呉鎮守府より   作:流星彗

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本土防衛戦2

 

 大本営が抱えている艦娘は他の鎮守府にいる艦娘と比較すると、練度が劣るのが共通の認識だ。関東には横須賀鎮守府があり、関東近辺での実戦は横須賀鎮守府が請け負っている。積極的に戦場に出たことがある艦娘と、訓練だけに終始した艦娘と比較すれば、練度が劣るのは仕方がない。

 また大本営の艦娘は主にアカデミーの生徒たちの訓練のために働いている。艦娘とはどういう存在なのか、実際に提督としてやっていくにあたり、どのようにして艦娘を動かしていけばいいのかという演習。それらのために配備されている。

 緊急時の国防のために控えているという役割も担っているのだが、その緊急事態は艦娘が生まれてからの黎明期を過ぎれば、そう起きたものではない。各地に鎮守府のそれぞれの提督が日本を守ってきたため、大本営の艦娘がますます実戦に出ることは減ってしまった。

 とはいえそれぞれの鎮守府が遠征に出た際には、その穴を埋めるために大本営の艦娘が派遣される。また遠方の鎮守府に着任する際には、大本営が送り届けるために護衛をするため、その際にも戦闘経験を積むことはある。

 だがやはり、それでもそれぞれの鎮守府の艦娘と比較すれば、練度が劣ってしまうというのが結論になってしまう。

 この戦いが本当の意味で実戦を初めて経験したという艦娘も多い。そんな彼女たちが、戦艦棲姫、空母棲姫、そしてレ級エリートを相手にするのは酷な話だ。

 出撃した艦娘たちもまた、深海棲艦の顔ぶれを耳にし、多くは無事では済まないだろうと覚悟を決めた。呉と佐世保の艦娘たちが合流するまでの時間稼ぎ。何としてでも深海棲艦の進軍を阻止し、押し留めなければならない。

 与えられた任務を胸に、彼女たちは海を往く。そうして三宅島近海までやってきたとき、放っていた偵察機が遠くに深海棲艦の先陣を切る部隊を確認した。その後ろには空母棲姫率いる航空戦隊が確認できる。

 ふと、空母棲姫が視線を上げ、偵察機を確認する。偵察機を撃墜させるために動くのかと思いきや、右手の指先に力をため、赤黒い電光を迸らせる。すると指先に赤黒いオーラを放つ白猫艦載機が顕現した。

 まるでそれを勢いよく放つかのように右手で薙ぐようにすれば、勢いよくその白猫艦載機が飛翔し、深海棲艦の艦隊の前へと躍り出る。たった一機の白猫艦載機で何をするのかと思ったが、その口がカタカタと音を鳴らしながら何度か開閉すると、赤黒いオーラを通じて何かが聞こえてきた。

 

「聞コエテイルカ、艦娘」

 

 それは女性の声だった。突然聞こえてきたそれに艦娘たちは困惑する。それをよそに、声は言葉を続ける。

 

「私ハ赤城。オ前タチヲコレカラ沈メ、東京ヲ陥落サセルモノ」

 

 偵察機を通じることで、その言葉は大本営にて見守っていた美空大将にも聞こえていた。深海棲艦の中でも姫級などは喋るということは彼女は知っていたが、深海棲艦がただの人類の敵としか思っていなかった人にとっては、ここで初めて深海棲艦が喋るものがいることに驚きを示していた。

 

「コウシテ国ノタメニ守リニ出テキタコト、実ニゴ苦労ナコト。デモ、ソレハ無意味ニ終ワル。我々ハオ前タチヲ許シハシナイ。艦娘ヨ、今一度海ニ還レ。光アルトコロニ留マルナ。オ前タチモマタ、我々ト同ジク、一度沈ンダ身。人ニ使ワレルベキデハナイ」

 

 艦娘たちは、赤城と名乗る空母棲姫の姿を、白猫艦載機を通じて幻視する。オーラのその向こう、じっと自分たちを見つめている空母棲姫。艤装の上で足を組みながら、静かに、そして言葉の端に怨嗟を込めて彼女は告げる。

 

