風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかとごろーまる3

『お祭り男、ドンちゃん! アマゾンの奥地で仕掛け花火対決に挑む! ……世界の果てまでユニバG!』

 

「バリ… ボリ………?」

 

夕食後、何時もの様にソファーに寝そべり、テレビを見ながら駄菓子を摘まんでいたさやかは、視線の隅、レースのカーテンの向こうに動く影を認める

 

「………………」

 

美人三姉妹だけが住まう風上家は、時として招かれざる客を呼び込む

あやかはゆっくりと身を起こすと、カーテンの向こう、庭先へと意識を向ける

別に恐怖は感じない

少林寺拳法を嗜むさやかの戦闘能力は、そこらの男のそれを遥かに凌駕する

まどか姉に至っては、そのさやかでさえ軽く往なされる程である

いつぞや覗き目的で侵入した不逞な輩は、さやかとまどか姉で両手足の骨を粉砕骨折させた上で、警察へと突き出した

明らかな過剰防衛であるが、この絶世の美人姉妹がそれを行うなど、誰一人信じる者は居なかった

夕食時のキモウトの言動に、些か鬱憤の溜まっていたさやかは、指の関節を鳴らしながらカーテンに近付く

確かに最近身体が重い… 気がする

少しダイエットするか…

さやかはカーテンの向こうの変質者を挑発するかの様に身体をくねさせると、頃合いを見て勢い良くカーテンを開けた

 

 

 

 

 

「ごろーまるさん、ごろーまるさん! 今日はやったのだ! ご馳走なのだ!」

 

シューマイの欠片を溢した振りをして膝頭に挟み、隙を見てそれをパンツのゴムの下に隠す

身体のあちこちを油まみれにしながら、なんとかあやかは友達のディナーを用意する事が出来たのだ

昨日がっかりさせた分、今日はお腹いっぱい食べて欲しい

例の石ころの側に屈み、ゆっくりとそれを除いていく

 

「さぁ! 召し上がれ、なのだ!」

 

あやかは掌の中の海老シューマイの成れの果てを、ごろーまるさんの眼前へと据えた

 

「ふふふっ… 美味しいのだ? あやかも美味しかったのだ!」

 

その時である

あやかの鼻先を、嗅ぎ馴染みのあるシトラスの香りが仄かに通り過ぎた

その瞬間、あやかの全身の血管が萎縮した

そのシトラスの香りに条件反射を起こしたのである

その香りはあやかの副交感神経にとって、恐怖と緊張を連想させる物だったのだ

 

「!?」

 

背後から視界に飛び込んできた、その白く長い腕を認めても、知恵故障のあやかは状況を瞬時に飲み込む事が出来なかった

 

『シュュュュュュッ!!』

 

その腕の先で何かが音を立てて白煙を吐き出す

不快な刺激臭が立ち込め、あやかとごろーまるさんを包み込む

 

「だっ!? ダメェェェェェェェッッッ!!」

 

漸く状況を飲み込んだあやかが、絶叫と共にその腕を払い退ける

 

「ごろーまるさぁぁぁぁぁんっ!!?」

 

あやかは悲鳴に近い叫びを上げて、ごろーまるさんの側に顔を寄せる

ごろーまるさんは苦悶を全身で表す様にのたうち回る

 

「し、しっかり!? あぁ、しっかりなのだぁぁぁっ!!」

 

あやかは四つん這いになって、フゥフゥとごろーまるさんに息を掛ける

彼女の中では人工呼吸をしているつもりなのだ

 

「……キモッ」

 

その様を冷めきった目で眺めながら、さやかはぼそりと呟いた

 

「あぁ…… ごろーまる… さん………」

 

あやかの懸命の人工呼吸にも拘わらず、ごろーまるさんはゆっくりとその動きを止め、そしてひっくり返ったまま動かなくなった

 

「近所から白い目で見られる事は止めて欲しいんだけど…?」

 

殺虫スプレーを手持ちぶさたに片手お手玉しながら、さやかは妹を嗜めた

 

「ど…… どうして…? どうしてこんな事を… するのだ……?」

 

あやかは四つん這いのまま、顔だけをゆっくりと次姉の方へ向けた

リビングから届く弱い光りに照らされたその表情は、怒りとも悲しみともつかない、決壊寸前の感情に紅潮していた

 

「……それはこっちの台詞なんだけど…? 一体何やってんの、アンタ? ……え? 何やってんのよ…!?」

 

さやかの言葉も徐々に怒りの感情で染められていく

 

「……いくらさやか姉でも… やって良い事と悪い事がある… のだ…!」

 

あやかはゆっくりと立ち上がる

 

「はぁ!? 何? 説教!? ダンゴ虫とお喋りしてるアンタに言われる筋合い無いわw」

「ダンゴ虫じゃないのだ! ごろーまるさんなのだ!!」

「キモッ! キモ過ぎるんだけどw!!」

 

さやかは若干動揺していた

あのあやかが、ここまで自分に楯突く事など今まで無かった

その動揺を掻き消す様に、怒りにボルテージを自ら上げて行く

 

「アンタも虫並みの知能なんだから、これで死んじゃいなさいよっ!」

 

『プシュュュュュュ!!』

 

あやかの顔面目掛けて殺虫スプレーを噴射する

 

「!? ケホッ!! ゲホッ!?」

 

