風上家に生まれて   作:新六毛

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ミズタマリスト立志伝中 1

「ここもだじぇ…」

 

しとしとと降り続く雨が、少女が纏う水色の雨合羽に透明な水玉を産み落とす

直ぐにそれは溢れて流れて滴り、彼女の足元の水溜まりに小さな波紋を描いた

掻き乱された薄い水面から、これまた小さな水泡が浮かび、彼方へとゆっくり流されて行く…

そう、それは正確には水の溜まりでは無かった

少女の見詰める先には、大地を抉る一条の掘削痕があり、それが遥か向こうまで続いている

刻まれた溝には、足元のそれから脈々と荒々しく雨水が流れ込み、さながら遥か上空から見下ろすアマゾンの大河、その姿を彷彿とさせた

目を凝らせば、周囲の水溜まりからも浅く細く、それでいながら見事に角度調整された誘水路が接続され、それらから流れ込む水も巻き込んで、珈琲色の小さな濁流が溝の中を駆け抜けて行く

 

プロの仕業…

 

本物は本物を知る

少女はその途方もない手練れの見せる技量に、膝が震えるのを自覚した

ここだけではないのだ

ここ"南国ヶ浜少年の家"、そのレクレーションエリアに朝一番で足を踏み入れ時には、既に幾つもの運河、水路が何者かの手によって構築されていたのだ

無秩序に降り頻る雨を、集めて束ねて川にして、道路沿いの側溝へと誘導して見せる…

大自然の営みを、宥め透かして手玉に取る…

そんな神の行いにも似たその所業…

スコップを握る右手に思わず力が籠る

この地方に於いて、林間の"戦国平"と共に宿泊訓練の二大メッカと呼ばれるその一つ、海浜の"南国ヶ浜"…

海に面した広大な敷地と、そこに点在する幾つかの宿泊施設…

この何処かにこの偉構を築いた人物が居る…

 

「会ってみたいんだじぇ…」

 

少女ら顔を上げて辺りを見回す

初めて近くにその息吹きを感じた、自分以外の、そして尊敬に値するミズタマリスト…

遠く離れた水溜まりが、一つの運河で繋がれてその水を分かち合う様に、運命が今、自分達を巡り会わそうとしている…

そんな予感が、その小さな胸を内側から叩いていた

しかし暗い曇天の空の下、見渡すかぎりにそれらしき姿は無く、ただ大地を叩く雨音と、それが水路を流れるせせらぎだけが、辺りを包んで静寂をも錯覚させた

 

「ちょっと……!!」

「!?」

 

不意に名前を呼ばれた

振り返ると、彼方から雨傘をさした担任教諭が大股に歩み寄って来る

 

「おは『バチン!』ぶっ!?」

 

紡ごうとした朝の挨拶は強烈な張り手によって遮られた

バランスを崩し、泥水の地面に横転する

 

「勝手な行動するなって、何度言われたら分かんの?」

 

少女は息を飲んだ

担任教諭の言葉にではない

大地に接したその視線の先に、あの運河の川筋が見て取れたからだ

一見、水溜まり群の直中を、最低工程を意識して貫いていたかに見えた運河は、実は微妙な蛇行を繰り返していたのだ

そしてその理由が、大地に這うように咲く、名も知らぬ小さな黄色い花弁達を避ける為だと直ぐに分かった

それどころか運河と水路の建造目的がそのものが、その小さな花々が雨に溺れぬ様にと、その付近の雨水を吸い集める事にあった事を、ミズタマリストの彼女は瞬時に看破したのだ

 

(こんな事が… あるのかだじぇ…? こんな事が… できるのかだじぇ…?)

 

ただでさえ角度の計算が困難な長距離運河…

それを"敷地外への効率的な排水"以外の目的を持って造成するとは…

プロどころの話では無い…

正に神… 神の領域……

 

「ぐぅっ!?」

 

耳朶が千切れんばかりに引っ張られた

無理矢理上半身を起こされる

 

「余計な世話掛けんなつーの… …たくよっ!」

 

そのまま泥水の上を引き摺られる

 

「痛いぃっ!! 痛いのじぇっ!!」

 

偉人の築きし荘厳なる構築物群が、徐々に視界から遠ざかって行く

もう現実には戻りたくない…

いつまでもあの夢の世界で心踊らせたい…

縋り付く様に、一際大きなあの水溜まりに手を伸ばす少女…

この日この光景は、右耳の聴力を永遠に失う事になったという悲惨な記憶とも相俟って、印画紙の様に彼女の網膜に鮮明に焼き付くのだった

 

「いつか… いつの日か… 必ずあなたに追い付いて見せるんだじぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横になったあやかは、手にしたセロファン紙で目の前を覆う

青空に浮かんだ白い雲

それが緑色に変色してあやかの目に飛び込む

 

「うやぁ~… メロンソーダさん、いただきゴクゴク~…」

 

