風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかとごろーまる4

甲虫が街路灯に身体を打ち付ける音が、異常な迄に大きく響く

何時の間にか忙しい車の往来も無くなり、そこが繁華街の片隅であった事を忘れさせる程の静寂が、辺りを包んでいた

どの位の時間が経った事だろう?

宛も無く走り回って辿り着いた小さな公園

その生垣の隙間に腰を降ろし、あやかはずっと膝に顔を伏せていた

藤棚の下の小さなベンチと水飲み場、小さな花壇と躑躅の低い生垣、そして小さなあやかの背中と影…

小さな小さなその世界…

 

「!?」

 

不意に肩を叩かれた気がして、思わず顔を上げる

何かを期待する微かな笑顔がそこに貼り付いていた

だが、あやかの肩を叩いたのは、白く優しい手では無く、闇の空から舞い降りた水滴だった

 

「………………」

 

程無く、ピタピタと雨粒が辺りに跳ね始めた

あやかはじっと暗い空を眺めたまま動かなかった

 

あやかが最初に縋ろうとしたのは、大好きな雫先生だった

だが知恵故障の彼女には、雫先生に連絡を取る術が思いつかなかった

それにもし連絡がとれても、雫先生はあやかの味方にはなってくれないのではないか、との思いもあった

何せ姉をぶつ様なとんでもない不良である

多分きっと間違いなく、雫先生はあやかを嫌いになるだろう

同じ理由でクラスメイト達を頼る事にも尻込みした

この世にあやかの味方など居る筈は無いのだ…

この広い世界で、独りぼっちなのだ…

 

何時しか雨は勢いを増し、本降りの様相となっていった

雨粒の刺激が心地良かった

雨があやかの涙とバイキンを、綺麗に洗い流してくれる様な気がした

濡れた身体が寒さにブルッと震えた

このままで良いのだ

きっと明日の朝には、自分は冷たくなって息絶えている事だろう

きっとその身体は、少しは綺麗な物になっている事だろう

 

やっとお母さんに会える…

早くお母さんに会いたい…

 

でも… きっとお母さんも……

 

 

 

「!?」

 

何者かの気配を唐突に側に感じ、そしてそれがあやかの頭上に傘を差した

 

「風邪、引いちゃうよ」

 

その声の方に顔を向ければ、あやかと同じ位の年頃の女の子が、優しい笑顔を湛えていた

どこかのお嬢様の様な桃色のドレスを纏い、長く伸ばした髪が街路灯の明かりを受けて、まるで天使の様に神々しく輝いていた

あやかは嬉しかった

この世にまだ自分に優しさを向けてくれる人がいた事が…

こんな美しい世界に生まれた事が…

だから踏ん切りがついた もう未練は無い

この美しい世界に自分は不要なのだ

 

「いいのだ… エヘッ… あやかは風邪を引きたいのだ……」

 

再び駆け出そうと立ち上がるあやか

その眼前に女の子は純白のハンカチを差し出す

微かに香る甘い何かの香り

 

「面白いね、あやかちゃん ねぇ、今から私のお家に来ない?」

「えっ!?」

 

あやかが憧れたプリンセスのイメージ

こんな時間にこんな場所に等とは、知恵故障の彼女には思いもよらぬ発想である

只々優しい彼女の笑顔に魅了されていた

急に優しさに甘えたくなってきた

 

「う… うん…… でも……」

 

あやかはずぶ濡れの己の姿を見詰める

 

「やった! じゃあこっちだよ!」

 

女の子はそんな事は気にも止めなかった

あやかの手を引くと、二人の間に傘を差しながら、公園の裏手から奥路地へと向かって歩き始めた

彼女の手の温もりが、冷え切ったあやかの身体と心をぽかぽかと温めた

 

「あ… あの…… あやかはあやかなのだ…!」

 

良く分からない自己紹介をする

 

「あやかちゃん、宜しくね!」

 

女の子は更に丸い笑顔をくれた

触角の様な前髪が踊る様に揺れる

 

「あの… お名前……?」

 

知恵故障とは言え、初対面の挨拶は自己紹介を含む物だとは承知していた

相手が気付かないなら、教えてあげるのもマナーなのだ

 

