呉鎮守府より   作:流星彗

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ミッドウェー海戦4

 

 その瞳から赤い燐光を迸らせ、握りしめた拳を再び天へと掲げる。座している艤装もまた、焼けた体の一部を赤く光らせながらも、彼女の意を汲んで吼え、飛行甲板から次々と白猫艦載機を発艦させる。

 それらは彼女の手の動きに従い、旋回しながら手に集まり、伸ばした指から放たれる閃光に従って急上昇。赤き粒子の軌跡を残し、三度白猫艦載機は彼女にとっての敵を討つために空を駆ける。

 その一連の流れを、次発装填しつつ白猫艦載機の攻撃を回避し続ける大和が、そして偵察機を通じて凪たちは見た。

 味方である中間棲姫、戦艦棲姫のコロラド、メリーランド、そして海底から北米提督も見届けた。

 

「自らの意思で先に進む。そのための種も用意している。……なるほど、ギーク。やはりお前は、単なる夢見がちなギークじゃないな。参考にさせてもらうよ。自分たちが国を落とすための鍵の一つとして」

 

 敵味方関係なく、彼女の進化が目に焼き付けられる。

 かつての泊地棲鬼から泊地棲姫への変化、ソロモン海で南方棲鬼が南方棲戦鬼へと変化したそれとは違う形ではある。前者は艤装魔物のパージ、後者は艤装魔物の追加という形だが、空母棲鬼のそれはどちらでもない。純粋に自分の中の力が昇華されたもの。

 言うなれば人間が窮地に陥って、火事場の馬鹿力のようなものを振るっている状態だ。まさに人間らしい。あれは元が艦とされている深海棲艦であり、前も今も人間ではない存在だ。それが火事場の馬鹿力を発揮するなど……と、否定するのも妙な話だ。

 艦娘もまた同様の存在だが、彼女たちもまた危機に瀕すればその力を発揮できる存在なのに、どうして深海棲艦がそれを振るえないといえようか。

 

「計測完了。鬼級から姫級相当への力の上昇を確認できました」

「となれば、前例に倣って空母棲姫と呼称しましょうか」

 

 佐世保の大淀の報告を受け、湊がそう提案する。凪と北条は同意し、そして戦況を確認して唸る。空母棲姫となった今、これであそこにいるのは姫級が四人だ。中間棲姫を討つという一番の目的を阻むのが空母棲姫と戦艦棲姫二人。

 しかも空母棲姫が放った白猫艦載機はより強力な攻撃を備えて主力艦隊に迫っている。それを防ぐために艦娘の空母らと、対空射撃で乗り切っているが、それも無限ではない。空母棲鬼だった時でも膠着状態を脱しきれなかったというのに、姫級になったならば、それは崩れる可能性がある。

 

「中間棲姫がメインというのは変わらないが、空母棲姫も討つことを考える必要があるのではないかね? 可能ならば全て倒せばいいが、あれもこれもとやるのは今の私たちには無理がある。だからとりあえず道を作り、中間棲姫を討てればと思っていたが、これでは……」

「戦艦棲姫の二人がそれを阻むでしょう。今でこそ離れた位置にいますが、空母棲姫を狙っていることがわかれば、一人は盾となるべく動くでしょう。……あるいは、それを狙い、それぞれ二・二で分散させ、どちらか一点に集中的に攻撃するというのもありですね?」

「向こうがあたしたちの思う通りに動いてくれるか、っていうのがありますが」

「その時は空母棲姫を今度こそ討てばいい。艦載機の数が減る、それだけでもマシになる。それにもう一つ、戦艦、空母、基地という姫級がいるのは確かだけど、それ以下の規模の鬼や姫がいない。前線に出てくるのは今までと変わっていないんだ。大型の存在が落ちれば、俺たちの艦娘の練度なら、十分押し込めると信じられる」

 

