風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 19

「赤コーナー、敗者復活を勝ち上がり、見事準決勝~… 剣の求道鬼… 三峯三姉妹~!」

 

赤コーナーに現れたのは、紋付きを粋に着流す、可憐な三姉妹

三女格は未だ幼く、恐らく大会最年少に見受けられた

 

「青コーナー、今大会初の三姉妹揃い踏み… 暴力的なまでの強さを見せ付ける~… 大空三姉妹~!」

 

それまでにも増して、水を打った様に静まり返るギャラリー

それがこの大空三姉妹に対する、大会参加者達の印象を物語っていた

実力僅差で接戦の続く最中で、ただ1チーム、片落ちのメンバーで圧勝し続けた格違いな存在

落としたラウンドは、昨日の準々決勝での1つのみ…

出場した全ての三姉妹に、最大の障壁と認定された存在…

それが今、初めて一堂に会したのだ

 

「あれが… 大空三姉妹……」

 

ギャラリーの一人となったさやか姉も、その空間が歪んで見える程強大な彼女達の闘気を感じ取り、思わず身震いする

 

「ほな、始めるで~ 第一ラウンド、青コーナーから選んでや~!」

 

レフェリーの元に向かおうとするキクを、ももが制した

 

「……下がってて… もうお遊びは終わり… そろそろ覚醒してもらわなきゃ……」

 

何かを言いたげな長姉の視線を無視して、ももはリングの中央に歩み出る

 

「……良いわよ?」

 

そして赤コーナーに向かって呟いた

 

「…………?」

「……えっ?」

 

三峯三姉妹は戸惑う

 

「……貴女達の得意な種目で… チャンバラ? 棒で叩き合う?」

 

切れ長なももの瞳に、侮蔑の色が浮かんだ

離れ屋から手持ち無沙汰で持ってきた靴べらで、己の肩をちょんちょんと叩く

 

「ば、馬鹿にしているのかっ!?」

 

紫の羽織を纏う次女格が応えて、一歩を前に踏み出す

 

「そうよ… 大きい二匹に用はないから… さっさと済ませてよ……」

 

「に、二匹!?」

 

「……あくしろよっ!!」

 

ももの表情と語調が激変した

 

「三峯紅流剣術を… な、舐めるなぁぁぁっっっ!!」

 

三峯の次女格が、手に携えた木刀を振り上げ、ももに躍り掛かる

 

「速いっ!?」

 

さやかはその一太刀の鋭さに息を飲んだ

自分には躱せる自信が無かった

 

「ふんっ…」

 

だが、確実に捉えたかに見えたその一閃は空を切った

ももはまるで重力から解き放たれたかの様な軽い身のこなしで、その必殺の一撃をひらりと躱し、上半身の伸び切った彼女の側面を取る

 

「タァッ!!」

 

しかし恐るべき事に、冒頭のその鋭い一撃は、実は見せ太刀に過ぎなかったのだ

次女格はももの動きを完璧に読んでいた

挑発に憤る姿さえ、フェイクだったのかも知れない

右足で地面を蹴って踏ん張ると、そのまま木刀を水平に薙ぐ

これが狙い、三峯紅流の奥義である

今度は確実に捉えた

やさかもそう思った

 

『カンッ!』

 

甲高い音が響いて、同時にももはその木刀の下を潜った

誰も何が起きたのか分からなかった

暫くして、リングの上に木片が落ちる

ももが手にした靴べらの先半分だった

 

「へぇ~ 意外とやるわね… ゴミの分際で……」

 

木刀はももを捉える寸前、靴べらによって僅かに軌道をそらされていた

その数センチの軌道のズレは、ももがそれを躱すには十分なスペースであった

 

「……フッ! お前こそ、少しはやるようだな……」

 

次女格は大きく足を開いて、腰を落とす

そして木刀を最上段に構えた

 

「……だが、次は弾けぬぞ! 三峯紅流剣術を侮辱した報い、その身で贖うがよいっ!」

 

言い終わると同時に次女格は飛翔した

高さとリーチ

今度こそ、彼女は勝利を確信した

 

「……バッカみたい………」

 

ももは薄ら笑いを浮かべると、右手に持った折れた靴べらを、掌の中でクルリと回転させた

 

「タァッッッ!!」

 

次女格がももの頭上に木刀を振り下ろす

寸止めの気配も無かった

生意気な小娘を打ち倒す

死んでも構わない

そんな思いがあったのかも知れない

 

「ひぐぅっ!? ……? ……? うぅ……?」

 

だが、渾身の一撃がももを捉える事は無かった

 

「い… いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「と、巴さんっ!?」

 

赤コーナーから上がる悲鳴

 

「キャァァァァァッ!?」

「イヤァァァァァァァァァッ!!」

「ウヮァァァァァァァッ!!」

 

