果てしなく広がる大地…
悠久に吹き抜ける風…
刻々と湧いては流れる雲…
渇れる事無く降り注ぐ雨…
何時の日も照り続ける太陽…
幾億年もの間、押し寄せては引き退る大海原の白波…
何時までも輝きを失わない星々…
決して色褪せる事の無い青い空…
そして生まれた多種多様な生命…
無尽蔵の可能性を秘めた知性の誕生と、それがもたらした高度な文明…
そんな文明に生きる私達人間は、時としてこの世界の理に想いを馳せる事があります
我々の住むこの世界は何処から来て、そして何処へ向かうのか…?
この世界には果てがあるのか…?
終わりが来るのか…?
この世界の壮大さに比べると、人の存在は余りにちっぽけで、そしてその寿命は儚い程に短い…
その為でしょうか…?
この世界を構成する万物は無限であり、永遠である…
人は往々にして、そんな印象を抱くものです
或いはそうであって欲しい、との"願い"かも…
極限の混沌から産みだされた奇跡…
哲学者の中には、この世界をそんな風に表現する人もいます
そう、この世界の構築物は、余りに無秩序して膨大…
それは確かに、"無限"の二文字を連想させる程です
試しに、地面を覆う砂粒を一掴みして見ましょう
一見、薄褐色の粒子の集まりにしか見えませんが、良く目を凝らすと…
"雲母"、"石英"、"長石"と、実は様々な鉱石の集まりだと分かります
更にはそれ自体にも様々な大きさ、形、色合いがあり、一つとして同じ物を見つける事はできません
空を見上げましょう
流れる白い雲に何かの形を投影した事は、誰にでもある経験の筈です
それ程に雲は自由奔放で、一つの形に留まりません
やはり砂粒同様、同じ形を見て取る事など叶いません
木々の葉もそうです
同じ様な形に見えても、実際に同じ物は二つとありません
浜辺に打ち付ける波はどうでしょうか?
…やはりそれはその都度形を変え、同じ波は二度と戻って来る事はありません
私達の住む、このとても美しい世界…
無駄が無く、洗練され、整合性の取れた、調和ある姿…
一見、そんな風にも見えるこの世界…
ですが実際には、この世界は膨大な無秩序の集合体なのです
同じパターンが形成される事など、極めて稀な世界なのです
しかしまた、無秩序とは収束の過程であり、同時に終わりの無い存在… "永遠"に置き換える事もできるかも知れません
そう… 世界は"無限"と"永遠"…
少し目を凝らせば、それは印象だけでは無く、実際の姿として私達の目の前に浮かびあがります
……では、果たしてそれは"真実"なのでしょうか?
フランス国立ランスロット大学で教鞭を取る物理学教授、アルマン・バレローはこう語ります
「……確かに、世界には混沌と無秩序が溢れています… しかし、それが必ずしも無限と永遠を意味するものではありません……」
自然界に於ける自己相似性を研究対象にする彼は、一見無秩序に見えるこの世界の様々な緒現象は、実は緻密に計算されたプログラムをなぞっているに過ぎないのだと主張します
「……例えばここにある銀杏の葉… 二つを並べて見れば、確かに細かな違いが見て取れます… しかしこれは、"銀杏の葉"という植物の物理的見地に於ては、何の意味も無い違い… 寧ろ全く同一の物… でしかありません…… どちらも銀杏の生育の為に必要な、光合成の為のパーツに過ぎないのです……」
彼は、人の目に映る万物の些末な相違は、あくまで観測する側…
つまり人間の感覚の問題でしかないのだと言うのです
「……皆さんもご存知でしょうが、この銀杏の葉を生成する元となる情報は遺伝子です… この葉も… この葉もそう… 生物は全て、遺伝子という設計図に基づいて生産されます… そしてその設計図は一つの生命体に一つのみ… それが幾つにも拡大転写され、様々な部位に成長して行くのです……」
つまり、葉の僅かな形の相違も、遺伝子情報に刻まれたデータに則った規格内の誤差であり、決して無秩序の典型では無いのだと彼は主張します
「…そしてこれは植物だけの話ではありません この砂粒のキララも形は皆違いますが、等しくケイ素化合物の一種であり、その物理的性質に差違はありません… あの雲もそう… 全ては水蒸気が大気中の塵と結び付くという物理現象による物… 物理学的見地からでは違いが認められません……」
彼の主張に基づけば、一見混沌で無秩序に見える我々のこの世界も、実は緻密な法則に支配され、構成されているという事になります
ある種のルールに則って構成される世界…
ルールに無い事は起こり得ない世界…
厳密な秩序に支配された世界…
そしてそれは… 先程の言葉に逆説すれば…
"無限"も"永遠"も成立しない世界、と表現する事も…
ルールに"それ"が明記されていない限り…
……との証左になるのかも… 知れません……
「は~い! 行くわよ~…」
さやかの掛け声と共に、彼女の持つ自撮り棒の先に付いたスマホにポーズを取る三姉妹
中央に立つあやかの肩にまどか姉が腕を回し、さやか姉はその頬を寄せる
「…………」
微かな効果音がして、雄大な太平洋をバックに納めた、この日八枚目の記念写真は無事に撮影を終えた
「……流石にここは風が冷たいですわね… あやか、これを羽織なさいな……」
まどか姉はそう言って、己の肩に巻いていた紫色のストールを、あやかの背中からそっと掛けた
「うひょっ!? まどか姉…? まどか姉が風邪引いちゃうのだ!」
「わたくしは平気ですわ 自分の身体を心配なさいな…」
そう言われては、もうあやかは何も言い返せない
気まずそうにストールの端を指で弄ぶあやかの頭を、まどか姉が優しく一撫でした
「……ねぇ! あそこに美味しそうなお店があるわよ!」
ちょっと湿っぽくなった空気を振り払うかの様に、さやか姉が彼方の海産物店を指差し、やや大袈裟な声を上げた
「ふふっ さやかったら… 宿でせっかくのご馳走が食べられなくなりますわよ」
「いいでょう ちょっとだけ …ねっ? あやか…」
さやか姉のウインクに、あやかも大きく頭を振って応えた
芳しい貝焼きの香りに食欲が擽られていたのは確かだが、それ以上に、自分を楽しませる為にあれこれ気を回すさやか姉の姿が胸に染みた
「よ~し! それじゃ一人一品選んで、みんなでシェアねっ!」
さやか姉はそう言って、一目散に駆けて行く
本来なら、言うまでもなくその役目はあやかの物だった
だが、今のあやかがそれを行えば、まどか姉によってたちどころに制止されてしまう
暴力を以て制されるのでは無く、その豊満な胸に抱かれるのだ
(これ以上、余計な心配は掛けたく無いのだ…)
だからあやかも努めて己の身体を労るのだ
…ほんの少し前には考えられなかった
否、ずっとこうだった気もする…
海に面した温泉郷
何処かで聞いた事がある有名処な気もするが、壊れた知能ではもう思い出せない
そんな観光地に、こうして三姉妹で旅行に訪れるなど、初めての経験である事は間違いない
そのぐらいは記憶にある
ここの温泉が自分の患う病気…
所謂、持病のおつむの病気では無く…
……命の方を蝕む病に効果がある…
それが多分、この旅の表向きの理由…
だけどあやかは薄々勘づいていた…
……これが想い出作りの旅である事を……