 それは今もなお前線で戦っている水雷戦隊が証明している。戦艦棲姫の砲撃が時折飛んでは来るが、それでも前線で戦っている水雷戦隊は、何とか戦線を押し上げている。とはいえ長期戦になっているため、雷撃後の交代というスパンは、指揮艦まで戻り、補給を行うという行動が含まれるようになっている。

 空母たちが艦載機を消費しているように、水雷戦隊もまた長く戦い続ければ弾薬を消費する。いくら練度があったとしても、装備が全力を出せないようでは戦いにはならない。そのためそれぞれの二水戦や三水戦が折を見て下がり、穴を埋めるようにそれぞれの水上打撃部隊などがフォローに入る。

 やがて補給を終えて前線に戻った後、また別の水雷戦隊が補給に戻る、そのようにしている。だが、これには当然ながら時間がかかる。いくら均衡状態と言えども、そうまで時間をかければ、敵も黙ってはいないようだ。

 また装備の補給はしても、体力的には消耗続きである。休みはなく、精神的な疲労も蓄積する。そもそもここまでの長期戦を経験したことはあっただろうかと考えてしまう。

 ソロモン海での戦いでも夜から朝への移行はあったが、それでも移動時間も含めてのものだ。このミッドウェー海戦のように、初戦からイースタン島の戦い、そして現在に至るまでほとんど休みはなく、前に出ては下がりを繰り返し続けている。

 それでいて戦況的には戦艦棲姫一人の撃沈と、空母棲姫へと変化したことぐらいしか、敵の変化がない。こんなことは凪や湊だけではなく、北条にとっても初めてのことだった。

 しかし好転しないからと言って戦いを放棄するわけにもいかない。中間棲姫をイースタン島に残したままでは、ここで力を付けて勢力を拡大させ、米国が落ちる可能性がある。それは避けなければならないことだ。

 

「……思ったんですけど、米国からの艦隊は望めますか?」

 

 湊の素朴な疑問に、北条は眉間に皺を寄せる。腕を組みながら苦い表情を浮かべているところから見て、凪と湊は答えを察した。無言だが、彼の表情が雄弁に物語っている。

 

「……何度か連絡を入れようとしたのだがね、繋がらないのだよ。米国だけではない、本国にもね。通信は封鎖されている」

「やはり今回も封鎖されていますか」

「で、出国の際にサンディエゴへ連絡を入れてはみたんだがね……途切れ途切れでしか繋がらなかった。聞こえてきた言葉を何とかつないだところ、サンディエゴもやられているのは間違いなさそうだが、しかしあちらさんはやる気に満ちていたよ。ミッドウェーを私たちだけに任せるつもりはないと、艦隊の再編成を急いでいる、みたいなことを言っていたねえ。だが、いつ来るのかまではわからない」

 

 また米国は英国と同じく、深海棲艦にとって日本と同じく大きな敵とみなされているようで、軍港への襲撃がよく起きているという話だ。太平洋に面した西のサンディエゴ海軍基地だけでなく、大西洋に面した東のノーフォーク海軍基地もまた、深海棲艦と交戦しているとの報せが入ったことが何度もある。

 パールハーバーはあらかじめ襲撃され、サンディエゴ海軍基地もまた襲撃を受けていたならば、普通は米国からの援軍は望めないかもしれない。しかしかつての大戦でもかの国の艦隊はただでは終わらない。

 驚異的なダメコン技術により撃沈判定を受けていた艦が、何度も何度も戦場に現れていたこともある。また数を減らしたと思ったら、新たな艦が次々と建造されていたこともある。それだけ艦隊を立て直す力は凄まじいものだった。ならば、ただで終わらないという意地だけは、かの国を信頼していいだろう。

 艦隊の回復力が本領発揮したならば、援軍を期待していいかもしれない。そうした微量の希望を胸にしてもいいだろう。

 

