風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 22

「な、なんでなのだ!? 苺タルト大食いは、あやかの出番の約束なのだ!」

 

先刻のさやか姉の口答えに感化されたのか、あやかも風上三姉妹の禁忌を冒す

尤も、あやかにしてみれば、一度交わした約束を反古にする、まどか姉にこそ非があるという言い分である

勿論、その約束とは、あやかのイカれた脳内で勝手に構築された妄想の産物であるが…

 

『バチンッ!』

 

当然の事ながら平手を見舞われる

拳でなかっただけ幸運である

状況だけに、ニー・バットの可能性もあり得た

ただ、あやかの狂騒モードを解除するには、今は平手だけで十分の効果があった様だ

 

(……やっぱりビンタは姉が妹にするものなのだ……)

 

当の本人も、そんなピントの擦れた感想を抱きながら、何とか足を踏ん張って、身体のバランスと正気を取り戻す

 

「……さやかをお願いね、あやか……」

 

あやかは黙って頷いた

冷静になって見れば、まどか姉が言う事も一理ある

もし仮に次の対戦種目が、"伊勢海老タルタルの大食い"だったら…

苺タルトで満腹の状態では、最高のパフォーマンスは発揮できないであろう…

その為を思っての交代命令なのだろう

万物を己の都合良く解釈する知恵故障は、今回も遺憾無くその特殊性を発揮した

 

「ま、まどか姉… 頑張って!」

 

伊勢海老タルタルは任せて!

そんな思いも込めて、さやか姉に肩を貸して赤コーナーに戻るあやかは、背中を向けた長姉に振り返り声援を送った

 

「ちょっとアンタ!!」

 

その首を、さやか姉の左手がホールドした

目を白黒させて悶えるあやか

 

「……頑張れって… 頑張れってどういう事よっ!? 頑張ったら…… 死んじゃうじゃないっ!!」

 

薄れ行く意識の中で、あやかはそれも尤もだと思った

確かに食べ過ぎは身体に良くない

お宿の夜御飯もあるのだ

分かりましたとばかりに、さやか姉の手を高速タップして、あやかは何とか一命を取り留めた

 

 

 

例の黒子達によってリングに備えられたテーブルと椅子

そこに白い皿に乗ったタルトが運ばれて来る

 

「南米ボリビアの原住民が毒矢の原料として用いる猛毒苺、ポンデ・ヨ・リ・マシマシをふんだんに使用した特製タルトです! …ルールは簡単、それぞれ1ピースずつ同時に食し、先に嘔吐、下痢、失神、または死亡した方の負けです!」

 

南米アンデスの空っ風の様に、どこまでも突き抜けて爽やかなレフェリーの解説

苺タルトの名には似つかぬ、見るからに毒々しい赤紫のクリームが、べっとり乗った悪魔のお菓子…

対峙する二人、風上三姉妹代表まどかと、大空三姉妹代表キクの顔にも、流石に緊張が走る

 

(あ、あんまり美味しそうじゃないのだ…)

 

あやかをしても、その風合いにお洒落な女子会お茶請けの雰囲気を嗅ぎ取る事ができず、まどか姉と替わって貰って心底良かったとの、余りに非道な感想を心に漏らした

 

「因みに成人女性の致死量は2ピースです… それじゃ、バトル開始~!!」

 

一瞬、ちらりと互いを向き合い、それから同時に皿のタルトに手を伸ばす

 

「……時間が無いんだから、一口で行ってよ……」

 

背中に受けるももの声に責付かれたかの様に、キクが大きく口を開けて、手にしたタルトを一口に頬張る

 

「もぐん… もぐ…… ウグッ!?」

 

咀嚼が止まる

…と、電気ショックに打たれたかの様に、その身体がビクンとなって、忽ち顔が蒼白になっていく

 

「……赤コーナーはギブアップね? ……レフェリー……」

 

ももの声にまどかが反応した

透かさず目の前の皿からタルトを拐って、それを口の中に押し込める

 

「……もぐ…… もぐ…… ググゥゥゥ!?」

 

ひまわりと似た様なリアクション

加えて若干、椅子から飛び上がった様に見えた

喉元を押さえて、目を見開き、第三者には見えない何かと必死に格闘を始めた

 

