「……手荒な真似はしたくないんです… でもこれも… 三姉妹に生まれた者の宿命… どうか私達と… ももと一緒に戦って……」
ひまわりの声が凛と響いた
「生き延びるにはそれしかないの… 現実を受け止めて……」
短機関銃を構え直したキクと、リング上のあやかの目が合った
「は、はうぅ……」
もう失禁し続けで、でろでろになった太腿を擦り合わせながら、あやかは後退る
「……こっち!」
「!!」
さやか姉の声が背後からした
呼ばれるがままに、あやかはその声のした方にダッシュする
後ろから撃たれるかと思ったが、銃声は聞こえ無かった
壁から出張った柱の陰、手招きする愛しい姿
「しゃ、しゃ、しゃやか姉ぇ!!」
何処へ行っていたのだ? もう二度と離れないのだ!
そんな思いで、そのメリハリのあるボディに抱き付いた
「……こっちに来て!」
だが、再会の喜びもそこそこに、さやか姉はあやかの手を引いて、細い通路へと案内する
人がやっとすれ違える程の、暗く狭い通路
そこを走る様な速さで、あやかは手を引かれて行く
「い、痛いのだ、さやか姉」
反応は無かった
「ま、まどか姉は?」
その言葉に、あやかの右手を握る握力が強くなった
軈て行き止まりにぶつかる
さやか姉はあやかの手を払うと、ポケットから鍵を取りだし、壁をまさぐる
行き止まりと思われたそこは、小さな扉の前だった
「さ、さやか姉?」
微かな啜り泣きが聞こえた気がして、あやかはその背中をじっと見詰めた
暗がりの中、漸く解錠に漕ぎ着く
扉の向こうには長い細い階段が待っていた
「こ、ここから表に出るのだ? まどか姉も待っているのだ?」
「早くしなさいよっ!!」
暗がりでも分かるさやか姉の鬼の形相に、あやかは"ごめんなさい"を連呼して、その後に続く
腹の底に響く様な爆発音が何度も響いた
(ももちゃんが戦っている…)
その思いが、あやかの心境を複雑な物にする
何の為に、何といったい…
あやかには何も理解できないが、彼女の残した一言が、あやかを苦しめる
親友を見捨てる様な、深い後ろめたさが…
…かなりの距離を上がってきたが、不思議と疲労は感じなかった
生命の危機にあれば、あらゆるリミッターは外れる物だろう
漸く狭い踊り場に出た
さやか姉がその先の扉を開くと、明るい外光が射し込んで来た
「や、やったのだ!」
あやかは思わず感嘆を漏らす
「!?」
だが、さやか姉と共に足を踏み出したそこは、正確にはまだ地表では無かった
「良かった… まだ無事だった」
さやか姉が呟く
高い天井の全てが窓で構成されたその空間
その窓から青空が望め、明るい日の光が降り注ぐ
柔らか絨毯と思ったそれは深い芝生だった
だが、あやかの興味を惹いた物は、それらではなかった
「うひょ~?」
その部屋の中央、芝の絨毯の上に足を投げ出して鎮座する、巨大なお人形…
あやかも大好きな麻雀パイを繋ぎ合わせて構成された、ヒトガタのそれ…
あやかは胸の高鳴りを感じる
ぱっと見、ちょっとお洒落空間にも思えるこの場所と、巨大な謎のオブジェ…
まるで秘密の遊び場所…
如何なる時でも、あやかのワクワク狂騒モードはモードBなのだ
「……さ、さやか姉!? ここは何処なのだ? これは何なのだ!?」
逃げて来た筈なのに、こんなところで遊んでしまうのか? まどか姉を除け者にして?
