風上家に生まれて   作:新六毛

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雨蛙の憂鬱 25

「うわぁぁぁ… うわぁぁぁぁぁっ……」

 

あやかは眼下の光景に戦慄した

まるで戦場…

戦場なと知らないあやかだが、それ以外の言葉は見つからなかった

あの瀟洒な温泉宿は影も形も無く、その建っていたであろう場所には、無数の大穴が空いて、黒煙を棚引かせているのみ…

温泉宿だけではない

あの趣のあった温泉街そのものが、無数の瓦礫に姿を変えていたのだ

 

「ど、どしてこんな酷い… ももちゃん? これ、ももちゃんがやったのだ?」

 

その時、空の彼方が幾つもの閃光が走った

あやかの見詰める先で、それは糸の様な煙を何本も曳きながら、大地に穿かれた大穴の一つに向かう

 

「あっ!?」

 

その中央に見覚えのある人型、中継車四号の姿があった

煙を吐く何発ものミサイルが、それに殺到する

 

「ももちゃん!!」

 

息を飲んだ刹那、それは命中の直前で自爆する

正確にはももによって迎撃された

夥しい火炎と黒煙が中継車四号を覆い、その熱波は上空のパイジンにも感じられた

 

「お前達なのだっ!? お前達がこれをやったのだ!?」

 

ミサイルを放った空の黒点

それに視線を戻したあやかの中で、何かが弾けた

 

「うおぉぉぉぉぉっっっ!! ももちゃんを…… 虐めるなぁぁぁぁっ!!」

 

パイジンが一気に加速する

黒い点々が戦闘ヘリの一群に変化した

 

「許さないのだぁぁぁぁっ!!」

 

あやかがパイジンの右手を薙ぐと、その先から光の帯が射出され、戦闘ヘリの群を一瞬で殲滅した

火の玉となった成れの果てが、黒煙を惹いて地面に落ちて行く

 

「……ももちゃん………」

 

あやかが彼女の事を思うと、パイジンは中継車四号の構える大穴へと高速降下していく

そしてその面前至近距離に、蝶の様に軽やかに着地した

 

「も、ももちゃん……」

 

あやかはまた息を飲んだ

間近で見る中継車四号は、もうあらゆる場所を損傷しボロボロで、動く事自体が奇跡に思えた

 

「ももちゃん、もう止めるのだ! 戦いは悲しみしか生まないのだ!」

 

中継車四号が姿勢を変えた

どうやら突然の乱入者に身構えていたらしい

しかし、もうそれと分からぬ程、彼女の機体は原型を留めていなかった

 

「……あやか? あやかなの? ……その機体、どういうつもり!?」

 

ももの声には、隠せぬ疲労が滲んでいた

 

「どうもこうもないのだ! ももちゃんはオイタのし過ぎなのだ! 流石にもういい加減にするのだ!!」

 

「説教する気? ……でもいいわ… 貴女が私達を導くと言うのなら、私は貴女に従う… 貴女の為に戦う… それでも構わない……」

 

「何を言ってるのか分からないのだ! 」

 

その時、二機の間に火線が走る

見遣れば、数両の戦車が此方に向けて進軍してくる

構える中継車四号を、あやかがパイジンで制し前に出る

 

「お前達もいい加減にするのだ! あやか、本気で怒るのだ! 優しい仲居さんや… 綺麗な錦鯉さんを… どうしちゃったのだ!?」

 

その問に対する返答は滑空砲だった

重い一発が、パイジンに直撃する

 

「い、痛い~……!!」

 

感覚を共有する性質上、ある程度の痛みは感じるらしい

心が折れそうになるあやか

そのパイジンの背後から、火線が戦車群に浴びせられる

ももちゃんの援護射撃

忽ちそれらは火を吹いて、鋼鉄の残骸と化した

 

「……そいつらと話し合ったて無駄よ… 所詮は長男、次男、三男坊… 三姉妹の三女の気持ちなんか分からない……」

 

再び向き合う二人…

 

「兄弟姉妹に、優劣は無いと思うのだ… ももちゃん……」

 

「……あるのよ! あるの! 現にこうして、トリプルX染色体の力で…!」

 

「……こんなの、何の意味も無い力なのだ… こんな力じゃ、誰も… 誰も幸せにできないのだ……」

 

「…………幸せ……?」

 

「……ももちゃん、あやかと御弾きするのだ… 折り紙するのだ… なぞなぞ合戦するのだ… あやかのお友達も紹介するのだ… ももちゃんのお友達も紹介してなのだ… みんなで… みんなで楽しく遊ぶのだ… その方が幸せなのだ……」

 

「「!?」」

 