「ま、まどか姉ぇ~……」

 

生まれて初めて見る、まどか姉の激しい悶絶姿に、あやかも動揺をきたす

まさか、そこまで不味かったのか…

何があっても常にクールビューティーな、まどか姉…

それがあんな、半身を踏み潰された芋虫みたいな醜態を晒すとは…

できる事なら大きな紙袋を頭から被せてあげたい…

姉思いの優しいあやかはそう思った

 

「1ピース目は双方クリア~ それじゃ2ピース目、行ってみよ~! ダブルピースでアヘ顔晒しちゃって~!」

 

流石に大会司会者は、その壊れっぷりも半端ではなかった

非道な煽りに応え、キクが二皿目に震える手を伸ばす

 

「……死ぬの怖いの? ……じゃあ、止めてもいいわよ……」

 

更に追い撃ちを掛ける妹の詰りに、空いた左手をギュッと握り締めたキクは、2ピース目を一気に頬張る

今度はまどかも間髪入れずにそれに続いた

 

「……もぐ……」

「んぐもぐ…」

 

「「ヴッ!?」」

 

体内に蓄積した毒素と相俟った2ピース目の衝撃は、文字通り死に至る破壊力があった

双方身体を仰け反らせ、虚空を掻きむしって、命の糸を手繰り寄せんと奮闘する

 

「まどか姉!」

 

さやかが甲高い悲鳴を上げる

そんな次姉を落ち着かせるのが、頼まれた自分の役目だと、あやかはその肩に手を伸ばす

 

「さやか姉、あのタルトはきっと凄く不味いのだ!」

 

あやかが見抜いた、まどか姉の悶える理由

それがさやか姉も分かれば、多少は落ち着きを取り戻す筈…

そんな上から目線の算段だった

 

「不味いに決まってんだろっ!!」

 

風を切る音がして、頗る切れの良い右フックがあやかの下顎にヒットした

 

「アンタのせいで…! アンタを守る為に! …まどか姉は苦しんでんのよっ!!」

 

ぐらんぐらんとする頭の中に、さやか姉の怒号が響いた

 

「……なんでよ! なんで同じ姉妹なのに…! アンタだけ"特別"なのよ…!!」

 

最初の台詞には多分に同意できたが、次の言葉の意味は理解できなかった

 

「……さぁ どちらもダブルピースでは逝かないのか~!? 流石は決勝進出者、それでは3ピース目!」

 

次の皿が運ばれてくる

口角から赤い泡を漏らし、全身で危険な脈動を繰り返すキクが、もう大分自由の利かなくなった腕をそれに伸ばす

 

「さぁ! 青コーナー、キク選手、3ピース目に突入~! 赤コーナーはどうだ~?」

 

解れて垂れた長い髪を揺らしながら、荒い息遣いのまどかも皿に手を伸ばす

 

「も、もう止めてよ、まどか姉! もうここまでやれば十分でしょ!?」

 

さやかの言葉に頭を振る様に、大きな痙攣を一つして見せてから、まどかは3ピース目のタルトを口に運ぶ

 

「…………………」

 

一方、先に手を伸ばした筈のキクは、どうしてもそれを口内に押し込む事ができず、まるで死化粧の紅の様に、唇の周りを赤紫のクリームで染め続けていた

意思としては咀嚼したくとも、生物としての本能が、歯を噛み締めて固く閉ざすのだ

 

「……そういう小芝居はいいから… ギブするならさっさとギブしなさいよ…… どうせ貴女になんか、最初から何の期待もしてないから……」

 

三度目の謗りに、キクが嗚咽とも唸りとも取れない呻きを上げ、タルトの乗っていた皿を自分の歯の間に押し当て始めた

 

「「!?」」

 

突然の奇行に、赤コーナーの二人も目を奪われる

だが、その意図は直ぐに分かった

本能の力で固く閉ざされた己の歯の門を、皿を破城槌代わりに用いて打ち破ろうというのだ

 

「ウゥゥゥゥゥゥゥゥ……!」

 

キクの呻きの高鳴りと共に、少しずつその皿が飲み込まれ、エナメル質の壁に楔を打ち込んで行く

そして僅かに開いた隙間に、キクはタルトを漆喰の様に押し込んで行く

最早、苺タルトである必要性も、大食いの要素も、何が何に勝とうとしているのかも、居合わせる誰もが分からなくなっていた

私達はいったい何を目にしているのか…?

