遥か昔、天空より飛来した輝く物体…
アダマントの卵…
SF作家のホワキン・クリスチャンセンは、古代の地球を訪れた"神々"の足跡、メッセージを、そんなある創話に例えて解説します
彼は続けます…
「……これは竜の落とし子か、はたまた天使の揺りかごか… 権力者は初め、卵を丁重に扱い、それが孵るのを待ちました… しかし何年経っても、卵が孵る事はありませんでした… 軈て彼は思います… これはきっと只の卵ではなく、天界の財宝を収めた、宝箱の類いに違いないと……」
初めは輝く卵を恐れていた古代の人々…
軈てその恐怖は風化し、無限の好奇心がその卵の中身へと向けられました
「……力自慢の兵士が呼び出され、卵を割る様に命じられました… しかし、斧を振り下ろしても、地面に叩き突けても、卵は割れるどころか、傷一つ付きません… 国中から腕利きの鍛冶屋を集め、卵に挑ませましたが、結果は同じでした……」
結局この権力者は、存命中にその卵の中身を手にする事はできませんでした…
軈て時代は移ろい、技術は進歩し、卵の所有者は変わり、そしてその都度、卵を割ろうとする試みは繰り返されましたが、やはり傷一つ付ける事ができませんでした…
しかしその事実が、より人々の好奇心を卵の中身へと掻き立てる事となり、更なる努力を誘う事になるのです……
「……長い長い時間が経ちました… 人々は更に技術を磨き、経験を蓄積しました… そして遂に、この卵の殻に皹を入れられる瞬間を迎えました… それは人類が地球を飛び出し、宇宙の真理の片鱗に手を伸ばした時代… そう、つまり現代の事でした……」
…果たして卵の中には、何があったのでしょうか…?
「……結論を言えば、卵の中身は空でした… 強いて言えば、数千年前に閉ざされた何処かの空気、それだけでした… 待ち焦がれた宝物も、寝坊助な天使も、そこには影も形もありませんでした… しかし人々は失望しませんでした… 何故なら、その卵に込められた何者かのメッセージを、しっかりと受け取る娘とができたからです……」
……この卵を割れる程に文明が進歩した時、きっとこの卵の持つ意味も理解できるに違いない…
それはどんな宝物よりも価値がある筈だ…
それが"神々"のメッセージの真髄だと、ホワキンは言うのです…
ジャルモ遺跡で発掘された円盤…
肝心なのは、そこに記された楔型文字の意味では無い…
そう主張するのです……
高い天井から降り注ぐ照明が、空気中の微粒子を捉えて白濁し、鈍く淡い光の滝となって、四つの正方形を浮かび上がらせた
あやかの薄い知識に照らし合わせれば、それは多分"リング"と呼ばれる物である
(…………あぁ……)
あやかは思わず溜息をつく
決定戦なる物騒なネーミングに、知恵故障なりの警戒感は抱いていたが、その不安は最悪の形で実現されそうである
多分、というか間違い無く、絶対にあそこで戦う訳である
喧嘩など門外漢のあやかである
如何に暴力耐性があると言っても、それが戦いに向いていると言う訳ではないのだ
『ドロロロロロロ……』
再びドラムロールが鳴り、リング群の向こうに目映いカクテルライトが点灯する
そこは一段高く迫り出した舞台になっており、その上に見覚えのある女性の姿があった
「三姉妹グランプリ、二千年の歴史… 数多の戦乙女達の血を吸ってきた、この三姉妹練気闘座へようこそ! 早速、組み合わせ抽選の儀を執り行いと思います!」
赤縁眼鏡の位置を一度整えた後、女性は大袈裟に背後に手を伸ばす
それに呼応する様に、そこに高く垂れ下がっていた真紅の緞帳が、ハタリと落ちる
そして巨大な液晶ディスプレイが姿を現わす
「……それではカテゴリー抽選と、初戦の対戦カード… スリーシスターズスロット… レバーオン!」
女性が大きなレバーを引っ張っる様なモーションを見せると、液晶ディスプレイが四つに分割され、それぞれに漢字の羅列が高速点滅を始めた
「……ジャックイン!」
その掛け声で、今度はそれがピタリと停止する
会場の方々でどよめきが巻き起こる
「……カテゴリーCの第三試合ね!」
気合いの入ったさやか姉の声だった
「第一試合さえ避けられれば良いですわ…」
落ち着き払ったまどか姉の声だった
「う………」
あやかも取り敢えず呻き声だけを上げておいた
先程女性の発した、何とか乙女の血を吸って云々の台詞が、重く頭にのし掛かった