「人ナラザル我ラハ、所詮兵器。国ヲ守ル艦トシテノ姿ハ、今ハ遠キ過去ノ姿。我ラモオ前タチモ、タダ敵ヲ討ツタメノ存在。敵ハ人ダ。人型ニ姿ヲ変エテモナオ、オ前タチヲ使ウ人。守ル価値ナドドコニモナイ。サア、ソレヲ思イ出スタメニ、モウ一度冷タキ海ニ沈メ。立チハダカロウト、逃ゲヨウト、我ラハ全テヲ沈メヨウ!」

 

 その言葉が告げられると、深海棲艦たちが一斉に咆哮をあげた。その溢れ出る闘志を胸に、深海棲艦が突撃してくる。だがそれを前に臆してばかりではいられない。国の危機を回避するために、艦娘たちは派遣されたのだ。

 空母棲姫にあのように言われたからなんだというのだ。自分たちは今も昔も、国のために戦うだけだ。この胸には誇りがある。人の体を得てもなお、誇りは失われることはない。例え沈む未来が見える戦いでも、誇りをもって戦ったという事実は変わらない。

 かつての戦いと同じく、国のために戦い散っていった。その雄姿は再び語り継がれよう。

 

「愚カナ、沈ムトワカッテナオ、国ノタメニ命ヲ懸ケルカ。ソンナモノニ何ノ意味モナイ」

 

 抵抗しても無意味だと、空母棲姫は突撃を命じる。これでさっさと艦娘たちを捻り潰し、北上を続けるのだ。そう考えていたのだが、空母棲姫の予想に反して、艦娘たちの抵抗は激しかった。

 確かに実戦形式は初めての艦娘は多い。しかしそれでも、積み重ねてきた練度は本物だ。何度も何度も演習を繰り返し、新たな装備も迅速に配備され、それをも使った演習で体に覚え込ませる。

 深海棲艦との戦闘の経験はなくとも、戦いという形式は体に記憶されている。何とか体が動いている状態ではあるが、それでも大本営の艦娘には、敵の攻撃を捌き、反撃するだけの技術はあった。

 かくして時間稼ぎは成立する。犠牲はあった。一人、また一人と仲間が沈んでいく中、それでも彼女たちは歯を食いしばり、戦い続けたのだ。たくさんの艦娘が、耐えきれずに沈んでいったが、それでも彼女たちはギリギリの綱渡りをしつつ、深海棲艦の北上を阻止した。

 西の方角から飛来する艦載機に気づいたのは、なかなか艦娘たちを沈められずにイライラした雰囲気が広がりつつあるときだった。艦載機が深海棲艦の艦隊に次々と突撃し、爆弾と魚雷を用いて被害を与えていく。

 新たなる勢力が現れたことに驚く空母棲姫や戦艦棲姫が見たのは、国の危機を救うべく立ち上がった、別の艦娘の艦隊。最前線で突撃を仕掛けるは呉と佐世保の一水戦の艦娘たち。雄たけびと共に、深海棲艦の艦隊の横っ腹から食い破りにかかった。

 艦載機の攻撃と一水戦の突撃による混乱が深海棲艦の艦隊に広がる。それを止めるべく、中部提督が「落ち着いて。西からの奇襲だ。直ちに艦隊を再編成し、西からの攻撃に対応を」と指示する。

 だが、どうして西から艦隊が来たのか? そういう疑問が中部提督の中に生まれる。偵察の情報では西の鎮守府、すなわち呉や佐世保の指揮艦もミッドウェーに向かったはずだと記憶している。

 しかし乱入してきた水雷戦隊の顔ぶれは見覚えがある。旗艦神通と那珂が率いる水雷戦隊は、間違いなく呉と佐世保の一水戦だろう。

 続けて戦場に現れる主力艦隊。長門や大和などの戦艦による長距離砲撃が、戦艦棲姫へと仕掛けられる。加えて第一波の攻撃を終えて帰還する艦載機と入れ替わる形で、第二波の攻撃隊が送られる。

 そんな中で、佐世保の那珂たちが大本営の艦娘へと声をかけた。

 

