風上家に生まれて   作:新六毛

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あやかとごろーまる5

『ゴ~ン……』

 

壁掛け時計の鐘がなった

針は夜中の零時を指していた

あやかは意を決して、ぱーれんにお願いをする事にした

 

「ぱ、ぱーれんちゃん… あの… 今夜一晩、泊めて欲しいのだ… あやか、お家に帰れないのだ……」

 

永遠の友情を誓った直後、しかも独り暮らしなら他に迷惑を掛ける心配も無い

知恵故障なりに図々しいとは自覚しながらも、他に頼る術も無かった

 

「…………」

 

だがぱーれんは静かに首を横に振った

 

「ぱ、ぱーれんちゃん……」

 

よもや断られるとは思っていなかった

それまでのやり取りから、ぱーれんはあやかに同情をくれていると信じていた

それがきっぱりと拒絶された

やはり図々しかったのか…

せっかく築いた友情が、早くも幻となろうとしていると、あやかは感じていた

 

「あやかちゃんには、帰る所があるでしょ…?」

 

そう言うとぱーれんは立ち上がり、壁に掛かる藍色のカーテンの側に立つ

そして、その言動を訝しがるあやかを手招きする

 

「……!?」

 

誘われるままにあやかも立ち上がり、ぱーれんの元に歩み寄る

 

「ふふっ」

 

ぱーれんは悪戯っ子の様にウインクをして見せると、ゆっくりとその藍色のカーテンを引いた

 

「…………?」

 

カーテンの奥から現れた大きな窓

そこから見える光景にあやかは違和感を覚えた

物干し台と、その向こうに見える縁側

室内の照明に浮かび上がるリビングとカウチソファー

何処かで見覚えのあるそれらを、とても低い視点から見ていた

 

「……ほら、お姉さんが心配してる」

「!?」

 

ぱーれんが指差す方を見遣れば、玄関先で腕を組み、落ち着かない様な仕草を見せるさやか姉の姿…

もう然しものあやかも気が付いた

 

「こ、ここ… あやかのお家なのだ!?」

 

狐に摘ままれたかの様な表情を向けるあやかをを残し、ぱーれんは隣の深緑のカーテンの元に走る

 

「こっちこっち!」

 

訳も分からず、再びぱーれんの手招きに誘われて、そのカーテンの前に立つ

勢い良く引かれた先にある大きな窓

そこは紛れも無い、あやかの大好きな"仲良し学級"から校庭を望むそれだった

 

「なっ…!? いったい!?」

 

困惑するあやかを他所に、ぱーれんはまた指を指す

その先で光る物が右往左往している

 

「ま、まどか姉!?」

 

それが懐中電灯を片手に校庭を走り回る長姉の姿だと、直ぐに気付いた

 

「あやかちゃんは、お姉さん達の所に帰らなきゃ!」

 

傍らのぱーれんは相変わらずの優しい笑顔を湛えていた

 

「ぱ… ぱーれんちゃん…? これっていったい…!?」

 

あやかの呼吸が早くなる

完全なパニックに陥り始めた

 

「…………神様にお願いしたの…」

 

「!?」

 

「……何度も何度もお願いして… ほんの少しだけ時間を貰ったの…」

 

ぱーれんの身体を淡い光が包み始めた

 

「……あやか、怖いよ… 訳が分か無いよ…」

 

「ごめんね、あやかちゃん …でも、私のせいでお姉さんと憎しみ合う事になったら… 死んでも死にきれないから… 大好きなあやかちゃんに、幸せになって欲しいから……」

 

「!! ……ぱーれん… ちゃん…?」

 

「約束の時間だわ… もう逝かなくちゃ……」

 

辺りの全てが輝きだした

祭囃しが近くに聞こえる

 

「あんまりお礼が出来なくてゴメンね… でも楽しかった…… 姉妹ってきっとこういう物なんだよね、あやかちゃん… 短い間でも、あやかちゃんと姉妹になれた気がして… 私嬉しかった!」

 

ぱーれんの頬を一筋の雫が伝う

 

「海老シューマイ、美味しかったよ!」

 

「ご……… ごろーまるさん!!」

 

「ふふっ ぱーれんちゃんの方が嬉しいな…」

 

ぐにょりと辺りの景色が歪み、光の渦となる

その中で、あやかとぱーれんだけが浮かんでいた

 

「ぱーれんちゃん! 許して欲しいのだぁ! さやか姉を許して欲しいのだぁ! 守れなかったあやかを許して欲しいのだぁ!!」

 

あやかはその場に土下座した

ぱーれんはあやかにゆっくり近付き、屈んでその肩に手を置いた

 

「ううん… お姉さんを許せるのは、私じゃなくて、あやかちゃんなんだよ……」

 

「うぐぅ… ぱーれんちゃん……!!」

 

あやかの顔は涙に歪んでいた

そんなあやかの涙を、ぱーれんは両手の指で掬うと、立ち上がって背中を向けた

そしてそのままゆっくりと歩いて行く

 

「あやかちゃん、最期にじゃんけんだよ!」

 

ぱーれんは立ち止まり、再び振り替えって拳を掲げた

 

「うん!」

 

あやかも拳を掲げる

 

「じゃんけん!」「ぽんっ!」

 

