風上家に生まれて   作:新六毛

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ミズタマリスト立志伝中 13

「ちょっと二人とも!? どうしたの!? しっかりして!!」

 

突如響いた悲鳴に近い絶叫

夢の世界で"卵スプーンリレー"に興じていたあやかは、思わずビクッとなって卵を落下させると、慌ててそれを掴もうとして反射的に飛び起きた

 

「ほえっ?」

 

伸ばした手の先を暖かい感触が包んだ

 

「先生ぇ…?」

 

優希ちゃんも隣で起き上がり、その頭に付いた藁屑が空中に舞った

 

「大丈夫!? 何があったの!?」

 

いつも優しい筈の雫先生の顔は、怖いぐらいに引きつっていた

 

「先生! しっかりするのだ!」

「こっちの台詞よ! 大丈夫なの!?」

 

雫先生の驚きも無理は無かった

責任者として早朝から子ウサギ達の様子を見にくれば、用具置き場の出前に脱ぎ捨てられた女の子の着衣

更にその奥に目を凝らせば、教え子二人が藁束の中に倒れているではないか

何かしらおぞましい事件に巻き込まれたのかと、最悪の事態が脳裏に過ったのだ

 

「ウサギさん達が心配で、見に来たのだ」

『ハ…… ハックション!』 だじぇ」

 

あやか達は嘘をつかなかった

そしてその言葉を雫先生は常識的に解釈した

 

「もぅお馬鹿さんね~ どれだけ早起きしたの? こんな所で寝てたら風邪をひいちゃう」

 

よもや昨晩からどしゃ降りの中を夜通しで見守り、あまつさえ悪いブスなる異形からそれを守り抜いたなど、健常者であり良識人の典型である雫先生には思いもよらない

 

「びしょびしょじゃない… 先生が着替えを貸してあげるわ」

 

干されもしない服が乾く筈も無く、雫先生はそれを手に取ると小さく頭を振って、恐らくは自分のロッカーへと向かって歩いて行った

あやかは今日も雫先生のお洒落服が着れる喜びにガッツポーズする

きっと神様か天国のお母さんが、頑張ったあやかにくれたご褒美に違いない

そんなあやかの姿を見て、優希ちゃんは何故かケラケラと腹を抱えて笑っていた

 

 

 

 

 

「ウェヒヒ~! ちゅー吉はやはりは良質なドライフードだけを選んで食べる! これは古物商の才能があるのかも!」

 

傍目には区別のつかない人工餌のタブレットに優劣を見出だす鹿目ちゃんが、我が子を見る様な眼差しで一匹の子ウサギに微笑む

名付け親としてはやはり、"我が子"が他より優れて見えているのかも知れない

 

「プラチナ白麗!」

 

月火ちゃんはやはり名付けの子、マークツーの艶やかな白い毛並みを兄弟一と褒め讃える

健常者には人工餌どころか、真っ白な子ウサギ五頭の識別ですら到底不可能であり、それを可能にする知恵故障という因子異常に、人の持つ底知れぬ可能性を垣間見るの事ができるのかも知れない

…尤も、彼女らが実際に識別していればの話であるが……

 

「チップはお利口さんなんだよ~」

 

当然麦波ちゃんも続く

知恵故障とは言え女であり、母性があり、"我が子"を尊く思うは世の理なのである

ただ問題は、彼女らは実際に子ウサギを、本能に近い部分で"我が子"と認識している可能性もあり、後々の悲劇禍根が懸念される所でもある

 

「フリー君も元気なのだ!」

「ふふっ 誰かさんにそっくりなんだじぇ その点、ビリーは慎ましいのじぇ」

「えぇ? ふふふん」

「えへへだじぇ」

 

サイズの合わないジャージ姿のあやかと優希ちゃんも、動き回る二頭を愛おしく見詰める

自分達が命の危険を顧みず、戦って守り抜いたか弱い命達

この幸せの光景に、改めて昨夜の死闘を思い起こし、それぞれ心の中で互いの健闘を讃えるのだった

あやかは仲良し学級の皆には何も話さなかった

信じて貰えないとも思ったし、優希ちゃんのお家での出来事も話さなければならなくなると思ったからだ

 

『『グゥゥゥゥ~』』

 

「「………………」」

 

人工餌に食い付く子ウサギ達に触発され、二人の腹の虫が同時に鳴いた

無理も無い

昨日の昼から何も食べていないのだから…

二人はそれぞれ自分の腹を撫でてから、苦笑いを浮かべて互いの顔に視線を向けた

 

