風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 18

「さぁ! GO!」

 

レフェリーが急かす

あの惨劇を目の当たりにしても、そのテンションを崩さない彼女

人間としての感性は、遥かにあやかの方が健常であろう

 

(ゴクリ……)

 

唾を飲んだあやかがは、ちらりと青コーナーに視線を向ける

腕を組むまどか姉と、大分回復したさやか姉が大きく頷いた

それであやかも覚悟を決める

 

「…………(ちょこん)あっ!?」

 

明らかなミスショットだった

スパークの心配も無い、推定飛距離五センチメートル…

恐怖に震える手元が狂ったのだ

 

「ちょっ!? あやかっ!!」

 

さやか姉の激が飛ぶ

あやかは面目無さそうに頭を掻いて、レーンを離れる

お姉達の顔色が怖くて、青コーナーに目を遣る事もできなかった

 

「さぁ、巻いて行くよ! 赤コーナー、セカンドショット!」

 

髪が焦げ、顔が真っ黒に煤けた対戦相手が、そろりそろりとレーンに向けて這う

かなり長い時間を掛けて、彼女はレーンに身を乗り上げる

先程の様な狙いを定める為では無く、もう彼女の身体は、大分自由が利かなくなっているのだ

 

「さぁさぁ! 急いで!」

 

非情で能天気なレフェリーが煽る

対戦相手は、必死に焼け爛れた右腕を御弾きに伸ばそうとするが、感電の影響で強張ったままの筋肉が言う事を聞かない

同じく自由を失った左腕で、それを何とか押し伸ばす

 

「あぁ…………」

 

余りの痛々しい姿に、あやかは思わず目を反らす

知恵故障とは言え、御弾きキチガ○のあやかには、もう彼女が満足なショットが打て無い事が理解できた

そしてそれはきっと、彼女も分かっている事だろう…

分かっていても、止める訳には… 負ける訳にはいかないのだ…!

 

「……あと五秒以内にね! さもないと失格よ! 五… 四… 三……」

 

先程の心臓マッサージを彷彿とさせる、レフェリーのカウントダウン

何とデリカシーが無いのだろう…

あやかは生まれて初めて、他人にそんな嫌悪感を抱いた

 

『パチッ』

 

二倍程にも膨らんでる様に見えた赤い指が、何とか御弾きを弾いた

敵にも関わらず、あやかはそのファイテングスピリッツを心の中で称えた

 

『ボンッ!!』

 

再び閃光がリングを走る

 

「キャァァァァァッ!?」

「愛っ!? 愛っ!!」

 

レーンに横たわる対戦相手が、火花を散らしながら、壊れたゼンマイ人形の様に激しく痙攣する

 

「止めろっ! 通電止めろっ!!」

 

黒子達がリング袖を走り回る

別の黒子が消火器を持っ這い上がってくる

悲鳴と怒号が幾重にも交錯する

 

「うわぁぁぁぁ…… うわぁぁぁぁん!!」

 

あやかも遂に耐えられず号泣する

 

 

 

 

 

「一… 二… 三… 四…… はい、離れて!」

 

『ドンッ!』

 

「もう一度! 一… 二… 三… 四…… はいっ! 」

 

『ドンッ!』

 

再び初められた救命蘇生措置

もう十分以上経つが、未だに彼女に反応は無い

あやかは涙と鼻水を流しながら、祈っていた

神様に… 天国のお母さんに…

確かにこれは、その前の熱湯風呂対戦とは違い、あやかの良質に呵責は働かない

全て自分のプレイの結果である

だからと言ってあやかは、あの時互いの息が掛かる程、顔を近付け合った彼女が、目の前で傷付き死んで行くのを、黙って見ては居られなかった

もしもこんな意味の分からない戦いなど無かったら…

あやかはこの娘とお友達になり、一緒に御弾きを遊んでいたのかも知れない…

 

(戦いは虚しさしか生まない…)

 

あやかの心に、何処かで聞いたその台詞がまた過った

 

「ぷはっ……」

 

「愛っ!?」

「愛っ! しっかり!!」

 

あやかの祈りが通じたのか、対戦相手の彼女は大きく息を吐いて蘇生した

 

「さぁ? 赤コーナー、ギブアップ?」

 

相変わらず血の通いを感じないレフェリーが、ラウンド続行の意志を確認する

 

「うぅ…… うぅぅ………」

 

黒焦げの右手を差し出し、彼女はその意志をレフェリーに示す

 