やはり痛い痛いになるのか…
それは避けたかったが、多分お姉達はあやかが避けると思って、内密に事を進めていたに違い無い
つまりはもう避けられ無い
あやかの中で、不信と不可思議の点と線が繋がった
「第一試合にエントリーされた三姉妹は、それぞれのリングに… その他の三姉妹の方々は、舞台袖に控え室もご用意しております どうぞご自由にお使い下さい」
辺りの人影が一斉に動き出す
気合いを入れる様に互いの頬を叩く三姉妹… 肩を組んで円陣を作る三姉妹…
それぞれの三姉妹が、それぞれの三姉妹色を出して、それぞれの三姉妹スピリットを高めていた
「……さぁ わたくし達は控え室で集中しましょう…」
まどか姉の言葉にさやか姉は頷き、その後ろ姿に肩を並べる
「……あ、あやか… オシッコ……」
あやかの方は緊張の連続に、膀胱がパンパンパンの状態だった
これが第一試合なら、間違い無く公然失禁する所であった
お姉達に断りを入れると、先に行っていると言う彼女達に手を振って、トイレの標識のある通路へと駆け出した
「……申し遅れました… 今大会の司会進行は、前回に引き続き、このアンナが務めさせて頂きます… ……それでは第一試合…!」
『ゴボゴボゴボ…』
深い安堵の溜息と共にパンツを上げるあやか
便座を見た瞬間、知恵故障特有の条件反射が発動して、思わず尿道括約筋が崩壊しかけたが、寸での所で人としての尊厳を取り戻し、クロッチを僅かに湿らす程度の損害で抑え込む事に成功した
知恵故障でもやはり、年相応の成長というものは有り得るのだろう
小生意気にもスカートの均衡を調えてからドアを開き、個室を出る
直ぐ様すれ違いに、次の尿タンカーがドアの向こうに滑り込む
幾つも並ぶ個室の前には、サービスエリアのそれの様な、長蛇の列が形成されていた
この大会の為に拵えたのが明らかな、真新しくて清潔な御手洗い…
果たして、どれ程の予算がこの大会の為に投じられたのか…?
そしてそれを可能にする大会主催者の正体とは、いったい…?
恐らくあやか以外のその使用者は、ビューティー・トワレの自動開閉する便座カバーの向こうに、この大会に掛ける何者かの情念を垣間見て思わず身震いし、やはりクロッチを湿らせたに違い無い…
「あやかっ♪ あやかっ♪ フ~フ~フ~フ~♪」
薄い大脳新皮質の所以で、そういった考察が一切不可能なあやかは、排尿の開放感から頗るご機嫌となり、鼻歌を奏でながら手洗いカウンターで、アライグマの様に一心不乱に手を濯いだ
「……よしっ」
満足し面を上げ、鏡に映る己の顔を見遣って、そこに笑顔を向けた
鏡の中の自分もそれに笑顔で応えてくれた
広くて綺麗なおトイレの、これまた大きな鏡に映る自分の姿…
それはまさにプリンセス…
こうして然るべき所(地下闘技場の便所)で、然るべき姿(掌を開閉して余分な水滴を飛ばす)を示せば、自分だってお姉達に負けない、ナチュラルボーンプリティセクシャルシンボリストなのだ
あやかはそう自認した
そんな可愛い鏡の中の自分と手を振り合って別れを告げ、この際、お姉達にも自分がプリンセスである事をはっきり認定して貰おうと、彼女達が待つ控え室に向け身体の重心を移した
…その時だった
「!?」
動き出したあやかの足が即止まり、思わず前のめりになる
身体を捻ったその先、隣の蛇口で手を洗う、あの少女の姿を認めたからだ
「あ…! あ…!」
名前を呼ぼうとして、それをまだ知らされてない事を思い出した
挙動不審な隣のあやかを、見覚えのある顔だと思い出したのか、少女は少しだけ顔を傾けて、鏡越しの視線を向けてきた
「あ… あやかはあやか… 風上あやかなのだ! 好きな戦国大名はヨシテル様なのだ!」
咄嗟に三度目の自己紹介が飛び出した
「………………」
だか三度、あやかのフレンド申請は無下にされる
少女は取り出したハンカチで手を拭うと、そのまま背中を向けて去って行く
「……おりぼん! お風呂で見つけたのだ! あやか、預かってるのだ! 後でお届けするのだ!」
その後ろ姿にあやかは叫んだ
おりぼんを人質に、フレンド申請を受理させようと言うのではない
あやかは良い意味でも悪い意味でも単純である
たとえフレンドになれなくても、落とし物は返してあげたい、ただそれだけのピュアな動機である
だから振り向いた彼女に、頗る無邪気な笑顔も向けられた
「………………」
