この局面で更なる敵の変化は、凪たちの精神をさらに追い詰めるには十分な要素だった。標的である中間棲姫の進化、それは奴をより倒しづらくさせることと同義である。そも、まだ十分な攻撃ができていないのに、敵がより強くなるなど、一体どうしろというのか。
じわりと艦娘たちの中で、暗い感情、雰囲気が広がっていく。誰も言葉には発しないが、冷や汗が流れ、生唾を飲み、身体が震えてくる。その様子を見て、空母棲姫はより笑みを深くして、それだと言わんばかりに指をさす。
「敵ヲ前ニ心ヲ屈スル、絶望ガソノ身ヲ犯ス。自分タチハ無力ナノダト悲観スル。オ前タチハコノ海デ、再ビ敗北ヲ刻ムノダ。沈メ、ソノ無意味ナ誇リト共ニ。冷タキ海ガ、オ前タチヲ呼ンデイルゾ!」
「照準合ワセ、砲撃ッ!」
空母棲姫の指示に従い、艦載機が呉の水雷戦隊へと迫り、戦艦棲姫もまた魔物に指示して砲撃を行う。飛来する攻撃を前に、三水戦旗艦の阿武隈は震える心を鎮め、「回避!」と普段の彼女からは考えられないほどの強い言葉で叫ぶ。
訓練されていた三水戦のメンバーは、旗艦のその叫びに身体が反応し、姫の攻撃を避けきった。二水戦のメンバーもまた、咄嗟に身体が動き、煙幕を途切れさせないようにと白露が吹雪から引き継いで煙幕を焚く。
「ここで止まるわけにはいかないんです! ここであたしたちが止まっては、誰がこの状況を覆す一手を打てるってんですか! みなさん、あたしに続いてください! 他のみなさんがやれるように!」
「そうね! でも阿武隈ちゃん、他ができなかったら?」
「そんときゃあ、あたしたちがぶち込むだけでしょ夕張ちゃん! あなただって、提督と装備改修、してるんでしょ? その力、自分で見せつける時でしょ!」
「ふふ、言ってくれますねえ! それじゃあ、色々試しさせてもらうと、しましょうかっ!」
普段は大人しく、自信なさげな少女のような阿武隈だが、しかし彼女も歴戦の軽巡であり、かつては旗艦を務めたこともある艦娘だ。ここ一番という時には、やるときはやる、その気概を見せつけている。
その勇ましさに夕張も乗らざるを得ない。それに阿武隈の言う通り、彼女もまた改修をした装備を身に着けている。それを思うがままに振るえる時が来たのならば、存分に振るわずして膝を折るなどできるはずがない。
そんな軽巡二人の背中を見ては、駆逐たちも乗せられる。朝潮、潮、曙、睦月も、意を決したように声を上げて二人に続く。そうして三水戦全員を鼓舞させるきっかけを作った阿武隈は、まさに旗艦としての務めを十分に果たしている。
「あの勇ましさ、さすが阿武隈って感じね。で? あんなの見せられて黙ってられるの、球磨?」
「んなわけないクマ。こっちも切り返す時クマ! いい気になっているあの白い横っ腹を叩きに行くクマよ。魚雷装填終えているクマ?」
その問いかけに、川内たちが返事する。それに頷いた球磨は恐れを吹き飛ばすように檄を飛ばす。
「では、ぶっこみかけるクマよ! ついでに黒い横っ腹も吹き飛ばせば儲けものクマよ! 水雷の意地、ここで見せてやるクマー!」
「応ともさ! 駆逐、遅れるんじゃないわよ! 邪魔する奴らは砲撃だ! 荒らしに荒らし、後ろの奴らに重い一撃食らわせやれるようにしてやるわよ!」
『応!』
煙幕の中、二水戦は一気に加速する。ここで引けばいつまで経っても変わることはない。中間棲姫の変化という圧に飲み込まれて足を止めれば、それで終わりだと阿武隈と球磨は悟ったのだ。
だからこそ、前に出る。最前線で戦う水雷戦隊旗艦だからこそ、前に出る。そうすれば後に続くものがいる、そう信じている。
事実、同じ水雷戦隊のメンバーは続いた。彼女たちも怖いだろうに、でも、旗艦に身を預けるだけの信頼関係がある。例え最悪な事態になったとしても、前進することに意味があるならば、それに続こう。そう思えるだけの背中がそこにある。
「次発装填完了、前に出る皆さんの援護を。敵艦載機の妨害をよろしくお願いします」
「オーケー! 三式弾、発射!」
扶桑の指示に、足柄と最上が三式弾を放つ。更に扶桑と最上は瑞雲も発艦させ、後ろから飛行してきた艦戦の中に紛れ込ませた。一航戦と二航戦の援護を受け、空母棲姫やヲ級らの艦載機と交戦する。