今度は森の一部が薙ぎ倒された

そこに、先程の戦車の倍はあろうかという、巨体戦車が現れた

 

「あれはっ!?」

 

ももは警戒する

 

「やーめーろー!」

 

あやかは突進してその行く手を遮る

 

「あやかダメ! それはレールガン!」

 

あやかの眼前で、その巨体に似つかぬ、か細い砲口が光を蓄えた

 

「うん!?」

 

次の瞬間、閃光があやかを掠めた

正確には、ももの体当たりに寄って射線より反らされた

 

「えっ!?」

 

半瞬前まであやかの居たそこにももちゃんが… 中継車四号があって、閃光はそれを真っ直ぐに貫いた

 

 

 

「も…… ももちゃん!!」

 

 

 

中継車四号が大地に仰向けるのと、あやかの怒りが炸裂するのは同時だった

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

狂乱のあやかは、巨大戦車にパイジンの拳を滅茶苦茶に打ち突ける

水のペットボトルの様に、忽ちそれは原型を失い、何発目かの打撃で爆散した

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

森の中にまだ気配を感じて、辺り構わず光の帯を射出した

気が折れ、森が焦げ、隠れていた襲撃者達は、反撃の間も無く消し去られた

 

「も、も、ももちゃん!!」

 

十秒で全てが片付いた後、あやかはパイジンを降りて、中継車四号の元に向かう

小さな破孔が、コックピットを貫通しており、そこから真紅の滴りが脈を打っていた

 

「うぅ~~ん!」

 

渾身の力でコックピットのハッチを抉じ開ける

本来なら人の力で開く物ではなかったが、蓄積したダメージの所以か、トリプルX染色体の影響か、それはゆっくりと口を開けた

 

「ももちゃん!? ももちゃん!!」

 

操縦席に横たわる彼女の顔面は蒼白で、腹部に空いた大穴から、血と内臓を吹き出していた

あやかの呼び掛けに、僅かに瞼を開ける

血と人肉の焦げる悪臭が、コックピット内に充満して、あやかは思わず咳き込む

あやかの目にも、もう手の施し様の無い状況だとは分かった

 

「ももちゃん…! ももちゃん、ゴメンなのだ! あやかのせいで!!」

 

それでもあやかは彼女の側に寄り添って、その傷穴をギュッと押さえた

 

「………鈍いのよ…… 貴女…… なんでも……」

 

掠れた声は聞き取るのがやっとだった

虚ろな焦点は、覗き込むあやかの顔を捉えられない

 

「……リボン…… 預けておくわ……」

 

あやかは交わしたままの約束を思い出した

 

「……あやか… 多分、直ぐにももちゃんの所に届けに行けるのだ… あやか、本当は……」

 

惜別の言葉はももちゃんに遮られた

 

「長生きするのよ、あやか……」

 

虚ろな彼女の瞳から光が消え、二度と動かなくなった

 

「……うぅ…… ぐずっ… くすん…… ももちゃん………」

 

啜り泣きを続けるあやか背後に気配がした

振り向けば、ももちゃんお姉ちゃんが二人…

 

「あやかちゃん……」

 

大きい方のお姉ちゃんが口を開いた

 

「もものお友達になってくれて、ありがとうね……」

 

そう言うと、末妹の亡骸を抱き抱え、中継車四号を後にして行く

その背中を見送るあやか

彼女らの行く先で、見覚えのある幾人もの女性が、地面から湧くように這い出てくるのが見えた

三姉妹グランプリの参加者達だ

彼女らと入れ替わる様に、ももちゃんを抱いた二人の姉は、その地下への入り口に向かって行く

軈て脱出者の波が途切れる

それを確認するかの様に辺りを見回すと、二人はあやかに振り返った

 

「……………………」

 

暫し見詰め合うと、二人は軽く此方に会釈をして、そして今度は地下に姿を消して行った

 

『ドンッ!!』

 

少しの間を置いて、彼女らの消えた入り口から閃光と爆発音が轟いた

あやかも思わず身を竦める

土と火薬の匂いを孕んだ煙、それが消えた後の青空は抜ける様に青く澄んで、あやかは暫く見とれていた

 

「うぅ…… うぅぅ…… うぅぅ……」

 

ただ、その切ない嗚咽だけは、日が暮れるまで鎮魂歌の様に、ずっとその場に流れ続けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……に、見えますのだ」

 

一枚のフリップを前に、感想を述べ続けたあやかは、もうガラガラの声を押して、最後にそう力強く答えた

 

「…………これが…… ですか?」

 

大分疲労の色を滲ませた白衣の男性が、あやかに翳したフリップを覗き込む

大きな四角形が一つ、その上に小さめの三角形が一つ、更にその隣に太線の丸が一つ…

 