周囲のギャラリーも、ただただ思考の力を失わせて行く

 

「ウグッ! ウグッ! ワグッ!?」

 

嘔吐きながらも3ピース目を食さんとする対戦相手の姿に、まどかも覚悟を決める

何度か呼吸を整えた後…

 

「フグゥゥゥゥ……!!」

 

凡そお菓子を口にしているとは思えない擬音を残して、お菓子のなりをした悪魔のお菓子を、一気に口内へ消し去る

 

「ウグッ! ヒグッ! エグッ!」

「ウウゥゥゥウウゥゥゥゥヴッ!!」

 

固唾を飲んで見守る全て…

果たして何れかが倒れるのか、それとも4ピース目に突入か、将又ダブルノックアウトか…

耳鳴りを覚える程の静寂…

 

『パリンッ!』

 

それを打ち破ったのは陶磁の破砕音だった

白眼を剥いて皿を噛み砕いたキクは、そのまま椅子ごと仰向けに倒れる

一方のまどかは、テーブルに手を付きながらも、何とかヨロヨロと立ち上がる

 

「勝者赤コーナー、風上まどか選手~!」

 

レフェリーがまどかの勝利を宣言する

 

「や、やったぁ! まどか姉ぇ!」

 

喜び勇むあやかの脇をすり抜けて、さやかはまどかの元に駆け寄る

 

「早く! 早く吐いて! まどか姉ぇ!!」

 

さやかは叫びながら、その背中を必死に擦る

だが、まどかはその手を振り払って、代わりに長妹のその顔をぐっと引き寄せた

接吻するかと思われる程の距離で見詰め合う二人

 

「や、やだ! そんな事言わないで!」

 

さやかは悲鳴に近い叫びを上げる

 

「す、少し運動すれば、夜御飯の頃にはまたお腹が空くのだ」

 

何やら艶やかで湿っぽい姉達の目合いに、やや面食らった御子様あやかが、後れ馳せながらそこ列する

 

「お願い! 向こうに行って! 二人だけにして、お願いっ!!」

 

だが、完べそのさやか姉にそれは激しく拒絶される

 

「……? ……?」

 

何故に自分を邪魔者扱いするのかは分からないが、さやか姉に"お願い"をされてしまっては、最早どうする事もできない

ひんひんと泣き喚いて、幼子の様にイヤだイヤだを繰り返すさやか姉

その頭を優しく撫でるまどか姉

それを少し離れてぽつんと見守るあやか

何とも気まずい赤コーナー…

 

「!?」

 

そんなあやかのその視界の隅に、またしても信じられない光景が飛び込んできた

 

「……ホント… どこまでも役立たず……」

 

そんな悪態をつきながら、ももちゃんが倒れたお姉ちゃんのお腹を踏みつけたのだ

その衝撃で、ももちゃんのお姉ちゃんは、噴水の様に赤紫色のタルトだった物を吐き出した

 

「…………………」

 

あやかの薄い脳裏にも、先程彼女が見せたビンタの光景が甦り、それと今の光景が相俟って、ももちゃんに対する心象をほんの少しだけ悪くした

 

(幾ら仲が良くても、お姉ちゃんを打ったり蹴ったりしてはダメなのだ!)

 

これは友達として、少し忠告せねばなるまい

そんな思いと手持ち無沙汰から、あやかが青コーナーに向かおとした刹那

 

「……さっさとギブアップすれば… バカ!」

 

そう言って此方に振り向いた彼女の顔に、光る物を見つけた

知恵故障のあやかには、この世の全ては余りに難し過ぎて、何もかも理解する事などできはしない

だが、ももちゃんがお姉ちゃん達に奮う暴力が、完全なる悪意に基づいた物ではないことは、分かった気がした

事実、ももちゃんにお腹を踏まれたお姉ちゃんはすっきりしたのか、身体を起こして口を拭っていた

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