風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 7

……アミー・キルバンシュタインは、古代メソポタミアを専門とする考古学者です

今も内戦続く中東イラクで、遺跡の発掘に一年の大半を費やします

 

「この一見、フリスビーに似た金属の円盤… 皆さんは何だと思いますか?」

 

彼女は学術上の貴重な発見を次々と行い、古代メソポタミアに関する我々の認識を大いに変えました

今、彼女が手にして見せる、レコード程の大きさの金属版…

それもまた、歴史を塗り替える程の大発見でした

 

「太古のお金? 宗教用具? それとも記録媒体? ……フフッ ある意味、全て正解ですね」

 

彼女がイラク北東部のジャルモ遺跡で発掘したその円盤は、それまでの古代史の常識を覆す物でした

一見、赤銅の様な鈍い光沢を放つこの円盤は、実は純度100%という、現在の科学でも精製不可能な純ニッケルによってできているのです

 

「アヌンナキ… 古代メソポタミアに文明をもたらしたと言われる神々の集団です 古代メソポタミアの卓越した天文学や、精練技術の謎を語る時、屡々その正体が話題に上ります… この円盤は、もしかしたらその正体を具体的に明らかにする、最初の物証になるかも知れません……」

 

彼女の研究によれば、この円盤は古代メソポタミアで高額通貨の様な役割があったそうです

それだけ貴重な物だったのでしょう

そしてその貴重さは、金属自体の価値も然る事ながら、その円盤に刻まれた楔型文字にもあるというのです

 

「楔型文字と言えば、真っ先にシュメール文字が浮かびますが、これはそれとは全く異質な物で、今の所、殆ど解読ができていません…」

 

更に驚くべき事に、この円盤に刻まれた文字には、切削跡が一切存在しない事も分かっています

 

「……考えられない事ではありますが…… この文字は、レーザーの様な高温の物で、一瞬にして掘られた形跡があります… 勿論、古代メソポタミアにその様な技術はありません… この円盤は、古代メソポタミアに於いて、偶像としての崇拝対象だった事も分かっています… つまり彼らにとっても、この円盤には人智を超越した"神"なる存在を意識させる、何らかのエピソードが付随していたと考えるのが普通ではないでしょうか……」

 

果たして、ジャルモ遺跡で発掘された円盤は"神"からのメッセージなのか…?

SF作家のホワキン・クリスチャンセンはその問に対して、大胆な仮説を提唱します

 

「私は古代の人類が、地球外の知的生命体と接触していたと確信しています 世界各地の神話に伝わるその姿には、不思議と大まかな共通点があります 遥か天空から飛来し、火を操り、人に知恵と文明を授けた…」

 

彼の主張は今の所、フィクションの域を出ません

しかし、ジャルモ遺跡で発掘された円盤は、明らかに知的生命体が太古の地球に降り立ち、人類の歴史に干渉した確かな証拠だと、彼は確信しています

 

アダマントの卵…

 

彼は、そんなSFの世界から考え出された、ある種のタイムカプセルの姿を、この円盤に重ねるのです…

 

「大昔、空から一つの卵が落ちて来ます… 光輝くその卵を人々は恐れますが、軈て何の害も及ぼさない事が分かると、それを宝物だと奪い合います… 最終的には時の権力者が手に収め、そして思います… この卵の中には何があるのかと……」

 

空から落ちてきた輝く卵…

果たしてその中身とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塒を巻く様な長い螺旋階段を、あやかは黙々と下りていた

足下を照らすには余りに心許ない小さな裸電球が、壁に沿ってポツリポツリとその行き先を示している

かなりの距離を歩いた筈だが、その行き着く先はまだ見えない

まるで冥府に通じるかの様な闇の底から、時折吹き上げてくる湿り気を帯びた風が、あやかの頬を頻りに撫でる

それがまるで、冥府の異形の番人に長い舌で舐め回されてるかの様な、不快な錯覚を覚えさせて、あやかは身震いをしながら繋いださやか姉の右手を握る

 

「痛いよあやか!」

「ご、ごめんなのだ…」

 

そう、傍らに姉達の存在がなければ、あやかはとっくに尻込みして、その場に踞っていたに違いない

尤も、彼女をこの場所に導いたのは、他ならぬその姉達なのであるが…

 

「ほうら… 後ろからせっつかれますわよ…」

 

刺々しいまどか姉の言葉が、足を止めた妹達に向けられる

本来ならそこに含まれる怒気に、反射的に萎縮する筈のあやかだが、今はそうならなかった

それは無条件に保護されるべき病身の己を換算したのでは無く、その怒気が三姉妹の背後の… 腕組みをして此方を睨み付ける女性達に向けられているのが分かったからだ

 

