風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 20

「あやか、他に痛い所はありませんの?」

「無いのだ! あやかは健康優良娘なのだ!」

 

控え室に並ぶ長椅子の一つに腹這いになり、クロールの様を見せるあやかは多分、自分の身体が全く以て異常無い事をアピールしているのだろう

 

「それにしても、何か騒々しいですわね…」

 

既に殆どの参加者にとっては物見遊山となる、三姉妹グランプリ最終日

決勝戦に閉会式と、その後に予定されているという豪快レセプションを目的にした彼女らの雰囲気は、もうこの日は朝からずっと穏やかで、初戦では得られなかった拍手を、先程の試合で受けられたのも、そういう理由があっての事だった

だが、その空気が俄に不穏な物へと変わり始めたのを、まどかは敏感に感じ取っていた

 

「……そなのだ? もしかして、あやか達の活躍に驚いているのだ?」

 

知恵故障感覚では、控え室内の見渡す限りに特段変わった様子は見られない

門扉が閉鎖されている、係員の様子がおかしい、そんな会話も聞こえては来たが、あやかの興味を引く様な物では無かった

 

「ま、まどか姉……」

 

そこにさやか姉が姿を現した

 

「……さやか?」

 

その青ざめた表情を見ただけで、まどかは自分の感じた空気が錯覚でない事を確信した

 

「さやか姉、お帰りなさいなのだ! ももちゃんは…!? 勝ったのだ!? んんや、きっと勝ったのだ!」

 

一人無邪気なあやかは長椅子に正座して、次姉の口から語られるであろう親友の活躍劇を期待する

自分に向けられない顔色に関しては、とことん無頓着なのが知恵故障なのである

 

「……あんな… あんな"化け物"だなんてアタシ………」

「……さやか………」

 

まどかは長妹のその一言で、彼女の見た光景と、周囲のざわついた空気の原因に想像がついた

 

「……アタシ…… 怖いよ……」

 

豊満な己の胸を抱いて身を竦めるさやか

 

「さやか… 姉……?」

 

然しものあやかも普段とは違う次姉の様子に、小首を傾げて目を屡叩かせる

 

「ふふっ… 戦う前から負ける事を考えるお馬鹿はおりませんでしょ?」

 

さやかがいつぞやあやかに言いは放った台詞をそのまま、今度は彼女に対してまどかが放った

 

「……良いです事…?」

 

そしてさやかの肩に手を掛けると、長椅子に腰を下ろさせ、もう一方の手をあやかの首に回す

まどか姉が二人を引き寄せ、三姉妹の顔が今日も間近に揃った

 

「……わたくし達、風上三姉妹が力を合わせれば、どんな強敵にも必ず打ち勝てますのよ… 泣いても笑っても次が最後… 何の為に此処に来たのか… 何の為に生まれて来たのか… それを今一度、思い出しますのよ……」

 

「……そうね、まどか姉……」

「あやか、頑張るのだ!」

 

「絶対に最後まで諦めませんわよ…!」

 

長姉の言葉に妹達は大きく頷く

三姉妹の前髪が擦れ合い、まるで円陣を組んで手を突き出しかの如く、その中央で弾んで見せた

 

『大会本部より連絡致します……』

 

その時、控え室のスピーカーが鳴いた

 

『……正午に予定されておりました決勝戦は、諸般の理由により、只今より前倒しして実施致します… つきましては、決勝進出三姉妹は、速やかに会場にお越しください……』

 

「「!!」」

「……あらあら……」

 

まさかの決勝前倒しに、三姉妹の顔に緊張が走る

でも丁度良い

今まさに、三姉妹は気合いを入れ直し、健闘を誓ったた所だ

そんな同じ思いで、今度は三人が同時に頷き、まどか姉を先頭として控え室のドアへと向かう

居合わせた他の三姉妹らが、遠巻きにその勇姿を見送る

 

「……あやか?」

 

不意にまどか姉が足を止め、あやかを振り返った

 

「……うん?」

 

「…………何があろうとも… 最後まで… 最後まで絶対に戦い抜きますのよ!」

 

まどか姉からの絶大なる信頼

あやかは首がもげるかと思われる程、その頭を大きく振って、期待に応える事を誓うのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……昔、ある偉大な哲学者は申しました… この世の全ての人間は、次の三通りに分けられると…… 即ち、必要とされる者… 必要とされぬ者… そして三姉妹、と……」

 

一条のスポットライトが照らすリングの上、赤縁眼鏡が口上を述べる

 

「またある商人は申します… 人は皆、母親の乳を欲して大人となり… 長じては富と名声を欲し… 富豪となりては、三姉妹の乳を欲する、と……」

 

リングを囲む暗がりの中には、無数の人影が息を殺して犇めいていた

 

「聡明なる神学者はこうも申しましておりりました…… 神は最初に天地を創造し… 次いで空と海とを造り… 最後に三姉妹を造ったと……」

 