あやかは顔面を押さえて身を捩る

 

「ハハッ バ~~カ! 何がごろーまるよっ! ゴミ! カス! ムシケラ!!」

 

さやかの中で積もりに積もった物が、一気に噴出した

完璧な美貌を備えて生まれた自分

その輝かしい筈の人生に於いて、汚点で足手まとい以外の何物でもない、知恵故障のキモい妹

やがて愛する者が現れた時、このクリーチャーを妹として紹介せねばならないのか…

そんな無念と口惜しさに枕を濡らしたのは、一晩二晩では無かった

いっそ死んでくれたらいいのに…

稀にこいつの帰りが遅い時は、どこかの路上で肉片になっているか、どこかの堤に浮いていてくれないかと、神に祈ったりもした

そして、呆けた笑顔でこいつが玄関先に現れる度に、この世には神も仏もないのかと落涙した

殺虫スプレーで死ぬ事はないとは、当然分かっている

でも死んで欲しいと心から願ってボタンを押したのだ

実の妹の死を願う、下衆極まる鬼畜姉!

私がこんな風になったのはあやか、アンタのせいなのよっ!!

 

「……ふんっ!」

 

殺虫スプレーの噴霧が終わると同時に、あやかは拳を振り上げた

生まれて初めて… 未だ嘗て、誰一人にも暴力など振るった事の無いあやかが、初めて人に… それも実の姉に危害を加える為に、拳を振り上げた

彼女の心の中でも、何かが音を立てて崩れ様としていた

実の姉に拳を振り上げる、下衆極まる鬼畜妹

あやかはこんな事したくないのだ… でも… さやか姉が… さやか姉が悪いのだ…!

 

「…………何よ? ぶつなら早くぶちなさいよ!」

 

さやかはズンと身を乗り出し、顔をあやかの眼前に差し出す

最早双方、感情に因ってのみ行動を制御されていた

そこに健常者と知恵故障の境は無かった

 

「ホラやれっ! 早くぶちなさいよっ! 意気地無し!」

 

さやかは更に顔を突き出し、あやかを全身で圧迫する

あやかの振り上げた腕が震える

さやか姉の報復を予見してではない

それはこの腕を振り下ろした後に訪れるであろう、未曾有の世界への恐怖によってであった

この腕を振り下ろしたらもう、元の場所には戻れない

あやかはそれでも、さやか姉が大好きなのだ

さやか姉をぶちたくなど無いのだ

幼い日、二人で遠くまで遊びに出掛け、揃って迷子になってしまったあの日…

さやか姉はずっとあやかの手を引き、歌を歌って励ましてくれた

もう疲れて歩けないと言うあやかを、小さな身体で背負ってくるた

あの歌声、あの温もり…

この腕を振り下ろした時、その全てを失う事だろう

あやかはそれを恐怖した

 

「苦しみながら死ねて良かったね、ごろーまる… ザマ~ミロ!!」

 

『ペシッ』

 

「………………イタ……」

 

あやかはさやか姉の側頭部を軽く叩いた

もうどうしても我慢が出来なかった

 

「い… 痛い…? で、でも…… ごろーまるさんは… ごろーまるさんは、もっと痛かったんだよ…? 苦しかったんだよ…? ごろーまるさんに… ごめんなさい… してね…!」

 

痛い程の打撃では無い

だがあやかの声は完全に裏返っていた

 

「…………あたし… 妹にぶたれちゃった…… 何やってんだろ… あたし…… ダンゴ虫に負けちゃった……」

 

さやかの見せた反応は、あやかの予想した物とは全く異なっていた

否、正確に言えば、予想可能な物の中で最悪だった

ポリポリと叩かれた側頭部を掻きながら、さやかは玄関の中に消えて行った

 

「さ… さやか姉……!」

 

思わずその後を追うあやか

玄関を上がるさやか姉の寂しげな後ろ姿が、あやかの胸の中を滅茶苦茶に掻きむしった

 

「まどか姉ぇ……!」

 

廊下の突き当たりで奥に消えたさやか姉

その彼女の、今まで一度も聞かせた事の無い号泣が、玄関先まで響いて来た

あやかの全身がガタガタと震え始め、口の中で歯を鳴らした

自分の仕出かした事の大きさを、徐々に徐々に理解し始めた

 

「あぁ… さやか姉……」

 

そこで漸く自分が泣いている事に気が着いた

いつから泣いていたのかは分からない

ただ、あやかの顔は涙でぐじょぐじょだった

大きな足音が、さやか姉の消えた先から聞こえて、今度はそこにまどか姉の姿が現れた

遠すぎてその表情ははっきりとは分からない… 筈だった

だが何故か、これまた今まで見た事も無いような、般若の如き怒りの表情である事が読み取れた

そういうオーラを漂わせていた

超能力者で無くとも感じ取れる程の強烈なオーラ…

はっきりと特定は出来ないが、その手に何かが握られていた

多分それは包丁だと、あやかは根拠も無く思った

そのまどか姉が大股で此方に向かって来る

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

恐怖と後悔と絶望の織り混ざった、湿っぽい絶叫を上げて、あやかは庭から飛び出した

暗いアスファルトの地面を蹴り付けて、ネオンと車のヘッドライトが彩る夜の街へ、宛も無く駆け出して行った

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