「となると、今はまだあたしたちだけでやるしかないわけですね」

「なら、私の部隊が空母棲姫を落としに行きましょう。戦艦棲姫が一人、カバーに入ったら、その隙にそちらの艦隊で中間棲姫へ。それでいきましょう」

「大丈夫かね? 君が出している戦力だけで穿てるのかね?」

「誰かがやるしかないなら、戦艦棲姫と交戦経験がある私たちが引き受けるしかないでしょう。中間棲姫の撃破、よろしく頼みます」

 

 自分からやると言われては、北条もそれを飲むしかない。湊の艦隊もウェークでの戦いで経験はある、と言えたものだが、しかし凪が率先して引き受けたため、彼の意を汲むことにした。

 どちらの艦隊も主力部隊などを削った上での参戦だ。その状態で果たして空母棲姫と戦艦棲姫、そして周りを囲む深海棲艦と戦えるのか? それに疑問を感じてしまっては、名乗り出ることはできなかった。

 ならば、少しでも可能性が高い呉艦隊に任せるしかないだろう。そう湊は判断した。

 

「出撃している子たち、応答願う」

 

 凪は艦娘に向けて通信を繋いでみる。大本営への通信は妨害されているようだが、艦娘たちはどうだろうかと改めて確認してみた。結果としては、先ほどと変わらず艦娘とのやり取りはできるようだった。

 ということはこの海域内では通信ができ、外に向けられた通信はできないのか。あるいは、日本と米国、それぞれに通信妨害がかけられているのか。後者だとするならば、日本と米国それぞれに敵が潜んでいるということになるのだが、と考えたところで、それを振り払う。日本においては最悪の場合、残してきた長門たちに任せる他ない。今は、この戦場で勝利を掴み取るための行動を起こさなければならない。それに集中することにする。

 

「呉は空母棲姫へと標的を切り替える。中間棲姫は横須賀、佐世保が担当することになった。空母棲姫を狙った場合、戦艦棲姫がカバーに入るかもしれないけれど、それも含めて撃破を試みる。それを以ってして、この戦いを少しでも有利な状況へと切り替えられるようにする。簡潔にそちらの状況を聞かせて」

 

 戦いながらも艦娘たちは状況を凪に伝える。海図の駒の配置も更新し、どのように空母棲姫へと切り込むか、考えてみる。艦載機は相変わらずドックファイトを繰り広げ、制空権を奪取していた状況から、また均衡状態へと戻される。

 言うなれば終わりのないシーソーゲーム。姫級が四人、いや最初にもう一人戦艦棲姫がいたから五人の状態からずっとシーソーゲームが続き、どちらかに極端に傾くことがない。

 今もそうだ。空母棲姫になったのだから大和屋武蔵を撃破するより、その更に先へと進ませ、指揮艦を狙えばいいのに、そうしてこない。撤退する艦娘を追い回せれば、それは叶うだろうに、それがない。

 最初こそ潜水艦が指揮艦を狙うそぶりを見せていたが、対潜を警戒して先んじて防いでれば、ぱったりと消えてなくなった。一応忘れたころに戻ってくる可能性があるからと、警戒は続けているが、今のところ潜水艦が迫っている様子はない。

 もしかすると、この均衡状態を続けさせようとしている可能性が出てきたのではないだろうか。

 

「……囮、か」

 

 最初に考えたこと。アリューシャン、ミッドウェーは囮で、本命は日本急襲。それを果たすための時間稼ぎに使われているのならば、この戦いを引き延ばそうとしている敵の意図は納得がいくものだ。

 でも、それでも完全勝利を狙うならば、指揮艦を狙わない理由はないはずだ。そうしない敵の意図が見えてこない。

 だがそうした一手を打ってこないというならば、こちらとしても意地がある。そうした舐めた態度を取るというならば、食らいついてみせようではないか。

 

