呉鎮守府より   作:流星彗

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祝福

 

 凪と神通がケッコンカッコカリを行ったことは、自然と呉鎮守府に広がった。戻ってきた神通に一水戦の艦娘が改めて出迎えるだけでなく、水雷戦隊の顔ぶれもまた祝福の言葉をかけていく。

 照れて恥じらいながらも、一人一人にお礼を述べていく神通に、「吹っ切れたようで何よりだよ」と北上が安心したように微笑む。緩い北上ではあるが、彼女もまた心配させてしまったのだろうと、神通は頭を下げる。

 

「ご心配をおかけしました。あなたたちを心配させるほどに、私は色々と溜めていたようですね。恥ずべきことです」

「そう気にすることでもないよー。神通さんにも立場ってものがあるからさ。それに性格のこともあるしね。こればかりは、どちらかが動くしかなかったわけで。それにさ、こうしてようやっと進めたんだもん。謝る必要はないよ。これから存分に提督といちゃいちゃすればいいって」

「そうですよ。抑え込んでいた分、存分に提督との時間を過ごせばいいのです!」

 

 頭の後ろで手を組みつつ、どこかにやつきながら北上が言えば、同意するように夕張も拳を握り締めて頷いた。二人の言葉に、駆逐艦たちが「おー」と口を開け、期待するような眼差しを向ける。

 

「そ、そこまではしませんから。あなたたちも、そんな目をしないでください!」

 

 どうやらこうしたいじりはしばらく続きそうだ。

 その様子を離れたところから見守る長門に、「人も、なかんか面白いシステムを組むものですね」と呟きつつ、大和が並んでくる。「興味深いか?」と視線だけ大和に向ければ、彼女は小さく頷いた。

 

「今もなお、私は自分を、艦娘を兵器であると自負しているけれど、しかし人はこういうシステムを組むほどに、私たちを人としても扱うのですね」

 

 だが、と大和は腕を組みつつ、「悪くない」と認めるような発言をした。そのことに長門はほう、と小さな驚きを見せる。少しずつ大和は変わっていると感じていたが、やはりいい方向に成長してきている。

 

「愛情、なるほど、それもいいでしょうね。あの神通があのような、人の女の顔を見せる。私にはまだ深い理解はできないけれど、あそこにいるのは一人の女に見えるし、そこに集まる子たちも、年相応の人の女に見える。決して兵器ではありませんね」

「ああ、そうだ。私も同意見だよ。あそこに集まっているのは、戦場で戦う者たちではない。ああいう顔ができるのは、彼女たちにそういう振る舞いができる環境が与えられているからだ。だからこそあの雰囲気を守りたい、尊いと思える。そう感じられるお前もまた、決して兵器などではない。大和、お前もまた一人の人として、成長している証だ。それを私は喜ばしく思う」

「……そう。あなたにそう言われるのも、悪くないものです。これが、人の感情か」

 

 大和自身もこの一年で自分が変わっているのを自覚している。かつての南方棲戦姫だった自分は、どこか遠い過去のようにも思えている。自分を兵器とまだ自認している点については抜け切れてはいないが、呉に所属した当初よりは薄れているし、長門をはじめとする艦娘たちや、凪との交流で、人らしさというものも獲得している。

 かつての自分が今の自分を見れば、その変わりよう、その丸くなった様に違和感すら覚えてしまうだろう。

 でも、そんな変化を「悪くない」と受け入れてしまっている自分を、大和は良いものだと心から認識している。南方棲戦姫だった自分でも、今は同じ艦娘として対等に接してくれることのありがたさ、今なら素直に噛みしめられる。

 中でも一番感謝しているのは、なんだかんだと付き合ってくれている長門だろう。大和として在り続けることができたのは長門のおかげだ。もはや長門がいない艦娘生活など考えられないくらいに、大和にとって長門は近い存在であり、目標でもある。

 

「……訊きたいのだけれど」

「なんだ?」

「あなたは提督とはあれをしないの?」

「私が? まさか、しないさ。私は秘書艦であり、それ以上でもそれ以下でもない。別に提督のことが嫌いというわけではない。ただ神通のような愛情ではなく、支えたいと思える存在、それまでだ」

