「LEADY……」
レフェリーの掛け声に、お立ち台で尻を向け合った二人が身を屈める
対戦相手は冒頭でボタンを叩いた、長身の長女格
第二ラウンドはリーダー対決の様相となった
身長では相手が拳一つ上だが、お尻の大きさではまどか姉が一回り上
フィジカル的には互角… そんなニュアンスの感想をあやかは抱いた
「……GO!!」
「いけぇぇぇぇっ!!」
「頑張ってまどか姉ぇ!!」
開戦と同時に、リングサイドのボルテージも一気に沸き上がる
だが対照的に、お立ち台の二人に動きは無かった
激しい尻乱打を想定したのはあやかだけでは無かったが、当の二人は尻をくっ付けて微動だにしない
否、動かないのでは無く、動けないのであった
先に動いた方が負ける…
図らずしも、高い戦いのポテンシャルを持ち合わせたお立ち台上の二人は、瞬時に相手の力量を読み取り、不用意な攻勢に出る事を躊躇わしたのだ
丁度プロレスラーが、互いの手を握りあって力比べに興じる様に、尻越しに相手の出方を探り遭っているのだ
「……まどか姉………」
最強である筈のお姉達の、初戦に続くまさかの苦戦…
あやかは三姉妹世界の広大さを垣間見た気がした
永遠に続くかと思われた鍔… 尻迫り合い
先に堪えきれなくなったは、重心の高い相手方だった
「……ふんっ!!」
グリグリと押し込むまどか姉の尻に、一旦体制を整えようとしたその隙を見逃さなかった
大砲を撃ちかます様な、強烈なインパクト
予備動作を殆ど用いなかったその尻プッシュを、相手は回避する事ができなかった
そのまま二メートルの距離を吹き飛ばされる
「勝者、赤コーナー!!」
「やったぁぁっ!!」
「うひょぉぉぉっ!!」
今度はさやか姉とあやかがハイタッチする
「やはりこの大会、なかなか簡単には勝たせてくれなそうですわね…」
まどか姉の言葉は三姉妹の代弁だった
初戦でこれなら、この後はどれ程の強豪と相見える事になるのか…
否、まだその初戦すら終わってはいない
「さぁさぁ、第三ラウンドのメイクや 青コーナー!」
まどか姉に吹き飛ばされた長女格が、ふらふらと身を起こす
それをさやか姉に敗れた次女格が、コーナーから飛び出し支える
更に一回り小さな三女格も飛び出して、レフェリーの手の中のボタンを強打する
その顔は激しい闘争心に紅潮していた
姉を妹を想うその心は、敵方とて同じであった
同じく出番の無かった自分に向けられている様にも感じるその表情を、真正面から受け止めて、あやかは何とも言えない遣る瀬の無さを感じた
(戦いは虚しさしか生まないのだ…)
何処かで聞きかじったそんな台詞が、またしても小生意気に胸の中で木霊した
『熱々、中華餡掛け対決』
第三ラウンドのコンペティションが決まった
「うひょっ!?」
直前のアンニュイ感を吹き飛ばし、あやかが小さな奇声を上げた
「アタシが行くわ…!」
一番最初に動いたのはさやか姉だった
「ダメですわ! 貴女の肩にはまだ休息が必要でしてよ 下手に動けば今後に響きますわ ……ここはわたくしが!」
それを制してまどか姉が身を乗り出す
「ダメよ! まどか姉だってさっきのラウンドで腰にダメージが…! まどか姉はアタシ達の大将よ! 大将に万が一があったら、アタシ達はどうするの!?」
絶対服従の掟を破り、さやか姉は食い下がる
その黒真珠の様な瞳が潤んでいたのを、あやかは見逃さなかった
姉の身を案じる真心が為させる行為なのだ
「貴女を犠牲にはできませんわ!」
「アタシだってまどか姉を犠牲にしたくない!」
双方相手の身体を思い遣り、一歩も引こうとしない
美しき姉妹愛
あやかはそんな三姉妹の一人に生まれた事を、心の底から誇りに思った
だからどうしてもこれを自分の使命としたかった
「……あやかがやるのだ」
断じて中華餡掛けの響きに魅了された訳では無い
決して熱々の中華餡掛け丼大食い競争なら参加したい、などと思った訳では無い
誓って意地汚い底抜けの食欲に感けた訳では無い
飽くまでお姉達を想い労る、氷の様に透明で、雪解け水の様に純粋な動機の発動である
「……あやか、やってくれますの?」
「あやか… ゴメンね… ゴメンね…!」
当然、あやかの真心はお姉達にしっかりと伝わる
何をか言わんや、これは三姉妹の戦いではないか?