「あいこだね…」

 

「……いつか決着を着けるのだ!!」

 

ぱーれんはあやかをの声に笑顔で頷いた

それと同時に強烈な光が何処からか流れ込み、全てを白濁の中に飲み込んだ

 

 

 

 

 

「あやか… あやか…!」

 

誰かが肩を激しく揺らす

 

「う… う~ん……?」

『バチンッ!』

「びゃぁっ!?」

 

左頬全体に強烈な刺激が加わる

 

「あひゃ…? ここは…?」

「気が付いたのかしら?」

 

街路灯に照らされ、白磁の様に輝くまどか姉の顔が、目の前にあった

 

「!?」

 

慌て辺りを見回す

そこはあのぱーれんちゃんと出会った、小さな公園だった

あやかはその生垣に埋もれていた

背中に感じる躑躅の枝の痛覚

これは夢ではない

それはつまり……

 

「家に帰るのか、このままここで暮らすのか… 貴女が決めなさい…」

 

まどか姉の顔には疲労の色が滲んでいた

あやかをずっと探していたのは事実だった様だ

答えなど一つしかない

意地など張れば、今度こそ今生の別れだ

今のまどか姉相手なら間違いなくそうなる

あやかは躑躅の生垣から身を起こして、まどか姉に向き直る

 

「ごめんなさい… なのだ……」

 

深々と頭を下げた

どんなお仕置きも甘んじて受けよう

悪いのはやはりあやかなのだ

 

「ふぅ……」

 

肺に溜まった空気を吐き出すまどか姉

あやかの予想に反して、その表情には怒りの色も蔑みの感情も無かった

ただただ疲れ切った保護者の表情…

世話を焼かせる愚妹に悩まされる、賢姉の表情…

あやかは急に自分が情けなくなった

今日も今日とて、また一人で大空回り…

そんな無様なピエロのイメージに自分を重ねた

まどか姉が背中を向けて歩き始めた

あやかも直ぐ様後を追う

 

「ごめんなさいなのだ… ごめんなさいなのだ…」

 

十歩歩く度に一回謝った

 

「……!? 貴女靴は…?」

 

たまたま振り返ったまどか姉に指摘され、あやかは命の次に大事なパンダのスニーカーが一方欠けている事に初めて気が付く

左足のソックスが泥塗れである

 

「うわぁ!? 待っててなのだ! 待ってなのだ!」

 

心当たりの公園まで戻り、垣根の側に転がるパンダのスニーカーを回収する

 

「待ってなのだぁ! ごめんなさいなのだぁ!」

 

泥だらけのソックスを脱ぎ、踵のはみ出るそれに足を入れて、あやかは向こうで待っててくれている、まどか姉の元に駆けて行く

 

「!?」

 

不意に誰かの視線を感じた気がして、あやかは足を止め振り返った

 

「………………?」

 

だが、そこには… 夜の公園には… 誰の姿も無かった

ただ何処かで嗅いだ気がする甘い香りが、雨上がりの夜風に乗って、あやかの鼻孔を一瞬擽った

 

 

 

 

 

「お疲れ様… まどか姉……」

 

玄関の脇に立つさやか姉が、漸く戻って来たまどか姉に労いの言葉を掛けた

二人は一言二言会話を交わすと、まどか姉だけが一人、先に玄関の中へ消えて行った

 

「……………………」

 

外にはあやかとさやか姉だけが残された

二人でちゃんとけじめを付けなさい

多分そんな長姉の意思表示なのであろう

 

「……………………」

「……………………」

 

気まずい沈黙が続いた

その均衡を破ったのはあやかだった

先に謝らねばならないのは、やはり姉に手を上げた自分であろう

 

「さやか姉… ごめんなさいなのだ……」

 

まどか姉の時より更に深く、頭を下げた

 

「ふんっ……」

 

さやか姉は腕を組み、長い髪を揺らして顔を背けた

 

「あやかが悪かったのだ… 許して欲しいのだ… ごめんなさいなのだ……」

 

今一度、さやか姉に正対し、あやかは頭を目一杯下げた

 

「…………くれるの…?」

 

さやか姉の呟きは小さ過ぎて聞こえ無かった

 

「……え?」

 

あやかは聞き直す

 

「…………許して… くれるの…?」

 

ばつが悪そうに横顔をしかめながら、さやかは先程よりほんの少し大きな声で尋ねた

 

「…………うん!」

 

あやかは大きく頷いた

謝罪の言葉など要らなかった

あのさやか姉があやかに許しを乞うのだ

もうそれだけで十分だった

きっと天国のごろーまる… ぱーれんちゃんも許してくれるだろう

さやか姉が組んだ腕を解いて、あやかの前に進み出た

互いの顔を見詰め合う、姉と妹

そう言えばこんなに改まって互いを見詰める事など、今まであって無かった様なもの

なんだか気恥ずかしい…

やはりおかしな緊張の故か、ほんの少し強ばっているかの様に見えるさやか姉の表情

次の瞬間、さやか姉はその妹の目にも十分美しい顔を、あやかの眼前にぐいと近付けてきた

シトラスの香りが、長い髪からふんわりと漂う

 

 

 

「私は絶対に許さないから……!!」

 

 

 

あやかの背中を冷たい一条が流れた

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