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

「んぐもぐ… ゴクン……」

 

当然、その日の給食の時間は修羅場となった

 

「す、凄いんだよ~…」

「プラチナ野獣…」

「ウェヒヒ~ これは流石にドン引くかも…」

 

理性の箍が外れた二頭の獣が、アルミトレイに食欲を叩き突ける

食器は最早その文明的な価値を失っていた

彼女らが撒き散らす油と炭水化物の飛沫が、仲良し学級に芳しい霧を漂わせていた

 

 

 

そして午後の二時限は雫先生の指導の元、五人力を合わせての工作活動となった

一枚の画用紙にそれぞれが自画像を描き、その周りをペーパーフラワーやクレヨン版画で彩るのだ

仲良し学級に於けるこの手の作業は、身の程知らずにもアーティストの卵を気取るあやかと月火ちゃんの独壇場になりがちなのだが、今日は二人のテンションが何時になく上がらなかった

 

「…………………」

 

取り分けあやかに至っては、もう必死に涙を堪えているのが傍目にも分かった

その姿が他の面々の涙腺をも刺激し、誰もが嗚咽を漏らさぬ様、心に強く意識する

普段は騒々しい仲良し学級に、鉛筆や工作具が走り刻む音だけが微かに流れる

期末テストでもあり得なかった異様な光景…

 

「ほらみんな! 楽しい気持ちで作らないと、素敵な物はできないよ!」

 

そんな様を憂いた雫先生が、努めて明るくオーバーなアクションを絡めて皆を鼓舞する

そうしなければ、自分自身も込み上げる感情に押し潰されそうだったのだ

雫先生も所詮は若い一人の女性でしかないのだ

文字通り眩し程に明るい普段の彼女達を知っているからこそ、その大きな落差に彼女達の優しさを改めて思い知った事も、彼女の目頭を熱くしていた理由の一つだった

 

「プラ……」

 

沈黙を守る好敵手に、最後の一筆を入れる様に目配せする月火ちゃん

 

「……あやかちゃん……」

 

それに反応しないあやかを、麦波ちゃんが級長役の立場から促す

 

「ウェヒヒ… ヒッ… ヒッ……」

 

遂には鹿目ちゃんが堪え切れずに嗚咽を漏らす

 

「………うっ… ううっ……」

 

それに釣られ掛けたあやかは、それでも何とか涙を堪えペンを取り、中央に並んで描かれた優希ちゃんと自分の似顔絵の間に、永遠の命を象徴するという想像上の生き物を書き足した

 

「可愛いひよこさんね」

「ほうおうさんなのだ……」

 

雫先生には理解して貰えなかったが、きっと優希ちゃんなら分かってくれる筈…

永遠の命とは果てない友情の揶揄である

 

「片岡さん… もうお迎えのタクシーが着いた頃だわ……」

 

工作が始まってから殆どずっと顔を伏せたままの優希ちゃんに、雫先生が時計を見ながら声を掛けた

 

『カタン…』

 

優希ちゃんが席を立つ

あやかはその姿を視界の隅に留める事しかできなかった

この瞬間が来る事は最初から分かっていた

分かっていた筈だが…

やっぱりそれをすんなりと受け入れられる程、あやかはまだ大人ではなかった

 

「ほら、あやかちゃん…」

 

今度も麦波ちゃんが背中を押してくれた

やはり頼りになる級長役である

 

「……………………」

 

あやかは手にした画用紙を、優希ちゃんから見える様にくるりと持ち替えた

 

「………………グスッ」

「…………………うぅ」

 

向かい合った二人の間を、僅かな時間が静かに流れた

 

「………優希ちゃん…… これ…… 忘れないでほしい… のだ…… みんなの事…… グスン」

 

震える声で必死に言葉を紡ぎ、みんなの似顔絵が綺麗にデコレートされた画用紙を、親友の前に捧げた

 

「…………」

 

優希ちゃんは無言でそれを奪う様に拐った

 

「……優希… ちゃん?」

 

予想外な彼女の無愛想な態度に、思わずあやかは湿った顔を彼女に向けた

 

「…………だから… だから嫌だったのじぇ……」

「!? ……優希ちゃん?」

 

あやかは手渡した画用紙を覗き込む

何か彼女の機嫌を損ねる様な失礼がそこにあっただろうか?

