大分さ迷ってから、"控え室"と記された通路を見つけたあやか
新しいお友達ができた喜びは、単純なあやかの脳をご機嫌にバイアスし、その先に待ち構える"決定戦"の恐怖と緊張を、一時的に振り払っていた
お姉達にもこの喜びを伝えたい
そんな事を思い描かくあやかは、コマの様にクルクル回りながら、その通路の入り口に差し掛かる
「!!」
視線が丁度とその奥を捉えた瞬間、そこからまどか姉とさやか姉が並んで現れた
やはり三姉妹である
妹が望んだ時、姉達は姿を現すのである
三人を結び付ける不思議な力…
それを再確認しながら、あやかは二人の前に踊り出る
「まどか姉! さやか姉! あやか、新しいお友達が「遅せぇぇぇっ!!」
乾いた衝撃音の後に視界が歪んだ
何だか懐かしいこの感触…
多分、二週間ぶりぐらいだが、もう何年も体感していなかった気がする
「行くぞあやかっ! 気合い入れろっ!!」
気合いの入り過ぎでキャラが変わった気がするさやか姉の、その強烈な張り手である
「ごめ… ごめんなのだ…!?」
反射的に謝罪を口にするあやか
そのTシャツの襟首を、さやか姉はグイと捻り上げ、そして引き摺り始める
「ぐ、ぐるちい!? ざやか姉…! ちんじゃう! ちんじゃう!!」
Tシャツスリーパーが完全に決まったあやかは、襟首を掴むさやか姉の手を必死にタップするが、ギブアップは認められない
「死ぬ気でやれぇっ!!」
「びょうひ…! ひょうひ…! あやは… び、病気ぃぃぃ!」
病人相手である事を完璧に忘却しているさやか姉に、文字通り必死のアピールを繰り返すが、結局あやかはカテゴリーCの戦場である北西のリング袖まで、そのまま引き摺られた
意識が遠退き始めた所で漸く解放され、嘔吐きながらフラフラと立ち上がる
「まどか姉ぇ……」
涙ぐみながら頼れる長姉に介抱と、それとなくオイタな次姉に対する"めっ"を要求するが、それも軽く無視される
代わりにまどか姉は、さやか姉とあやかの肩に手を回し、強い力で引き寄せた
三人の顔が間近で揃った
「行きますわよ、風上三姉妹! 天国の母さんに、無様な姿は見せられないくてよ!」
優しさと、熱さと、逞しさと、美しさを兼ね揃えたまどか姉の顔が、二人の妹に交互に向けられた
「やるぞっ! やるわっ! ぶちのめしてやるっ!!」
血気に逸るやさか姉が、物騒な咆哮を口角泡を飛ばして響かせる
「うおっ!? うぉぉぉぉ! やるのだ! あやかも頑張るのだ!」
周囲の状況に流され易く、尚且つ二つの事を同時に考えられない知恵故障
大好きなまどか姉に、更に大好きな母と、大切なプライドである風上三姉妹の存在を意識させられては、直前の臨死体験の事など即霧散する
相変わらず何が何だか良く分からないが、とにかくお姉達が頑張ると言うのなら、あやかも頑張らねばなるまい
お母さんの為に頑張ると言うのなら、あやかも頑張らねばならない
生来、争い事は苦手ではあるが、あやかには知恵故障なりの打算もあった
何せ、パートナーであるお姉達の戦闘力はマジぱないのである
体感する者だから分かる
比較すべき対象と言えば、せいぜいサイケデリックな感性が時にぶつかり発展する、クラスメイト月火ちゃんとの取っ組み合いぐらいなものだが、それを置いても、お姉達の強さが規格外である事は本能に根差した部分で感じ取れる
初めは三姉妹グランプリなるものの内容を想像できず、またまどか姉の不穏な誓詞もあって、最大限最悪の悲劇も予見したが、この様な格闘戦ならばかえって安心である
お姉達にはうってつけなのだ
だからあやかは、少なくとも風上三姉妹… のお姉達の敗北は想定していない
上手くいけば、と言うか、基本的に自分の出番は無い筈だ、との希望的観測があったのだ
頑張るお姉達を、リングサイドで一生懸命応援するのが自分の役割である筈だ
そう思った
そう願ったのだ
「……カテゴリーC、第三試合! 対戦者はリングに上がってや!」
リングの上から呼び出しが掛かる
飛び散った血糊でも拭き取っていたのだろうか、長いリング整備のインターバルが漸く終わった様だ
最後に大きく頷いたまどか姉と、その後に続いたさやか姉が、リングに颯爽とよじ登る
更にその後を追ったあやかだが、彼女だけは高いリングに悪戦苦闘し、まるでゴキブリの様に手足をバタつかせながら、醜態を晒してなんとか這い上がる
「……赤コーナー、トータルバストサイズ、240センチ… 響三姉妹っ!!」
レフェリーとおぼしき、長いツインロールを揺らす女性
そのコールに合わせて、対面赤コーナーの対戦相手が一歩前へと進み出る
何れも美人なその三姉妹は、身を包む和装とも相俟って、百戦錬磨の落ち着き払った印象を受けた
「……続きまして青コーナー… トータルバストサイズ、249センチ… ……風上三姉妹っ!!」
今度は風上三姉妹が一歩前に踏み出す
「……カテゴリーCのジャッジは、このミドリが務めさせて貰うで… ルールはOK? 各ラウンド、両サイド共代表者一名を選出 先に三ラウンド取得で勝利や! …それじゃ第一ラウンドの対戦内容… 先ずは青コーナー、響三姉妹から選んでや!」
レフェリーが差し出した掌には、小さな赤い押しボタンがあった
青コーナーから歩み出た一人… 長女格と思しき威圧感のあるが長身美女が手を伸ばし、躊躇いも無くそれをパチンと叩いた
あやかを除くリング上の六対の瞳が、舞台上の液晶ディスプレイに注がれる
それに気付いて釣られて、あやかも首を彼方に反らす
四分割されたディスプレイの左下、カテゴリーCと表示されたそこが、再びパラパラと画像を高速転換させ、そして程無く…
『アームレスリング対決』
…の文字を大写しして止まった
「第一ラウンドはアームレスリング対決や! 両コーナー、対戦者を選んでや!」
その言葉にいち早く反応したのはさやか姉だった
「アタシにやらせてっ!」
溢れ出る闘争心を押さ込む事のできない様な、激しく熱り立つその姿
まどか姉もその闘志を認めて無言で頷き、先陣の栄誉を与えた
アームレスリングが腕相撲である事を知っているあやかも、両手に作った握りこぶしを振って、勇ましいその後ろ姿を見送った
さやか姉なら問題無い 圧勝であろう
「………………」
ただ少し気になるのは、この試合形式である
あやか以外は何の抵抗も違和感も無く、すんなりと受け入れている様だが、こんなゲームみたいな対戦方法で良いのだろうか…?