次いでギャラリーからも悲鳴が炸裂する

 

「あぁ…… ああぁ………」

 

さやかも言葉にならない声を、開きっぱなしの口から垂れ流す

 

「ふんっ…」

 

ももが一歩を飛び退る

そこに次女格が、ガクリと膝を落とした

喉笛に靴べらの手元を深々と突き刺され、噴水の様に鮮血を吹き出しながら…

 

「あぁ… あぁ……」

 

次女格は何度か宙空を手で掻きむしる仕草を見せた

まるで生への執着を見せるかの様に…

軈てその動きは緩慢となり、そしてそのままゆっくりとリングに崩れ落ちた

白いマットの上に咲いた真紅の薔薇が、彼女の亡骸を恭しく包んだ

 

「……きったない……」

 

頬に付いた血糊の一滴を指で掬い、ももは小さく毒突いた

 

「と、巴さんっ! イヤ! イヤァッ!?」

 

取り乱した長女格が駆け寄るが、既に彼女は事切れ、為す術は無かった

 

「酷いっ! どうしてっ!? どうしてぇっ!?」

 

顔を真っ赤に染めながら、長女格はももを詰る

 

「どうしてって…… めんどうだから……」

 

髪の袖を指で撫でながら、ももは悪びれる様子も無く答えた

 

「……許さない…! 絶対に許さないっ! ……コロシテヤル……!!」

 

長女格はリングに転がる木刀… 遺品となったそれ拾い上げると、ももに正対する

震える切っ先… 高い腰の位置…

ももは一目でその技量の未熟さを見抜いた

 

「……そう…… 忙しいから早くしてね……」

 

憎々しいももの挑発に、長女格は狂人の様な絶叫を上げながら打ち込んでくる

 

「ヤァァァァァッ!!」

 

渾身の一振り

だがそれは、ももの額の直前でピタリと静止した

ももの右手に… 人差し指と中指の間に受け止められたのだ

 

「クッ!? ……クウッ!?」

 

何とか払おうと木刀を捩るが、ピクリともしない

 

「キャッ!?」

 

ももの強烈な前蹴りが、自分より一回りも大きな長女格の身体を吹き飛ばした

 

「……どうしたの? 殺すんじゃなかったの?」

 

奪った木刀を、右手でぐるんぐるんと振り回し、そしてへたり込んだままの彼女の前に放った

 

「……みんな忙しいんだから…… ね、早くしよう……」

 

幼子に語り掛ける様に、ももはニタつきながら彼女を煽った

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

長女格は木刀を拾い上げると、ももに突進する

 

「……はい」

 

ももは此方からズンと間合いを詰め、木片を握るその両手を掴んで背負い投げた

背中から豪快に叩き突けられた彼女は、激痛に悶えてのたうち回る

今度はももが木刀を拾い上げる

そしてそれを右手に掲げて、彼女の前に立った

 

「!!」

 

気付いた彼女が腕を翳して防御の構えを見せるが…

 

『シュッ!』

 

空気を切る音がして、鞭の様にしなったももの右手と木刀が、空いた彼女の左頬を捉える

 

「ギャッ!?」

 

鮮血が飛んだ

倒れる彼女に二撃目を加える

 

「ウッ!!」

 

更に三撃目

 

「アァッ!?」

 

四発、五発、六発…

 

「キャッ!! ヤッ!? グウッ!!」

 

彼女の白い紋付きが、赤く染められていく

 

「やぁめぇろぉぉぉぉぉっ!!」

 

七発目を放とうとした時、小さな影が彼女を覆った

 

「わるものぉぉぉぉぉっ!」

 

涙に濡れる顔に怒りを滲ませ、まだ幼い彼女はももを睨み付ける

恐怖、憎しみ、絶望…

小刻みに震える彼女身体が、雑多な感情の極限を物語る

 

「……うん?」

 

ももは振り被った木刀を静かに下ろす

 

「わるものぉ! わるものぉ!」

 

姉に寄り添いながら必死に罵声を浴びせ続けるその姿は、まるで主人を守らんと懸命に牙を剥く子犬の様にも見えた

 

「……悪いのはその役立たずな肉団子の方でしょ? ふふ、大丈夫… 怖くない… 私は貴女の味方よ…?」

 

ももが見せた笑みは、まるで憑き物が落ちたかの様に、別人のそれだった

 

「………………」

 

余りのその穏やかで美しい表情に、怒りに血を滾らせた筈の幼い彼女は困惑する

 

女神様…

 

そんな言葉をもし知っていれば、彼女はそんな印象さえ抱いた事だろう

 

「……ほら、おいで… 私と行きましょう… 三女だけの… ヴァルハラへ……」

 

