風上家に生まれて   作:新六毛

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ミズタマリスト立志伝中 6

『……の影響で、湿った空気が流れ込み… 河川の氾濫と、土砂災害に十分な警戒が……』

 

「あぁやだやだ~… また天気が悪くなるみたい……」

 

ちょっとだけ焼け過ぎた食パンをゆっくりと時間を掛けて咀嚼し、喉の奥へと通したさやか姉は、テレビに流れる天気予報を見ながら愚痴る

 

「仕方ありませんわね~ 秋の長雨ですわ~」

 

コーヒーを上品に啜った後、まどか姉はそんな台詞で長妹を宥めた

 

「………………」

 

黒焦げのパンの耳を鼠の様にカジリながら、あやかはそんな姉達の顔をチラチラと見遣る

 

「……早く食べませんと、今日も遅刻ですわよ……」

 

その視線に気付いてか、今度はあやかに声を向けるまどか姉

 

「……う、うん… はいなのじぇ…」

「じぇ?」

「は、はいなのだ!」

 

コップの水でパサパサでカリカリの黒焦げを押し流す

 

「……………………」

 

その様子を暫く無言で見詰めていたまどか姉が口を開いた

 

「…………わたくしの顔に何か付いてますの?」

 

ドキッとなって動きを止まる

どうやらまどか姉はあやかの視線に気付いていた様だ

 

「昨日からずっと… わたくしに何か言いたい事がありますのでしょ?」

 

まさに心の内を見透かされていた

昨晩からずっと切り出すタイミングを見失っていた事は事実だ

 

「あ… あぅぅ……」

 

承諾の可能性が乏しい事は最初から念頭にあったが、それ以上にそのお願いの内容に対し、増長云々の理由でお仕置きされるのが怖かった

だからタイミングを見計らっていた

まどか姉の機嫌の良いタイミングを…

多分昨晩のそれは悪くは無かったと思うが、妹として生まれたあやかをしても、その怒りの琴線の在り処を今一把握できない長姉に対しては、どうしても必要以上に慎重に接する形となってしまい、結局朝までズルズルと時間だけを費やしてしまっていた

 

(やっぱり無理なのだ… これはきっと怒られるのだ…)

 

昨日の朝は優しい姿を見せてくれたまどか姉…

だからこそ今日は怖い姿を見たくはない…

殆ど諦め掛けていたこの瞬間、まさかまどか姉の方から問い質してくれるとは…

ラッキーなのかも知れないが、覚悟を迫られたとも言える

 

「はっきりおっしゃいなさい」

「あ~… う~……」

 

上目遣いに長姉の表情を窺う

 

「何かオイタをしましたの?」

 

激しく頭を振る

 

「まどか姉とエッチがしたいのだぁ!」

「!!」

「ゴホン… さやか~……」

 

あやかの口調を真似たさやか姉がチャチャを入れてきた

まどか姉に甘く睨まれ、舌を出して肩を竦める

 

「あ、あやか… お友達を… 新しいお友達を……」

 

ここしかない、そんな気がしてあやかは切り出した

 

「お友達をお家に… お呼びしたいのだ……」

「いいですわよ」

「ごめんなさいなのだ ご馳走様でしたなのだ 行ってきますのだ」

 

あやかは椅子を引いて立ち上がり、そそくさとリビングを後にする

拳や張り手が飛んでこなかっただけましである

あやかは心の底からそう思った

言わなくても良かった気がする

適当な嘘で誤魔化しても良かった

たださやか姉が…

あんな事を言われたら、その場で直ぐに否定しなければ、あやかはまどか姉とエッチがしたい変態さんになってしまう…

咄嗟の切り出しは、それに対する懸命の否定でもあったのだ

階段を上り切り、自室へと向かう

あやかは知恵故障の治療中の身なのだ

お友達なんて呼べる筈が……

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 

あやかは反転し、転げ落ちる様に階段を下りて行った

リビングのドアを開けようとして、先に押し広げたさやか姉と激突しそうになる

 

「あっぶない!」

 

叱るその脇を謝りながらすり抜け、あやかはテーブルの食器を重ねるまどか姉の前に顔を突き出す

 

「ま… まどか姉!」

「喧しいですわよ」

「ごめんなさいなのだ… あの… まどか姉……」

「なんですの?」

「あの… ホントに… 本当に呼んで良いのだ?」

「五時に帰りますから、それまではお部屋に居る事… 良いですわね?」

 

まどかの顔に満開のハイビスカスが高速点滅する

 

「あ、あ、あ、あり… ありがとうなのだ! まどか姉、愛しているのだぁっ!!」

 

狭いリビングに絶叫が木霊する

 

「……………………えぇ」

 

まどか姉は小さくそう答えると、己の上半身を抱いて、まるで変態を見るかの様な目であやかを見詰め、ゆっくりと後退りした

脳内天国モードに突入したあやかはそんな事には気付かず、シャラララランと小躍りしながら再びリビングを抜け、階段を駆け上って行った

 

 

 

 

 

「お早うなのだ、優希ちゃん!」

 

学舎に続く長い石段の下で、その後ろ姿を認めたあやかは、漸く昇降口で彼女の捕捉に成功する

 

「!? ……あぁ あ… えっと… あやか… ちゃん……じぇ?」

 

背後からの呼び声に驚いたのか、振り向いた優希ちゃんは目を白黒させて口籠もる

 

「びっくりしたのだ? ごめんなのだ!」

「違うのじぇ… まだ名前を呼ばれる事に… 慣れてないのじぇ… ごめんだじぇ!」

「……?」

 

ポリポリと頭を掻く優希ちゃん

愛らしいその姿とは似つかわぬ台詞の寂しさに、白痴甚だしいあやかも思わず口をすぼめるが、それが薄い大脳新皮質に感情を形成する事は無かった

 

五人となって二日目の仲良し学級は、もうずっとそうであったかの様な自然な空気の中にあった

こんな楽しい学校に来たのは初めてだじぇ…

こんなに楽しい時間は久しぶりなんだじぇ…

これはひょっとして夢なのじぇ…?

