「うぅ…… ううぅ…… うぅ………」
「大丈夫あやか? 傷はけっこう深いけどしっかりして」
控え室の長椅子、その上で俯せるあやかの真っ赤に腫れた背中に、ペットボトル飲料を押し付けながら、さやか姉は励ましの言葉を掛ける
「うぅ… あやか…… このまま死んじゃう… のだ…?」
「ふふっ 大袈裟ですわね せいぜいに深達性2度の熱傷ですわ 水ぶくれができて痕が残る程度ですわよ…」
力無く震えるあやかの声を嘲笑うかの様に、まどか姉がケロリ答えた
「い、嫌なのだ…! そんな… あやか… お嫁さんに… お嫁さんになれないのだ!」
大分前に死を受け入れた筈のあやかのだが、可愛い自分が傷物となる悪夢には錯乱する
「それだけ元気があれば大丈夫ね」
「午後から二回戦ですわ お昼にお弁当が出るそうですわよ …どうしますの? 遠慮しておきますの?」
「た、食べるのだ… 貰ってきて… あやかの分も… 貰ってき欲しいのだ…!」
頭の上で、お姉達が笑い合う声が聞こえた
あやかが意識を喪失している間に、一回戦は無事、風上三姉妹の勝利で幕を下ろしたそうだ
続く第四ラウンド、『電動マッサージ器押し当て対決』に於いて、まどか姉が、相手方三女格を失神するまで攻め続け、見事あやかの仇を取ってくれたという
火傷の介抱をしてくれていたさやか姉から、その報告を聞いた時、あやかは少しだけ気持ちが楽になった
この背中のジクジク痛みも、風上三姉妹の勝利に無駄では無かったと思ったからだ
そうなのだ
あやかがこの火傷を負わなければ、まどか姉かさやか姉がその身代わりになっていた可能性もあったのだ
あやかはちゃんと愛する者を守れたのだ
結果的に可愛いお嫁さんには成れなくなったが、その一点だけは誇りに思った
いやきっとこの世界には、醜い火傷を負ったあやかでも愛してくれる、素敵な王子様がいる筈…
そうでなければ報われない…
あやかはそんな事を思いながら、仕出し弁当のハムカツを、チマチマと口に運ぶのだった
「……もう、何落ち込んでるのよ? そんな火傷大した事無いわよ 直ぐに良くなるわよ」
「!! ……ホントなのだ!?」
あやかの心を見透かしたかの様な、さやか姉の乾いた言葉
あやかは思わず目を輝かせる
「……でもこれからは、もっと強い相手が出てきますわ… あやかの力も、もっと借りねばなりませんかも……」
あやかに向けられたまどか姉の瞳には、逆に憂いの色が浮かんでいた
「ま、任せるのだっ! あやか、お姉達の為に… 風上三姉妹の為に、お役に立ちたいのだっ!」
あやかは心の底からそう叫んだ
まどか姉から頼りにされるのはとても嬉しかったし、その瞳の曇りも直ぐに払いたかった
「………………」
だがその言葉とは裏腹に、あやかは高まる緊張に喉の渇きを覚えて、お茶のペットボトルをイッキ飲みした
つい今し方、この身を持って体験した、三姉妹グランプリの厳しさ…
お気楽な早食い対決など、あり得ない世界なのだ…
油断は即、大怪我に結び付く…
お姉達の役には立ちたいが、己の前に立ち塞がるであろう強敵と、それとの厳しい戦いに思いを馳せると、あやかは胃に重いしこりを感じて、思わずフライ臭漂うゲップを放つのだった
「期待いているわ、あやか…」
健闘のご褒美か、さやか姉が自分のプチトマトを、あやかの弁当重に差し入れてくれた
大きく頷いてそれを拝領したあやかは、もう当分中華丼は見たくも無い、との思いと共に、そのプチトマトを口の中に放り込んだ
「カテゴリーC、二回戦第二試合! リングインしてや!」
まどか姉とさやか姉の後に続き、一回戦より幾らか様になった体で、あやかがリングによじ登る
火傷の痛みはちっとも引いていないが、噴出するアドレナリンが、それを感じなくさせていた
「赤コーナー、トータルウエイト297パウンド… 風上三姉妹!」
レフェリーの呼び出しテンションとは裏腹に、拍手を送るギャラリーなど一人も存在しない
言わずもがな皆敵であり、その実力を見定めようとは思っても、声援を送る理由など微塵もないのだ
ここに流れる寒々とした空気は、地下に立ち込める湿気の所以だけではないのだろう
「青コーナー、トータルウエイト274パウンド~ 邪神三姉妹!」
対面に対戦相手が姿を現す
「いえい……」
あやかはポツリと呟いた
それは決して、戦いのプレッシャーに押し潰されそうな己の心を、小粋なアメリカ西海岸のティーンエイジテイストで、イケイケノリノリにアゲていこうというシャウトでは無い
遺影…
白黒リボンを纏った黒縁額…
そこには、清らかな笑顔を浮かべる少女を収めた一枚の写真…
それが、赤毛のポニーテール娘に抱かれていた
知恵故障のあやかでも、それの意味する所は理解できる
肩を並べる百戦錬磨のお姉達が、少しだけ気を飲まれたのも感じ取れた
「え~…… 青コーナー、邪神三姉妹はんやけど…… 次女はんがその… 一回戦の有刺鉄線電流爆破デスマッチ対決でその…… ちょっと怪我しなはって…… その… 今、病院で治療中やさかい……」
破天荒な印象のあったレフェリーが、初めて見せる苦悶の表情
やりづらいであろう
彼女はあくまで、大会本部から受けた連絡を、業務として報告しているだけなのである
「あたし達、二人で戦うから… 天国のかがみの分まで…!」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
リングの三方が重い空気に包まれる
取り分けあやかは、視線を見えないリングの底へと深く落とした
(大怪我どころではないのだ… やっぱり死んだりするのだ……)
改めてやり場の無い、憤りに似た複雑な感情が、心の底からふつふつと沸き上がって来る
いったいこの大会はなんなのだ…?