「三水打、出番だ。ここと横須賀の守りはいい、前へ。二水戦、壁を破り、三水戦が切り込んで、一水打が空母棲姫を穿つ。それまでの護衛隊を一航戦、二航戦が展開。時に支援攻撃をよろしく」

「対空装備はそのままでよろしいの?」

「そのままで。恐らく向こうも変わらず横須賀の主力に投げてくるはず。進軍中に邪魔をしてやる機会はあるはず。ルートは扶桑、君に任せる。それぞれフォローできる射程をキープしつつ、前進していい」

「承知しました。では扶桑、出撃します」

 

 第三水上打撃部隊の旗艦扶桑に指示をし、凪はモニターを睨む。映るのは次の艦載機を発艦させる空母棲姫の姿。空母棲鬼だった時と比べて、露出度が増し、両手両足を覆っていた装甲が剥がれ、黒い肌に血のような、あるいは火のような色合いをした線が、血管のように浮かび上がっている。それはまるで焼け焦げた肌に火が走っているかのように見える。

 艤装も同様だ。黒々としていたその体は、所々今もなお燃えているかのように赤く迸っている。まさに攻撃を受けて炎上している船、それを表しているかのようだ。

 しかしそれでも動いている。今にも沈みそうな外見をしているが、沈むことなく健在のまま戦っているようだ。瀕死の獣ほど怖いものはない。沈むその時まで、恐らく彼女は戦うだろうという気概すら感じる。

 もしこの状態が安定した個体として深海棲艦のデータに残ったならば、恐らく戦艦棲姫同様に後々他の海域でも出陣することになるのだろう。それを考えると頭が痛いが、だからこそ今、空母棲姫を倒せるだけの実戦経験、そして戦闘データを得なければならない。

 そういう意味でも、この戦いを落とすわけにはいかないのだ。

 

「切り込むクマ! また艦載機が来ているクマが、煙幕準備はできているクマか?」

「はい、いつでもいけます!」

「なら吹雪、やるクマ。阿武隈、これに乗じて後に続くクマ!」

「任されましたー!」

 

 二水戦の吹雪が煙幕を焚き、部隊の姿を覆い隠す。その上で周りにいた敵水雷戦隊を砲撃で牽制、あるいは撃破を行い、意識を引き付ける。その中で阿武隈率いる三水戦が脇から煙幕の中へと飛び込み、また朝潮が煙幕を焚いてその範囲を広げつつ、三水戦が前進。

 より広がっていく煙幕を怪訝に思うまでの時間の間、それぞれの水雷戦隊が前線をかき回し、その脇から第一水上打撃部隊が砲撃を敢行する。深海棲艦らの視線は煙幕のどこから二水戦か三水戦が飛び出してくるのか、それに意識を取られている。その僅かな時間だけでいい。その時間が、榛名と比叡という戦艦の砲撃を空母棲姫へと通す時間となる。

 大和ほどの射程距離がないため、彼女よりも近づいた状態。その上、着弾までの時間も縮まるだけでなく、この距離ならば外しようがないという自信もある。空母棲姫自身もまた、横須賀の大和に一矢報いるという気持ちが強まっていたため、よもやその横っ腹を狙われているとは思いもしなかっただろう。そう思っていたが、

 

「ハッ、ソウマデ殺意ヲコノ距離で向ケラレテ、気ヅイテイナイトデモ? 可愛イナア? コノ私ヲ狙ッテイルトイウノハ、大和ノ砲撃カラワカッテイル。オ前タチガ前ニ出ルナラ、私モ標的ダロウ。私ヲ落トセバ、少シデモ変ワルト考エタカ?」

 

 だが、と空母棲姫は笑みを浮かべる。優雅に足を組み替え、すっと指を立てながら前に出す。すると、上空を旋回していた艦載機の一部が榛名たちへと襲い掛かっていった。それだけではない、周りにいるヲ級たちにも指示を出す。それを受けてヲ級たちは艦載機へと指示を出し、煙幕の中へと攻撃を仕掛けていく。