遠距離ではただ攻撃されるだけでしかないが、あそこまで距離を詰められれば、空母棲姫もただではすまない。姫級ではあるが、それでも空母である。力ある砲門を持たない彼女は接近戦には弱いはずだ。それをカバーするための戦艦棲姫だろうが、それでも一人だけでは分が悪いだろう。
それをもカバーするのが、あの中間棲姫だった。一方で艦載機を飛ばし、一方で砲門を空母棲姫をカバーするように向けてきている。空母棲姫に迫る三水戦を狙いすまし、「捉エテイルワ」と目を細めながら砲撃を指示。
飛来する砲弾を前に、三水戦は高速で蛇行しながら前進。もちろんスピードの維持はせず、阿武隈が手で加速減速を示し、緩急をつけた上で戦艦棲姫の砲撃にも対応している。三水戦ばかりに意識を取られていては、側面から迫る二水戦にも対応できない。
リ級率いる水雷戦隊が抑えにかかるが、それでは止まらない。経験を積んだ二水戦の砲撃が的確に急所を貫き、迅速な撃破を成功させている。これまでの戦いの経験だけではない。引き延ばしたこの戦いにおいて、敵がどう動くのかも学習した。引き延ばしは敵にとっての時間稼ぎであると同時に、艦娘たちにとっての学習の時間でもあったのだ。
「突撃の時間よ~、いい加減に終わらせてもらうわ」
「疲れているだろうけど、もうひと踏ん張り! 阿賀野に続いてー!」
佐世保の二水戦と三水戦旗艦、龍田と阿賀野の声に従い、中間棲姫へと続く道を開きに行く。それに続くのが佐世保と横須賀の第一水上打撃部隊や、大和と武蔵擁する横須賀主力部隊。先ほどの空母棲姫への砲撃から見ても、もうすでに中間棲姫は射程内だ。
空からくる艦載機の攻撃もひとまずの落ち着きを見せた今、狙いすました一撃が再び火を噴くときである。大和と武蔵の掛け声に従い、それぞれの主砲の妖精が弾丸を発射した。再度轟音が響き、空気が大きく震える。
中間棲姫も響く音に反応し、大和と武蔵が砲撃をしたのだと察した。両手や身体から発せられる深海棲艦の力の電光。バチバチと弾けるそれを両手に集め、組み合わせ、右手を前に出せばそれは盾となり展開される。
放たれた弾丸は次々と中間棲姫へと迫るが、盾に勢いを殺される。かと思いきや、徹甲弾の特性によって次々と盾に突き刺さったそれは、盾を突き破って中間棲姫にダメージを与えた。
「グ、サスガ大和型主砲……私ノコレデハ止メラレナイカ……!」
この防御策を行使したのは中間棲姫が初だろう。ミッドウェー海域に満ちた深海棲艦の力の源である負の感情。ミッドウェー海戦という大きな戦いの舞台となった海域ともなれば、ソロモン海域に迫るほどに満ちている。
だが初めての試みであるが故に、完璧なものではなく、高性能ともいいがたい。進化を果たしたことで力の行使ができるようになったとはいえ、大和型の主砲を止められるほどの強固な盾とはならなかった。
「ダガ、マダ終ワラナイ。私ハ健在ダ。コロラドモ健在ダ。コノ身デ受ケテワカルゾ。出力ガ落チテイル。疲弊ハ隠シキレテイナイ!」
ぐっと拳を突き上げて白猫艦載機を発艦させ、大和と武蔵へと反撃する。コロラドの戦艦棲姫もまた迫りくる佐世保と横須賀の艦娘に向け、同じく中間棲姫の護衛をしているル級フラグシップ、タ級フラグシップと共に砲撃を仕掛けた。
「耐えられているぞ、大和。やはり弾薬の消費が効いている」
「予想はできていたことです。それでも、やるしかないでしょう。それにあくまでも私たちは切り札ではありますが、あれを撃てるのは私たち以外にもいます。私たちが気を引いている間にも、誰かがあれに攻撃できます!」
対空射撃を長くしている以外にも、何度か主砲を撃っているため、大和と武蔵の弾薬は減っている。補給ができればいいが、二人とも低速なうえ、戦線から離脱する時間すら、敵艦載機は許さなかった。
そう、今もそれは許されていない。何度でも、何度でも迫りくる敵艦載機。何度目かわからない艦戦のドックファイト。耐える時間がまたやってきてしまった。