何の為にあやか達は戦うのだ…?
お姉達はどうしてこんな大会にエントリーしたのだ…?
始まった大会の雰囲気と、三姉妹で力を合わせる達成感に紛らわされていたが、やはりこの不条理をすんなり飲み込む事はできない
命を賭けて戦う先に、いったいなにがあるというのか…
"三姉妹グランプリ……"
初めて聞いた時から感じていた、その響きの何とも言えないおぞましさに、今は薄ら笑いすら込み上げて来そうだ
「あ~… ちょっと言いにくいんやけど、その…… この大会はあくまで… "三姉妹"グランプリやさかい… 負傷欠場はルール上ありとしても… "三姉妹"で無くなった時点で失格なんや……」
「「……………」」
沈痛に項垂れる青コーナー
遺影を持つ彼女の手が、小刻みに震えていた
「……それと…… これも言いにくいんやけど……」
レフェリーがリング袖に目配せする
すると例の黒子の集団がリングによじ登り、青コーナーの二人を瞬く間に拘束する
「な、なにすんの!?」
「放してよ~!」
「三姉妹でない者には… 消えて貰わねばあかんね……」
猿轡を噛まされ、忽ち彼女達の悲鳴はくぐもる
次いでその華奢な身体を担ぎ上げられ、リングの外へと運び去られた
もがきバタつく彼女らの手足が、黒子達の群れの合間から一瞬覗き、軈てそれも見えなくなった
「………………」
あやかは自分の膝が震えているのに気付いた
あやかにはその光景が、何時の日か見た、黒蟻の群れに捕らえられ運ばれる、傷ついた紋白蝶さんの姿と重なったのだ
「……許してや…… ウチは無力なんや……」
自分に言い訳する様にそう呟いてから、レフェリーは視線をリングの上に戻し、そして風上三姉妹の不戦勝を告げた
「まどか姉… あの娘達… 何処に連れて行かれたのだ…?」
前を行く長姉の背中に、堪り兼ねたあやかは声を掛けた
少しだけ詰問の色が滲んでいたかも知れない
あの娘達、とは、同時にあやか達という意味でもある
事と次第によっては、あやか達も彼女らの後を追う事になるのか?
それを確かめたいとの思いもあった
参戦者としてその権利もあると思った
「さぁ……」
だが、風上三姉妹の大将として全てを知るであろうまどか姉は、答えをはぐらかした
今日の対戦を終え、三回戦へと駒を進めたあやか達は、再び"現世"たる温泉宿に"黄泉帰る"べく、三姉妹練気闘座なる戦いの場を後にする
明日もこの場に来る事になるのか…
あれ程喜んだ連泊の意味が、まさかこんな内容であろうとは…
「……考えたくもありませんわね………」
白銀の巨門を潜り行くまどか姉の言葉が、前言の補足である事に気付くのに、あやかの足りない知能では数秒を要した
だが、それに込められたニュアンスは瞬時に
読み取り、思わず歩み止めた
「………………」
あやかの儚い希望とは異なり、やはりあの娘達は南国リゾートパラダイスに行けた訳では無いのだ…
故障した知恵でもそれは分かった
あの紋白蝶さんと同じ…
深く暗い穴の中に、あの娘達は連れて行かれたのだ…
「……あやか?」
付いて来ないあやかに気付いて、さやか姉が振り返った
見上げた先のその次姉の、予想以上に優しい表情に、あやかの心は少しだけ癒され、それに目掛けて駆けて行った
「ふぅ~……」
大きく溜息をつくと同時に、さやか姉の右手を握る
目の前に連なる螺旋階段
朝、長い時間を掛けて降りて来たここを、今から登ろうというのだ
気が遠くなり掛ける
「……帰り口はこっちみたいですわ」
まどか姉の言葉に顔を向けると、巨門の壁伝いに細い通路が伸びており、確かに"お帰りはこちら"的な表記が為されていた
手を繋いだまま、さやか姉とあやかも、先行した長姉の後を追う
「……あやか」
「ん?」
さやか姉に再び名を呼ばれる
「……死んじゃダメだよ」
「…………………」
その言葉に含まれた様々な成分を分析するのには、あやかはかなりの時間を要した
程無く、細い通路が急に開けて、明るい場所へと出た
「……エレベーターとはありがたいですわね」
まどか姉が三姉妹の気持ちを代弁した
ベルの様な音がして、ドアがゆっくり開いた
同じくエレベーターを待っていた他の三姉妹、二組と共に、あやか達もそれに乗り込む
ドアが閉まり、直ぐに加速重を感じた
外は見えないが、地の底からぐんぐんと上り行くカーゴの力強さを体感した
「ねぇ まどか姉……」
あやかは今一度質問をする事にした
「……どうして来るときはエレベーターを使っちゃダメだったのだ?」
カーゴ内の幾つもの視線があやかに集中する
「………さぁ」
またしてもまどか姉は答えをはぐらかす
「……多分、演出的な意味… なんじゃない?」
代わりにさやか姉が補足した
カーゴの減速を感じ、軈て完全に停止した
再びベルの様な音が鳴って、ドアが開く
「……明日は、このエレベーターを使いましょうね」
まどか姉の言葉に、八つの頭が同時に頷いた