風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 8

「?? ……みんな… さんしまい?」

 

何を当たり前の事を言っているのよ

さやか姉の言葉にはそんなニュアンスが込められていたが、あやかには納得できなかった

そんな事、ある筈が無い

如何に己が知恵故障であると言っても、流石にそれはあり得ないと主張できる

何故なら、三姉妹はそんなにも世にありふれた存在では無い筈だから…

少なくとも仲良し学級のクラスメイト達には該当者は居ない

ご近所にも知らない

自身の人生を紐解いても、自分達以外の三姉妹に出会った記憶は無い

自分の知る世界は狭いのかも知れないが、それでも三姉妹が兄弟姉妹の少数派である事は、自信を持って断言できる

なにせそれこそが… 特別な三姉妹の、愛され末っ子プリンセス… 風上あやかである事が、数少ない自身のプライドの一つでもあるのだから…

だから、さやか姉の説明には納得がいかないのだ

そんなに都合良く、希少種である筈の三姉妹が居合わせる事などあるだろうか?

ある筈は無い

とある温泉宿の朝食会場が、偶々三姉妹で占められる…

そんな怪異の何が当たり前な事態なのだろうか?

当たり前の筈は無いのだ

 

「………………」

 

だが、そうは言っても、周りの女性達が皆、仲良し三人組を形成している事は事実であり、確かに三姉妹と言われればそれらしい姿にも見える

あやかは何だか自分の価値が急速に失われた様な気がして、無意識に口を尖らせた

彼女にとっては、珍しい筈の三姉妹が一同に会するこの奇跡よりも、自分と姉達が特別な存在で居られなくなる、異常なこの空間の成立の方が遥かに深刻な問題であり、思考の大きな部分を暗い色で掻き乱されていた

尤も、健常者からしてみれば、そんな奇跡など起こる筈が無い事は明白なのだが、そこに疑問を抱け無いのが知恵故障なのである

 

「あやか、シーフードとビーフとどちらが良い?」

 

更にはそんな独り善がりな自尊心と傷心も、さやか姉が指し示したカレー鍋を目に留めた途端に綺麗に消え去る

二つの思考を同時にこなせない知恵故障

ましてや大好きな食べる事の、更に好物であるカレーの存在を認知すれば、人としての薄っぺらな尊厳などゴミ同然となるのは、本能に忠実な彼女的にはやむを得ない事なのだった

 

「あやか、シーフードさんが良いのだぁ!」

 

 

 

満面の笑みを湛えてお姉達の後に従い、一番最後にテーブルの一方に着いたあやか

明らかに取り過ぎなトレイの上も、旅のお約束と言った所だろう

いただきますの号令と共に、山盛りのスクランブルエッグに食らい付く

そしてそれは、これまたあやかのお約束、おいちーの雌叫びを轟かそうと、面を擡げた時だった

 

「!?」

 

視界の隅にその姿を捉えて、あやかは思わずスクランブルエッグの一片を気道に誤飲する

 

(あ、あの娘なのだ!)

 

自律神経が生命維持の為にフル活動し、唾液混じりの玉子片をテーブル一面に噴出する

激しく噎せ返りながら、あやかはその後ろ姿が、あの赤いゴムバントのあの娘である事を確信する

 

「ちょっ!? ……あやかっ!?」

「イヤァ!? キタナイ!」

 

折角の朝食を台無しにされた姉達が抗議の声を上げる

何とか呼吸を落ち着かせながら、あやかがそれに答え様とした瞬間、会場の明かりが掻き消えた

 

「「!?」」

「………………」

 

喧騒も同時に立ち消え、静寂を意識した刹那…

 

『ドロロロロロ……』

 

今度は何処からともなく、ドラムロールが響いてきた

 

「な、なんなのだ…?」

 

真ん丸に見開いた瞳を屡叩かせるあやか

それに呼応するかの様にドラムロールが止んで、代わりにハウリングを纏った女性の声が会場に響いた

 

「……一つ、両親行方不明… 二つ、主役は常に次女… 三つ、三女はつるぺたで… 四つ、長女はロングヘアー……」

 

三筋のスポットライトが会場の奥の一点に交差し、そこに人影が浮かび上がった

微かなざわめきと共に、その場の全ての視線がそこに注がれる

 

「五つ、隣に越してく草食男子… 六つ、爛れた同性愛… 七つ、何かと問われれば、答えは一つ、三姉妹……!」

 

長い髪を一つに束ね、マイクを手にしたその女性

赤縁の眼鏡がライトを反射してキラキラと輝く

皆の呼吸を読み取るかの様に少しだけ間を置くと、彼女はゆっくりとスポットライトの中から歩み出た

 

「……皆々様、遠路遥々、ようこそ御出下さいました…… 悲しき定めではありますが、これも三姉妹に生まれた宿命……」

 

何が起きているのか理解できないあやかは、咄嗟にお姉達を振り返る

少し緊張を孕んださやか姉の顔と、対照的に落ち着き払ったまどか姉の表情…

ただ、どちらの顔にも困惑の色は無かった

そこにあったのは寧ろ、立ち昇る様な"闘気"…

 

「……そしてその宿命の輪、今、ここに閉じるのも三姉妹の定め! ……三十年ぶり、七十回目の記念大会… 最優秀三姉妹決定戦、三姉妹グランプリ、ここに開幕を宣言致しますっ!!」