だがその耐えている時間の間、佐世保と横須賀の水雷戦隊が前進し、水上打撃部隊が中間棲姫と戦艦棲姫へと攻撃を仕掛ける。先ほどよりも距離が縮まっているため、重巡の砲撃も十分に届いている。
しかしそれを魔物の太い腕が払い、防御する。先ほどの大和型の砲撃は止められなかったが、それ以外ならば止められるとばかりに、中間棲姫に届く弾丸を防ぎ切っていた。
戦艦棲姫の壁の後ろ、中間棲姫もまたバチバチと右手の力が電気のように弾け、それは背後の巨大な艤装へと伝わる。すると勢いよく砲門が飛び出、電気のような赤黒い力がチャージされていく。機械音のようなものが連鎖して響く中、右手を前に出しながら狙いを定め、
「一斉射!」
大和型の砲撃の重低音に加えて、甲高い音のような尾を引く音も響かせ、勢いよく発射された砲弾。電気のようなものが込められていたため、よもや超電磁砲でも発射するのかと思われたが、それでもあれは今までと変わらない基地の砲だ。
しかし深海の力が粒子となって尾を引いているのが何とか見えるほどに、弾丸の速度が速く、気づいたときには大和と武蔵が貫かれていた。大和型の装甲を容易く抜く一撃が、高速で飛んでくる。そのことに大和屋武蔵だけでなく、凪たちも戦慄する。
「こ、このような技を今まで隠していたとは……!?」
貫かれはしたが、その一撃だけで落ちるほどではない。だが、苦痛に顔を歪める武蔵と大和は、一旦追撃から逃れるように体勢を立て直しつつ後退。彼女たちを守るように護衛の艦娘が前に出て、追撃しようとする敵へと攻撃を仕掛けていく。
だが中間棲姫も撃った主砲を見てみると、砲撃の反動か煙を立ち昇らせるだけでなく、深海の力が何度も弾けてスパークしている。
「一発斉射スルダケデコレカ。マダ、実用的デハナサソウダ。修復ニ回スカ」
今回は中間棲姫として更に力を解放したことで、中部提督へとデータを提出するために、色々とやってみようという意図がある。もしも力を注いだ上で斉射をすればどうなるか、その威力と反動結果を一度に取れたのは上々だろうと、中間棲姫は頷いた。
コロラドの戦艦棲姫も中間棲姫の力の使い方を肩越しに確認し、自分もまた真似をするように右手から力を発し、艤装の魔物へと伝えていく。迫ってくる艦娘たちを見据え、
「止メナサイ。ソシテ、反撃。コレ以上、イイ気ニサセナイデ。ソウネ、アノ辺リニ撃ッテ」
コロラドが右手を前に出し、どれにしようかとゆったりと標的を探れば、主砲もそれに合わせて動いていく。やがて佐世保の金剛に定めた時、魔物が装備している主砲が火を噴いた。照準を合わせている間に十分な力が込められていたのか、今まで以上の加速度を見せる弾丸は、狙い通りに佐世保の金剛に着弾し、彼女の身体が勢いよく吹き飛ぶ。
「金剛さん!?」
「Shitッ!? ここにきて、今までよりも鋭い攻撃なんて……! でも、私のことは気にせず、攻撃を続行! 古鷹、指揮権をあなたに預けます! 攻め時は失われていません!」
「……はい! 目標、戦艦棲姫! あの壁を崩してください!」
そう言い残し、身体を庇い額や腕から血を流しながら、不知火の護衛の中、金剛が撤退していく。金剛だけではない。他の部隊でも、少しずつ被弾が増えていくのは、それだけ敵の抵抗も強まってきている証だ。
それに距離が縮まれば中てやすいのは敵も同じこと。戦艦棲姫以外にも、ル級フラグシップやタ級フラグシップという、重い一撃を放つ存在はいるし、何より中間棲姫の基地型主砲も十分に重い。避けられなければ、被害が大きいのは確実だった。
長期戦による疲労が蓄積している中で、果たしてこの距離で躱しきれるのかと問われれば、難しい問題だといえる。
それでも、退くことなどできない。勝てるのだという希望を胸に、それぞれの艦娘が奮戦する。その光景に、空母棲姫や中間棲姫は目を細める。
「強イ意思、眩イ光……目障リナ……。カツテノ悪夢ヲ前ニ、ソンナ眩イ光ノ意思ヲ固メルナド……私ニハ理解デキナイ。落チロ……堕チロ、オ前タチナド、コノ海ニオチテシマエバイイ!」