「あぁ、私? 私は…… ご…… で…… ば…… ぱ… ぱーれんだよっ!」

 

人気の途絶えた裏道を相合い傘は進む

 

「ふふっ ぱーれん? 変わったお名前なのだ! ぱーれんちゃん、宜しくなのだ!」

 

あやかの顔に笑顔が戻った

 

「もう雨上がったね」

「ほんとなのだ」

 

その笑顔が雨雲を払拭したかの様に、何時の間にか暗い夜空にお月様が浮かんでいた

 

「あやかちゃん、こっちだよ」

 

傘を畳んだぱーれんが再びあやかの手を取り、細い路地裏の更に脇道に導いて行く

 

「!?」

 

雑居ビルや草臥れた商店が、覆い被さる様に建ち並ぶその奥は、ぼんやりとした光によって満たされていた

 

「うわぁ! なんて綺麗な所なのだぁ!」

 

二人の行く先で路地は急に開けた

そこは、赤、青、黄、緑… 色とりどりのぼんぼりや提灯が辺り一面、頭上は空が見えなくなる程覆い尽くす、眩い光の世界だった

その光の中、真紅の柱ときらびやかな装飾を施された屋根を持つ荘厳な建物が、幾つも建ち並ぶ

 

「まるでお祭りなのだ!」

 

確かに何処からか賑やかな祭囃しも聞こえてきた気もする

あやかの興奮のボルテージは最高潮に膨れ上がる

 

「ふふっ 気に入って貰えて良かった」

「ここが全部ぱーれんちゃんのお家なのだ!?」

「ふふふっ」

 

ぱーれんはあやかの質問に答える代わりに彼女の手を引き、その中の一際大きな一軒にあやかを誘った

細かな銀の装飾が一面に施された大きな扉をぱーれんゆっくり押すと、音もなくそれは開いていった

 

「お… お邪魔しますなのだ!」

 

そこはまた、お伽噺の様な空間だった

緻密な風景画が描かれた天井から吊るされた橙色の大きな提灯が、それを支える青く塗られた太い木の柱と、隙間無く敷き詰められた真っ赤な絨毯を、色鮮やかに浮かび上がらせる

その提灯の真下に、白いテーブルと白い二脚の椅子が備えられていた

 

「凄いのだ… こんな所に住んでるなんて… ぱーれんちゃんはお姫様なのだ…」

「ふふっ 直ぐに温かい飲み物を用意するね あと着替えも…」

 

そう言うとぱーれんはあやかを白いテーブルに着かせ、自身は部屋の片隅に掛かる紫色の幕の奥に消えて行った

 

「凄いのだぁ……」

 

あやかは改めて周囲を見遣る

あやかの憧れる"西洋のプリンセス"とは趣が違うが、これはこれで十分にお洒落で素敵な世界だった

 

「!?」

 

暫く辺りに見入っていたあやかは、絨毯の上に落ちている何かを見つけた

真っ赤な絨毯の上で目立つ、白い塊…

 

(なんなのだ…?)

 

ゆっくりと近付き手を伸ばす

 

(…………?)

 

それはバリバリに乾いて固まった白米の塊だった

 

「あやかちゃん!」

「!?」

 

背後からのぱーれんの声に慌て振り返る

 

「私とおんなじ服でも良いかな?」

 

その手にはぱーれんと色違いの、菜の花色のドレスが掲げられていた

 

「うわぁ! ドレスなのだ! 菜の花のプリンセスなのだ!」

 

あやかは鼻孔を膨らませる

 

「ふふふっ …はいタオル、後ろ向いてるから着替えてね」

 

その言葉も終わらぬうちに、あやかはびしょびしょになったTシャツを脱ぎ捨て、身体を拭くのもそこそこに、ドレスの裾から頭を通す

 

「ドヤッなのだ! 似合うのだ!?」

 

サイズはあやかにピッタリだった

スカートを摘まんで持ち上げ、くるりくるりとその場で回って見せる

 

「似合うよ、あやかちゃん! …今、お茶も入れて来るね」

 

あやかの脱ぎ捨てたTシャツとタオルを拾い上げ、ぱーれんは再び幕の奥に消える

あやかはそんな事は気にせずに、念願のプリンセスに変身できた喜びを全身で表すかの様に、絨毯の上で小躍りしていた

 

