風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかとごろーまる2

「あやかちゃん! 今日こそ燕の巣を見に行こうよ~!」

 

終業のホームルームが終わり、麦波ちゃんがあやかを寄り道に誘う

 

「ゴメンなのだ~! あやか、今日も先約があるのだ~!」

 

だがあやかはつれない返事を返すと、鞄を背負い一目散に教室を駆け出て行く

 

「こっちが先約なんだよ~!」

「ウェヒヒ! 風上のあやかちゃん、最近付き合い悪い! ひょっとして… 彼氏が出来たのかも!? ウェヒ!!」

「ぷ、プラチナ嫉妬!!」

 

クラスメイト達はそんな雑談を交わしながら、あやかの消えて行った扉を所在無げに見詰めていた

 

 

 

 

 

「ただいまなのだ!!」

 

門柱の陰から勢い良く飛び込んで来たあやかの、大きく明るい声が庭先に響く

二人の姉は未だ雀荘に高校での、それぞれの業の最中

その帰宅の挨拶は、あの石ころの下に向けられているのだ

あやかは庭の砂利上で、フィギュアスケートの選手の様な連続回転を決めると、背負った鞄を縁側に投げ出し、昨晩と同じ植え込みの側に滑り込む

知恵故障のあやかは感情が高まると、己の肉体を上手く制御出来なくなる

大声や多動と言った発作的症状を発症し、それが原因で度々姉達にお仕置きされるのだ

だが、ここにはまだその姉達はいない

彼女らの帰宅する迄の間が、あやかとごろーまるの倖時間なのだ

馴れ初めはもうよく覚えていない

きっと運命の導き… とでも言うべき物なのだろう

ある日の庭先で、あやかはごろーまるさんと目が合ったのだ

クラスメイト達とは学校で何時でも遊ぶ事ができる

だが、ごろーまるさんと戯れられるのは、この限られた時間しかないのだ

 

「ごろーまるさん、今日はじゃんけんをして遊ぶのだ!」

 

昨日と同じ石ころをそっとどかし、何事か今日の学校での出来事を楽しげに話掛ける

 

「じゃんけんぽんっ!」

「じゃんけんぽんっ!」

 

グー、チョキ、パーと指を折り、広げながら、あやかは一心不乱にじゃんけんに興じる

額に汗を浮かべながらも、その表情は嬉々として輝く

ちょうど前を通り掛かった近所の主婦が、哀れみの視線をあやかに投げて通り過ぎて行った

 

(あんなに可愛いいのに… 残念ね……)

 

二人の姉に負けず劣らず、あやかのその容姿も平均のそれを大きく凌駕していた

透き通る様な白い肌、小さな顔の大きな瞳にショートカットが良く似合う

そんなアイドルクラスの見て呉れが、逆に彼女の知恵故障っぷりを強烈なコントラストで浮かび上がらせており、それは見る者によっては恐怖に近い感情すら覚えさせた

母の亡き後、力を合わせて生きる美しき三姉妹

その中の残念な妹さん… 夜中に奇声や泣き声をあげる迷惑な妹さん…

それに恭しく寄り添い、介護する心優しいお姉さん達… 可哀想なお姉さん達…

それが近所に於けるあやかと姉達の評判であった

 

 

 

「あやかちゃん、今日も一人なんだw」

「!?」

 

最近やたらとあやかに構ってくる"イジワルなオジサン"

その声に我に帰れば、既に太陽は西の山嶺に掛かり始め、夜の気配が近付いていた

 

(いけないのだ! そろそろ"良い子"にしなくちゃダメなのだ…!)

 

あやかは何時も通り、"イジワルなオジサン"を無視すると、足下の石ころを元の位置に戻す

 

「ごろーまるさん、夕御飯までバイバイなのだ!」

 

そう語り掛けると立ち上がり、縁側の鞄を拐って玄関を潜った

勝手にお庭で遊んでた事が知られれば、姉達からこっぴどいお仕置きをされるのだ

"良い子"にして、呼ばれるまで決して自室から出ない…

それがまどか姉と交わした約束なのだ

 

「うぅ………?」

 

原因は分からないが、あやかは何時もこの時間になると体調が少し悪くなる

呼吸が荒くなり、胃が押し潰された様にキリキリ痛むのだ

 

(少し横になって休むのだ…)

 