せいぜい思い当たる事は、優希ちゃんよりあやかの似顔絵の方が美少女である事だが、それは双方の画力の差とも言うべき物であり、決して実態を現した物ではないのだ

理解して欲しいとあやかは思った

 

「だから…… 嫌いだじぇ… みんななんかだいっ嫌いだじぇ!!」

 

優希ちゃんの怒号が教室に響いた

 

「ウェヒ!?」

「プ、プチナ!?」

「ど、どうしたの~!?」

 

突然嫌われた仲良し学級の面々は言葉を失う

 

「片岡さん! ダメよ、そんな… 最後のお別れでそんな事を言っては…!」

 

流石に雫先生も嗜める

 

「優希ちゃん! どうしたのだ!? あやか達、何か悪い事したのだ!? 謝るのだ! 謝るのだ! だから嫌いにならないで欲しいのだ!」

 

あやかも叫んだ

理由は何も分からないが、このまま優希ちゃんとケンカ別れなどしたくはない

この一週間は… 一昨日のホームパーティーは… 昨夜の共闘は… 永遠の友情の礎では無かったのか…?

少なくともあやかはそう思っていた

だからせめて、それが例え勘違いでも構わないから、最後は笑ってお別れして欲しかった

あやかの頬を、一粒のキラキラが流れた

 

「……こうなるから… グスッ… こんな風に悲しくなるから… 私は… 私はみんなと仲良しなんかにはなりたくなかったんだじぇぇ!!」

 

優希ちゃんの頬にも無数のキラキラが流れていた

 

「優希ちゃん……」

 

あやかは少しだけホッとした

彼女の怒りの理由が、本心から自分達を嫌っての事ではないと分かったから…

同時に彼女を支配するのが怒りでは無く、大きな悲しみだと知って、己の胸を締め付けられた

 

「優希ちゃん… 私達は… お別れしてもずっとお友達なのだ… ずっとずっと忘れないの「嘘だじぇっ!!」」

 

あやかは嘘などついたつもりは無かったが、優希ちゃんはそれを嘘だと断じた

 

「嘘だじぇ…… みんなは… みんなは来週からもみんなで仲良しだじぇ……」

 

「…………優希ちゃん……」

 

あやかは三度、掛ける言葉を見失った

 

「私は… 私だけはまた一人ぼっちだじぇ… みんなは楽しく笑えても… 私は何も楽しくないんだじぇ……」

 

「「……………………」」

 

仲良し学級の面々も、もう何も言えなかった

 

「なんで… なんで私だけ… 私だけいっつも… 私だって… 私だってみんなとずっと一緒に居たいんだじぇぇ!! お別れしたくないんだじぇぇ!! なんでだじぇ…! なんで私に優しくなんかしたんだじぇ……!」

 

絞り出す様にそう叫んで、優希ちゃんはわんわんと泣き出した

子供の様に号泣した

優希ちゃんだけではない

仲良し学級の面々も… 雫先生も顔を覆って肩を震わせた

ただあやかだけは笑顔を作れた

涙はしどどにながれたが、心は震えなかった

 

「優希ちゃん… お別れしたって、あやか達はまたいつでも会えるのだ」

 

「……もう会えっこないのじぇ…」

 

「会えるのだ! ……優希ちゃん、また今度雨が降ったら… 水溜まりができたら… それを川まで繋ぐのだ!」

 

「…………じぇ…?」

 

「あやかも… みんなと一緒に、水溜まりを川まで繋ぐのだ… 優希ちゃんの繋いだ水溜まりのお水が… 川に流れて… 海に着くのだ… あやか達が繋いだ水溜まりのお水も… 川を流れて… 海に着くのだ……」

 

「…………………」

 

「……優希ちゃんの水溜まりと… あやか達の水溜まりは… そこで繋がるのだ! 水溜まりのお水の流れる先に、優希ちゃんが居て、あやかも居るのだ! どこに居たって、いつだって会えるのだ!!」

 

「ふふっ 素敵ね… 風上さん」

 

雫先生の顔に虹が懸かった

 

「なんだか楽しそうだね~ 私も水溜まり繋げるよ~!」

「ウェヒヒ~! これはロマンと捉えて違いない!」

「プラチナバンド!」

 

仲良し学級の面々の顔にも陽が差した

 

「………………」

 

ただ一人、顔を伏せたままの優希ちゃん

あやかの見詰めるその先で、ゆっくりと頭を擡げる

……そして

 