期待と懐疑を半々にしたあやかの眼差しが、さやか姉の横顔に注がれた
「……あやか…… アンタ、これに乗って戦うのよ……」
「……………ん?」
さやか姉がゆっくりと顔をあやかに向ける
「……これはね…… お母さんがこの日の為に、雀荘で得た資金で造り上げた、凡庸人型決戦兵器、パイジンイーぺー号なのよ!」
「……………ひとがた~?」
麻雀パイを連ねただけにしか見えない、安い中国製の玩具を巨大化しただけの様なその姿に、あやかは今一度視線を向ける
「……トリプルX染色体… 三女だけが持つその染色体とシンクロする、有機コンピューター… あの中継車四号とやらと同じメカニズム… でも、アンタとのシンクロ率なら、こっちのが断然上よ! …何せ、お母さんの……」
「…………………」
また大地を揺らす衝撃と、爆発音が轟いた
天窓がビシビシと悲鳴を上げる
青空の下を黒煙が過り、辺りをほんの少し暗くした
「……もう分かったでしょ? 私達の母、風上楓は… あの大空三姉妹の母、さくらと同じ謎に迫った科学者だったの… そして、それを巡る陰謀にも気付いた……」
「…………………」
「不思議なものね… 奇しくも同じ様な方法で、同じ様に娘達を守ろうとした…… でも、あの娘達は目的が違う! 三女の力を使って世界を征服する事… 世界に復讐する事が目的!」
「…………………『ゴロゴロ』」
「私達の目的は、三姉妹グランプリを止めさせて、三姉妹を救う事! …その為に此処に来たのよ!」
「…………………『ブブッ ブピ~』」
「……あやか、だからお願い! これを動かせるのはアンタだけ! みんなを助けて! あの娘達を止めて!」
「…………………『ブスッ ブスッ ブバッ』」
「……ちょっと聞いてるの!? …って、臭っ!? なにこれちょっと!? えぇ!?」
あやかは啜り泣きを始めていた
「……もうやじゃ…… お腹いちゃい…… お家帰りたいのじゃ………」
「ちょ、ちょっと!? なんでこんな時に大漏らしてんのよっ!? そんな事で戦えるのっ!?」
「戦いたくなんて無いのらぁ!」
「戦いたく無い? ……じゃあ、いったいアンタは何の為に此処に居るのよ!」
「湯治なのら…! あやかは湯治に来たのらぁ! ロボットで戦う為じゃないのらぁぁぁぁぁぁん!!」
号泣に転じた
「バカッ!!」
さやか姉の強烈なビンタが、あやかの濡れた頬を捉えた
湿った肉の打たれる音が、小気味良いまでに響く
「アンタはいいわよ… そうやって泣いて喚けば、気分も晴れるんだから…… ……でも…… でもそれじゃ、まどか姉は……」
今度はさやか姉が声を詰まらせた
「……? ……ま、まどか姉… どうかしたのだ……?」
その時、背中越しに冷たい空気が流れるのを感じた
「……何処にいらしたのかと思えば、こんな所にこんな物を……」
振り返ったその先に、ももちゃんのお姉ちゃん、ひまわりが居た
「……お気の毒ですが、止めさせていただくわ…」
短機関銃を構えるひまわり
「あやか、行って!!」
さやか姉の叫びと共に、あやかは襟首を捕まれ、放り投げられた
宙を舞う身体の下を、オレンジの火線が舞うのが見えた
「さっきはやってくれたわね! ここで延長戦よっ!」
丸腰のさやかは距離を詰める
勝てる相手でない事は疾うに分かっている
あやかが発進するまでの時間を稼ぐのだ
低い姿勢からの上段蹴りで、ひまわりを退け反らせる
「あやか! 行くのよっ!!」
芝生の上を転がったあやかは、反射的にパイジンイーぺー号にすがり付く
すると、胴体中央の白牌が静かに開く
中は七色の光で満たされ、中央には操縦席と思しき背凭れの高いシートがあった
「ほぉゎ……」
この期に及んでプリンセス願望を刺激される、救い様の無い知恵故障
流石にそれは頭を振って取り除いたが、もう後戻りはできない
あやかは覚悟を決めてそこに飛び込む
操縦席に腰を下ろすと、パンツの中の汚物が密着して不快だったが、そこからの眺めは確かに高揚感と万能感を得られるものだった
特に操縦悍も計器も見当たらなく、戸惑うするあやか…
「うっ!?」
その瞬間、あやかの体内を何かが貫いた様な感覚がした
それが治まると、あやかは自分の五感がパイジンと同化している事に気付いた
「これが……」
試しに右腕に意志を向けると、パイジンの右腕で動いた
「よ、よし……」
あやかは、ももちゃんの元に向かう決心をする
白牌が閉じて密閉されたコックピット
「と、飛ぶのだ…!」
あやかが念じると、パイジンはブースターを点火して、大空に舞い上がった
「うひょぉぉぉぉぉぉっ! あやかっ! お空を飛んでるのだぁぁぁぁぁっ!!」
あやかの子供の頃からの夢の一つは今、不恰好な厳つさながら実現した
「お母さん……」
あやかは何だか、コックピットに懐かしい香りを感じて呟いた
そして直ぐに違う香りを感じて心に謝罪した
「……シート汚しちゃってゴメンなさいなのだ……」
(……やっと… 行ったわね………)
辛うじて視力の残った右目で、さやかは天窓を砕いて飛び立つパイジンを見送った
だが直ぐに、ひまわりのブーツに頭を押さえられ、芝生と接吻する
「介錯します… 何か言い残す事は……」
そう言われても、下顎を砕かれ言葉は出ない
頭を捩って意志を示すと、静かに目を瞑った
(お母さん… まどか姉… アタシ、頑張ったよ…… 誉めてく)
乾いた発砲音響いて、さやかは光の中に溶けて行った