ももは膝を少し折り、左手を差し伸べる

 

「……ち、ちかよるなぁ! わるものぉ! あっちにいけぇ!!」

 

だが、横たわる姉の温もりが、彼女に正気を保たせた

 

「…………うん?」

 

それでもゆっくりとにじり寄って行ったももは、ある所まで距離を詰めると、不意に顔を顰めた

更には何かの匂いを嗅ぐ様な仕草を見せ、そして…

 

「……なんだ…… お前… "偽物"じゃない……」

 

そう吐き捨てた

その顔には再び"憑き物"が宿っていた

彼女の呟きは小さ過ぎてギャラリーには届かなかったが、例え届いてもその意味を理解はできなかったろう…

 

「にせものなんかじゃないっ!」

 

ただ一人、偽物と呼ばれた彼女だけは、その意味を理解して声を荒げた

彼女にとってはそれは、木刀で殴られるより耐えられない暴言だったのだ

 

「ちはつながらなくても… あちきたちは… さんにんしまいなんだっ! にせものなんかじゃないっ!」

 

自分に言い聞かせる様な叫びは、同時に唇を強く噛ませて、彼女にはまだ幾らか早い紅をそこに注させた

 

「偽物よ… 三姉妹なんかじゃないわ… …ったく、運営は一体何してるのよ……?」

 

ももは苦々しく口角を歪めながら、その代表者の一人たるレフェリーに目を遣った

だが、生憎ツインロールの彼女は、大分前に泡を吹いて失神していた

 

「……三姉妹ってのはね… 誰でも簡単になれる訳じゃないの… 神様がね… 人間を作った神様が、特別な役目の為に作ったのよ……」

 

ももはそう言うと、右手の木刀を高々と掲げ…

 

『バチンッ!!』

 

強かにリングに打ち突けた

切っ先が砕けて破片が飛び散る

幼い彼女はそれとその衝撃音に、身を強ばらせて小さな悲鳴を上げた

 

「あんたらは謂わば… この星の寄生虫… 穀潰し… 生きてる価値が無い……」

 

ももは再び木刀を掲げる

 

「ももっ!!」

「だ、ダメっ!!」

 

コーナーのキクと、ギャラリーのさやかは同時に叫んだ

彼女の意図と、次の瞬間リングに顕現する壮惨な光景を予期したのだ

 

「死ね……」

 

ももはポツリと呟き、切っ先を鋭利な姿に変えた木刀だった物を、幼い彼女の胸元へ矢の様な速さで突き立てた

肉を抉る鈍い感覚が伝わり、血渋きが辺りに舞う

ももの白い顔に、赤い斑点が幾つも描かれる

 

「…………キモ……」

 

その顔を歪めて、侮蔑の言葉を吐き捨てた

 

「……お、おねぇちゃん……?」

 

「……逃げて雛菊…… お姉ちゃん達の分まで…… 幸せに………」

 

背中の中央で深々と切っ先を受け止めた長女格は、震える手で幼い彼女の顔を一度だけ撫でると、そのまま崩れ落ち、二度と動かなくなった

彼女の骸からズルリと抜けた木刀だった物を、ももは再び構え直す

 

「……大丈夫…… 今直ぐ偽物のお姉ちゃんの所に送ってあげる……」

 

呆然として動けない彼女に狙いを定めた

 

「!?」

 

ももは背後から抱き締められ、ギョッとなった

自分が簡単に背後を取られた事がショックだった

勿論、気を緩めていたとは言え、そんな事が可能なのはそれなりの実力者…

 

「もう止めなさい… もも……」

 

次姉のひまわりだった

 

「……指図する気…?」

 

今日一番の眼光を彼女に向ける

 

『パシッ』

 

乾いた音がした

自分の頬が張られた事に、暫くももは気付かなかった

 

「……このっ!!」

 

反射的に手にしたそれを次姉の顔面に突き出す

 

「……どうしたの? 殺らないの?」

 

眉間の寸前で止まった切っ先

瞬き一つしないでそれを待ち受けたひまわりは呟いた

 

「…………………………」

「…………………………」

 

睨み合う二人

 

「………ふんっ 謝りなさいよ……」

 

先に動いたのはももだった

木刀だった物を下ろして、次姉に顔を近付ける

 

「…………ごめんなさい……」

 

ひまわりは深々と頭を下げた

その様を繁々と眺めてももは、鼻を一つ鳴らしてから振り返り、ゆっくりとリングを降りて行った

海を割る様に、ギャラリーがその行く手を開ける

 

「……うわぁぁぁ…… おねぇちゃん! おねぇちゃゃゃん! めをあけてぇぇぇ!!」

 

悲痛な叫びだけが、静まり返る練気闘座にいつまでも木霊した

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