錬金術…
かつてそれは、間違い無く世界最高峰の頭脳が結集した、歴とした学術分野でした
賢者の石を作り出し、鉛を金に変える事は、当時の科学界に於ては、難題ではあっても、実現不可能な事とは考えられていませんでした…
今日我々は、原子の融合とは、太陽とその最期を飾る超新星の中でのみ、起こり得る現象だと理解しています…
反射炉の中で、鉛を金に変える…
現代の知識に照らし合わせれば、それは謂わば、"オカルト"です…
かつての頭脳の結集も、今日からすればオカルト…
しかし、我々はそれを素直に笑えるでしょうか…?
人類の歴史を振り返る時、新しい発見や謎の解明は、屡々"オカルト"に寄り添う物でした
スウェーデン王立科学アカデミーの主席学術員、ダニエル・オースルンドは、現代の一線級の科学常識も、嘗ての錬金術の様に、未来に於てはオカルト扱いされかねないと指摘します
…と同時に、今日オカルトと呼ばれる超科学も、実は宇宙の真理を解き明かす鍵になる可能性もあると主張します
「……その昔、林檎が木から落ちるのは、何の不可思議でも無い自然界の常識でした… この大地に物を引き寄せる力があるという考えは、オカルト以外の何物でも無く、真面目に論ずれば、頭のおかしな人間のレッテルを貼られていた事でしょう…… その説を初めて提唱したのが、当時既に高名だったニュートンでなければね……」
果たして今日、オカルトを真実に変えるニュートンは居るのでしょうか…?
居るとすれば、果たして誰でしょう…?
「……幾人か候補はありますが、私が一人挙げろと言われれば… やはり、サクラ・オオゾラでしょうね……」
SF作家のホワキン・クリスチャンセンは、一人の日本人女性生物学者の名を挙げます
「……彼女は既に故人ですが、オカルトマニアの間では、彼女は真実に近付き過ぎた為に消されたのだと、未だに信じられています……」
日本では珍しい女性科学者だったサクラは、男性優位が根強い日本科学界でメキメキと頭角を現します
彼女の名を一躍有名にしたのは、かの遺伝子遊離体構造の発見です
難病を解決する手段として期待される遺伝子治療は、彼女のこの発見によって、間もなく実現されようとしています
「……しかし、日本の科学界では、やはり女性である彼女に対して、強い風当たりがありました……」
サクラは間もなく、夫と三人の娘達を残し、単身アメリカへと渡ります
NASAの一大プロジェクト、ヒトゲノム解読プログラムに参加する為です
「……このプロジェクトが、単なる医学貢献の為の学術プロジェクトで無かった事は、今や様々な物証や証言から明らかになっています……」
ホワキンは、このプロジェクトにはもう一つの、隠された重大な目的があったのだと主張します
「……NASAは、ヒトゲノムの中に、神のメッセージを見つけたのです…… そう、アダマントの卵… そのメッセージの解読こそが、サクラの主任務だったと言うのです……」
果たして彼女はヒトゲノムの中に何を見たのか…?
様々な噂が出回っていますが、全て憶測でしかありません
ただ一つ確かなのは、サクラはミシシッピー州の片田舎で、自分の頭を散弾銃で撃ち抜いて自殺したという事だけです……
「……青コーナー、風上三姉妹… 三女あやかは負傷治療の為、遅れて参加致します……」
まどかはリングの中央で、レフェリーと対戦相手に宣言する
「OK! この準決勝第一試合のジャッジは、あたしアカネが勤めるわ! …それじゃ、ボタンプッ~シュ!」
まどかの右手が選んだ対戦種目は、バーリトゥードゥ
準決勝には相応しい物だと誰もが思った
「……まどか姉… あやか……」
青コーナーに引き上げたまどか姉に、さやかは心配そうに声を掛けた
「……来ないなら、本当にこれまでですわ… 死んでなければ、取り敢えず失格にはなりませんし… ……後は"私達"で……」
まどか姉は特に気に留める様子も無い
リング袖に用意されたグローブを装着し、左右のそれを胸の前でパンパンと蜂合わせた
「第一ラウンド… わたくしが行きますわよ……」
それだけ言って、まどか姉はリング中央に戻る
「青コーナー、風上三姉妹~! 掟破りのサイコクラッシャー、風上まどか~!」
高々と掲げた右手に、疎らな拍手が送られる
「赤コーナー、来生三姉妹~! 地獄のライフスティーラー、来生泪~!」
此方にも幾つかの拍手が向けられる
「……それでは第一ラウンド~… FIGHT!」
レフェリーの掛け声と共に、両者が一気に間合いを詰める…