 

「さんしまい…… ぐらんぷり……?」

 

 

 

 

 

「頑張るのよ、あやか!」

「う、うん!」

 

あやかの左手とさやか姉の右手が、一際固く握りあう

地の底まで続くと思われた長い螺旋階段の終わりが、漸くその前方に見えてきた

幾つもの篝火が燃え盛るその広場には、一足先に到着した"三姉妹"達の影と、その更に先で威容を晒す、巨大な白銀の門があった

それはまさに地獄門

あの瀟洒な温泉旅館の地下、コンベンションホールの緞帳の先に、まさかこんな光景が広がっていようとは、知恵故障でなくても予見などできまい

現実を目の当たりにしている筈のあやかに至っては、未だに夢を見ている錯覚に捕らわれて、何度も己の太腿を摘まんで捻った

 

最優秀三姉妹決定戦、三姉妹グランプリ…

 

凡そこの世の珍しい物、可愛い物、綺麗な物、初めて見聞きする物、それらに対し、好奇心の一言では片付けられない、病的ワクワクを刺激される知恵故障あやかをしても、その言葉が持つ、得体の知れない一種独特の禍々しさに、小生意気にも恐怖に通ずる警戒心を抱いていた

野生生物に通じる、敏感な本能の所以かも知れない

お姉達の只ならぬ様子も作用しただろうし、この異空間はそれに更なる拍車を掛ける事になった

いったい今から何が始まるのだ…?

もう何度目か分からない自問を、また心の中で繰り返した

同じ質問をお姉達に浴びせたかったが、その答えを聞くのがとても恐ろしい気がした

 

階段の最後の一歩を、さやか姉とタイミングを合わせて飛び降りた

ゴクリと唾を飲んだタイミングも、きっと同じであろう

篝火に浮かび上がる巨門と、恐らくは"ライバル"となろう他の三姉妹達の影…

こみ上げる何かを、これまたタイミングを合わせて、息と呑み込んだ二人の脇を、まどか姉が髪を揺らして追い抜いて行く

あやかとさやか姉は握っていた手を解いて、その後を追って行く

炎が薪を割る煙臭と、若き女性達の放つ独特のフェロモン、それが淀んだ地下の空気の間に流れて、あやかは軽い目眩を覚えた

酸素の量が不足気味なのもあったのかも知れない

 

「!?」

 

視界の先、巨門の一番手前に、あの娘の姿を認めた

 

(あの娘も来ていたのだ…)

 

信じられない怒涛の展開に、再接触の機会を失ってしまったが、どうやら彼女も三姉妹…

このイカれたグランプリの参加者のようだった

このまま駆け出して声を掛けても良かったが、この場で紡ぐべき言葉が見つからなかったし、赤いおりぼんも部屋に残したままだった

ただこの異空間に、お姉達以外の顔見知りが存在した事は、あやかの怯える心をほんの少し温ためた

…と同時に、大浴場で見せた彼女の無愛想な態度が思い起こされた

馴れ合うつもりは無い、多分そんな事を言っていた気がする彼女は、あの時既に、あやかをライバルの一人と認知していたのだろう

自分だけが知らない何かが、知らない所で、刻々と進行していた事に、あやかは徐々に苛立ちも覚え始めた

 

そう、漸く分かったのだ

 

この温泉旅行の目的が、自身の湯治などでは無かった事を…

お姉達は初めから、この"三姉妹グランプリ"なるものに参加するつもりだったのだ

あやかを参加させるつもりだったのだ

それは別に構わない

あやかは風上三姉妹の末妹である

この命が消え行くのを知って、"三姉妹"であるうちにその足跡を残したかったと言うのであれば、あやかは寧ろ泣いて喜んで、残された時間をお姉達に捧げるだろう

だが、どうも腑に落ちない

何故にお姉達は、あやかにこの瞬間までその事実を伏せていたのか…?

言ったつもりでいた… との可能性も無くはないが、それにしても三姉妹グランプリの"さ"の字も"グ"の字も、旅の道中で出て来なかった事は、知恵故障的にも不可解である

努めて触れなかった、と言うか、自分に覚られない様に伏せていた、と考える方が自然な気がする

 

だが何故…?

 

もっとこう… "決定戦"なる大層な大会ならば、緻密な作戦会議と言うか… せめて決起大会ぐらいあっても…

 

「………………」

 

そこまで心に呟いて、あやかは昨晩のまどか姉の不穏な誓詞を思い出した

 

(あやか… ここで死んじゃうのだ…? お姉達も… 死んじゃうのだ…? いったい… いったい何が始まるのだ…? お母さん… あやか、怖いのだ……!?)

 

その時、眼前に聳えていた白銀の巨門が、鈍い軋みを響かせて、ゆっくりと開いていった

吹き抜けるひんやりとした風に、篝火の炎が揺らめく

辺りのライバル達が一斉に歩み出し、その門に吸い込まれて行く

前に立つまどか姉がくるりと振り向き、此方に大きく頷いた

 

(……コクリ…)

(…コクリ……)

 

傍らのさやか姉が、それに同じく頷きで応え、少し遅れてあやかも続いた

そして向き直ったまどか姉は歩を進め、二人の妹はその後に従った

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