そう…

 

螺旋階段を下るのは、風上三姉妹だけでは無かった

彼女らの前にも後にも、妙齢の女性達ばかりが、間を置かずに列を成す

 

冥府へと裁きを受けに向かう亡者の列の如き…

 

もしもあやか達のその姿を、客観的に捉える事のできる者がそこに在らば、恰もそんな肌寒い印象を覚えた事だろう

事実、彼女達の顔にはどれも笑顔など無く、煉獄の炎を前にしたかの様な、悲壮な決意と闘志を秘めていた

 

(いったいどうして…? あやかはいったい…? どうしてこんな事になったのだ…?)

 

薄い大脳新皮質で、必死に状況を整理しようとするが、乏しい演算能力では処理が追い付かない

まだ夢を見ているのかとも思ったが、腹の底にどっしり閊えるスクランブルエッグの質感は、決して錯覚などではあるまい

間違いなく、先程のバイキングで掻き込んだ物だ

そう、あの時までは楽しい温泉旅行の続きだった筈だ…

そう、あの時までは…

あやかは目を屡叩かせながら、ほんの半時程前の記憶を遡る……

 

 

 

 

 

……頭を刺激するペンペン、今日はそれで意識を覚醒させた

起き抜けに飛び起きて、咄嗟に謝罪の言葉を紡いだ

 

(!?)

 

見慣れぬ光景に、虚ろな意識が混濁した

さやか姉に発破をかけられて、漸く己が旅の空の下に居る事を思い出した

急かされて、あやかも浴衣に袖を通そうとするが、さやか姉に咎められた

ちゃんと動ける格好をしろと…

成る程流石はさやか姉、あやかは空きっ腹を擦りながら素直に感心した

バッチリメイクを決めたまどか姉と合流し、共に部屋を出る頃には、あやかも臨戦体制を整えた

朝ご飯のバイキング

確かに浴衣では後れを取る羽目になりかねない

エレベーターを下りて、朝食会場というコンベンションホールなる場所にやってきた

 

「うひぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

まどか姉の後に続いてそこに足を踏み入れたあやかは、久々の狂騒モードに突入した

織平中の体育館はあろうかと思える程の大広間に、白いクロスを纏ったテーブルが幾つも並び、そこに遠目からでも分かるあやかの大好物の数々、卵料理に加工肉にサラダに果物に、とにかく美味しいと思える想像上の全てがぎっしり並んでいたのだ

まるであやかに食べられるのを待っていたかの様に…!

昨晩の御膳料理も美味しかったが、やはり自分に馴染みのある食品の方が、よりその味覚を舌の上に再現し易く、よってあやかの脳粱をダイレクトに刺激したのだ

数百人は入れるかというそこには、実際に多くの先客があり、あやかの為である筈のご馳走の数々に先に手を付けている事が、嫉妬にも似た更なる狂騒を引き起こそうとしていた

もし冷たい笑顔のまどか姉に顎を掴まれ、"落ち着きなさいな"の言葉を脳髄に叩き込まれていなければ、あやかは樹液を見つけたカナブンの様に、テーブルに華麗なダイブを決めていた事だろう

 

「ふぅ…? お客さんがみんな女の子ばかりなのだ… ここは女子食堂なのた?」

 

命じられた通り落ち着きを取り戻し、トレイを手にしてお行儀良く二人の姉の後に続いたあやかは、珍しく周囲の状況を的確に把握し、そしてそんなよく分からない感想を呟いた

 

「女子食堂? ふふっ 何よそれ…」

 

ボイルしたウインナーを自身のトレイの上の皿に三本、隣のあやかの皿の上に二本乗せたさやか姉は、相変わらずおかしな妹の言葉尻を捉えて鼻で笑った

 

「み~んな、みんな… あやか達とおんなじ、仲良し三人組なのだ~」

 

ご馳走の並ぶテーブル近辺、それを取り囲幾つものむ卓脚セット

そこに見えるのは、確かにあやか達と似た様な年齢構成の女性三人組ばかりだった

三人が一組となって、他のグループとは見えない壁を隔て、決して交わらない…

知恵故障的感覚でも感じ取れる、そんなどこか奇妙で少し異様な空気が、より三人組の親密さを強調してあやかの目に映った

 

「そりゃそうよ、ここに居るのは私達と同じ三姉妹ばかりなんだから…」

 

皿の上にこんもりスクランブルエッグをよそったさやか姉は、そう答えながら今度はあやかの皿に同じ光景を再現させる

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