風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 15

「………………」

 

リングロープに凭れて、そんな隣の光景を眺めていたももは、何度目かのレフェリーの呼び掛けに、漸く我に返った

リング袖のギャラリーから、どよめきが起こる

無理も無い…

 

「あ、赤コーナー…? 一人で参戦?」

 

ももはパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、リングの中央に歩み出る

 

「あの人達は大事な用があるから… 私一人でお相手するわ……」

 

「な、何~! 馬鹿にしないでよっ!」

「何とか兄弟の兄のつもり!?」

「でもこれはチャンスだわ!」

 

信じられない舐プに、対戦相手の彼女らは激昂する

小柄で華奢な小娘一人に、桃園で契りを交わした我ら三姉妹が負ける訳は無い、そんな思いがあった

 

『擽り対決』

 

ももが押したボタンが、対戦種目を決定した

 

「擽り対決… 相手を擽って声を出させれば勝ち! さぁ 青コーナーは誰が出る?」

 

赤毛ロングのレフェリーが、青コーナーの三人に視線を向ける

 

「面倒だわ… まとめて懸かって来なさいよ… このラウンドに勝ったら、準々決勝はくれてやるわ……」

 

「「「!!」」」

 

青コーナーの三姉妹は、ももの言葉を最大限の侮辱にして挑発と受け取り、顔を真っ赤に染め上げる

 

「それじゃ… 始めっ!!」

 

レフェリーのコールと共に三姉妹が動く

 

「舐めるなぁぁぁっ!」

 

先ずはショートカットの三女がももに飛び掛かる

組み付いて押さえ込み、後続の姉達に好きなだけ蹂躙させる算段だ

 

「……ふんっ」

 

だがももの動きは、身軽さが武器の彼女をしても、対応できぬ程の速さだった

一瞬にして体位を入れ換えたももに、背後から上半身をホールドされる

 

「……くぅぅぅぅ!?」

 

そのまま脇の下に手を伸ばされ、敏感な所を刺激される

何とか歯を食い縛り、声が漏れるのを堪えるが…

 

「フゥ……」

「ひぁぁぁぁんっ!!」

 

耳に息を吹き掛けられ、敢え三女は撃沈した

 

「り……!」

「鈴々!?」

 

あっという間に末妹を葬られ、残された二人は動揺する

 

「……どうしたの? 来ないならこっちから行くわ」

 

言い終わると同時にももは駆け出した

 

「くっ!?」

 

やはり予想より半歩早く間合いを詰められた次女は、それでもなんとか有利な上背を利用して、ももを捉えに掛かる

 

「遅いわ…」

 

その脇をももは駆け抜け、その後ろで立ち尽くしていた長女に迫る

 

「ひぃ!?」

 

唖然として対応できない彼女の上着を素早く捲り、その露出した臍穴に息を吹き掛けた

 

「きゃぁんっ!?」

「も、桃香!!」

 

長女も討たれ、残された次女は髪を振り乱し、絶叫を上げながらももに掴み掛かる

 

「よっと…」

 

それを軽く往なしたももは、バランスを崩した彼女の右足を屈んで掬い上げる

 

「きゃっ!?」

 

尻餅をついた時、彼女の草履と足袋はスルリと脱がされていた

 

「や、止めっ!!」

 

言われて止める訳など、当然無い

そのまま足首を左手でガッチリ押さえて、空いた右手の五本指で、滅茶苦茶に足裏を蹂躙する

 

「うひゃひゃひゃひゃひゃぁぁぁっ!!」

 

クールなイメージのあった次女は、激しく悶えて喘声を響かせた

 

「……勝負あり! 勝者、赤コーナー!」

 

レフェリーが赤コーナーに右手を掲げる

 

「……ふん… 暇潰しにもならない……」

 

ももはそう吐き捨てると、再びパーカーのポケットに手を突っ込み、リングを降りて行った

 

 

 

 

 

控え室に通じる長い廊下

背後に喧騒を受けながら、ももは一人、その直中を歩いて行く

軈て控え室の入り口に着くが、ももはそのまま歩みを止めない

そして"STAFF ONLY"と書かれた門扉の前まで来ると、初めてそこで足を止め、後ろを振り返った

 

「………………」

 

誰も付いてくる者が誰も居ないのを確認すると、その錆び付いた鉄製の門を押し広げる

鈍い軋みが、低い天井に木霊する

門の先は短い階段があり、そこを下りると、今度は長い廊下が続いた

コンクリートの一部が石灰化し、そこから水が染み出していた

長い年月がそこに流れていた事を示す証左だった

暫く進むと、また扉にぶち当たった

今度は木製のアーチ型だった

ポケットから鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込む

右に捻ると、小さな音がして解錠された

 