知恵故障由来の類稀な感性で、あやかはそれを憧れの喫茶店メニューに見立てた様だ

一通りその薄い大脳新皮質内で堪能した後、今度は赤い一枚と差し替える

 

「これは甘酸っぱいのだ~… 苺大福さん… あやかとおんなじ、まだまだ未熟の~… ふふふっ」

 

どうやら人生でまだ三度しか口にしていない、フルーティー和菓子を思い描いた様だ

それも直ぐに満足したのか、次いで黄色の一枚

 

「目玉焼きの黄身さんは~… プ~さんと~… 誰かさんの~… あ~ん、パクっ」

 

今度はその黄色に先程の緑色をゆっくりと重ねる

 

「青いお空の青い曇~… ハワイアンブルーなブルーベリ~… だ~いはっけ~ん!」

 

興奮のボルテージが上がるにつれ、あやかの踵が刻む大地ドラムが激しくなる

色とりどりのセロファンが、あやかを果てしない幻想の世界へと連れ去って行く

時の経つのを忘れる様…

外部因子が働かなければ、文字通りあやかはその命の尽きるまで、幻想の異世界から帰って来る事は無いだろう

 

「あやかちゃん、何してるの~?」

 

今回の外部因子は仲良し麦波ちゃんの来訪だった

 

「ふ~にゅむるむる~… パープルパスタ~…」

「!? …あやかちゃん!!」

「うひっ!?」

 

二度目のアクセスで、漸く次元移行チャンネルはオープンした

 

「なんだか楽しそうだね~」

「楽しいのだ!」

 

そう言うとあやかは身を捩って、麦波ちゃんの為のスペースを開ける

校庭に面した土手草の上、健常者の感覚では特に意味の見られないその行為

だが知恵故障の目にそれは、恰もプライベートルームに招き入れられた様な、特別な親近感を抱かせる行為に映るのであった

事実、あやかにとって麦波ちゃんは特別な存在であり、彼女だからこそ、この素敵な光景を共有して、"いいね!"して欲しい、そんな思いが働いたのだ

 

「ほら、こうすると… オレンジフロートさんがお空に浮いているのだ!」

 

肩を並べて横になった麦波ちゃんに、得意気にオレンジのセロファンを翳して見せる

 

「うわぁぁぁ… ホントだね~! とっても美味しそう~!」

 

期待に違わず、麦波ちゃんはあやかの一番のお気に入りに感嘆の声を上げる

 

「こっちも綺麗なのだ~!」

「うんうん!」

 

「これを二枚合わせると~…」

「凄~い!」

 

絵に描いた様に完璧な麦波ちゃんのレスポンスが、あやかをご機嫌の極致に導く

あやかがある日偶然に見つけたパラレルワールド…

あやかだけの秘密の幻想郷…

麦波ちゃんなら特別…

鹿目ちゃんと月火ちゃんも拒む理由は無い…

雫先生なら寧ろ大歓迎…

もしまどか姉とさやか姉と一緒なら、きっと嬉しくて鼻血が出ちゃう……

秘密の異世界を大好きな誰かと旅をする、それがこんなにも楽しい事だったとは…!

いつかみんなと虹色の異世界に…

激しさを増すあやかの踵ドラムが、何時しか土手の草原に大きな穴を穿っていた

 

「あやかちゃんって、素敵な物を見つけるのが上手だよね~」

 

麦波ちゃんが不意に現実世界に立ち戻り、そんな抽象的な言葉をあやかに掛けた

 

「ふぇぇ…?」

 

何となく誉められた気がして、あやかは顔を麦波ちゃんに向ける

 

「あやかちゃんって、いっつも一番最初に面白い事を見つけて~ 誰よりも一番楽しんでるよね~」

「そ、そなのだ? あやか、楽しそう… なのだ?」

「楽しそうだよ~! あやかちゃんは遊びの天才だよ~!」

「て、て、天才!? あやか、遊びの天才なのだ!?」

 

赤いセロファンを通す光に頬を染めた麦波ちゃんが、優しい笑顔を此方にくれた

きっとあやかの頬も紅潮していたに違いない

自分がずっと何かの天才だとは思っていたあやか

だがこうして親友に面と向かってその才能を見出だされ、褒められると、小生意気にもどこかこそばゆい感じがして、背中を土手草に押し付け、セーラー服のそこを緑色の汁で染め上げた

 

「そ、そんな事… 無いのだぁ~…」

 

一応謙遜しながらも嬉しさにはにかむあやかは、更なる上機嫌でセロファン紙のスライドショーを麦波ちゃんに披露して見せる

次々と色を変えるセロファンが二人を虹色に包む

お腹いっぱいの昼休み、麗らかな陽気の下、幻想の世界を旅して回った麦波ちゃんは、何時しかあやかの肩先で微かな寝息を立て始め、そしてあやかもそれに誘われて、もう一つの夢の世界へ落ちて入った

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