風上家に生まれて   作:新六毛

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ミズタマリスト立志伝中 8

「こんばんはなのじぇ! 片岡優希と申しますのじぇ! お邪魔していますのじぇ!」

 

あやかに続いてリビングのドアを潜った優希ちゃんは、台所に立つまどか姉に対し、開口一番で大きな挨拶を繰り出した

あやかは彼女のその姿に、改めて立派で大人な印象を抱いた

自分が誰かのお家にお呼ばれしたとして、果たしてこんなにもきちんとした挨拶ができるだろうか?

 

「あらいらっしゃい お口に合うかわかりませんけど、一生懸命作りましたのよ 沢山召し上がって」

 

その言葉にあやかはテーブルの上に視線を向ける

 

(!!)

 

あやかは目に飛び込んできた光景から努めて意識を反らし、落ち着いて茶碗と小皿の組を数える

 

(いち… にぃ… さん… よん… いち… にぃ… さん… よん……)

 

何度数え直しても間違いない

あやかの希望は物の見事に的中した

やはりまどか姉は、あやかと大事なお友達の為に、特別な席を用意してくれていたのだ

そう、今日は特別

あやかも同じ物を… それもお正月のそれかと見紛う様なご馳走に、箸を伸ばす事が許されたのだ

 

「凄いご馳走なんだじぇ…!」

 

優希ちゃんの感嘆に、思わずホントなのだ、と相槌を打ち掛けて、慌ててその言葉を飲み込んだ

先刻の過ちを再現する所だった

知恵故障治療用特別メニューの存在は秘密なのだ

これは普段あやかが食べている夕食の延長、ちょっとした豪華版なのだ

そういう体なのだ

嘘をついているという後ろめたさは無い

そうした方が優希ちゃんにとっても都合の良い事であるとは、あやかにも分かるのだ

 

「さぁ 席に着きまして… いただきましょう」

 

台所から戻ったまどか姉の言葉で、風上三姉妹と招待客は席に着く

姉達の対面に、あやかと優希が並んで腰掛ける

 

「えっと… あやかちゃんのお母さん… なのじぇ?」

 

まどか姉の顔を凝視した優希ちゃんが呟く

 

「あらやだ… 自己紹介がまだでしたわね… 風上まどかと申しますわ 妹と仲良くしてくれてありがとうね」

「お母さんかと思ったんだじぇ! あやかちゃんのお姉さんはどっちも綺麗なんだじぇ!」

「お母さんみたいなのだ! 綺麗なのだ!」

 

優希ちゃんの言葉はあやかの気持ちそのままだったので、謙遜もヨイショもなく、素直にそう答えた

 

「おほほ… あやかったら……」

「優希ちゃんこそ可愛よね アタシ、こんな妹が欲しかったな~」

 

多分さやか姉のその言葉はお世辞だと思った

そうあるべきだと思った

 

「……それじゃ 改めてまして… いただきますわ」

「「いただま~す」のだ!」

 

炊きたての白米に回鍋肉…

唐揚げに海老チリに青椒肉絲…

正月でもこれ以上のご馳走は無かっただろう

奇声を上げたい衝動を必死に抑え、努めて平静を装うあやかの箸先は小刻みに震えていた

お友達を呼んでこんなご馳走にありつけるなら、これから日替わりで毎日呼べば良いのでは…?

そんな邪な思惑が脳裏に浮かぶ

 

「あ… あの……」

 

あやかが念願の回鍋肉に箸を伸ばした時、隣の優希ちゃんが再度呟く

 

「お… お母さんは… 待たなくていいのじぇ?」

 

最初は誰の事を言っているのか分からず、同じくキョトンとした表情のお姉達と顔を見合せたが…

 

「そなのだ! お母さんにも優希ちゃんを紹介するのだ!」

 

そう言ってあやかは箸を置き、椅子を引いて立ち上がった

 

「じぇ…? じぇ…?」

 

今度は逆にキョトンとした優希ちゃんを手招きし、リビングを出る

そして普段は立ち入らない廊下の先の和室へと案内する

 

「……お母さんなのだ!」

 

そう言って部屋の奥に鎮座する、一基の小さな仏壇に右手の先を向けた

 

「……じぇ?」

 

あやかは鈴を鳴らしてから仏壇に語り掛ける

 

「お母さん、あやかの新しいお友達の優希ちゃんなのだ! 宜しくなのだ!」

 

そう言って手を合わせ、小さく頭を垂れた

 

「………………」

 

傍らで優希ちゃんも手を合わせ、頭を下げた

 

「……さっ ご紹介は終わったのだ! 早くご馳走食べるのだ! あやかもう… 限界なのだっ!」

 

優希ちゃんの手を引いて和室を出る

 

「あやかちゃん… ごめんなのじぇ… 私、デリカシーがないんだじぇ……」

「ん? なんで謝るのだ? デカビタCはあやかもないのだ!」

 

惚けた訳でも無く、あやかには優希ちゃんが謝る理由が分からなかった

分からないというか、もうご馳走の事しか頭になかった

 

「あやかちゃんは偉いのじぇ…」

 

色んな意味を込めた優希のその言葉に、あやかが反応する事はなかった

 

 

 

 

 

このご馳走は優希ちゃんをもてなす為の物で、貴女の胃袋を満たす物ではない

そんな意味の警告を再三受けたが、今一その意味が分からず、さやか姉の脛蹴りをテーブルの下で受けて、まどか姉の射る様な眼光に漸く気付き、思わず食したご馳走を壮大にリバースしかける、というハプニングもあったが、なんとか優希ちゃんを招いての夕食会は無事に終了した

あやかの視界に入った限りでは、彼女も大いに箸を伸ばし、満足してくれた様だ

お招きした甲斐があったという物である

 

「本当にご馳走でしたのじぇ とても美味しかったのじぇ このご恩は一生忘れないのじぇ!」

 

何度も何度も謝意を表しながら、優希ちゃんは別れをおしんだ

一人で帰れると言う優希ちゃんをまどか姉が許さず、結局彼女の住むウィークリーマンションまでまどか姉が送る事となった

 

「あやかちゃん、今日はとっても楽しかったのじぇ! また明日なのじぇ!」

「また明日なのだ! お休みなさいなのだ!」

 

玄関越しに手を振り合う

まどか姉と並んで消えていくその後ろ姿にちょっぴり嫉妬が芽生えたが、無事に先方が自宅に着くまでが迄がホームパーティーですよ、と何処かで聞いた気もする

まどか姉が一緒なら、たとえ熊に襲われても平気だろう

あやかは明日の仲良し学級へのお土産話をあれこれ思案して、幸せの内に玄関のドアを閉じた

 

「……なんでアンタが一番飯食ってんのよ…? アンタの友達をもてなすんじゃなかったの?」

 

振り返った先で、腕組みをしたさやか姉が柱に寄り掛かっていた

明らかに怒りのチャージがフルゲージである

 

「うひゃぁ…… ごめんなさいなのだ……」

 

謝りながらもあやかは何故かほっとしていた

やっぱりさやか姉はこっちの方が良い

優しいさやか姉も憧れだけど、やっぱりこっちの方がしっくりくるのだ

つくづくそう思った

 

「優希ちゃんに免じて選ばせてあげる… 寝技と立ち技とどっちがいい?」

 

あやかは己の腹を撫で、こなし具合を確認してから答えた

せっかくのご馳走、リバースはしたくない

 

「それじゃ… 寝技でお願いしますのだ……」

 

そうして始まった二人の食後の運動は、まどか姉が帰宅するまで続くのだった

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