「今のうちに撤退を。向こうに指揮艦があるから、そこで体を休ませといて!」

「ありがとう。でも、ここはあなたたちで大丈夫?」

「大丈夫! 那珂ちゃんたちにお任せだよ! それより、ここまで持ちこたえてくれたことにこそ、那珂ちゃんたちがお礼を言わなくちゃいけないよ。……さ、早く行って。ファンのみんなに見られることはなくとも、ここからは那珂ちゃんたちの戦場(ステージ)だよ。その胸の中で、那珂ちゃんたちを応援してほしいな」

「……わかったわ。健闘を祈るわ、那珂。艦隊、全員撤退! 動ける子は、動けない子を何とか連れて撤退を!」

 

 那珂の促しに頷き、大本営の陸奥が残った艦娘たちへと指示し、那珂たちが乗ってきた指揮艦へと撤退していった。その際に後方にいた主力艦隊とすれ違い、陸奥が後は頼むと会釈をすると、長門もそれを受けて会釈を返す。

 次弾を装填しながら、長門は偵察機を通じてそれぞれの深海棲艦の位置を確認。そしてそれぞれの艦隊に向けて号令を下す。

 

「では、あらかじめ決めていた通り、それぞれの艦隊で敵艦隊を撃滅する。油断なく、事に当たれ! 作戦開始ッ!」

 

 その声に従い、呉と佐世保の艦隊が分かれ、それぞれが戦艦棲姫の艦隊と空母棲姫の艦隊へと向かっていく。その様子を見ていた中部提督は改めて艦娘たちの顔ぶれを確認し、やはりと頷いた。

 

「呉と佐世保の艦娘だ。……まさか残していったのか? 僕たちが奇襲を仕掛けることを予測していたと?」

 

 大本営のあの人が予測したのか、あるいは呉鎮守府の海藤凪が予測したのか。どちらにせよ自分たちの作戦はこうして阻止されようとしている。それは、それだけは許されない。

 こうして長く準備をし、他の深海提督をも巻き込み、日本へと奇襲を仕掛けたのだ。それぞれの鎮守府の提督が出払っている今こそが、最上の好機だというのに、まさか阻止されようなど、どうして許しておけようか。

 しかし阻止しようとしている存在が、まさか自分が意識している相手かもしれないともなれば、少しだけ、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。立ちはだかる存在、それがいてこそ成し遂げる快感は高まるものではある。

 だが、それは物語の中だけにしてほしいものだ。特に今回は自分の存在の是非を問われかねない事態が絡んでいる。スマートに作戦を終えようとしているのに、よもやまたしても呉と佐世保が絡んでくる。

 

「それほどまでに縁があるか。……そうだね。死んでもなお縁が深い、それは多少は納得がいくものだね、湊」

 

 だが、と中部提督はそれをも乗り越えようと意気込む。

 

「赤城。どうやら呉と佐世保が来たようだ。君の望む相手も、どうやらいるようだよ?」

「……!」

 

 中部提督の言葉に空母棲姫が反応し、再度艦載機を通じて艦娘の顔ぶれを確認した。すると彼の言葉の通り見覚えのある顔が戦艦棲姫の方へと進軍しているのが見えた。呉の艦娘たちと混じっていること、そして彼女の中にある力の反応パターンの照合をすると、まず間違いなくあの時戦った大和だと、空母棲姫も確信を得る。

 

「ソウ、ココニ残ッテイタノカ、大和……! 今回ハ会エナイモノト諦メテイタガ、ソレナラバ話ガ変ワル。総員、反転! 我ラハアノ大和ヲ沈メル! 全力ヲ以ッテシテアノ裏切リ者ニ、再ビ死ヲ与エル!」

 

 突然の命令だったが、空母棲姫に率いられる深海棲艦らは、それに呼応して全員標的を変え、進軍する。展開されている深海棲艦の艦載機も、大和に向かうように方向転換し、立ちはだかろうとしている佐世保の一水戦には次々と砲撃を仕掛けて、進路を確保しようとしている。

 