「……ねぇ…… あやか…… ……って言うんだっけ……?」
「……うん? そ、そなのだ! あやかなのだ! 風上あやかなのだ!」
「……どう? ……私と夢を見ない……?」
「……夢?」
「……えぇ…… 三女だけが見れる… 大きな夢…………」
「……三女…… だけ……?」
「ええ…… そうよ…… 三女だけが行ける…… ヴァルハラの夢よ…………」
「……さやか、大丈夫ですの…?」
「はぁはぁ…… ゴメン、まどか姉……」
密室全裸ローション大相撲で僅差に敗れたさやか
対戦成績はこれで二勝二敗…
泣いても笑っても次が最後
できる事なら決勝まで体力を取って置きたかったが、流石に準決勝の相手はこれまでとは一味違った
第一ラウンドからの流れを見れば、風上三姉妹は今大会、初めての劣勢にあったと言って過言は無かった
「……さぁ 次がラストよ~! 青コーナー、選んだ選んだ!」
疲労激しいさやかをコーナーポストに凭れさせ、まどかはリング中央に歩み出る
そんな自身も、第一ラウンドで受けた右脇腹の打撲と、第三ラウンドのディープキス窒息対決で負った舌の傷が痛む
『電流爆破イライラ御弾き対決』
まどか姉は顔をしかめる
疲労に緊張した筋肉では、御弾きの様な細かな競技は不利である
相手方も条件は同じとは言え、向こうは三人で交代した分、一人一人の体力の消耗は抑えられているのだ
こんな時に一人遊びキチ○イのあやかが居れば…
まどか姉は頭を振った
あのあやかを頼りにする自分が情けなかった
決着は自分が…!
まどか姉はレフェリーにエントリーを申請する
……その時だった
「ふはっはっはっはっはっ!」
何処からとも無く、甲高い笑い声が轟き、リングに木霊した
「天知る、地知る、お味噌汁… 風上あやか、行っきま~す!!」
不意に影が差した
リングを照らすスポットライトの吊り足場から、飛び降りてくる細いシルエット
「あやか!?」
『ゴキッ!』
「のぁぁぁぁぁぁ…… あぁぁぁ… あぁ……」
リング上の全ての者の耳に届く、危険な破砕音を奏でて、足首がおかしな方向に曲がったあやかが、リングの上を転がり悶絶する
それはそうだろう
この高さから飛び降りれば、命があった方が幸運である
「……何やってますの、あやか……?」
ほんの一瞬、その登場の仕方に見とれた自分が、まどかは益々情けなくなった
「くぅぅ… ももちゃんがぁ…… ももちゃんが…… これが格好イイって…… これなら… ヒィ…… ゆ、許して貰えるって……」
「……ももちゃん…?」
相変わらずあやかの言葉に知性の欠片は見出だせないが、とにかくこうして準決勝に馳せ参じたのだ
その気概だけは認めようと思った
「……青コーナー? エントリーは誰?」
ドン引きのレフェリーがやや遠くから呼び掛ける
「……あやか?」
「うん! ……や、やるのだ! あやか、その為に…! 絶対勝つのだ! だから… まどか姉… だから…!」
まどかは静かに頷いて、あやかの足首を掴む
「……えい!」
「ぐわぁっ!?」
一瞬で骨を接ぎ、その足首に自分の巻いたストールを裂いて巻き付ける
「……これで良し!」
絶対に良くはないが、思い込みの激しい知恵故障なら何とかなるだろう
自身もそう思い込んだ
「わたくしの宝物のストールよ… 無駄にしましたら… 今度こそ殺しましてよ!」
「ヒィィィィィッ……!?」
芋虫の様にのたくりながら、あやかはレフェリーの元まで這って進む
「……だ、大丈夫なん?」
「だ… 大丈夫… なのだ! あやか、御弾き… やるのだ!!」
液晶ディスプレイにあやかの名前が表示される
「……そ、それじゃルールを説明するわ プレイヤーは交互に高圧電流が壁面に流れるレーンを、御弾きをして通過して貰う 先にゴールした方が勝ち 当然御弾きだから、相手の妨害もあり ただし、壁面に当たれば電流がショートしてボカンよ!」
おぞましい内容を、ヒップホップ的なノリで軽快に解説するレフェリー
この嬢も只者では無い様だ
「それじゃ、電流爆破イライラ御弾き… スッタートッ!」
お馴染み黒子衆によって、瞬く間にリング上に設営された御弾きレーン
あやかは青の御弾き
対戦相手の三女格、何処か自分に似ている気がする、レオタード姿のベリーショートが赤の御弾き
それぞれをラジコンカーのサーキットの様な、細く曲がりくねったルートのスタートラインに置く
「……………………」
「……………………」
至近距離で見詰め合う、あやかと対戦相手
もう逃げたりしない
誰も傷付けたくないが、愛する者を守る為ならそれから逃げたりもしない