「そう? あなたと提督との関係も悪くはないと思うのだけれど」

 

 と、大和が首を傾げていると、「そうそう。長門さんだって悪くないじゃん?」と鈴谷がすっと入り込んできた。

 

「ケッコンカッコカリって複数とできるから、別に神通さんだけで終わらないじゃん? 提督がその気になれば、いくらでもできるわけだし、長門さんが選ばれないってことはないと思うけど」

「仮にそうだとしても、神通が良く思わないだろう」

「いえ、別に私は構いませんよ。提督が選ばれるのでしたら、私はそれを尊重します」

 

 と、神通までいつの間にか会話に混ざってきた。後ろでは話題に耳を傾けるべく、興味深そうな眼差しで艦娘たちが見守っている。長門も少しひきつった笑みを浮かべつつ「本気か?」と問いかけてしまう。

 

「ええ。提督と強い絆が結ばれていればできること、それがケッコンカッコカリというものだと聞いています。長門さん、あなたと提督もまた絆……強い信頼関係が築けているものとみます。提督にとってなくてはならない大切な存在、あなたもまたそうであると思います」

「うーむ、言わんとすることはわかるが、しかし……」

「ええ、ですが私に遠慮してしまうという気持ちもわかりますよ。私は、信頼関係だけではなく、この気持ちをも尊重してもらったこと。そして仮にこの先、ケッコンカッコカリを結ぶ子たちが現れたとしても、最初に私を選んでくれたこと。その事実が揺らぐことはありません。だから私は、遠慮なく練度がその域に達し、提督と結びつきたい子がいるならば、どうぞやってくださいと言うだけです」

 

 微笑を浮かべながらも、ちょっとしたのろけに聞こえるような言葉を混ぜてくる。彼女の言葉に、「おぉー……」と感嘆のような声が漏れて出る。本当に吹っ切れたのだ、そう思わせるものが今の神通にはある。

 以前までならば控えめに、自分の気持ちを押し殺していただろうに、やはり前に進めたのはいいことだと感じられる。

 

「ただ、このケッコンカッコカリは提督との信頼関係を象徴する儀式だけではありません。自分でもわかります。今までの領域から、更なる先へと進めたという感覚があります。より前へ、より高みへと自身を研鑽する心構え。それができないような子は、私としてはどうかと思いますよ。もちろんケッコンカッコカリをしなくてもどうかと思いますが。その場合は少々、私の手から直々に指導をさせていただきますので、ええ。そのつもりでいるようにと、補足をさせていただきます」

 

 と、今までの女性の顔から、教導官としての顔を覗かせる。相変わらず微笑を浮かべているのだが、じわりと滲ませる雰囲気は、神通の訓練を受けたことがある艦娘たちが、思わず小さな悲鳴を漏らすものだった。

 普段から艦娘として恥じない力を備えるように、としっかりと鍛える神通だが、ケッコンカッコカリを経て解放される新たな領域への到達。その先へと進んだ呉鎮守府における第一人者として、自身が恥ずべき姿を見せないようにと、研鑽を重ねるのは自明の理といえる。

 だからこそもし、後に続くものがいるならば、更なる先へと進むものとしての心構えや、実力を保持し続けるのだ。それを求めてくるのは神通らしいといえるだろう。

 

「ふっ、神通らしいといえばらしいか。自他ともに厳しい様は、どこか安心感すらある。いつものお前に戻ってくれたのだと、喜ばしく思えるぞ」

「……本当に、その節は心配を掛けましたね、長門さん。ですが提督がそうであるように、私もまたあなたには強い信頼を置いています。私の後に続くものがいるならば、あなたは相応しいのだと、私は思えるのですよ。もしその気持ちがあるならば、契約を交わしても良いのではないですか?」

「…………考えておくとしよう」

 

 他ならぬ神通に後押しをされるのなら、と長門はそのように答えた。神通も頷き、「あなたも」と、大和を見つめる。まさか自分にも振られるとは思わず、大和はあまり見せない、目を少し丸くするような驚きの顔を見せてしまった。

 