リングサイドで、あやかはお姉達と手を繋いでいた

あやかを中心に、風上三姉妹は一つとなっていた

 

「……浅井三姉妹… 見ておられますか…? ブロンテ三姉妹… そこに御出でございますか…? 宋家三姉妹… 今の御気分は如何に…?」

 

照明が徐々に光度を増し、決勝の舞台を浮かび上がらせる

否応なしに、その場に居合わせる全ての者のボルテージは跳ね上がる

 

「……第三十回、最優秀三姉妹決定戦、三姉妹グランプリ…… 只今より、決勝戦を開始しますっ!!」

 

この大会始まって以来、最大の歓声が辺りを包む

 

「先ずは赤コーナー! ロストラウンドカウント、5… モストウィナー、長女まどか… 風上~ 三姉妹っ!!」

 

その雰囲気引き継ぎ、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる

予想外の大声援に戸惑いながら、風上三姉

妹はリングに上がって観衆に一礼をする

これが決勝戦の空気というものか…

これまで向けられた、刺々しい視線とオーラとは、全く別物のそれ

これまでの自分達の戦いが認められた気がして、三姉妹は素直に嬉しかった

だが、直後の相手チームの登場で、それがそんな単純なものではない事に気付く…

 

「ももちゃ~ん!!」

 

いち早くその姿を認めたあやかが、リングの下に向かって両手を振る

この期に及んで彼女の脳裏では、親友との苺タルト大食い対決という、極めて都合の良い戦いに挑む己の姿が浮かんでいた

 

「……続きまして青コーナー… ロストラウンドカウント、1… モストウィナー、長女キク… 大空~ 三姉妹っ!!」

 

『ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!』

 

地鳴りにも似た激しいブーイング

罵声が飛び、物まで投げつけられるその様は、風上三姉妹とはまさに真逆の迎えられ方だった

 

「う、うひぃ!?」

 

雰囲気の険悪な一変に、無関係である筈のあやかは思わず身を竦める

三姉妹はそこで初めて、自分達に向けられた大声援が、この対戦相手に対するアンチテーゼである事を理解する

観衆はこの大空三姉妹を憎み嫌い、風上三姉妹が彼女らを伸す事を期待して、ここに集い声援を送った訳なのだ

 

「「………………」」

 

その理由を直に目にしたさやかと、その姿から感じ取ったまどかは、軽いパニックに陥る愚妹を尻目に、その表情に緊張の色を湛える

 

「……急かしちゃってごめんなさいね…… "連中"が動き出しちゃったから、余り時間が無いの……」

 

先頭を切ってリング袖から這い上がったももが、誰に向けてともなく呟いた

あやかを除く風上三姉妹の二人は、その言葉に眉尻を吊り上げる

冗談を言っているとは思えない

つまりこの目の前の少女は、この大会の運営に口を挟める存在…

それに動揺を隠せなかったのだ

 

「「まさか…?」」

 

呻きに似た呟きを重ねたまどかとさやか

しかし、その"まさか"の意味は違っていた

 

「も、ももちゃん!」

 

一方、いつも通り蚊帳の外のあやかは、自分に目を合わせてくれない彼女に、何か気の効いた言葉を掛けようとするが、それはレフェリーに因って遮られた

 

「それでは決勝戦、第一ラウンド! 対戦種目は僭越ながら、ワタクシが選ばせて頂きます… ……第一ラウンドは… これだっ!!」

 

レフェリーが右手を真後ろのディスプレイに翳す

 

『ガチンコ格闘技対決』

 

「よしっ!!」

 

右手の拳を左掌でバチンと受け止め、さやかが声をあげた

 

「……気を付けますのよ」

 

承認を求める様に顔を向けた長妹に、まどかは頷き先鋒を託した

彼女が部活代わりに打ち込む少林寺拳法の技量は、既に護身術のレベルを越えている

それはまどかも認める所である

一方、対峙する相手三姉妹には、その体躯から本格的な格闘技経験者は居ないと思われ、油断さえなければさやかの勝利は揺るぎないと思われた

 

「……手短にね……」

 

ボソリと呟くももの言葉に頷いて、青コーナーからは次女ひまわりが歩み出る

長い後ろ髪を棚引かせ、側頭で束ねた前髪を揺らす彼女の姿は、雰囲気的にはさやかと似ており、更には彼女から毒を抜いたといった感じの柔軟さがあった

 

「……さ、さやか姉 頑張るのだ!」

 

次姉の後ろ姿に声援を送るあやかだが、その心中は複雑であった

既に自己紹介を交わしたひまわりも、あやかにとってはマイフレンドであり、どちらも痛い痛いが避けられそうに無い、この様な対決は直視しし難いのだ

どうかスポーツマンシップに乗っ取って、正々堂々勝負し、最後は握手をして互いの健闘を称え合って欲しい…

当事者の一人であるという己の立場も忘れて、あやかはそんな小生意気な祈りを心に呟いた

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