「これが… 病を患い、湯治目的で訪れた温泉宿で、唐突に始まった三姉妹同士の優劣バトル、その最中に出会った少女と友達になったり、死ぬか生きるかの大勝負を繰り広げたり、最後はアメリカ軍が攻めて来て、ロボットに乗って空を飛び、自分を庇って友が命を落とし、悲しみの鎮魂歌を奏で続けた自分の姿と青い空…… に、見えると…?」

 

その反問に、否定的なニュアンスがある事をあやかは感じ取ったが、やはり自分に嘘はつけない

医師の目を見て、大きく頷いた

 

「……せ、先生…… この娘は… 妹は大丈夫なんでしょうか…?」

 

傍らのまどか姉が、心配そうな面持ちで診断結果を仰ぐ

 

「う~ん……………」

 

長い唸りと沈黙の後、医師は最大限に言葉を吟味して、結論を絞り出した

 

「…………現代の医学では手の施し様がありません… 社会復帰は困難でしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新進気鋭の物理学者、デリック・バーナードは、極めて斬新な宇宙論で世界の注目を集めています

我々の存在を含むこの世界の全ては、何枚も重なり合ったフィルムから投影された、一種のホログラムに過ぎない…

それが彼の主張する、"多元宇宙論"です

彼は自説の正しさを、量子力学が証明してくれるのだと主張します

 

「量子というのは、極めて面白い性質をしています… 万物の素でありながら、粒子であり、波でもあり、その特性を現代の科学では、まだ特定できていません……」

 

彼は、量子の性質を暴こうとする研究自体が、実は無意味なのだと言うのです

 

「……どうして私達の宇宙で、量子がこれ程不安定な姿を見せるのか… 不安定で居られるのか… これを考えていた時、ボクの身にある事件が起きました… それが、ヒントとなったのです……」

 

彼がそれに閃いたのは、姪っ子と街でショッピングをしていた時でした

 

「……細い路地裏を抜けて、彼女のお気に入り、クイニー・アマンのお店に近道をしようとした時でした… 元気良く大通りに飛び出そうとした彼女の鼻先を、一台のトラックが通り過ぎたのです……」

 

幸い、大事には至りませんでしたが、彼は姪っ子を危険な目に合わせてしまった事に、大変ショックを受けたのです…

 

「何せ、トラックは全く見えなかったのです… 細い路地でしたから… 建物と建物の壁に視界を遮られて……」

 

その時、彼の脳裏に閃いたのが、量子の見せる特殊な性質でした

 

「……そう、まるで建物の影から現れるトラックと同じ… 細い路地から見えるトラックは、トラックの一部分だけ… 全体像は建物に隠れて見る事はできません… つまり、量子の観測も、それと同じ事なのではないかと……」

 

我々の住むこの宇宙は、より広大な何かのほんの一部分で、万物の素である量子は、その広大な何かの中を自由に移動できる…

故に我々は、量子の姿を部分的にしか捉える事ができないのではないかと…

 

「……これはつまり… 我々の世界の素である量子は、私達の宇宙と並行して存在する別の宇宙… つまり、隣の路地裏でも… 世界の素になっている… 分かり易く言えば… 一つの土台の上に、様々な角度の家が建っている状態… なのではないかと……」

 

我々の宇宙と、それに並行して存在するという、別の幾つもの宇宙…

決して行き来する事は叶わないその間が、実は量子という媒体を以て、密接に相互作用し合っている…

それが彼の主張の根本なのです

 

「つまり… あなたが明日、道で拾う1ポンドは、実は並行する宇宙で、明日誰かが落とした1ポンドなのかも知れないのです… 喩え話ですけどね… でも、我々の宇宙は他の宇宙に影を落とし、また落とされているのは、紛れも無い事実なのです……」

 

人は誰しも自分の意志で行動し、また行動する事を良しとします…

自分の人生は自分で切り開いてきた…

誰もがそう胸を張って言いたい事でしょう…

しかし実際は、並行する別の宇宙の何者かの影を踏み、突き動かされてるだけなのかも知れません…

幸運と不幸に見舞われる時、人々が時に感じる神の息吹き、悪魔の囁き…

ひょっとしてそれは、聞こえる筈の無い、別の宇宙の自分からの、メッセージ… なのかも…… 知れないのです……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トリプル… X染色体?」

 

「えぇ… 極めてレアな、未だ謎の多い生体物質で… 名前も正式ではないのです」

 

「それが… あの娘に…?」

 

「……ある医学権威が… 治験体を募集しているのですが… 如何でしょう? 一縷の望みを託してみては……」

 

「……分かりました…… それが…… あの娘の為になるのなら……」

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