「あなたも、私は信頼していますよ、大和さん」

「この私を?」

「はい。良き旗艦となるように努力する様を、私は嬉しく思います。この間のように、私にできることはしてあげたく思いますよ。自分だけでなく、誰かのために強くなろうと研鑽する姿は、私は十分に信頼できる姿だと評価できます。ですので、時が来れば、あなたもまた、私の後に続いても良い人だと思っています」

「……そう。あなたにそう評価されるのは、少しこそばゆく感じます。でも、そうですね。それを嬉しく思う自分もいます。ありがとう、神通。その時が来るとするなら……ええ、私もその時までに考えておくとしましょう」

 

 一つの兵器ではなく、「艦娘の大和」として接し評価してくれる相手がいるということ。通常の大和ではない自分だが、しかしありのままの自分を認めてくれ、支えてくれること。それがどれだけありがたいことか。めでたく、祝いの言葉を掛けられるはずの神通だが、しかし大和もまたそれに続いていいのだと、認めてくれること。

 本当にいい人ばかりだと大和は瞑目し、心の中で感謝する。見方を変えれば実に甘い人ばかりだと笑い飛ばそうが、そんな気は起きない。それだけ自分がここに馴染んできており、呉鎮守府の一人だと自覚している。

 守らなければならない。

 素直にそう思えるほど、大和は彼女たちに対して好意を抱いていることを否定できなかった。

 

 

「そう、それはよかった」

 

 全てが落ち着いた夜、凪は長門と神通と食事を共にしていた。様々な人から祝いの言葉を掛けられたのは神通だけではない。凪もまた任務などの報告に上がった艦娘たちに、最後に祝いの言葉を掛けられ続けていた。

 仕事がすべて終わり、一息ついたところでこの二人と一緒の時間を過ごすことにした。長門はさすがに二人の時間を邪魔するわけにはいかないと遠慮したものだが、凪と神通から構わないと言われてしまい、引き下がれなくなってしまった。

 そして、話題は凪と神通のことから大和のことへと移る。変わっていく彼女については凪も認識している。時折凪もまた相談されることもあるため、その変化には素直に喜べるものだった。

 

「実際、大和の成長をどう見るんだい? 長門」

「目覚ましいものがあるな。もちろん大和としてのスペックもあるが、それに加えて本人の向上心が凄まじい」

「目標にしている人が近くにいますからね。それは伸びますよ」

「それをいえば神通も同じだろう。旗艦としての手本はお前も同様だ」

「と、このように目標に定める人がいるおかげで、大和さんはこれからも伸びるでしょう。案外、長門さんを追い抜いてしまうこともあるかもしれませんね」

「ははは、面白い冗談だ。私はそう易々と背中から抜かれるような真似はしないさ。目標にされるというのは喜ばしいが、かといって私を抜くのはまだ早い。私とて成長しているのだ。まだここを譲ってやるつもりはないぞ」

 

 と笑いながら語る長門だが、しかしと、グラスを揺らしながら少し遠い目で微笑を浮かべる。思い返せば南方棲戦姫の時から、奇妙な縁で結ばれたものである。よくわからないが、自分の手で大和として再誕するきっかけを与え、それからは切磋琢磨する日々。気心の知れた後輩ができたようで、あるいはライバルができたようで、そしてもしかすると、お互いを認めあえる戦友(とも)ともいえるかもしれない。

 そうだ、いつしか長門にとって大和はかけがえのない戦友(ゆうじん)と呼べる存在になっていた。大和から色々とちょっかいかけてはきたが、でも楽しい日々だったのは間違いない。うざったい後輩だが、でも彼女との交流は楽しかったのだ。とはいえこんなことは本人にはとても気恥ずかしくて言えたものではないと、心の中にしまっておくことにする。

 

「うん、まだ譲れないさ。いつか全力でお互いの艦隊を旗艦として率い、ぶつかり合う。そうすることで、大和が私を越えたかどうか。それがわかるだろう。その時まで秘書艦として、主力艦隊旗艦として席を守り続けるさ」

「ふふ、お互いがお互いを意識しあえる関係。切磋琢磨できるのはとてもいいことです。そうして刺激しあえば、それは他の子たちにも広がり、自然と艦隊の底上げにつながります」