 

「変ワラナイ。オ前タチハ無力ダ。コノ海ガ、歴史ガ、オ前タチニ敗北ヲ与エル。何度デモ繰リ返ス、敗北トイウ運命ヲ。ソノ絶望ヲ、ソノ身ニ受ケテ沈メ!」

 

 殺意を隠さない冷酷な笑みを浮かべながら、空母棲姫が高らかに告げる。その言葉を受けて艦載機が煙幕へと攻撃を仕掛けるその瞬間、それを防ぐべく呉の一航戦と二航戦の艦戦が迎撃にあたった。

 それにより敵艦載機の攻撃の手が防がれ、その空いた時間に煙幕の中から三水戦が飛び出す。進軍を防ぐリ級やル級へと砲撃を仕掛け、意識を引き付けながら蛇行し、空母棲姫へと少しずつ接近をする。

 それを防ぐべくリ級フラグシップとル級フラグシップが砲撃を仕掛けるが、そうして隙を晒す側面へと、第一水上打撃部隊が砲撃するのだ。それに第三水上打撃部隊も加わり、榛名と比叡が装填をしている間の攻撃の手とし、扶桑と陸奥が一斉射する。

 

「これがあなたの言う敗北の運命を打ち破る砲撃となるかしら!? てぇーッ!」

 

 陸奥の掛け声と共に主砲が火を噴き、空母棲姫へと次々と弾丸が襲い掛かる。だが空母棲姫は笑みを隠さないままに、進路を変えて回避行動を取った。燃えるような艤装は見た目に反して軽快に動き、隙を見て発艦している艦載機を回収している。

 

「無意味ニ抗ウナ、艦娘。コノ状況ヲ長ク打開デキナイオ前タチガ、希望ヲ胸ニ抱ク意味ガナイダロウ?」

 

 イースタン島の前へと回りつつ、艤装が反転して空母棲姫は呉の艦娘の方へとその身体を正面に向けてくる。だが艤装は前進ではなく後退し続け、そして彼女の背後には戦艦棲姫の一人が迫っていた。魔物に備えられている主砲が陸奥や扶桑を捉え、反撃の一斉射を敢行した。

 「回避!」と陸奥が叫び、戦艦棲姫の砲撃を躱していく中で、空母棲姫はちらりと中間棲姫へと視線を向ける。

 

「艦載機ハ?」

「回収シテイルワ。ソレデ? オ前ガソウナッタノナラバ、フェーズハ進メテモイイノカ?」

「イイダロウ。北米、時間稼ギハモウ十分ダロウ? 提督モ交戦シテイルノダ。ナラバ、私タチモ本腰ヲ入レテ、艦娘ヲ沈メル流レデイイノデハナイカ?」

「それは君がやられたからやり返したいという気持ちの表れではないか? 自分としては別にかまいやしないがネ。しかし加賀の言う通り、時間はもう十分だ。自分としては、これで戦いを終えて、拠点に戻りたい気持ちはある」

「ココデ帰ル? 何故?」

「自分たちはあくまで囮。それに自分はアメリカ担当であり、別に日本の艦隊を壊滅させる役割は担っていない。それはギークらの役割だ。自分はアメリカをメインで相手にするのに、こっちもずるずる長引かせて疲弊するつもりもないし、ギークの獲物を横取りする趣味はないからネ。そして帰るもう一つの理由だけど、どうにも胸騒ぎがするんでねえ」

「胸騒ギ? 何ヲ不安ニ思ウコトガアル?」

 

 北米提督の言葉に、空母棲姫は訝しげに首を傾げる。呉の艦娘たちがこの状況を打開してくるとでもいうのだろうか。あるいは横須賀や佐世保が食らいついてくると? 今まで状況を打開してこなかった彼らが、どうして今になってそのような事態を迎えることができようか。そう空母棲姫が考えるのも仕方のないことだ。