「……お願い、愛!!」

「もう無理しないで…!」

 

寄り添う彼女の姉達は、もう敗北を望んでいる様だった

だが、ギブアップを申請できるのは本人だけ

彼女は身を捩り、今一度右手を大きく掲げて、レフェリーにラウンド続行を志願する

 

「…………!?」

 

その手を握った者がいた

 

「……………………」

 

あやかだった

 

「……お願いなのだ… ギブアップして欲しいのだ…… あやか、どうしてもこの試合に勝たないとダメなのだ…… お姉達との約束なのだ……」

 

泣き腫らし、目を真っ赤に充血させたあやかの表情は、しかし穏やかな笑顔であった

 

「………………」

 

対戦相手の煤けた顔が、戸惑いを表情を浮かべた

彼女のみならず、その場に居合わせた全ての者が、あやかの突拍子も無い行動に気を飲まれていた

 

「……お願いなのだ…… お願いしますのだ…… ギブアップしてなのだ……」

 

暫しの沈黙がリングに流れた

 

「………ねっ?」

「……………………」

 

見詰め合う、あやかと対戦相手

更に暫しの時間が流れて、その彼女はゆっくりと顔をレフェリーに向け、そして小さい頷いた

 

「……赤コーナー、ギブアップ! このラウンド、青コーナーの勝利!」

 

非情のレフェリーも、アスペルガーでは無かった

歓声ともどよめきともつかない喧騒が、ギャラリーから巻き起こる

 

「ラウンドカウント、三対二 青コーナー、風上三姉妹の勝利です!」

 

あやかは握った彼女の手を、そっとその胸元に返した

 

「元気になったら、あやかと御弾きの続きをするのだ… あやか、綺麗なの、いっぱい持っているのだ……」

 

対戦相手は何も答え無かった

ただ天井を見上げたその目尻から、一筋の赤い涙が溢れた

黒子達が現れ、そんな彼女を担架に移し、担ぎ上げる

そしてそのまま、リングの上から去って行った

 

「!?」

 

不意に肩を叩かれた

対戦相手の長女格だった

長い黒髪が、スポットラストを浴びて、艶やかに輝く

 

「うぅっ………」

 

あやかは歯を食い縛り、目をきつく瞑った

昨日と同じ展開、殴打の衝撃に備えたのだ

だが、今日あやかを襲ったのは、硬い拳では無く、柔らかな温もりだった

 

「……妹を助けてくれて、ありがとう…… 必ず優勝してね……」

 

仄かな甘い匂いがして、彼女があやかの頬に口付けをした

 

「………………」

 

あやかが目を開けた時には、もう彼女はサイドロープを潜る所だった

此方に振り向く事もなかった

あやかは暫くその後ろ姿を見詰め、そしてその姿が見えなくなってから、小さく手を振った

 

「…………あやか」

 

今度は後ろからまどか姉の声がした

また反射的に身を竦める

だが、またしてもあやかは柔らかな感触を得る

 

「……良くやったわ」

「……まどか姉……」

「勝てば良いのよ、勝てば……!」

 

それだけ言って、まどか姉も背中を向けた

 

「やったじゃん、あやか!」

 

青コーナーで待ち受けるさやか姉と、ハイタッチを交わす

どうやら、あやかの風上三姉妹への復帰は認められた様だ

 

「さぁ、今度はこっちの番やで~!」

 

隣のリングで聞き覚えのあるレフェリーの声が上がる

 

「準決勝第二試合… 対戦者はリングに上がってや~!」

 

あやかは振り返る

 

「ももちゃ~ん!」

 

その姿を認めて、あやかは手を振る

あやかの声に、リングの上のももが少しだけ視線をくれた

 

「あやか… 控え室に戻って傷の手当てを致しましょう… 決勝まで時間はありませんわ……」

「うぅ? ……うん」

 

まさか本当にあれで歩けるとは…

まどかは傍らに佇む末妹に、人間離れした生命力のオーラを感じた

 

(やはり… この娘は……)

 

まどかは暫くあやかを見詰めていたが、視線に気付いた彼女に見詰め返された為、慌て顔を背けた

 

「さやか…?」

 

そしてもう一人の妹に声を掛ける

 

「アタシは平気 ここで決勝の相手を偵察するわ」

 

それも無駄では無いかと思い、まどかはその任を彼女に委ねると、あやかの手を引いて控え室へと向かった

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