獄人が、約束の刻限寸前に駆け戻って来たかの様に、その声を振り絞って牢屋奉行… まどか姉に慈悲を訴えた

その叫びに牢屋奉行は動きを止め、閉ざされた門扉を僅かに開けた

 

「遅いですわ…」

「ギリギリでごぜぇますのだ! お奉行様、お慈悲をくだせぇのだ!」

「誰が奉行ですって……?」

 

何とかあやかの請願は聞き届けられ、磔獄門は免れた

玄関を上がって手を洗い、そのままリビングのドアを開ける

 

「ぷは~ お腹ペコペコなのだ~」

 

都合三時間に及ぶタイトな全体練習は、只でさえ食べ盛りにあるあやかの胃を激しく脈動させ、空にしていた

 

「ちょっと~… 汗臭いんだけど……」

 

さやか姉が大袈裟に手団扇に扇ぎながら、遅れてテーブルに着いたあやかを睨む

 

「ご、ごめんなのだ… なるべく臭くしない様に頑張るのだ!」

 

己の二の腕の当たりをクンクンと嗅ぎながら、原理不明な努力を約束するあやか

 

「さぁ 頂きましょうか… 」

 

まどか姉がお盆に白米の盛られた茶碗を乗せてやって来た

 

「いただきます」

「いただきますわ」

「いっただきま~すのだ!」

 

長姉が着席すると、三人は箸を手にして合掌した

 

「うおっっっいし~のだ~!」

 

あやかだけの特別メニュー、姉達の天ぷらの副産物を利用した"天かすのゴマ油和え"

それを白米に乗せて掻き込むあやかの表情は恍惚に満たされた

ギトギトの油分が胃から身体の隅々まで行き渡り、あやかの失われたエナジーを補填して行く

信頼できる仲間達と大きな夢をクタクタになるまで追い、空っぽの胃に長姉の愛情料理を流し込む

そんな語彙など有りはしないが、あやかは本能で己の人生が今、最高に充実している瞬間を迎えていると感じていた

 

(リオオリンピックで金メダルを超える存在だという、幻のダイヤモンドメダルを取って、お姉達に恩返しするのだ… ダイヤモンドメダルを売って、お金持ちになるのだ…!)

 

鹿目ちゃんが得意気に話した都市伝説

油まみれの白米を咀嚼するあやかの薄い脳裏に、カクテルライトの光を散乱させる大きなダイヤモンドメダルを首から掛けられた己の姿が浮かんだ

その大切なメダルを売って大儲け、と言う辺りに、アスリート達へのリスペクトの欠片も存在しない、知恵故障特有の独善的価値観が垣間見えるが、少なくとも姉達に恩返しをと思う心に偽りは無かった

 

「ご馳走さまでしたなのだ!」

 

あやかは二分で夕食を済ませると、一番最後に入る事の許される入浴までの時間をベッドの上で過ごす為、早くも重くなり始めた瞼を擦りながらリビングを後にした

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