そんな事を口走る優希ちゃんが、やはりちょっぴり気になるが、彼女の見せる笑顔は会心の物であり、楽しい楽しい仲良し学級での時間を分かち合っている連帯感が、あやかの心を暖かい何かで優しく包み込んでいた

 

 

 

『キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…』

 

そんな二日目の給食時

あやかは然り気無く優希ちゃんの行動に注意を払う

然り気無さを装う事ができているのかどうかは、あくまで知恵故障目線での話であり、実際にどうかという話では無い

それぞれが何かしらの配膳役を極めて簡潔にこなし、そして五つの机で輪を作ってお膳に向かう

何時もと同じ、だけどちょっと前よりちょっぴり違う、大好きな給食の時間

 

「「いっただきま~す!」のだ!」

 

息の合った合唱と共に、それぞれが箸を取り人気メニューの一つ、ソフト麺へと対峙する

 

「…………………」

 

口からだらりと餡掛けまみれのソフト麺を垂らしながら、あやかは隣の優希ちゃんを注視する

その視線に気付かないのか、気にしないのか、優希ちゃんは手提げ鞄から取り出したビニール袋に、堂々とおかずのお好み焼き風つみれを詰め込む

 

(やっぱり今日もなのだ……)

 

そう、昨日もだった

優希ちゃんは昨日も給食のきな粉揚げパンを持って帰ったのだ

 

「お腹いっぱいなの~?」

 

そんな麦波ちゃんの言葉に、こっちに来てからまだ、お父さんからの振り込みが無い… コンビニで夕食を買う余裕が無い… でも大丈夫、良くある事で慣れている… 多分そんな意味の言葉を笑顔で返した

難しい言葉の羅列では無かった筈だが、最後の方はもう、彼女の言葉が耳の奥まで届いていなかった

只々、身体の中の何処かが痛かった

 

「……………………」

 

あやかは優希ちゃんと出会ってからずっと、一つの思いが心の隅に浮かんでいた

 

"他人の気がしないのだ…"

 

お腹いっぱいご飯を食べれない辛さ…

愛する者に甘えられない寂しさ…

あやかには… そう、多分あやかだけは… 彼女の笑顔の奥の涙が見えたのだ

だからなのだ…

 

「優希ちゃん!!」

 

餡掛けの飛沫も撒き散らすあやかの大絶叫

場の四人は驚き、椅子の上で文字通り飛び上がって見えた

取り分け呼ばれた当人は目を丸めて、半ば怯えの表情をあやかに向けた

 

「優希ちゃん、今日はあやかのお家に遊びに来るのだ! あやかのお家で一緒に夕御飯を食べるのだ!」

 

あやかが優希ちゃんをお招きしたかった一番の理由…

言うまでもなくそれは、彼女に己の夕食を分けてあげたかったからだ

決して貧しい相手に恵んでやる、という思い上がりからでは無い

知恵故障治療中の自分とて、人に自慢できる程の質と量を得ていない事は、こうして給食に向かうだけでも分かるのだ

それでも… そんな自分でも… 夕食の心配をして給食を取り残す、などという事はしない

茶碗一杯の白米とお漬物だけでもよい

それを優希ちゃんに分けてあげたかったのだ

或いは、風上家のお客様になる優希ちゃんには、まどか姉が特別なご馳走を用意してくれるかも知れない

そのチャンスもお家にお招きしてこそ得られるものなのだ

 

「じぇ… じぇ?」

 

唐突なあやかのお誘いに戸惑う優希

 

「う、羨ましいんだよ~ 私もあやかちゃんのお家にお呼ばれしたいんだよ~」

 

あやかの一番の親友を自認する麦波ちゃんは嫉妬の色を隠さない

 

「プラチナ疎外感…」

「ウェヒヒ~! 私も風上定食が食べたい!」

 

他の二人もそう言えば記憶に無い、風上家へのお呼ばれに幻想を抱く

 

「みんなも今度ご招待するのだ! 今回は優希ちゃんなのだ!」

「私はご遠慮するんだじぇ… 悪いんだじぇ……」

「悪くないのだ! もう決めたのだ!」

「じぇじぇ…?」

 

あやかの強引な誘いとクラスメイト達の羨望に、初めは遠慮していた優希も心を動かす

別に御相伴にあずかりたい訳では無い

ただ… お友達の家にお呼ばれする、そんなごくありふれた人並みの経験をしてみたい…

そんな気持ちが不意に芽生えてしまったのだ

そんなものとは無縁だと思っていた己の人生…

ここでこの機をのがせば、もう終生経験できないかも知れない…

 

「じぇじぇ… それじゃちょっとだけ… お邪魔するのじぇ……」

「お邪魔するのだ! 楽しみなのだ! うひょょょょょょぉっ!!」

 

最近度々近傍の教室から苦情がくるあやかの奇声が、今日も大声量で響いた

嬉しい事や楽しい事があると、昔から行動や感情を制御できなくなるのだが、最近はその頻度と激しさが増加傾向にあった

あやかを蝕む知恵の病は、ゆっくりと、だが着実に、彼女の人としての寿命を食らい尽くそうとしていた

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