否、ゲーム風なのは… テレビのバラエティー番組風なのは、あやか的には嫌いではない
寧ろ血ヘドを撒き散らす殴り合いよりは、こんな感じの方がずっと良い
良いのだが、これはもしかして、選ばれる対戦内容によっては、頼れるお姉達に不利が生じるのではないか…?
知恵故障の分際で、小生意気にもそんな鋭敏過ぎる一抹の不安が、その薄い胸を過った
お姉達が不利になれば、己がリングに立たねばならない可能性が増える… そんな小賢しい損得感が、醜くくも働いたのかも知れない
「LEADY…!」
レフェリーのコールに我に返れば、リングの中央で腹這いになり、右手を組み合うさやか姉と対戦相手の姿
恐らくは相手も次女格、やさか姉程の美しさは無かったが、その気の強そうな面構えは通じる物があった
当然、力自慢でもあるのだろう
「……GO!!」
甲高い鐘が鳴って、リングに横たわる二人の身体が一瞬に強ばる
「行けぇ! 頑張るのだっ!!」
瞬殺の光景を期待したあやかだが、意外にも押し込まれたのはさやか姉の方だった
この角度からはその表情を伺い知る事はできないが、小刻みに震える肩と、青い血脈が浮かんだ二の腕は、その苦戦が決して場を盛り上げる為の小芝居などでは無い事を物語っていた
長年スパークリングパートナーを努めてきたあやかには、一目で分かるのだ
あのさやか姉を苦しめる相手… 只者では無い…!
「が、頑張るのだ! さやか姉ぇ!!」
「さやか、息を吐きなさい!」
まどか姉のアドバイスに、さやか姉の身体がピクリと反応した
「……とりぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫と共に、さやか姉の右手が弧を描く
相手の腕をリング叩き突ける音が、バタンと大きく響いた
「勝者、赤コーナー!」
「やったぁぁぁぁぁっ!」
「ふふふっ 空回りし過ぎですわ」
ハイタッチで勝利を祝する赤コーナー
バツが悪そうに腕を回しながら、さやか姉が戻って来る
「ゴメン、まどか姉… 力んじゃって……」
答える代わりにに、その後頭部を軽く叩いたまどか姉
そのままロープを潜り、今度は彼女がレフェリーの元に歩み寄る
「第二ラウンドの対決種目… 選んでや!」
まどか姉の白い腕が伸び、赤いボタンをペチンと叩いた
再びディスプレイの一端が高速で切り替わる
『尻相撲対決』
何処からともなく現れた黒子姿の数人が、リングの中央に丸いお立ち台を設置して風の様に去る
「……ルールは簡単、そこから落ちたら負けや さぁ エントリーを決めてや!」
「!!」
赤コーナーでレフェリーの言葉にいち早く反応したのは、あやかだった
「……あ、あやかがやるのだ!」
痛い痛いの格闘技戦を想像していたあやかだが、少し空気が読め始めた
どうやら本当にテレビのバラエティー感覚の様だ
ならばこの辺りで貢献し、アピールしておいた方が良さようだ
あやかはそう思った
尻相撲なら痛いがあっても高が知れている
勝てる自信がある訳ではないが、ポイントは此方が有利
後々、勝負の大一番になってからでは名乗りづらい
三姉妹グランプリと銘打つなら、やはりあやかも一回ぐらいは戦っておかないと後ろめたい
ならばここがチャンスである
「……ダメですわ 段差から落ちて骨折する可能性がありますもの」
だが、まどか姉は大いなる愛情を以てそれを制した
「……まどか姉……」
あやかの目頭が瞬時に熱くなる
この期に及んでも、まどか姉は慈愛に満ちたいつものまどか姉であった
あやかに危険な戦いをさせる気など、初めから毛頭無かったのだ
あわよくばお姉達二人に戦わせて…
そんな疚しい算段を練っていた自分が、堪らなく恥ずかしくなった
「……そこで見てらっしゃい」
そう言い放って振り向いた後ろ姿に、あやかは懸命の声援を送った