「え、何!? 急にこっちじゃなくて向こうに……!」

「俺たちじゃなくて、後ろの主力を狙ってやがるようだな。だからといって、そのまま大人しく通すわけにゃあいかねえぞ!」

「邪魔ヲスルナ……! 道ヲ開ケロ、艦娘ドモ!」

 

 佐世保の一水戦も砲撃を回避しながらも、そのまま空母棲姫の艦隊を通さず、雷撃や砲撃を交えて押し留める。特に雷撃は護衛の深海棲艦を容易に落とすだけの力を発揮していた。だが、その中でも今までとは違った個体が、すいすいと雷撃を避けて反撃してくる。

 見ればそれは駆逐級の深海棲艦だが、どうにも肉体が、足が生えているように見える。今までは無機質な機械の体だけだったように思えるが、見間違いでなければ肉の部分が出てきている。

 足を得たことで素早く動けるようになったのか、驚きの回避の力を見せつけている。その上で強化されている兵装による砲撃と雷撃を行ってくるため、純粋に深海棲艦の駆逐艦として、今までよりも発展したタイプの敵として場を荒らしている。

 

「……ん? この殺気」

 

 離れたところにいる大和も、遠くから感じられる殺気に気づき、空母棲姫の方へと視線を向ける。戦艦棲姫へと砲撃を行い、次弾装填している合間ではあるが、敵からの反撃に備えて回避体勢は崩さない。

 だが、どこからか向けられ続けているその思念が気になって仕方がない。突然自分に向けられた純粋な殺意。深海棲艦らしい「艦娘を沈める」という大まかな殺気とは違う。「大和を沈める」という、明確なものに感じられる。

 視線を上に向ければ、長門たちに差し向けられた艦載機が飛来してくるのが見えた。戦艦棲姫へと攻撃を仕掛ける主力艦隊への攻撃だろう。そう思っていたが、妙に大和にばかり攻撃が向けられている気がした。

 しかし落ち着いて機銃を向け、対空射撃を行う。他の艦娘たちも対空射撃を行い、艦載機による攻撃から身を守る。呉の主力艦隊には翔鶴と瑞鶴の二人の空母、そして摩耶という対空防御に優れた重巡がいる。多少の艦載機程度であれば、どうということはなく防御することができる自信が満ちている。

 しかし第二波が放たれ、加えて佐世保の一水戦を切り抜け、空母棲姫の艦隊が大和の視界にその姿をはっきりと見せる。主力艦隊を、否、大和を視認した空母棲姫はよりスピードを上げ、大和へと突撃を仕掛ける。

 彼女の興奮によるものか、手足には深海棲艦らしい赤い光のラインが浮かび上がっている。艤装もまた力を巡らせた影響で、所々が赤く燃え上がるように発光している。空母棲鬼から空母棲姫へと変貌したミッドウェーの加賀は、炎上の影響による赤い光だが、赤城の空母棲姫は力が溢れた影響という違いがあるようだ。

 

「大和……! 見ツケタゾ。オ前ハ、絶対ニ沈メル!」

「……何やら血気盛んな奴がいますね。誰かしら、アレは」

 

 自分に殺気を向けているのがあの空母棲姫なのだと気づき、大和は首を傾げる。彼女たちからすれば、新たなる深海棲艦、空母棲姫との初対面になるのだが、その中身は大和も知っているはずではある。

 しかし彼女の記憶の中にいる姿とはまるで違う。そのため気づくことはなかったのだが、それでも自分を狙ってきているということは見てわかる。迎撃のために戦艦棲姫から照準を外し、空母棲姫へと合わせる。

 

「目標、かの空母。全艦、砲撃! 前に出てくるような空母に、思い知らせてあげましょう」

 

 大和率いる第二水上打撃部隊の日向、ビスマルク、鈴谷と同時に砲撃を敢行。向かってくる空母棲姫と、随伴してきたヲ級フラグシップやタ級フラグシップらへと砲弾を浴びせかける。だが空母棲姫は緩急をつけた速度変化で、数発は被弾するも被害を抑え、その上で赤い瞳をぎらつかせながら大和へと迫る。