『ダンッ!』

 

床を蹴ってあやかに抱き付いた

 

「……約束だじぇ…… 絶対約束だじぇ…… 私は一生懸命繋ぐのじぇ…… あやかちゃんに負けない、立派なミズタマリストに、きっとなるのじぇ!」

 

そのずぶ濡れの顔にも、とても綺麗な花が咲いていた

 

「うん!」

 

あやかは大きく頷いて、彼女を思い切り抱き締め返した

濡れた彼女の頬の感触が、つきたてのお餅のように柔らかくて滑らかで、あやかは時間の許すまで、ずっとそうしていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ~………」

 

門柱の手前であやかは大きく深呼吸をした

書き置きを残したとは言え、丸一晩丸一日家に帰らず、笑顔で迎えられると思う程、あやかの知恵はまだ壊れていなかった

強烈なお仕置きを受ける事だろう

或いは庭先があやかの新しい自室になるかも知れない

だが後悔はこれっぽっちもしていない

分かっていて、自分の意思でそれをしたのだ

優希ちゃんの悲しみに比べれば、自分など楽園の住人に等しいのだ

あやかは意を決して庭に足を踏み入れる

玄関の鍵を開け、ゆっくりとドアを引く

 

「ただいま帰りましたのだ……」

 

幸いと言うか、予定通りと言うか、まだお姉達は帰ってはいなかった

だがそれは刑の執行が先送りされただけに過ぎない

寧ろ恐怖に身構える時間が伸びる訳だが、それも罪滅ぼしと言うものだろう

あやかは階段を上がり、自室に入ると、ベッドに横たわった

懐かしい香りがする

たった一晩の筈だが、もう何ヵ月ぶりかの様な不思議な感覚がした

藁のお布団も悪くないが、やはり自分の汗が染み込んだベッドは何にも増して心地が良い

大きく伸びをすると、溜まった疲労と安心感に因ってか、あやかは忽ちうとうとと意識を夢の世界に忍ばせ始めた

 

 

 

「!?」

 

何時間経った事だろう

あやかは意識を取り戻し飛び起きた

時計の針は何と9時を回っている

朝ではないだけまだましではあるが、これは完全に追加お仕置き物である

 

「………………」

 

あやかは無意識に階下の気配を探るが、不気味な程に静まり返っている

おかしい…

普段なら…

この様に居所寝してまどか姉の"お声"を聞き漏らさば、直ぐ様さやか姉が階段を駆け上り乱入してきて、あやかのがら空きのボディに必殺の踵落としを食らわせる筈なのに…

まさかあの二人に不測の事態が…?

考え難い事だが、二人揃ってこんな時間まで帰宅しない事など、今まで一度も無かった

嫌な胸騒ぎを覚えたあやかは自室を飛び出し階段を下りる

 

「まどか姉…? さやか姉…?」

 

明かりも点かぬリビングに向け、一応声を掛ける

当然返事は無い

玄関の照明を灯す

やはり二人の靴はそこに無かった

 

(一体何があったのだ…?)

 

訳も分からぬまま、取り敢えずリビングに入り、そこの照明も灯す

 

「!?」

 

テーブルの上、角砂糖の入った瓶と、その下に置かれた便箋が目に飛び込んだ

一瞬、自分の書き置きかとも思ったが、重石が醤油瓶から角砂糖瓶へと代わっているし、便箋などという高貴な物はあやかの日常には存在しない代物である

では一体なんなのか…?

あやかは好奇心を押さえられず、角砂糖瓶を除いて、その便箋を手に取った

紛れもない、端正な長姉まどかの筆である

 

「あやかへ… お元気ですか… わたくしは元気です… しばらくさやかと海外に旅行に行ってきます… 探さないで下さい… ご飯はテーブルの上に角砂糖を用意しておきました… 少しずつお食べなさい… 冷蔵庫を開けたら殺しますよ… まどかより……」

 

手紙を読み終えると、あやかは角砂糖の瓶を手にし、中から一欠片を摘まんで口に運んだ

 

「優希ちゃん… あやかは約束を決して違わないのだ… でもあやかが死んじゃった場合は無効になるのだ… それは許してなのだ……」

 

ポツリとそう呟くと、角砂糖の瓶を大事そうに胸元に抱えて、あやかは自室へと階段を上がって行く

頭上を照らす白熱灯の光が、角砂糖の表面に反射して、小さな瓶の中を七色の光で満たした

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