『ギィィィィィ……』

 

今度は木の軋み

扉を開けると、空気の質が明らかに変わった

手探りで壁を探り、心当たりのある所で紐を手にする

 

『ガチャン…』

 

上の方で音がして、光と喧騒が流れ込んで来た

格子が嵌められた明かり取り… その向こうは三姉妹練気闘座である

差し込む光に目が慣れると、そこに巨大な鐵の人型が現れた

 

「……お帰りなさい、もも……」

 

奥の闇が一部切り取られて、一人の影がそこから現れた

 

「進行具合はどう? もう動かせる?」

 

明らかに年上と分かるその影に、ももは挨拶も返さず、代わりに突っ慳貪な質問をした

 

「……一応は…… ただまだ試運転が……」

「それは今から私がやるわ… 貴女達は準々決勝をお願い」

 

ももは影の現れた闇の切り抜き… 小さなチークドアを潜る

 

「あら、もも… お疲れ様……」

 

そこはそれまでの空間とは、全く趣の違う場所だった

二十畳程の広さのそこには、何台ものパソコンや電子機器が所狭しと並び、何本ものケーブルが縦横に伸び、それを光度の強い間接照明が照らし上げていた

ただ一つだけ場違いな印象を与える、ピンクの花柄のティーポットと、その向こうでカップを啜る長い髪の女性…

声の主だった

 

「……別に疲れはしないわ…… 貴女も疲れてなさそうね……」

 

これまた年長と思われるその女性に、ももは冷たい皮肉を浴びせた

 

「はい、ごめんなさい… 準々決勝、行って参ります…」

 

カップを置いた女性は、少し惚けながら立ち上がり、ももの入ってきたドアに消えて行った

 

「ふぅ……」

 

代わりに彼女の掛けていた席に腰掛けたももは、彼女の飲み残しを一口啜り、一台のパソコンに向かう

 

「……お母さん… 貴女の無念は… もうすぐ私が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正座するあやかの前を、一般宿泊者や、三姉妹グランプリで見掛けた顔が、何人も通り過ぎる

当然その大半は、怪訝な顔をあやかに向ける

ある幼子は、あやかに何をしているのか尋ね、慌てて両親に引き摺られて行った

 

「……………………」

 

それらの光景も、腫れた右目が塞がっているため、殆ど視界に入らない

見たく無いだけかも知れない

 

三回戦はあの後、あやかの先勝もあり、ストレート勝ちを納めた

午後の準々決勝、天界からやって来たと豪語する、ちょっとおつむが心配な女神三姉妹との一戦は、第五ラウンドまで縺れる接戦だった

最後はまどか姉が、激辛ワサビ入りお茶漬けを対戦相手の口に流し込み、何とか僅差で逆転勝ち、明日の準決勝に駒を進めた

あやかはと言うと、三回戦で敵味方双方から伸された後は、出場はおろか応援する事も禁じられ、リング袖で今の様に、ひたすら正座をさせられていただけだった

まどか姉曰く、"姉達を裏切り、唾棄した不忠の恩知らず"、があやかであるらしく、久方ぶりのお仕置きを宣告され、今、それを実践しているのだ

 

瀟洒な玄関ロビーの一角、エレベーター乗降口の脇で、首からフリップを下げ、あやかはもう二時間もこうしているのだ

とっくに夕食時だが、当然それが得られる状況では無い

大好きなお風呂も入れるかどうか…

湯治とはいったい何だったのか…

 

「……私は…… 僅かばかりの犬のウンチに目が眩み、姉達を裏切り… 殺そうとした大罪人です…… 生粋の変態で、オ… ゴホン… オナ…… は毎日朝晩二回、お野菜を使うベジタリアンです… レイプ願望があり、犬のウンチが大好物です… 犬のウンチを恵んで下さい……」

 

(やめてぇ……)

 

ボコボコに腫れたあやかの顔が、恥辱の涙に濡れる

首から下がる白いフリップに、まどか姉が書き込んだ一文

これを胸に抱いて正座をしろと言うのだ

通りすがりが立ち止まり、この一文を読み上げる度に、あやかは見えない刀で己の腹を裂きたくなる衝動に駆られる

死にたい… いっそ死んでしまいたい……

知恵故障とて、恥の概念はあるのだ

 

「……何してるの?」

「!?」

 

その声に聞き覚えがあった事に、漸く気付いた

 

「も、も、ももちゃん!!」

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