「そして二人のぶつかり合いは良い刺激になりえる。どこか楽しげな雰囲気というのは、他のみんなにも伝わるから、それもまた大和が認められる空気につながる。うん、やっぱり大和のことを長門に任せて正解だったね」

「まったく、全てが上手くいったから良かったものの、私としては厄介ごとを押し付けられたようなものだったんだぞ」

 

 ぼやいてはいるが、全てが嫌だったわけではないのは先ほどの言葉からして明らかだ。今なら笑って話せる、そういう思い出となっている。ふと長門が「そういえば神通、お前も後に続きそうなものはいるのか?」と何気なく話題を振る。

 長門にとっての大和のように、神通にも誰か良い後輩はいるのだろうか、という疑問だ。神通も少し思い出すように視線をそらし、「どうでしょう」と苦笑を浮かべる。

 

「それぞれの旗艦で見ても、クセがありますからね。球磨さんは実力こそ確かですが、あの雰囲気です。いえ、個性的でいいと思いますし、普段は緩くともやるときはやるのは確かでしょう。阿武隈さんは……ええ、愛らしさが目立ちますが、伸びしろはあります。天龍さんはそうですね、しっかりしている点でいえば問題なく任せられます。が、少し抜けているところがありますか……。補強する補佐がついていれば安定するでしょう。一番若い矢矧さんは、今はまだはっきりとした評価ができませんね。しかしあの矢矧さんです。これからに期待ですね」

「要は、一水戦旗艦を譲る気は全くないってことか。やれやれだ」

「でも水雷組のみんなからそれだけ信頼されているという点でいえば、誰にも負けていない。それは揺るがない事実だろうね。みんなから認められた一水戦旗艦。神通についていけば安心だという信頼感。それは君が築いた関係性だ」

 

 部下に信頼されているリーダーは確かなアイデンティティであり、一番に評価されるポイントだ。それが確立されている神通は、それを誇りに思っていいだろう。しかし逆に言えば、神通という確かな柱をもとに呉の水雷戦隊が築き上げられていることでもある。その柱を失ってしまえばどうなるか、それが不安な点でもある。

 

「それを大切にするのは決して悪いことではない。……まあ、でも、長門の言うように、後に続く誰かがいるのかというのは、俺も気になるポイントだ。みんな神通についていけばいいと、神通の下につくことを良しとしているものばかり。本気で神通を追い抜こうという気概を持つ誰かが現れるかどうか、それが少し楽しみだね」

 

 それぞれが刺激しあえる関係を築けるのは喜ばしいこと。呉鎮守府という内部だけでなく、最近では外部の存在として大湊という大きな目標ができた。それによってより強くなるのだという気概が高まっている。

 でも神通という大きな柱は揺らがない。その柱の周りを支えるものたちはいても、彼女に迫ろうという誰かがいない。それがちょっとした不安要素ではある。同じ一水戦の北上は旗艦になるような雰囲気は感じないし、夕張は実力はあるが工廠で過ごす様がよく似合っている。とすれば神通が挙げなかった旗艦ではない艦娘でいうと、川内が残っているのだが、火が付くかどうかがわからない。優秀な妹が頑張っているからいいという感じで、二水戦旗艦の球磨を支える現状を良しとしている感じがする。後は五十鈴と木曾だろうか。彼女たちもまだまだこれからという感じだが、基本的に水雷戦隊ではなく、別動隊の組み込まれた軽巡のため、水雷戦隊の長を目指すことは恐らくないかもしれない。

 今の呉鎮守府には、神通と本気でぶつかり合える軽巡がいない。演習では確かに力をぶつけあえるが、一水戦旗艦をいずれもぎ取ろうという気迫を持つ誰かがいないのだ。

 でも内部にはいなくとも、外部にはいる。それが他の艦娘たちと同様、大湊の艦娘であり、あちらの一水戦旗艦の多摩といえる。神通以外の誰かではなく、神通自身が多摩へと迫ろうという気持ちがあるし、超えてみせるという目標にも定めている。

 でも違う鎮守府の艦娘のため、常に会える相手ではない。近くにいるライバルが神通には必要かもしれない。そうすれば、もしかすると長門と大和のように、よりお互いを高めあえるかもしれない。

 凪はそう考えるのだった。

 

 


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