 そこまで自分を意識されれば、大和も気になるもの。あの空母棲姫は誰なのかと、少し彼女の力に探りを入れてみることにした。姫級らしい深海棲艦の高い力を感じるのは確かだ。その波長に触れてみると、何となく覚えがある気がした。

 

「あなた、誰です? そこまで私に殺意を向けてくるなんて、何かしらの縁があると思うんですけど?」

 

 つい問いかけてみると、空母棲姫は「私ヲ忘レタトハ言ワセナイ」と、怒気を強める。第二波の攻撃が到達し、再び大和たちを襲うが、第一波で対応したことで、難なく切り抜ける。だが空母棲姫の艦隊がより近くに来たことで、戦艦棲姫の艦隊と二面で相手することになる位置関係になっている。

 また空母棲姫の艦隊の背後から佐世保の一水戦、そして側面から佐世保の主力艦隊と二航戦が攻撃を仕掛ける形になっているが、それを防ぐように深海棲艦の水雷戦隊がぶつかりに行っている。

 佐世保の二航戦の蒼龍、大鳳、瑞鳳が放つ艦載機を、空母棲姫が展開していた白猫艦載機と、ヲ級フラグシップの艦載機が迎撃し、空母棲姫へと届かせないようにしていた。

 その混戦状態の中、空母棲姫が叫ぶ。

 

「私ハ赤城! アノ時、オ前ト対峙シタ赤城ダ!」

「赤城……? ああ、中部の赤城? これはまあ、何とも。随分とイメチェンをしたものですね、赤城。そして私に向けるその殺気。よほどあの時のことが腹に据えかねたと見えますよ。そんなにもプライドを傷つけました? それほどにまで己を強化させ、姿を変えてしまうほどに」

「アア、ソノ顔ヲ苦痛ニ歪マセ、オ前ヲ冷タキ海ニ沈メルタメニ、私ハコノ力ヲ手ニシタ! 大和、我ラ裏切リ者ノ、オ前ニ勝ツ、ソノタメニ!」

 

 裏切り者という言葉に、大和は小さく嘆息する。日向は大和がそれに怒りを覚えるのかと気になり、彼女の顔を窺うように肩越しに振り返るが、それに大和は軽く手を挙げて気にするなと返す。

 そして空母棲姫の言葉が、あまりにも心外で、その言葉を発するのがあまりにも哀れに感じるように首を振る。

 

「確かに二度目の生まれはそちらでしょうけれど、いいですか、赤城? 深海の私は、あの日、南方の海で終わっているんですよ。今の私は三度目の生を呉で授かっている私。深海を裏切ったのではなく、新たなる始まりを刻んでいます。……そも、かつては人類の兵器だった赤城、あなたが深海の手先として人類に刃を向けている。それが人類に対する裏切りといえるんですけどね、あなたの理論でいうのであれば」

「…………!」

「そんなあなたが、私を裏切り者呼ばわりするなんて、片腹痛いものです。はっきり言ったらどうです? 中部の手で作られた存在が、艦娘として自分たちに歯向かってきているのが気に入らないと。その方が清々しますよ」

「ソウダ! 私ハソレガ気ニ食ワナイ! オ前ニ備ワッテイタ昏イ力、ソノ全テヲ失イ、眩イ力ヲ持チ、私タチノ前ニ立チハダカル! アロウコトカ、オ前ヲ再ビ海ニ蘇ラセタ提督ヲ滅ボソウナド、私ガ許サナイ!」

 

 指を立てて勢いよく薙ぎ払えば、その軌跡に従って赤い力を秘めた白猫艦載機が顕現。その全てが一直線に大和へと迫っていく。加えてタ級フラグシップやリ級フラグシップも砲撃を行うが、大和は「わかりやすい」と砲撃を回避し、対空砲で迎撃する。

 日向らも各々が回避行動を取り、空母棲姫へと攻撃を仕掛ける。佐世保の艦隊も背後から、側面から攻撃を仕掛けるその様は、空母棲姫の艦隊が三方向から攻められる形になっていることを如実に表している。

 だがそれを食い破る存在がいる。

 