もう犬のウンチが好きだなんて言わせないのだ
あやかの目に闘志の炎が宿った
「……先攻は青コーナー! GO!」
先ずはあやかのファーストショット
まどか姉の言う通り、人生の必然で一人遊びに長けたあやか
厳密に言えば、あやかはその時、心の中にだけ住んでいる秘密のお友達と遊んでいるのだ
そんな秘密のお友達とのお遊戯の中でも、御弾きはあやか七大得意遊戯の一つである
「……とりゃっ!」
レーンに股がり、狙い済ました一撃を放つ
御弾きが勢い良く滑って行く
流石に得意と豪語するだけあって、あやかのファーストショットは大きく伸びて、最初のカーブ手前の絶妙な位置で静止する
ある特定分野の才能だけが異常に突出する事は、知恵故障患いには良くある事だが、あやかの場合は間違いなく一人遊びの分野だった
折り紙や御弾きを預けられると、寝食を忘れ、脱水症状や低血糖を起こしてぶっ倒れるまで、それを続けるのだ
その偏狭的執着心が生んだ、この技量なのだ
「後攻、赤コーナー… GO!」
今度は対戦相手がレーンに伏せ、赤い御弾きに人差し指をしならせる
「えいっ!」
乾いた接触音が響いた
あやかは小さな声を上げた
そのショットに感心した訳では無い
その軌道と初速から、それが壁面に接触する事を予見したからだ
先行したあやかの御弾きを狙ったのかも知れない
だがそれは、御弾きキ○ガイとも言うべきあやかからしても無謀と思えた
『カチンッ』
予想通り、赤い御弾きはあやかの青い御弾きを通り越して、最初のカーブに接触した
『ボンッ!!』
その瞬間、リングに閃光と熱波が駆け抜けた
風を感じた気もする
あやかは視線の隅で、レーンに伏せていた対戦相手が、煙を吹きながら宙に飛び上がるのを見た
ベリーショットの髪型が、一瞬にしてチリチリのパンチパーマに変わった
全てが魔法の様な光景だった
「「愛!!」」
赤コーナーから彼女の姉達が飛び出すのと、愛と呼ばれた彼女がリングに落下するのは、ほぼ同時だった
更には、リング袖から黒子達までもが、一斉に彼女の元に殺到した
その手には消火器とAEDが握られていた
明らかなハプニングアラート
レーンに覆い被さる形になっていた彼女は、運営の想定よりも遥かに強烈な感電に晒されたのだ
「愛っ!? 愛ぃぃぃっ!!」
直ぐ様、彼女に緊急の救命蘇生措置が取られる
燻り、小さな炎が上がり始めた足先に消火器が噴霧され、レオタードの胸元は鋏で裂かれ、そこにAEDのパットが装着去れる
「一… 二… 三… 四…… はいっ!」
彼女の鳩尾に両手を添え、必死に心臓マッサージする黒子の一人
その掛け声に合わせて、横たわる彼女の身体がビクンと痙攣した
「愛! しっかり!!」
「目を開けてぇぇぇ!!」
狼狽する姉達
「もう一度… 一… 二… 三… 四…… はいっ!」
再び心臓マッサージが施され、彼女の身体がビクンとなる
「あぁ…… あぁぁ…………」
あやかは自分の下半身に温もりを感じた
それが失禁の所以と気付くのに、いくらも時間は掛からなかった
生まれて初めて見る、人の生き死にの境…
震えも止まらなかった
一歩間違えれば、あれが自分の姿に…
あれ程強固に甦った筈のあやかの闘争心は、もう跡形も無く粉砕されてしまった
「……赤コーナー、ギブアップ?」
十五分にも及ぶ、救命蘇生措置の結果、彼女は何とか意識を取り戻した
黒子の一人にペンライトを当てられ、瞳孔確認されていた彼女はそれを払い、震える手をレフェリーに伸ばして、ラウンド再開を志願する
この大会で一番大きな拍手が、ギャラリーから上がった
あやかは彼女の無事に胸を撫で下ろす反面、ラウンド続行を志願した彼女の執念に恐怖した
最優秀三姉妹の称号は、あやか以外の参加者にとって、命を賭してでも得る価値のある物なのだ…
あやかは改めてそれを実感した
「……それでは青コーナー、セカンドショット!」
長いハプニングインターバルを経て、ラウンドは再開される
「…………(つん… つん…)」
あやかはレーンを慎重に指で突く
余り意味の無い漏電チェックを済ませると、恐る恐るそれを跨いで腰を下ろす
股座から、ギャラリーには謎の滴りが漏れる
惨劇を目の当たりにしたあやかはもう、完全に厭戦ムードである
折れた心を繋ぎ直す器用さなど、知恵故障に求めるのは酷である
本心ではギブアップしたいが、それを行えば今度こそ殺処分であろう
(なんでこんな事に…)
三十分前に自ら颯爽と登場して参戦した事など、スパークの閃光と共にとっくに忘却したあやかなのだった