(!?…… 地震?)
あやかはその時、身体が微かに揺れたのを感じた
反射的に上空に吊るされた光源を見遣る
「さぁ、レフェリー… ファイルバトル… 初めましょう」
「!?」
微かな揺れを確認したあやかの意識は、かなりの至近距離から聞こえた親友の声に向けられた
「……ふぅ… どうやらそろそろ御開きの時間が来た様です… 決勝戦、第三ラウンド… "演目"はこちら……」
ディスプレイが一旦消灯し、少し間を置いてから再び灯った
『三女覚醒の儀』
微かなどよめきがギャラリーから起こる
「さんじょ… おぼえなんとかの… ぎ?」
「"かくせい"の儀、よ…」
肩を並べたももが、あやかに噛み砕いた
「伊勢海老タルタル… ではないのだ?」
希望が実現しない事が不思議に感じる知恵故障は、小首を傾げて人差し指をくわえた
だが直ぐに、その指はももによって払われた
「うっ!?」
一瞬の出来事だった
あやかの唇はももに吸われていた
反射的に引き離そうとするが、ももの力は強力で、為す術も無かった
混乱するあやかは何も考えられなかった
何秒か、何分か、そうしていたのも分からない
『ドスンッ!!』
激しい地鳴りがして、照明が瞬いた
方々から悲鳴が上がる
天井から塵が落ちて来て、漸くあやかは解放された
「!?… !?… ももちゃん?」
それでもまだ間近に控える親友の顔を、驚きの表情で見詰めるあやか
何が起きたのか分からなかった
分かってはいたが、理解できなかった
その時、今度はスピーカーががなる
『大会本部より大空三姉妹へ! 只今、米軍特殊部隊が地下一層、回廊部へ突入! 足止めは困難! 五分以内に練気闘座へ殺到の見込み!』
喧騒が輪になってギャラリーを渡って行く
「……来たわね……」
ももは上を見上げて呟くと、レフェリーからマイクを受け取る
二人の姉に顎をしゃくると、リングの中央に立った
「……みんな、聞いて頂戴… ううん… 聞いて欲しいのは三女だけ……」
もものマイクパフォーマンスに、ギャラリーが僅かに冷静さを取り戻す
「もうすぐ此処に、米軍の特殊部隊が来るわ… 私達を殺す為に……」
それが一気に沸騰する
「……信じたくないなら信じなくてもいい… そんな奴は要らない… でも、助かりたいなら… 私達に… 私に力を貸して……」
判別できない程の怒号と詰問が、リングのももに殺到する
「……時間が無いから手短に話す… 十年前… 科学者だった私達の母は、歴史的な発見をしたの… ううん、正解に言えば再発見、検証、伝承の検証……」
マイクを手放した司会役が、ももに最敬礼をしてリングを下りる
待ち構えた黒子に短機関銃を渡され、それをリロードしてから巨門の方へ駆けて行く
見覚えのあるレフェリー陣と、大勢の黒子達がその後を追う
「貴女達… 三姉妹が死んだ所を見た事がある? 病気で、事故で、犯罪で… 三姉妹が死んだニュースを見た事がある?」
ももの反問に、幾らかギャラリーが鎮まる
「無いでしょ? ……カラス、猫、三姉妹… 沢山生まれてる筈なのに、この三つはその死に際を、ほとんど誰も目にしてないの……」
ももの隣にポツンと立ち尽くすあやかは、余りに唐突などんでん返しの連続に、自分の思考を統一させる事ができないでいた
健常者たるギャラリー達ですらそうである
知恵故障なら輪を掛けて尚の事…
「……目にしてはいないけど、勿論ちゃんと死んでる …カラスは巣のある森の奥で… 猫は弱った身体を外敵から守る為に、有らぬ所でひっそりと… ……そして三姉妹は……」
今度は大きな爆音が轟く
かなりの至近距離
悲鳴が巻き起こる
「……そして三姉妹は…… ここ、練気闘座で… 殺されるのよ!」
何を言っているのか分からないよ
あやかは多分、そんな意味の言葉を口にした
それにももちゃんが反応し、ほんの一瞬顔を此方に向けた
悲壮感漂うその表情が、更に刹那、とても穏やかな笑顔に変わった
「……勿論、米軍だけじゃないわ… 時の権力者達に因ってよ… 米軍は今の権力者… 今回たまたま… 既得権にしがみつく権力者達にとって、三姉妹は危険な存在なのよ……」
更に大きな爆音が響き、続いて無数の銃声が木霊した
最早、誰も悲鳴すら上げる余裕を失っていた
「三姉妹は… 正確に言えば、それを成立させる"三人目"… は、自然に生まれては来ないの… 哺乳類の… 人間にだけ…… 昔、人間を造った神様が仕込んだ… タイムカプセル…… 人間を進化させる… ううん、進化した人間そのもの……」
熱を孕んだ風が、火薬の臭いを運んできた
ギャラリーとリングの間を火線が幾筋も過る