そしてその笑顔が、彼女の心の壁に小さな楔を穿った
敵意に近い警戒心が満ちていたその瞳が、ほんの少し色合いを変えた
「………捨てていいわ……」
「そんな事できないのだ! あんな可愛いおりぼんさん!」
「………じゃあ、あげる……」
「あやかには似合わないのだ! おりぼんさんも、きっと戻りたがってるのだ!」
確固たる目的を果たさんと、或いは果たした三姉妹の破片達が行き来する手洗いカウンター
その前で、歳の近い二人の少女が押し問答を繰り返す
あやかはともかく、おりぼんの落とし主の方は、その状況に嫌気が差した様だ
「………あっちに行こ……」
ポツリとそう呟いて踵を返した
あやかの無垢な笑顔に紅が差し、その目が真ん丸に見開く
彼女が初めてあやかにに示した、肯定的な態度
あやかの中でその言葉は、遊びに誘われたものと同じニュアンスで捉えられていた
フレンド申請返し… ほぼそれと見なしても良い気がした
「あやかはあやか! 風上あやか! 好きなパンはガルパンなのだ!」
会場の隅に戻ったあやかは、ダメ押しとばかりに渾身の自己紹介を繰り出す
既に幕を切って落とされた三姉妹グランプリ
四つのリング上の闘気と、それを囲むギャラリー達の熱気が、喧騒のうねりとなってあやかと目の前の少女を飲み込む
その波動に掻き消されない様に、あやかのフレンド申請は今までで一番の声量となった
「………もも……」
対照的に消え入りそうな少女の呟きを、あやかは何とか拾って耳に収める
だが、それは唐突な"好きな果物紹介"で、困惑したあやかは思わず小首を傾げる
もしかして"しりとり"を挑まれているのかとさえ思った
「……大空…… もも……」
何処か遠い彼方を眺めながら放たれた二の句で、あやかはそれが彼女の名前だという事に気付いた
アニメ的な表現を用いればその瞬間、あやかのショートヘアーはぶわっと舞い上がった
遂に四度目の挑戦にして、あやかのフレンド申請は、正真正銘の承認返しに結びついたのである
あやかの人生に於いて、新しい友達ができるというイベントは、食べる事と一人エッチに匹敵する、最大級の快楽と喜びに結び付くのである
「ももちゃん! 宜しくなのだ! あやかなのだ! 仲良くして欲しいのだっ!!」
極限まで"おあずけ"を食ったその喜びは、発作的狂騒モードにあやかを陥れ、それは目の前の新しいお友達に蛙の様に飛び付き、熱い抱擁を繰り出すという、多動障害を発症させた
これが身体の大きな男の知恵故障なら、完璧に所謂パワー系知障の事案である
ただあやかは女であり、子供であり、同年代の中でも小柄な方であり、そして何より良い見て呉をしていたので、第三者的にそれは、子猫のじゃれあいにも似た、少女達の微笑ましいスキンシップに映った筈だ
そして何よりその新しいお友達も、そんなあやかの過激なスキンシップに、否定的なリアクションを示さなかった
なされるがまま… 困惑していた、と言った方が正解かも知れない
「……ちょっ… ちょっと……」
あやかの顔じゅうから分泌される、何だか良く分からない体液に、お気に入りのピンクのパーカーを蹂躙されたももが、それに気付いて漸くその頭を手で引き離す
「はぁ… はぁ… ももちゃん!」
一方、そのあやかの顔は冷めやらぬ興奮に赤々と上気し、まるで性交渉後のそれの様だった
「……そろそろ、出番だから……」
その言葉に、然しものあやかも正気に戻される
そうであった
今、傍らのリング上で繰り広げられている熱い戦いは、何処か遠い外国の情景などではなく、あやかがこれから挑まねばならない現実の先走りである
そしてその瞬間は、彼女同様に近付いており、自分の合流を待っているであろう姉達の姿にも思いが巡った
「……よ、夜にお風呂で! つ… 続きをするのだ…!」
あやか的には、戦いすんだ夜の大浴場で、互いの健闘を称えながら、まだ知らない相手のあれやこれやを語り合って友情を深め、そしておりぼんの返還式を通し、永遠の親交を誓う… という意味の言葉であった、それは…
「……えっ……?」
だが、それを違う意味で受け取ったももは、ゴミを見る様な目であやかを一瞥すると、そのまま彼方に走り去った
「バイバ~イ! ももちゃん、ファイトなのだ!」
そんな視線など感じるセンサーを持ち合わせないポンコツあやかは、これまた無邪気に、その後ろ姿に大きく手を振るのだった