 その様子に、「加賀、それが慢心というものだよ?」と北米提督が言う。

 

「かつての悲劇、加賀、君に対してもそれは刃となってその身を貫くだろうよ。お前の言葉を借りるなら、この海が、歴史が、お前に敗北を与えるのだろうさ。何てったって、お前もまた、この海で沈んだ艦なんだからねえ」

 

 モニターの前でついつい指で十字を切る北米提督。言葉による通信だけなのでその様子は空母棲姫には届かなかったが、それでも北米提督が自分を貶していることだけは伝わった。それに目を細め、うっすらと青筋を額に立てながら、「……忠告、胸ニ刻モウ」と返し、

 

「ソレデ? 胸騒ギヲ起コス要因ハ?」

「勘、かな? 早いところ終わらせないと、崩される気がするのさ。お前と違って、自分は実戦を重ねてきているからネ。何となく、感じ取ってしまう。だから加賀、やるなら数分だけにしておくんだね。それで気が済む、済まないにかかわらず、この戦いを終えようじゃないの。パーティタイムは終わり、お片付けの時間ってやつさ。もうとっくに盛り上がりの最高潮ってやつは過ぎ去っているんだよ?」

「……ワカッタ。デハミッドウェー、最後ニ溜マッタ力ヲ振ルエ。提督ハソノデータモ求メルダロウ」

「了解」

 

 頷いた中間棲姫は艤装に指示を出し、その胸に力を収束させる。深海棲艦ならではの赤い光だ。この戦いの中で会得した経験、力など、それらを積み重ね、加えてこのイースタン島を中心とした海域に満ちた力を、基地型ならではの広げた感覚の網で掬い取り、蓄積した力と混ぜ合わせる。

 そうして凝縮された力を、自分の身体ごと巨大な艤装の白猫が、その巨大な口内へと収めた。彼女を中心として展開されていた三角滑走路もまた口内へと消え、その様子に艦娘たちだけでなく、モニターで成り行きを見守っていた凪たちですら驚きの表情を浮かべる。

 当然だ。標的である中間棲姫が、まさか艤装に食われるなど誰が想像するだろう。

 しかし、彼女はただ食われたのではない。数秒経った後、閉じられた口から白い腕が突き破る。ゆったりとした動作で艤装から出てきたその様は、まるで蛹から成虫へと至る脱皮のようだ。

 その胸に集めた力が全身を強く巡った影響か、白い腕や足、そして優雅なドレスから覗く白い肌に、赤く明滅する血管のような線が浮き出ている。それはまるで、空母棲姫の手足に火のように浮き出ているそれと似たようなものだ。

 それだけではない。中間棲姫の身体から、絶えず赤黒いスパークのような電光が弾けている。この戦いで見せたものを考えるならば、深海棲艦としての力が、より強く溢れ出ている影響だろうか。

 白い艤装も中間棲姫が脱皮した影響で左右に弾け、白だけではなく黒い肉の部分が燃えるような赤の線がいくつも走っている。それはまるで空母棲姫の艤装のように焼け焦げたかのように見える。

 まだそれほど有効打を与えていないのに、艤装自身がボロボロのようになっているのだが、しかし計測される力としては先ほどより向上している。中間棲姫が溜め込んだ力を解放した影響だろう。内部であふれた力によって焼かれたとでもいうのだろうか。

 

「力ノ出力向上ガ確認デキル。コレデ、アレラヲ沈メレバ良イノダナ?」

「エエ、私タチノ初戦ハソレデ終ワリ。ナラバ、華々シク終エルトシヨウ」

「ヨカロウ。提督ヘト捧ゲルデータノタメニモ、最後ノ一仕事トイキマショウカ」

 

 手に弾ける力を握り締め、白猫艦載機に指示を出すかのように優雅に薙ぐような仕草を見せ、中間棲姫は黒いマスクの下で気品のあるような笑みを浮かべた。

 


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