それが恐慌に火を灯し、瞬く間に燃え広がる
蜘蛛の子を散らす様に、ギャラリー達が一斉に逃げ始める
「逃げる場所なんて無いわ… 死にたくなければ戦いなさい… その為の準備はして来たわ!!」
マイクを捨て、ももが振り向くと、その先のコンクリート壁が突如爆裂する
もうもうと立ち込める土煙の中から、巨大な何かが姿を現した
「う、うひょっ!?」
あやかが漸く知恵故障らしい反応を示した
「……中継車四号… 日本政府と米軍を欺く為の仮の名……」
解説する様にももはあやかの背中に呟くと、そのままその鐵の人型…
巨大なロボットアーマーに駆ける
人の背丈の五倍もあろうかというそれにももが近付くと、恰も自分の意思を持つかの如く、立て膝をついて彼女を迎えた
同時にその胸元が大きく開き、そこにももが飛び込む
「きゃゃゃゃぁっ!?」
「イヤァァァァァッ!!」
悲鳴が巻き起こる
黒子達とは違う、忍者の様な黒ずくめの集団が、リング袖に殺到し、辺り構わず機関銃を乱射する
哀れな三姉妹の幾片らが、血潮を吹いて忽ち無惨な肉塊に姿を変える
「や、やだぁっ!? お、お姉ぇ!?」
リング上に一人残されたあやかは、自分に向けられた銃口に気付いて、先程まで側にいた筈の存在を必死に探し求める
助けを求めると言うより、最期の時を一緒に迎えたかったのだ
「!?」
その時、あやかの頭上に影が差す
目で追った先で、あやかに狙いを定めた黒ずくめが、何かから逃れ様と背を向け、そして一瞬にして消えた
『ドシンッ!』
激しい地響きがした
今度こそ地震かと思った
だがそれは、ももが乗り込んだ鐵の人型の、着地の衝撃だった
「も、ももちゃん!?」
あやかの呟きに応える様に、人型は長い手を伸ばす
『ズドドドドドドドッッッ!!』
空気を震わす様な炸裂音が轟き、その先にいた黒ずくめ達を文字通り消し去った
「ふん… ふん… ふははっ!」
ももちゃんの笑い声が人型の中から響いた
「……秘密に近付き過ぎた母は米軍に消されたわ… だけど、私達に抵抗の手段を残してくれた… この組織と技術力… 奴等の最大の誤算は、大空さくらに三姉妹が生まれた事! この三姉妹グランプリは、三姉妹を抹殺する為の物では無く、三姉妹による世界革変の契機なのよ!」
人型がゆっくりと振り返る
「……さぁ 三姉妹達… いいゃ… 三女達… 共に立ち上がるのよ… この中継車四号の量産型は、もうそこに……」
人型の腕が指す先、先程まで巨大ディスプレイのあった一面には、何時の間にか巨大な空間が開けてあり、そこにももの乗機と同じ、鐵の人型が何十体も鎮座していた
「……何も心配はいらないわ… 三女だけが持つ、トリプルX染色体を埋め込んだ有機コンピューターが、搭乗者のである三女の精神とリンクする… 神になれるのよ……」
辺りを不気味な静けさが支配する
「……行きましょう… 築きましょう… 三姉妹の… 三女のヴァルハラ…… もうつるペタとも、ツンデレとも、シスコンサイコレズとも言われない、三女だけのヴァルハラへ!」
動く者は見当たらない
皆息を殺して姿を隠している
あやかはそう感じた
「……さぁっ! どうしたの!? 立ち上がるのよっ!!」
答える者は現れない
「……さぁっ!!」
再度の呼び掛けに反応したのは、頭上からの爆発音だった
再び地震の様に細かく揺れ、照明がプツリと切れた
直ぐに赤暗い非常灯に切り替わる
小さな悲鳴が方々であがり、やはり多くの三姉妹がまだ存命である事を伺わせた
「……このまま棺桶にするつもりね…… もう形振り構わないんだ……」
再び向きを変えた人型
「……じゃあ、遠慮無くヤらせて貰う… 貴女達、三女らを搭乗させて‥ 拒むなら殺して構わない… どうせ三姉妹はまだ他にもいるわ…」
貴女達、と呼ばれたキクとひまわりが、暗がりから現れる
手にした短機関銃のマガジンを交換しながら、大きく頷いた
「……あやか……」
不意にももちゃんに名前を呼ばれて、あやかは小さく飛び上がった
「貴女は… 来てくれるわよね……」
人形の中に収まった彼女の顔を伺い知る事は出来なかったが、あやかには何故かその表情が浮かんだ
『ドゥゥゥン!!』
その時、大きな爆発音と振動
「……行くわよ… 三女の恐ろしさ… とくと味あせて… あ… げ… る……」
そう言い残して、ももの乗機はその厳つい姿からは想像も出来ぬ速さで、爆破された巨門の入場口から、螺旋階段の吹き抜けに躍り出る
そして何処からか火を吹くと、地上に向けて文字通り飛翔した
その熱波があやかの頬を撫でて通り過ぎた