風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかにも譲れぬ物がある 3

「それじゃ~… 六十四ページ… 鬼ヶ島激闘編… 月火さんに読んで貰おうかな…」

「プ、プラチナ大任…」

 

何時にもまして授業に上の空のあやか

頬杖をついて、窓の外の雲を眺める

あの夜の興奮は未だに冷める事は無い

あれは正に魔法…

四年に一度のビッグイベントという事で、正座を条件に特別にテレビ観賞を許されたあやか

姉達も感心を寄せていた新体操競技、その団体種目

あやかの目に飛び込んで来た光景が、あのリボン投げだったのだ

余りに信じられないその光景…

クルクルと投げて、パーっと絡めとる神業…

初めあやかは新体操が正真正銘の魔法競技だと思い、興奮のまま傍らの姉達に彼女らの正体を尋ねた

何処に行けば会えるのか?

どんな修行をすれば魔法が使えるのか?

だが姉達は、あやか同様その技に感心しながらも、揃って魔法ではないと否定する

魔法でないなら今のはなんなのだ!?

あやかは尚も食い下がった

魔法使いと知られるとまずい事があるのか?

テレビに出てるのに?

ははん、さてはお姉達も魔法使いで、あやかに正体を隠しているのだ!?

否定される程に疑心が湧き、執拗に姉達を質問攻めにする

最終的にさやか姉の『しつけぇぞこの経血製造機が!!』の怒号と共に繰り出された強烈な平手打ちによって、漸くあやかはこの神業が魔法の由縁では無く、血の滲む努力の結晶である事を受け入れた

だがそれはそれで、あやかにとっては更なる好奇心を刺激される事態となった

あれが魔法でないとするならば、人の努力の賜物だとするならば、それは即ち、あやかにだって出来る事なのではないか…

物事を客観的に捉える事が苦手な、知恵故障独特の発想…

一度出来そうと思えば、その瞬間に不可能ではなくなる…

あやかはその胸に一つの決意を秘めて立ち上がった

興奮と感動と平手打ちによる無意識の失禁で、その足下はびしょびしょに濡れており、罰として一晩をお風呂場で過ごしたのも、あやかのその記憶を鮮明にした理由となった

 

「なんで… 赤鬼… どうして… 青鬼…

エキゾチック……」

「う~ん… 月火さん、頑張ったけどちょっと難しかったかな? 教科書に書いてある通りに読んで欲しかったんだけどな…」

「プラチナ失態…」

「えぇっと~ それじゃ風上さん! 今の所、もう一度読んでくれるかな?」

 

その次の日、仲良し学級はあのリボン投げの話題で持ちきりだった

人に似て人ならざる知恵故障娘達の感性や感情は、蟻や蜂がそうである様に、個体差を乗り越えた、ある種の共通意識体によって支配されているのかも知れない

当然彼女らの考える事は、全員見事なまでにピシャリと合致した

 

"私達もあの舞台で、あのリボン投げを再現したい"

 

かくして仲良し学級の仲良し四人組はリオオリンピックを…

そして鹿目ちゃんが存在すると語る、最も美しい演技を披露したチームに授与されという、ダイヤモンドメダルの獲得を目指す事になったのだ

 

「……風上さん? お~い、風上さん!?」

「……………………」

 

不意にあやかの目の前に手が振られる

前の席の麦波ちゃんの手だ

あやかも親愛の情を込めて手を振り返す

 

「あやかちゃん!」

「風上さん!? ちゃんと授業に集中してね」

 

「はっ!?」

 

漸く我に返ったあやか

 

「風上さん、教科書六十四ページ、読んで貰えるかな?」

「は、はいなのだ! お任せなのだ!」

 

あやかは教科書を手に勢い良く立ち上がる

 

「1ゲームに1.3枚増えるえーあーるてぃー機がありました… 30ゲームでは何枚増えますか……」

「風上さん? 国語… 今は国語の授業ですよ!」

 

仲良し学級に笑いの花が咲く

あやかはポリポリと頭を掻いて小さく舌を出した

見た目だけは上玉なあやかのその姿はとても愛らしかった

 