空母棲姫の咆哮に、艤装もまた咆哮して応える。迫ってくる呉の三水戦や二水戦に対し、艦攻と艦爆で対抗するが、動きのパターンを読まれて回避され、より距離を詰められる。そうして外さない射程まで接近した後、それぞれが魚雷を発射した。
前方からと、側面からという二方向から迫る魚雷。メリーランドの戦艦棲姫が副砲で対抗しようにも、それぞれの隊の六人に加え、複数魚雷を放っているため、全てを処理することはできない。
やむなしと戦艦棲姫の魔物が庇うが、被害は甚大だ。魔物で守り切れなかったものも、空母棲姫へと直撃し、大きくバランスを崩してしまう。それだけではない。被弾した影響で燃えた部分に再度やられたことで、大きく艤装が傾いてしまった。
「オノレ……! ココマデダト? イヤマダダ、私ガ――」
「――加賀。時間切れだネ」
ダメージコントロールのために力を注いで修復しているところに、無慈悲な北米提督の言葉が届いた。時間切れ? と怪訝な顔を浮かべてしまう空母棲姫に対し、北米提督は続ける。
「レーダーを見てみるんだネ。さっさと離脱準備をしないと、いらない犠牲を増やす。コロラド、メリーランド、全軍に通達だ。撤退を。ミッドウェーもだ」
レーダー? と空母棲姫がそれを確認してみると、東の方角から何かがたくさん迫ってきているようだ。この反応は、と疑問に思うが、すぐに答えは思い至る。艦載機だ。
「東カラ? 馬鹿ナ、ソッチハオ前ガ崩シタノデハナイノカ?」
「崩しはしたよ。でも、かの国はそれでも修復が早い。……ああ、君はその歴史をあまり知らないままここで落ちたんだったね。でもその一端は知っているものと思っていたのだけど、まあいいか。それよりも早く撤退しなよ。もうそこまで来ているんだからさ」
そうして急かされている間に、第一陣がイースタン島上空に飛来してきた。
空を舞うのは日本の艦載機ではない。デザインからして違う艦載機の群れが空を駆け、深海棲艦の艦載機を次々と撃墜させている。その様子に、空母棲姫ら深海棲艦だけではない。艦娘や凪たちもまた、驚きに空を見上げる。
特に空母棲姫にとって、その艦載機は因縁を感じるものだ。加賀としての自分の記憶が呼び覚まされる。かつてこの海で相対した敵が放つ艦載機。それに自分は負けたのだ。
同じ海で、違う自分となり、そして負傷している身で、あの日と同じ艦載機が舞う空を見上げる。否応なく記憶が刺激され、この胸に今までには感じられなかったモノが揺さぶられ、燃え上がる。
先ほどの自分の言葉が、北米提督の言葉が頭によぎる。
この海が、歴史が、お前に敗北を与える。
北米提督の言葉通り、刃となって空母棲姫の感情を突き刺した。
「オノレェ……! ヨモヤ、ヨモヤコノ海デ、再ビ見ルコトニナルトハ……! ダガ、イイダロウ。コノ戦イ、シバシ預ケヨウ。次ニアウソノ時、オ前タチヲ沈メルコトニシヨウ!」
そう言い残して、艦載機による攻撃から逃れるように空母棲姫は海中へと身を沈めていった。メリーランドの戦艦棲姫もそれに続き、周りの深海棲艦らも続いていく。
中間棲姫もまたやれやれと嘆息するように息をつき、首をしゃくって艤装を促すと、彼女もまたイースタン島を駆け、海へと飛び込んだ。コロラドの戦艦棲姫はその間、中間棲姫を庇うように立ちはだかっていたが、中間棲姫がダイビングし、艤装もまた大きな水柱を上げて沈んでいくのを確認すると、自分もまた最後の砲撃を行った後に沈んだ。
空にはまだ敵艦載機の残党が戦っていたが、それらも全て東からやってきた艦載機が駆逐し、敵勢力は全て消え去る。
それをモニター越しに見届けた北米提督は、撤退してきた仲間の顔ぶれを見渡しながら、「お疲れ」と労いの言葉をかける。
「やれやれ、嫌な勘というのは当たるもんだネ。まさかあいつらがこんなに早く介入してくるとは。本当に、いくら被害を与えてもしぶとく蘇ってくるもんだ。まるで自分たちみたいじゃないか! HAHAHA!」
沈めても沈めても蘇ってくる深海棲艦みたいだと、そんな軽いブラックジョークで笑い飛ばしてみるが、屈辱を感じている空母棲姫は不快な表情を隠しもしない。そんな彼女に嘆息しつつ、もう一度モニターを見る。