 

 

「……そんなに嬉しい? あやかちゃん」

 

銀のトレイの上から、ティーカップをあやかの前に置く

 

「嬉しいのだ! ありがとうなのだ! 明日、学校に着て行きた……」

 

そこまで言ってあやかの顔は急に曇った

辛い現実に呼び戻された

家を飛び出して来たのだ 学校へなどどうやって行けるのか…

 

「……レモンティー、冷めないうちにどうぞ」

 

ぱーれんの勧めに、ティーカップを手に取り、口元へと運ぶ

芳しいレモンと紅茶の香りが鼻腔に広がる

またほんの少し、夢の世界に戻って来れた

 

「……美味しいのだ! あやか、こんな美味しい飲み物、飲んだ事ないのだ!」

 

決してお世辞ではなかった

温かい紅茶など飲んだのは何年前だろうか?

喉を通って胃に落ちる温かなうねりに、己の身体が冷えていた事を認識させられた

 

「……そ、そだっ あやか、ぱーれんちゃんの事、何も知らないのだ! 色々教えて欲しいのだ!」

 

それは本心だったが、あやかは現実逃避をしたかったのだ

自分の夢を現実にした様な、ぱーれんちゃんの世界に浸り、無惨な現実から逃れたかったのだ

 

「ぱーれんちゃんは… お家の人は…? 他の建物に居るのだ?」

 

お茶請けとして出されたクッキーをじっと眺めながら、あやかは切り出した

 

「ふふっ 安い物だけど、遠慮なくどうぞ」

 

ぱーれんはあやかの視線を察して、改めてお茶菓子を勧めた

 

「ほ… 本当にいいのだ? ぱーれんちゃんは優しいのだ!」

 

あやかにとってクッキーなどというものは、クラスメイトの家に遊びに行くか、お仕置きで大怪我を負った時にしか食べられない物だった

それが目の前の皿の上にどっさり…

あやかは自分のした質問の事など忘れて、その一枚に手を伸ばした

 

「お、美味しいのだぁ! 高級なお味なのだぁ!」

 

興奮気味に幸せを噛み締めるあやか

そんな彼女の姿を、ぱーれんはまた、優しい笑顔で見詰めた

 

「私は独りぼっちなんだ……」

 

ぱーれんはポツリと呟いた

 

「!? …ぱーれんちゃん、お父さんもお母さんも居ないのだ?」

「…うん」

 

小さく頷いて、ぱーれんもティーカップに口を付けた

 

「そーなのだ… あやかとおんなじなのだ」

 

今度はあやかが優しい笑顔を見せた

ぱーれんちゃんが己と同じ境遇にあった事が嬉しいのではない

彼女を励ましたかったのだ

 

「でもあやかちゃんには、優しいお姉さん達が居るでしょ?」

「!? ……ど、どうしてぱーれんちゃん…?」

 

若干目を丸くしてぱーれんの顔を見詰めるあやか

彼女の言葉を遮ってぱーれんは続けた

 

「私にも、昔は沢山の兄弟姉妹が居たんだ… だけど、みんな居なくなっちゃった…」

 

悲しい筈のその言葉とは裏腹に、ぱーれんの顔はより一層慈愛に満ちて輝いた

 

「……ぱーれんちゃん… 可哀想なのだ……」

 

あやかはその彼女の顔を見続ける事が出来なくなり、俯いて目を閉ざした

現実を逃避した先で、自分と同じ様な辛い現実を見てしまった

 

「でも、あやかちゃんと出会えたから…」

 

その言葉にあやかは顔を上げた

 

「あやかも! あやかも、ぱーれんちゃんと出会えて良かったのだ!」

 

互いの笑顔を見詰め会う二人

そう、辛い現実の果てに出会った二人

あやかはこの出会いが、きっと二人の現実を良い方向に変えて行ってくれると確信していた

 

「ぱーれんちゃん、改めてお願いするのだ! あやかのお友達になって欲しいのだ!」

 

その言葉にぱーれんは大きく頷いた

 

「あやかちゃん、約束だよ ずっとずっとお友達でいてね」

 

その言葉に今度はあやかが大きく頷いた

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