 

 

 

 

「ひゃっほ~!!」

 

待ちに待った放課後、あやかは一番に校庭を掛けて行く

 

「あやかちゃん、チームワークだよ~」

 

入場行進の練習を兼ねる校庭入りを無視したあやかを、麦波ちゃんが嗜める

無視した訳では無く、興奮が身体のコントロールを不可能にしたのだ

その点、鹿目ちゃんと月火ちゃんは麦波ちゃんの後に続き、整然と手足を伸ばして行進して行く

そして練習ポイントに着くと…

 

「はいっ!」

「ウェヒ!」

「プラッ!」

 

戦隊ヒーローか変身ヒロインチームの様に、一斉に各々が随分と自分勝手なポージングをして見せる

恐らくは新体操の競技開始時のイメージなのだろうが、多分にシンクロナイズのそれと混同している様にも思える

 

「どやっ!」

 

少し遅れて馳せ戻ったあやかがその中央でポーズを決める

 

「ウェヒヒ! 今の感じもいいかも!」

「カッコいいね~!」

「プラチナ好感!」

 

恐らくはタイムラグを利用した的な今のポージングの事であろう

何が"いい"のかは定かではないが、彼女達は彼女達なりに小生意気にも、入場から採点は始まってる、的な事を意識しているのかも知れない

ざっくり要約すれば、とにかくハイテンションなのである

 

「それじゃまず、フリーの練習からだよ~」

 

どんな時でも場を仕切るのは大体麦波ちゃんである

仲良し学級の中では知能指数が一つ抜け出しているのかも知れない

仲間思いで責任感が強いのは事実だ

仲良し学級には存在しない"級長"のポジションにあるのもその為だ

ド田舎の学校なら或いは、健常者と… 普通の生徒と同じクラスに通う事ができたのかも知れない

それが麦波ちゃんにとって幸せかどうかは別として…

ともかく知ってか知らずか彼女の言う通り、団体競技の質を高めるには先ず個人の技量を上げる事であるのは間違い無く、四人は各々持参したバンドメイドリボンを取り出して、それを思い思いに振り回し始めた

麦波ちゃんは上品なクリーム色、ケーキ用のピンクメッシュは鹿目ちゃん、月火ちゃんは唐草柄をあしらった紺色、そしてあやかは大好きな菜の花色の布リボン…

奇しくもそれぞれのイメージカラーが良く表現された四本のリボンが、始まったばかりの秋の透明な空気の中で、幾何学的な動きを繰り返して見せる

 

「「……………………」」

 

言葉も発さず、一心不乱に手首を捻り、または腕を振り回す四人…

それだけ練習に意識を集中させているという事であるが、傍目にはかなりオカルティックな光景である事は間違いない

うら若き娘達が一堂に会し、表情を強ばらせて、割り箸や編み棒の先に結んだ長い布を振り回すのである

それだけでも十分不気味であろう

しかもその娘達は神の悪戯か、知恵故障の分際で殊の外容姿には恵まれていたのである

美人と表現しても過言ではない程の彼女達…

美人ではあるが、人としての何か大切な物が大きく欠けているのが傍目にも直ぐに分かる少女達…

その少女達の異様さが、彼女達の繰り広げる謎の光景をより一層不気味な物にしていたのだ

人気の無い夜道で、或いは薄暗い森の中で、この様な光景に出くわせば、並大抵の者は腰を抜かすであろう

たまたま近くを通り掛かったUFOなどは、呼ばれたと勘違いして速攻で着陸するかも知れない

また何らかの空間位相を激変させ、平行宇宙への扉をこの場に開く可能性も無いとは言い切れない

……要するに、それ程までに彼女達のフリーの練習とやらは、余人には到底干渉困難なレベルの、完全なる異次元空間を作り上げていたのである

仲良し学級同様、文字通り何人にも冒されざる彼女達だけの世界…

彼女達の感性と発想だけが支配する世界…

永遠に続いて来た、そして続いて行くべき世界…

不変の筈だった

その珍入者が"世界"の結界を破るまでは……

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