長姉は年頃のあやかにも一切の家事手伝いをさせなかった

姉想いなあやかは度々家の手伝いを申し出たが、悉く却下去れた

あやかには生まれつき"バイキン"が居るのだそうだ

"バイキン"が居るのなら仕方がない

己の星を恨むしかない

あやかは呼ばれるまで、ただ部屋の中に居れば良いのだ

静かにさえしていれば、何をやっても自由なのだ

それさえきちんと守れば、ちゃんと夕御飯を食べさせて貰えるのだ

 

 

 

 

 

「あやか… ご飯ですわよ……」

 

その声を聞き漏らさない様に耳をそばだてていたあやかは、直ぐ様部屋を飛び出して階段を降りる

大きな音を立て無い様に、且つ遅れる事無く…

身に染み込んだ芸当

 

「まどか姉、さやか姉、お帰りなさいなのだ!」

 

姉達の帰宅から凡そ一時間、漸く挨拶の機会を得る

あやかは姉達が大好きである

姉達への挨拶には自ずと情が籠り、ボリュームが高くなる

 

「うるさいなぁ…」

「早くお食べなさい…」

 

今日もお疲れの姉達の機嫌を些か損ねさせた気がして、あやかは畏まりながらテーブルに着く

今夜の姉達のメニューはまどか姉の特製海老シューマイ

あやかのメニューは生卵一個である

まどか姉はあやかの知恵故障を治す為、何時も特別メニューを拵えてくれるのだ

 

「いっただきま~すのだ!」

「うるさい!」

 

お腹ペコペコのあやかはまたしてもテンションコントロールに失敗し、既に食事を開始していたさやか姉に睨まれる

あやかは恐縮し、そろそろと生卵に手を伸ばした

 

(今日は海老シューマイなのだ… あれも美味しいのだ~… ごろーまるさんに……)

 

視線の隅で姉達の膳を伺いながら、なんとか石の下のお友達にも味合わせてあげたいと夢想する

 

「卑しいなぁ… こっち覗かないでよ…」

 

さやか姉にその視線を気付かれ、毒づかれる

 

「ち、違うのだ… あやか、そんなんじゃ……」

 

まどか姉が少し遅れて席に着いた

あやかはハッとなる

もしかしたら今のやり取りは、まどか姉の特別メニューに対する不満として捉えられるのではないか?

あやかは小さく震え出した身体をなんとか宥めて、まどか姉の顔色を伺う

 

「!?」

 

だが、そこで見せたまどかの行動はあやかの予想を大きくかけ離れていた

席に着いたまどかは、無言で自分の皿の海老シューマイを一つ、あやかの生卵用の器に入れた

あやかはその行動の意味が暫く理解できなかった

 

「………い… いいのだ!?」

 

本音を言えば、あやかだって姉達と同じ物を食べたかった

だが知恵故障を治す為だと言われ、治りたいあやかはずっと我慢していたのだ

知恵故障故にバイキンが涌く

早く姉達の様に綺麗で清潔に成りたかったのだ

まどか姉はあやかの問いには特に反応せず、静かに味噌汁に口を付けた

さやか姉は口を少し尖らせて、不満そうな表情を見せた

きっとあやかの知恵故障が治らなくなる事を憂いているのだろう

そんなさやか姉もまどか姉に何事か話を掛けられて、にこやかに談笑を始めた

 

「………………」

 

あやかは箸に刺したシューマイを目の前に掲げる

 

(ゴクリ……)

 

口内に溢れる大量の唾液を無意識に飲み込む

最後にシューマイを食べたのは何時だろう?

給食に出た気もするが、それとは全く物が違う

 

「あ~~ん……」

 

大きく口を広げてそれを一口に頬張る…… 寸前で慌てて所で箸を止める

 

(そうだったのだ! ごろーまるさんの晩御飯…!)

 

危うく理性を失う所だった

これはごろーまるさんにも味合わせてあげられる絶好のチャンスなのだ

あやかは一口に頬張る代わりに、がぶりとかじり付く

海老の風味と甘い肉汁、其がバリバリに黒焦げた皮の苦味に因って引き立たされ、口の中に広がる

 

「美味しいのだ~!」

 

思わず感嘆の声を上げる

 

「うるさい!」

 

さやか姉に再び叱責される

だがあやかの頭の中は既に、喜ぶごろーまるさんの姿で満たされていた

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