そこには東の方角からやってくる艦娘らしき影を多数映し出していた。北米提督にとっては馴染みが深い顔ぶればかりである。
「……さ、自分たちの今回の囮作戦は終わりだ。囮らしく、それなり~に戦いを演じることができたんじゃないかな? みんな、帰るよ。アメリカとの戦いのために、戦力拡張を目指そうじゃないか。……ああ、その前に加賀と一緒に贈り物を届けさせないとね」
と、今回の戦いで轟沈した艦娘の亡骸を持ってこさせる。翔鶴、由良、初風だ。それら三人と共に、空母棲姫と中間棲姫の護衛として何体かの深海棲艦をつけ、「ではお疲れさん。戦いの結果はどうあれ、悪くはない情報が得られたと自分は思うよ」ととりあえずのフォローの言葉をかけてくる。
「特にミッドウェー、君はいい。うん、自分にとっても、こうすればいいんじゃないかという指針は持てた。そうだねぇ……パールハーバー辺りにでも役に立てようかネ。それに力の使い方、それも参考にさせてもらおう。今回ギークの作戦に参加するの、あまり気乗りはしていなかったけれど、終わってみれば得るものは大きかったよ。ギークに感謝の言葉を伝えといてくれる?」
指を二本立てて、すっと挨拶するように横に振ると、彼の連れてきた深海棲艦を率いて北米提督は東へと去っていった。残された空母棲姫は変わらずダメージによる苦痛、死に起因する記憶の刺激による苦痛に顔を歪めたままだが、中間棲姫が肩を貸してやる。
「帰還シヨウ、加賀。私タチノ戦イハ終ワッタ。後ハ提督ガ全テヤッテクレル。私タチノ得タ記録ヲ役立テテクレルハズ」
「……ソウダナ。不満ハイクツモアルガ、私タチガ無事ニ帰還デキルコトヲ喜ブトシヨウ。ソシテイズレ借リヲ返ス。日本ニモ、カノ国ニモ……! 今回ハ単ナル時間稼ギ。次ハ総力ヲアゲテ潰ス。絶対ニ……!」
怨嗟の声を上げる空母棲姫に、中間棲姫はまた小さく嘆息を漏らした。艤装や随伴の深海棲艦らを促すと、ゆっくりと昏い海底を移動し、中部提督の拠点へと帰還していった。
そして海上。戦いを終えた凪たちの下に、どこからか通信が入る。最初こそノイズが混じり、途切れ途切れでしか声が聞こえなかったが、イースタン島周囲に展開されていた赤い海が消えていくと、やがてそれが落ち着いてくる。
聞こえてきたのは流暢な英語だった。言葉に応えたのは北条だ。北条もまた英語で応答し、何者かを問う。
「こちらサンディエゴ所属、主力艦隊旗艦サラトガ。改めてそちらの所属をお尋ねします」
「こちら日本横須賀鎮守府提督、北条。この海域を制圧していた深海棲艦撃破のため、馳せ参じたものである」
「OK、Mr.北条。提督から聞いています。そして迅速に海域へと駆けつけられなかったことを謝罪いたします。詳しい話は、そちらに私たちの提督が合流してからでもいいかしら?」
「問題ない、ではイースタン島で落ち合おう。そちらは今どこに?」
「まもなくMr.北条からも確認できるでしょう。ああ、今、私からもそちらが確認できました」
と、英語でのやり取りの中、北条らが艦橋から様子を窺ってみると、東の方角からたくさんの人影が見えた。サンディエゴ海軍基地から派遣されたと思われる米国の艦娘たちだろう。艦載機から送られてくる映像から見るに、凪たちが出撃させている艦娘たちと並ぶほどの人数が艦隊を組んでいた。
そして少し離れた後方に、凪たちと同じく指揮艦と思われる船が航行している。そこにサラトガが言うサンディエゴ海軍基地の提督が乗船しているのだろう。
こうしてミッドウェー海域における戦いは幕を閉じる。不可解なことが多く、中間棲姫が撤退したとはいえ、勝ったという気持ちも起こらない程の結末。
だがどうしてだろうか。
凪は妙な不安に苛まれる。この戦いが妙な終わりを迎えたことだけではない。最初に考えていた予想、それが的中しているのではないかという不安が再度よぎる。
通信は相変わらず大本営と繋がらない。赤い海が消え、サンディエゴに所属している艦娘との通信はできても、本国との通信は未だ不良のままだ。あそこで一体何が起きているのだろうか。
(無事でいてくれよ、みんな……)
ただ、そう祈ることしかできないことに、歯噛みするしかなかった。