そんな思いで、あやかは大きく頷いた
お姉達の足手まといである事は先刻承知
だからと言って、傷を重ねていくお姉達を見殺しにできようか!
やる時はやるのだ
たとえこの腹がはち切れて、夜のご馳走が美味しく食べられなくなろうとも、女あやかに後悔無し!
そんな覚悟でロープを潜り、リングの中央に歩み出る
「………………」
「………………」
対戦相手は、やはりあの三女格
年も背格好も似たその彼女と、鼻先拳一個の距離で睨み合う
愛する者の仇を取りたい彼女…
愛する者を守りたいあやか…
愛深き故に、戦いの舞台に立つ両者…
何れが勝とうとも、大きな悲しみを背負う事になるのは間違いないだろう
「熱々中華餡掛け対決や! 沸騰寸前の熱々餡掛けを掛け合って貰うで! 先に失神した方が負けや!」
レフェリーの解説の合間に、再び黒子の集団がリング上に押し掛け、あやかと対戦相手に中華鍋とお玉を持たせる
「…………ほぇ?」
あやかの見詰める先、中華鍋の中で沸き立つ香しい大量の餡掛け
「……LEADY… GO!!」
ラウンド開始の掛け声と共に、対戦相手はお玉を振り上げ、そしてあやかの全身を灼熱の飛沫が襲う
「あちゅいぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
突然の熱衝撃に、思考より先に本能が反応した
手にした中華鍋とお玉を放り、リングにのたうちながら、熱々の餡掛けを吸ったTシャツをかなぐり捨てる
公衆の面前でブラジャー姿を披露する事になったが、そんな事に構ってはいられない
リングの冷たい感触で熱傷を癒すので夢中である
転がる視線の先に、誰かの草履が見えた
反射的に見上げると、そこに悪魔の様な微笑みを湛えて中華鍋を傾ける、対戦相手の姿があった
「びゃぁぁぁぉぉぉぅぅぅっっっ!!!」
プツンと音がして、あやかの意識はそこで途絶えた
ももは、首から静かにペンダントを外すと、細い指の先でその小さな金属に開蓋を開けた
か弱く、調子のズレたオルゴールの音色が、暗がりの中に微かに流れる
腰を掛け、そのペンダントをじっと見詰める
高い位置に備え付けられた明かり取りの隙間から、外光が一条の帯となって彼女の白い顔を照らした
その様はまるで、雲間に射し込む来光に祝福される、修道女の姿にも見えた
「…………?」
背後に気配を感じて、ももはオルゴールの蓋を閉じる
「………もも… 不必要な馴れ合いは、自分自身を苦しめるだけよ……」
金属鍵盤の音色の代わりに流れたその声も、高く澄んで淑やかだった
「………見てたの?」
ももはゆっくりと立ち上がり答えた
「別に馴れ合うつもりなんて無いわ… 余計な詮索はしないで……」
そう吐き捨てると、数歩を進んで明かり取りに繋がる紐を引く
ガタンと音がして、遮る物の無くなった外光が、暗がりの闇を払った
無機質の巨大な塊がその場に顕になる
彼女が腰を掛けたのは、その塊の爪先だったのだ
再び紐を引く
今度はきちんと閉まったそれが、全てを黒く塗り潰した