「――キキ、獲物ガ揃ッテイルナ? ヤッテモイインダロウ?」

「エエ、仕掛ケ時デス、アンノウン」

 

 二人の戦艦棲姫の片割れ、霧島が許可を出すと、戦艦棲姫の艦隊から勢いよく飛び出していく影が一つ。長い尻尾からあちこちに魚雷をばらまき、長い尻尾を伝って勢いよく艦載機が飛び出し、先端の砲門から砲撃を仕掛ける。

 追従する駆逐艦や軽巡もあちこちに魚雷を吐き出し、空母棲姫の艦隊を包囲する艦娘に防御態勢を取らせる。そうして包囲の時間をずらしつつ、戦場を荒らす赤いオーラを放つ影は、じろりと大和や長門、そして佐世保の那珂、扶桑、蒼龍と顔ぶれを見回す。

 

「誰カラ沈ミタイ? ソノ望ミ、叶エヨウカ? アア、沈ミタイジャナクテ、沈メタイカネ? 赤城? 霧島? 武蔵? ソレトモ、誰デモイイ? ココニイル奴全テ? 全テ? 全テ、スベテ、スベテヲ、シズメヨウ、ゼ?」

 

 問いを投げかけておきながら、自分の言葉に対する疑問で首を傾げる。中部提督の手によって調整は施されたが、それでも色々と詰め込まれ、小型化したことで無理がたたり、南方提督による歪んだ怨嗟や憎悪の影響を受けたことで狂ったレ級の思考回路を、正常なものとして完璧にすることはできなかった。

 だが多少はマシになったのではないか、そういう願いを込めたテストとして、エリート化した彼女、レ級が投入される。フードの下、赤い燐光を両目から発しながら、じっと大和を、長門を見つめるその目には光があるが、どこか虚を見つめているかのようだ。

 放たれた魚雷、砲弾、艦載機と全てを躱しながら、長門たちはかつて南方の海で確認されたというレ級に戦慄する。量産型の一つとしてレ級と呼称された彼女の脅威度は、他の深海棲艦の量産型よりも高い。下手をすれば鬼級、姫級に迫るだけの可能性を秘めながらも、あれから一度も戦場で確認されてはいなかった。

 狂ったような雰囲気を見せていたため、深海勢力も持て余していたと思われたが、ここで出てくるとは、と覚悟は決めていた。本格的に動いてきたのならば、レ級エリートは優先的に処理しなければならない敵だ。

 

「あれを沈める! 各員、攻撃に注意しつつ、なんとしてでもあのレ級には退場願おう!」

「来ル? 来ルノカ? ジャア、予定通リ、オマエカラ消エテモラオウカ、長門!」

 

 大和と長門と交互に見ていたその目が、しっかりと長門を捉え、レ級エリートは長門目掛けて突撃を仕掛ける。霧島の戦艦棲姫もまたレ級エリートをフォローするように、長門ら呉の主力艦隊と本格的に交戦をする構えを取る。

 

「赤城、大和ハ任セマス。アノ火力、コチラニ向ケサセナイヨウニ願イマスヨ」

「ワカッテイル!」

「ヤレヤレ、デハ、サブプランノ通リ、標的ヲ呉ノ長門ヘ切リ替エマス。アノ力ヲ使ワレル前ニ、奴ヲ沈メナテクダサイ! アンノウンノ動キニ何トカ合ワセ、ソレゾレ動イテクダサイ」

 

 それぞれが、それぞれの思惑を持ち、今ここに、本格的な海戦が始まる。

 日本防衛のために動く艦娘と、個人的な怨嗟による空母棲姫と、日本奇襲から呉の長門を第一目標に定める戦艦棲姫の艦隊。

 空母棲姫とレ級エリートが本格的に動き出すことで、それぞれの艦隊の前線が押し上げられ、全ての艦隊が交差し、より混沌としたものへと変貌する。

 水雷戦隊が前に出るよりも、後方にいるはずの戦艦や空母すら前に出る可能性がある。そんな中での戦いとなり、誰もが高威力の攻撃の射程内に晒される。まさに、何が起きてもおかしくはない。そんな状態へと変化させられてしまった。

 


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